【連載版始めました】生贄として捨てられたので、辺境伯家に自分を売ります 〜いつの間にか聖女と呼ばれ、溺愛されていました〜
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「この中の一人を、辺境ディンケルの地の戦いに派遣することになった」
アルタミラ伯爵家の当主、私のお父様が執務室に家族全員を集めてそう言った。
他の家族はすでに聞いていたのか、ほとんど何も反応していないが、私は初めて聞いたので目を見開いて驚いた。
だけど喋ることは許されてないので、声を出さずに静かにしている。
「父上、やはりそれは決定事項なのですか」
「ああ、皇室からの勅令だ。今まで我々の一族は皇室派につくことで派遣することをなんとか凌いでいたが、さすがに一人も派遣しないのは難しいようだ」
「そんな……」
グニラお兄様が顔に手を当てて、大袈裟にショックを受けたように振る舞う。
「お父様、本当に誰かが行かないといけないのですか?」
「ああ、エルサ。不甲斐ない父ですまない」
「いえ、お父様。私は問題ありません」
エルサお姉様も悲しそうにしているが、どこか芝居っぽい感じがする。
お母様も持っている扇子で口元を隠したままで、特に心が乱れている様子はない。
「さて、この中で誰を派遣するかだが……立候補者はいるか」
お父様が私達を見渡す。
グニラお兄様を、エルサお姉様を見て、そして私を見る。
ここにいる家族全員の視線が、私に止まった。
「ルアーナ、黙ってないで何か言ったらどうだ?」
さっきよりも鋭い口調でお父様がそう言った。
いつも私が喋ると「お前の声を聞いたら耳が腐る」とまで言うくせに……。
「私が口を出すようなことではない、と思いましたので」
「なんだと? お前は我がアルタミラ伯爵家の中で一人、死地に行くというのに、そんな無神経なことを言うのか?」
「そう言うわけでは……」
「やかましい! お前に聞いたが間違いだった!」
どうせ私がここで何を言っても、この人達は私の意見なんて参考にしない。
だから言う意味がない、ということで言ったのだが、話は通じないようね。
「……申し訳ありません」
「ふん、せっかくお前から言うのを待っていたというのに。やはりお前はアルタミラ伯爵家の汚点だな」
十五年間、言われ続けた言葉だ、もうそんなことを言われても特に悲しくもない。
だけど、私から言うのを待っていた、というのはどういうことだろう。
「もういい。ルアーナ・チル・アルタミラ。今回の辺境地への派遣、お前が行くのだ」
「……はっ?」
私が、辺境地へ派遣?
そんなことを言われるとは思っていなかったので、変な声を出してしまった。
いつもならそれについて怒られるところだが、今日は何も言われない。
お父様は何かに気づいたように「そうか」と言ってニヤリと笑った。
「お前にはまだ辺境の地がどういうところなのか、説明していなかったな」
さっきから出ていた辺境ディンケルの地というのが、私は全く知らなかった。
ずっと屋根裏部屋に軟禁されていたので、全然そういう情報はわからないのだ。
「辺境ディンケルはここ数年、帝国に向かって侵攻し続けている魔物を抑えている戦いの地だ。魔物の大量発生の原因は不明で、魔物の侵攻がいつ終わるのかいまだにわかっていない」
なるほど、辺境の地への派遣ってことは、その魔物の侵攻と戦うということなのね。
「魔道士一族である私達の家からも、一人は派遣しろとのことだ」
「……質問をしていいでしょうか」
「ふん、いいだろう」
「私は魔道士ではありませんが」
辺境の地で戦うということは、確実に戦力を求めているはず。
だからこそ、魔道士一族のアルタミラ伯爵家に声がかかったと思う。
だけど私は家族の中で唯一、魔法を全く習っていない。
「だからなんだ?」
「……だから、辺境の地に向かっても、私は全く役には立たないと思います」
「私がいつ、お前に役に立てと言ったんだ?」
お父様が馬鹿なのか、と言いたげに嘲笑した。
