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昔々あるところに、オナニーが大好きなおじいさんがいました

『昔々あるところに、オナニーが大好きなおじいさんがいました』


 ぱたん、と俺はその薄い本を閉じた。

 半開きのふすまから夏らしい日差しが差しこんでいる。世間はお盆休みの喧騒に包まれ、俺は会社から逃げるように実家に帰省していた。縁側で風鈴が鳴っている。綺麗な音だなあ。

 ふう……。

 見間違いかな。

 気を取り直してもう一度、表紙のページをそーっと開いてみる。


『昔々あるところに、オナニーが大好きなおじいさんがいました』


 ぱたん。

 庭に目をやる。

 夏だなあ。

 視線を薄い本に戻す。


『昔々あるところに、オナニーが大好きなおじいさんがいました』


 ふむ。

 なんとなく後ろの方を見まわしてみる。

 ……現実か。

 俺は絵本を開いたまま天井に掲げた。

「……なんだこれ」

 久々に帰省したついでに押入れを漁り、卒業アルバムなどを見返していたらこれを見つけた。見つけてしまったと言うべきか。

 かなり昔に書かれた絵本のようだった。まあオナニーなんてカタカナを使っているあたり現代の作品であることは間違いないのだが、それでも十年やそこらはゆうに経過していそうなぼろぼろ具合だった。装丁は乱雑でページもところどころ糸がほつれて取れかかっている。