「お前のような穀潰しが戦場で役に立つなんて、誰も思っていない。ただお前は戦場に行けばいいのだ。そうすれば私達の家族は、誰も死なずに済む」
「……」
家族は死なずに済む……知っていたけど、私は家族ではないのね。
お父様が笑みを浮かべて続けるが、とても醜く歪んでいるように見える。
「初めて、お前がいて良かったと思ったよ。家族の誰かを戦場に派遣しろと言われた時はどうしようと思ったが、私たちには生贄に出来る者がいると気づいた時は、思わず笑みがこぼれた」
「そうですね、父上。穀潰しが家からいなくなり、俺達は戦場に行かなくて済む」
「本当に素晴らしい計画ですね、お父様」
お兄様とお姉様も歪んだ笑みを浮かべている。
さっきまで扇子で顔を隠していたお母様も、私のことを見下ろしている。
私は今年で十五歳だが、全然食べさせてもらっていないからか、身長が結構低い。
「この子が家に来た時はどうしようかと思っていたけれど、家に置いていてよかったわね」
私は婚外子で、平民の母親から生まれた。
十歳の頃に母親が病気で亡くなり、その頃からアルタミラ伯爵家にやってきた。
だから私だけ本当の家族ではない、ということでとても嫌われていた。
アルタミラ伯爵家の家族の中で、一人だけ髪色が青色というのも嫌われる要素だった。
家族全員が真反対の色、赤色の髪だったからだ。
平民の子だから魔法の才能も一切ない、と罵られて、満足に食事もさせてもらえない日々。
ほとんど毎日を屋根裏のほとんど光もない部屋に押し込められていた。
自分でもよく耐えられたな、と思うほどだ。
まあ、ちょっとした理由はあるんだけど。
「ルアーナ、辺境ディンケルの地には、お前が行け。私達の家族のために、生まれて初めて役に立ってみせろ」
これはもう命令で、私に拒否権はないでしょうね。
どれだけ嫌がっても、この人達は私を派遣させる。
「かしこまりました、私が行きます」
私の言葉に、全員が安堵したような息を漏らし、意地汚い笑みをこぼした。
「そうかそうか、行ってくれるのか」
「ははっ、これでようやくお前を妹と思えるかもしれないな」
「ふふっ、妹と思ったところでもういなくなりますが」
「私も娘と思う必要はなさそうね」
私以外の家族……いや、アルタミラ伯爵家が笑っている。
今まで私はこの人達を家族だと思おうとしていたけど、もうそれも無理ね。
私はこうして、アルタミラ伯爵家に生贄として捨てられた。
だけど簡単に死ぬつもりは、一切ない。
数日後、私は辺境ディンケルの地へ着いた。
多少は準備時間があると思っていたのだけど、私はすぐに馬車に乗せられてここまで来た。
さすがに王都からは距離があって、到着までは結構時間がかかった。
その間、最初はアルタミラ伯爵家の馬車で移動していたんだけど、本当に身体が痛すぎた。
あの人達は私に全く費用をかけたくないらしい。
だけど途中からは、ディンケル辺境伯様の馬車になってからはとても快適だった。
クロヴィス様は私がアルタミラ伯爵家の代表として派遣されていると思っているから、とても丁重に扱ってくれているのだろう。
魔道士一族の伯爵家が戦場に派遣する人が生贄なんて、誰も思わない。
ディンケル辺境に着き、まず私はクロヴィス様に挨拶することになった。
とても広い城のような屋敷に入って、クロヴィス様がいるところに案内される。
「ルアーナ様、こちらです」
「は、はい」
大きな扉の前に立ち、一度深呼吸をする。
緊張するけど、私の人生はここで決まると言っても過言ではない。
私はクロヴィス様に、自分を売るのだから。
扉が開かれ、目の前には執務室にしては玉座のような豪華な部屋。
そして正面に大きな机があり、そこに男性が座っている。
黒髪で整った綺麗な顔立ち、とても鋭い視線で私をジッと見ていた。
この人がクロヴィス・エタン・ディンケル様。
確か年齢は私の父親と一緒くらいなはずだけど、恐ろしく顔立ちが整っていて威圧感もあり、とても若く見える。
「辺境伯様、アルタミラ伯爵家の者を連れて参りました」
私を連れてきてくださった執事さんがそう言った瞬間、クロヴィス様が眉を顰めた。