 それにしても何だ、この小学生が跳んで喜びそうな内容は。R18の絵本って何。


『昔々あるところに、オナニーが大好きなおじいさんがいました』


 ふむ、俺が小学生なら跳んで喜ぶ。昔話界に革命が起きたと騒ぐに違いない。

 読むべきか、ここでそっと閉じて永遠に段ボール箱に封印すべきか、

 などと思ったのもつかの間、やはり体は正直というか、手が勝手にページをめくっていく。

 続きが読みたい。ここ数年で一番続きが読みたい。


『おじいさんは歳三という名前でしたが、オナニー好きが村中に知れ渡っていたため、自慰が好きなおじいさん、「お自慰さん」と呼ばれていました』


「ジジイ……」

 オナニー好きが村中にバレている。いきなり不憫だ。これは笑いだけでなく涙もありの大スペクタクル作品なのか。そして横にそっと書いてあるキノコは何だ。

 ぱらりとページをめくる。


『おじいさんはとてもエッチだったので、村の子供たちに「マラソンのマラはちんぽのマラじゃ」などと意味の分からない嘘をついたりしながら暮らしていました』


「なんてジジイだ……」

 マラソンすら性的な目で見るとは、さすがはオナニー好きが村中にバレてるジジイ。性欲の桁が違う。小学生にだけ根強い人気がありそう。きっとPTAには目の敵にされてる。


『しかしそんなおじいさん、いえお自慰さんでしたが』


 言い換えるんじゃない。

 作風に性欲を感じる。作者はジジイサイドの人間なのか。


『大人たちに非常に嫌われており、村八分にされていました』


「迫害されてる!やっぱり目の敵にされてた!」

 子供には大人気だっただろうに。

 なおもページをめくる。


『しかしある日、事件が起こりました。その日、おじいさんは自宅の庭の切り株に座ってオナニーをしていました。しかも、』


「しかも!? まだあるの!? 切り株オナニーだけで事件なんだが」

 気づけば夢中になって読んでいた。風鈴の音も気にならないくらいに。

 突然、背後で物音がしたので爆速で振り向くと、障子を開けて母親が登場した。

「何見てるの?」

「いや何も見てないっすよその、何というかあれだよ卒業アルバム」

 絵本を後ろ手に隠す。バレるなバレるな。

「そうなの。あとで私にも見せてね」

「わかった、あとでね……」

 母親が障子の向こうに退散したので俺は安心して絵本に戻る。


『しかも、おじいさんはあろうことか、通りがかった小学生のまこと君に声をかけ、「あの雲、おっぱいに見えるだろう」と朗らかに言ったのです』


「サイコじゃないかよおじいさん! オナニー大好きサイコジジイ! オナサイ自慰!」

 つい大声でツッコんでしまった。

 そのせいだろう。あの分厚い障子の彼方から母親が再来し、俺は先程のリプレイのような会話を強いられ、あたふたしながらどうにかこうにかお帰りいただいた。

 本当に社会人なのかな、俺。

 やるせない思いで下ネタ絵本のページをめくった。


『まこと君はニヤついてお母さんに報告したのですが、お母さんは怒り狂いました』


 でしょうね。

 親とはえてして自分の子供を健全に育てたいものだ。

 赤ちゃんはコウノトリが運んでくるらしいし。俺、中学時代まで信じてたよ、母さん……。


『なぜなら、まこと君は体は男でも性自認は女性だったからです』


「混み入った話になってきたな」

 昔話にもジェンダー論を投入する時代がきているのか。意識だけ高い幼児が出来上がりそうだが。


『大人たちは元々おじいさんを疎ましく思っていたので、この機におじいさんを火刑に処すことにしました』


「過激すぎる!魔女裁判かよ!」

 まさかおじいさん殺害エンドじゃないだろうな。後味悪すぎる。


『しかしここで、おじいさんのために村の子供たちが立ち上がったのです』


 なんと。

 なにこの胸アツ展開。

 日が陰り始めた。少し暗くなってきたので部屋の明かりをつける。


『縄で縛られたおじいさんがまさに火をつけられようとしたその時、草陰から飛び出した子供たちが下半身を露出しながらおじいさんを取り囲んだのです』


「下半身! 台無し!」

 ん? いや待てよ。

 これはもしや、おじいさんのトレードマークたるちんぽを露出することで、極めて直感的に「おじいさんの味方」であると示しているのでは? そう考えると相当な高等テクニックなのでは。


『「おじいさんを燃やすなら僕のちんぽを燃やせ!」

 「そうだそうだ! おじいさんを殺すな!」

 子供たちは声を合わせておじいさんのために叫びました。

 そして、下半身を露出しながら大人たちに迫り、一斉に放尿したのです』


 胸アツ展開のはずなのに、なんだろうこの複雑な気持ち。純粋に楽しみたいのに大人としての理性がそれを邪魔してくる感じ。劇場版クレヨンしんちゃんと似たものを感じる。


『大人たちは子供たちの放尿に耐えられず、逃げ出してしまいました。

 子供の一人がおじいさんの縄をほどいて、言いました。

 「僕はおじいさんの下ネタ、好きだよ」』


 泣かせるじゃないか。

 年齢すら超えた友情。少年たちのちんぽが一人の老人を救ったのだ。

 ブラボー。最高。めでたしめでたし。

 ……違った、まだ続きがある。

 ぺらり、とページをめくった。

 最後のページだった。

 川原におじいさんが下半身丸出しで立っている。


『少年たちに救われたおじいさんは、その後山の中へ引っ越し、時々やってくる小学生たちとたわいもない下ネタを言い合いながら、静かに暮らしていました。

 ある霧の濃い朝のことです。

 おじいさんはいつものように、家の近くの川原でオナニーをしていました。

 しかし、ちんぽが立たないのです。

 何度しごいても、一向に立たないのです』


「……!」


『そうなのです。

 今年90になるおじいさんの体には、もう精力が残っていませんでした。

 おじいさんはもう、お自慰さんではありません。

 子供たちと仲の良い、一人のお爺さんでした。

 「ふ、わしも年か……」

 そう言うと、おじいさんは近くの木陰で横になって昼寝をすることにしました。

 そしてもう、起き上がることはなかったのです』


 そこで終わりだった。

 ぱたりと絵本を閉じる。

 一筋の涙が頬を伝った。

 やるせない気持ちが波のように押し寄せてくる。

 気づけば本を手に取ってから2時間が経っていた。窓から差しこむ日差しは赤みを帯び、遠くでカラスの声がする。

 こんな。こんなのってありか。

 最初は何だこのバカ絵本とか思ってたのに。

 読み始めるのすらためらったのに。 

 読み終えた今、俺はおじいさんが大好きになっている。

 なんてすばらしい絵本なんだ。

 一人の人間の生きざま、そして年齢を超えた友情。

 感動した。

 いったい誰がこの物語を生み出したんだろう。

 最後のページを開いてみる。

 そこには手書きの短いあとがきと、作者名が記されていた。


『オナニー最高。東条俊三』


「ジ、ジジイ!!!」

 そこに記されていたのは俺の祖父の名だった。

個人的にかなり気に入っている作品です。

これを†作品†って呼ぶの楽しい。

出版したい。させてください。なんかのアンソロジーにぶちこみたい。

編集者さん連絡待ってます。


ジジイの自慰を侍医が辞意


それでは。

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― 新着の感想 ―
[良い点] じじいの自慰、最高。
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