「なに? どういうことだ?」
私の身体を下から上まで見て、子供だと思ったようだ。
十五歳なのでそこまで子供ではないのだが、見た目はもう少し幼く見えるだろう。
「アルタミラ伯爵家からは魔道士が来るはずだが? この痩せ細った子がその魔道士だと?」
「私達は伯爵家から魔道士がこの子だと聞いて、連れて参ったのですが……」
「はぁ……どうやらアルタミラ家は皇室派閥ということで、調子に乗っているようだな」
クロヴィス様は大きくため息をついた後、私をジロっと睨んでくる。
「お前、名前は? 歳はいくつだ」
「ルアーナ・チル・アルタミラと申します。今年で十五歳です」
「なに、十五だと?」
身長も低く顔も童顔なので、やはり十五歳に見られなかったようだ。
隣に立っている執事さんも驚いている雰囲気がある。
「アルタミラ家の家系は男が一人、女が一人でどちらも十八を超えていたはずだ」
「私は婚外子で、五年前からアルタミラ伯爵家で暮らしております。その事実はあまり知られていないかもしれません」
あの人達のことだ、私の存在を他の貴族とかに隠していてもおかしくはない。
「婚外子だと? 隠していた子供を、自分達が戦場に行きたくないから送ってきたのか。チッ、クソだな」
さらに苛立ちが増したクロヴィス様、やはり威圧感がすごくて少し怖い。
だけど怖気付いている暇はない、私はこの人に自分を売りに来たのだから。
「さて、どうするか……」
クロヴィス様が私の処遇か、それともアルタミラ伯爵家をどうするかについて考え始めた。
このままだったら私はすぐにここを追い出されるかもしれない。
お話をするなら、今だろう。
「クロヴィス様、発言の許可をお願いいたします」
「……ああ、なんだ?」
「ありがとうございます。私は魔道士としてはまだまだ未熟ですが、魔法は使えます。必ず戦場で役に立ちます」
「ほう、戦場で役に立てると? 魔道士として未熟だとわかりながらも? 魔法を使えるだけで戦えると思っているのか?」
クロヴィス様は私のことを見下ろすように睨んでくる。
言葉が詰まりそうになりながらも、私は話を続ける。
「き、希少魔法を使えます。四大魔法じゃないものです」
私は伯爵家では全く魔法を教わらなかったけど、伯爵家に来る前に魔法を発現させていた。
私を産んでくれた実母は魔法に少し詳しく、私が使うのが四大魔法じゃないということを教えてくれた。
そして他人にあまり言わないようにした方がいい、と言われていた。
希少魔法はその名の通り、四大魔法に属さない全く別の魔法で使える人が非常に少ない。
貴族の中でもほとんどいないので、妬まれて面倒なことが起こる可能性が高い。
だから他人には教えないようにと言われていたので、私はアルタミラ伯爵家の誰にも言ってはなかった。
あの人達は家族じゃなかったから。
クロヴィス様も他人だけど、ここで私は賭けに出た。
そうしないと、私はこのまま追い出されて野垂れ死ぬかもしれないから。
「希少魔法? なるほど、悪くはないが戦闘に役に立たない魔法だったら意味はないぞ」
「っ……」
そう、それが私にはわからない。
希少魔法は珍しいだけで、強いわけじゃないこともあるらしい。
私の希少魔法がどれだけ使えるものなのか、私にもわからない。
「お前が使えるという希少魔法はなんだ?」
「それは――」
答えようとした時、この部屋の扉からノックが響いてきた。
ビックリしてしまい、一瞬だけ言葉が出なかった。
「辺境伯様、ジークハルト様をお呼びしました」
部屋の外からそんな声が響き、クロヴィス様が「ああ」と忘れていたように声を出す。
「そういえば呼んだんだったな。入れ」
クロヴィス様は扉の方に声をかけた。
まだ私と喋っているんだけど……それだけ重要な人が来るのか、私が全く重要だと思われていないのか。
扉が開いて入ってきたのは、男性だった。
身長が高くスラっとしているが、顔立ちも整っているがどこかまだ大人っぽく見えない。
青年という感じなのだが、どこかで見覚えが……あっ!
私は正面に座るクロヴィス様を見てから、もう一度入ってきた男性を見る。
クロヴィス様を少し幼くした顔立ち、髪の色も黒で全く同じだ。
つまりこの人は……。
「ジーク、よく来たな。前線はどうだ?」
「いつも通りですよ、父上。何人かが怪我をして、何人かが死んで、魔物の侵攻を止めているだけです」
クロヴィス様を父上と呼んだ、やはりこの人はクロヴィス様の御子息のようね。
喋りながら私の隣に来た、ジークという男性。
身長は結構高く、私と頭二つ分くらい違う。
一瞬だけ私のことを見下ろしてから、クロヴィス様の方を見る。
「で、父上。このガキはなんですか?」
「っ、ガ、ガキって……」
まさかそんな失礼なことを言われるなんて思わず、ショックを受けてしまう。
「その子はアルタミラ伯爵家から来た子だ」
「はっ? 魔道士が来るはずじゃなかったんですか? なんでこんなガキが?」
に、二回も言われた……。
この人、本当にクロヴィス様の子息?
容姿は似ているのに、雰囲気は全然似ていない。
クロヴィス様は厳かで威圧感ある雰囲気なのに、この人は口調などもあるのか軽い印象を受ける。
「その子は希少魔法を使えるとのことだ、魔道士としてはまだ未熟のようだがな」
「はっ、希少魔法なんてただ珍しいだけで、役に立たないことが多いでしょ」
「ずっとガキと言っているがジーク、お前と同い年だぞ」
「はっ!? 十五歳!? こんなガキが!?」
とても驚いた様子で、私を見下ろしてくるジークという男性。
この人も私と同じ十五歳なのね、容姿だけを見ると私よりも年齢が上に見えた。
精神年齢はとても幼そうだけど!
「本当にお前、十五歳なのか? 嘘ついてるだけじゃねえの?」
無遠慮に、そして敬語も外して私にそう聞いてきた。
なんだか、少しムカっとするわね。
クロヴィス様の御子息のようだけど。
「本当よ。証明することは出来ないけど」
「へー、お前みたいなチビがね」
「あなたも十五歳なの? 見た目は年相応かもしれないけど、言動がまるで子供ね」
「はっ? なんだと?」
上から見下ろして睨んでくるけど、私も負けじと睨み返す。
私はあのクソみたいな家で五年間も耐えたのよ、こんな奴の視線なんかに負けないわ。
「ふん、生意気な女だな」
「生意気で結構よ」
「ふっ、仲良くなりそうで何よりだ」
「「なりません!」」
クロヴィス様の言葉を否定したら、私と同じ言葉を被してきた。
また同時にお互いを睨む。
「それで、ルアーナ。お前の希少魔法を教えてもらっていいか?」
あ、そうだ、まだクロヴィス様の質問に答えていなかった。
ジークとかいう変な男が来たせいで。
「はい、私の希少魔法は、光です」
「っ……光、だと?」
私の言葉を聞いた瞬間、クロヴィス様の目が鋭く光った。威圧感も増した気がする。
私には光魔法が強いかどうか、私は全くわからない。
というか正直、弱いかもしれないと思っている。
屋根裏部屋の暗闇を照らすのにはとても役立ったのだけど。
それ以外の使い道がわからない。
「それは本当に光魔法か? 違うものではないのか?」
「えっ? いや、多分そうだと思うのですが……」
「なぜ自分の魔法が光だと?」
「私は屋根裏……あの、暗い部屋で過ごすことが多かったのですが、その時に自分の魔法で光を出していました」
「火ではなく、光か?」
「はい、光の球です」
なぜここまで疑われるのだろうか?
ここまで言われると、私も自分の魔法が光なのか不安になってくる。
クロヴィス様は険しい顔で私を睨んでくるが、嘘をついていないので視線を逸らさない。
しばらくしてクロヴィス様が睨むのをやめて、「ふむ」と頷いてから喋る。
「そうか、それが本当だったら、ルアーナ。お前は使えるかもしれない」
「っ、本当ですか?」
「ああ、すぐに前線へ行ってもらう、と言いたいところだが、まずはお前の魔法をしっかり調べよう。訓練所に向かおうか」
クロヴィス様が立ち上がりながら、ジークに声をかける。
「ジーク、お前も来い」
「えっ、俺もですか? なんで俺がこんな奴のために……」
「いいから、来るんだ」
「……はいはい、わかりましたよ」
ジークは頭をかいて、ため息をつきながら了承した。
クロヴィス様にこんな態度を取っていいのかと思ったけど、彼は御子息だから大丈夫なのよね。
なんだか、その関係性が少し羨ましい。
私はアルタミラ伯爵家でもずっと堅苦しい雰囲気で、ふざけたり冗談を言ったりしたことは一度もなかった。
家族と会話することもなかったし、使用人達も私をアルタミラ伯爵家と認めていなかったから、ずっと下に見られていた。
「おい、お前。名前は、ルアーナだったか?」
「えっ、あ、うん」
「訓練所に行くぞ」
ジークはそう声をかけてから、私の前を歩いて部屋を出た。
私も慌ててついていき、ジークの隣に立って歩く。
クロヴィス様もジークも身長が高いので、私は早歩きをしてついていく。
「お前、さっきの話ってなんだ?」
「えっ、何の話?」
「屋根裏がどうこう、って話だよ」
ああ、私が光魔法の説明をする時の話ね。
言いかけてやめたけど、別に言ってもいいわよね。
「私がいつも光もほとんど当たらない屋根裏部屋で過ごしていたって話よ」
「はっ? どういうことだよ、伯爵家なら部屋は余ってるだろ」
そういえばジークには私が婚外子だって言ってなかったわね。
「私は婚外子だったから、アルタミラ伯爵家の家族と思われてなかったのよ。部屋は当然余っていたけど、使わせてもらったことはないの」
「……そうかよ」
ジークはそう言って黙って歩き始めた。
私も別に不幸自慢をしたいわけじゃないから、一緒に黙って早歩きをした。
数時間後、訓練所での私の希少魔法の検証が終わった。
私も屋根裏部屋で明かりをつけるために使っていただけなので、いろいろ試せた。
その結果、私は前線で戦うこととなった。
「ルアーナ、お前の力は優秀だ。役に立ってくれるか?」
クロヴィス様が笑みを浮かべてそう言ってくださった。
「はい、もちろんです。その代わりと言ってはなんですが、衣食住を確保していただければと思うのですが……」
「もともと魔道士を受け入れる予定だったのだから、そのくらいは当たり前だ」
「ありがとうございます!」
よかった、とりあえず野垂れ死ぬことはなくなったみたいね。
「ジーク、ルアーナを連れて行ってくれ」
「はぁ、やっぱり俺か。わかりましたよ」
ジークはまたため息をついたけど、さっきよりは素直に私を案内してくれてるみたいだ。
クロヴィス様に一礼してから、私はジークの後を早歩きでついていく。
「よかったな、父上に認められて」
「そうね、本当によかったわ」
「……気になってたけど、お前なんで俺にはタメ口なの?」
「えっ、同い年だから。それにジークもタメ口じゃない」
「本当に十五歳なのか俺はまだ疑ってるけどな、お前チビすぎるし」
「失礼ね。満足に食べさせてもらえなかったから、小さいだけよ」
「……そうか」
あっ、また不幸自慢みたいになってしまったかな?
だけどジークもそこまで気にしてないみたいだし、大丈夫よね。
「あと、俺の名前はジークハルトだ。ジークっていうのは父上と……母上だけが呼んでる愛称で、気軽に呼ぶんじゃねえ」
「……わかったわよ、ジークハルト」
長くて呼びづらいけど、しょうがない。仲良くない人に愛称を呼ばれても、良い気はしないでしょう。
「ほら、着いたぞ。お前の部屋はここだ」
ジークハルトが扉を開けてくれて、私は部屋の中に入った。
「わぁ……!」
思わず私は感嘆の声を上げてしまった。
とても広くて綺麗な部屋で、ベッドやソファも豪華で大きい。
大きな窓もあって外の景色が見える、外は綺麗な庭になっていた。
「こ、ここを私が一人で使っていいの?」
「当たり前だろ、何言ってんだ」
「だってこんな素敵な部屋、初めてで……!」
「……ふん、そうか」
ジークハルトが何か呟いたのが聞こえたけど、私は部屋の素晴らしさに感激してそれどころじゃなかった。
真ん中に立って部屋中を見渡して、ソファに腰を下ろす。
とてもふかふかで、そのまま沈み込んで埋まってしまいそう。
すごすぎる……!
「はっ、ガキみたいだな、おい」
「むっ……」
揶揄うように言ったジークハルト、確かに今のはちょっと否定出来なかった。
少し恥ずかしくなって、ソファから立って咳払いをする。
「ルアーナ、明日からお前はすぐに前線に出るだろう。今のうちに部屋を楽しんどけよ」
「ご、ご忠告ありがとう」
ジークハルトはそう言ってから部屋を出て行った。
心配してくれた? 意外と優しいのかしら?
だけど彼の言う通り、しっかり前線で活躍しないと追い出されるかもしれないし、それよりも先に前線で戦って死ぬこともある。
これからね、頑張らないと。
……そういえば、人とこんなに会話したのはいつ振りだったかしら。
翌日、私は魔物との戦いの前線へ来ていた。
魔物は一日に数度、数十体という大群で一気に来るらしい。
ここは第一前線で、ジークハルトが言うには一番魔物の数が多い前線のようだ。
「緊張してるか、チビ」
隣に立っているジークハルトが、私の顔を覗き込みながら言ってきた。
揶揄うような笑みを浮かべているので、なんだか腹が立つ。
「大丈夫よ、いけるわ」
魔道士なので壁の上から魔法を放つことになっている。
私は壁の端に立って、魔物を食い止めている前線を見下ろす。
「っ……」
魔物と人々が戦い合って、悲鳴と怒声が響き渡っている。
魔物の死体が多く転がっていて、見たくはないが人の死体も。
想像していたよりも、キツい。
これが、戦場なのね……。
「どうした、ビビったか?」
私の隣に立ったジークハルトが、また声をかけてきた。
さすがに私もここで軽口を言う気概がなく、何も答えられなかった。
私が黙っていると、ジークハルトが壁のギリギリに立って下を見下ろす。
「そうかよ、まあ別にいいんじゃね。ガキなんだから、後ろに下がってろよ」
「っ、私は、ガキなんかじゃ……」
「俺は先に行くぞ。ガキじゃないんだったら、後からでもついてこいよ」
彼はそう言い放ってから、壁から飛び降りた。
結構な高さなのに全く躊躇せず降り立って、そのまま剣を振るって魔物を倒していく。
励ましの言葉、だったのだろうか。まだそこまで接してないけど、ジークハルトらしい言葉だった気がする。
「ルアーナ、今日が無理なら下がっていていいぞ。無理させて死んでほしくはないからな」
「クロヴィス様……」
後ろで見守ってくれていたクロヴィス様が、優しく声をかけてくれた。
クロヴィス様は私の希少魔法を評価してくれているから、そう言ってくれたのだろう。
だけど私は、ここでやるしかないのだ。
それに……下で魔物を倒して、私のことを挑発するように見上げてくるジークハルトに、一泡吹かせてやりたいという気持ちもある。
「いえ、やります……やらせてください!」
「……ああ、頼んだぞ」
私はもう一歩前に出て、両手を前に出す。
魔法を使ったことは何百回、何千回もある。一日中、暗闇の中を照らしていたのだから。
「『光明』」
私がそう詠唱すると、両手から光が放たれる。
今までは部屋の中を照らすくらいの光しか出したことはなかったが、昨日試してみて、結構な光の量が出ることを知った。
初めての前線で緊張しているからか、昨日ほどの光量にはなってない。
しかし効果はあるようだ。
「なんだ、魔物達が苦しんでいるぞ!?」
「あの光に反応しているのか?」
四足歩行の魔物は唸って動けなくなり、二足歩行の魔物は頭を抱えたりして、動きを止めている。
私の光魔法には魔物にだけ効くようで、人体には全く害はない。
「全員、今のうちに魔物を片付けろ!」
下でジークハルトがそう指示を出しているのが聞こえる。
私は光を出し続けている。長く保たせることに関しては全く問題ない。
屋根裏部屋で起きている間、ずっと光魔法を使い続けていたのだから。
そして十分もすれば、ここにいる魔物が全部倒し終わった。
全部倒したのを確認し、私は光魔法を止めた。
その瞬間、下にいる人達が全員私のことを見上げているのがわかった。
「えっ、あ……」
思わず小さく声を上げてしまった。
どう見ても私の光魔法で魔物の動きが止まっていたし、誰が出しているのかは光で見えないから、気になって見上げていたのだろう。
だけどこんな大勢から注目されるなんて初めてのことで、どうすればいいかわからない。
下を見ながら視線をあちこちにズラしていると、ふとジークハルトと目が合った。
彼はニヤッと笑ってから、大声を上げる。
「あのお方こそがこの戦いの救世主となる、聖女ルアーナだ!」
「えっ……」
私、何も聞いてもないんだけど。
それにそんな力もないし……。
しかしジークハルトの声を聞いた兵士の方々は、雄叫びを上げた。
「救世主! 救世主様だ!」
「聖女ルアーナ様!」
「うおおおぉぉぉぉ!!」
あちこちから歓声が響いてきて、私にはどうすることも出来なかった。
ジークハルトをもう一度見ると、彼は可笑しそうに笑みをこぼしていた。
あいつ……適当に言って、面白がっているのね!?
別にマイナスなことは言われてないけど、先日まで屋根裏部屋で過ごしていた私が、こんな期待をされても、なんか居心地が悪い。
くっ、本当にあいつは……!
だけど、彼のお陰で今日は動き出せたから、それは感謝しているけど。
いまだに「聖女! 救世主!」と雄叫びを上げる兵士の方々。
ずっと見られているから、私は苦笑いをしながら手を振った。
すると「うおおぉぉぉ!!」という地鳴りに近い歓声がまた響いた。
……なんか、やりすぎだと思うけど?
ここまで騒ぎになるなんて、あいつも絶対に思っていなかったでしょ。
「ふふっ、人気者になったものだな」
「……そうでしょうか」
私の後ろにいるクロヴィス様も、どこか楽しんでいる気もする。
そうして私の初陣は、大成功に終わった……少し納得がいかない部分があるけど。
「よう、聖女様」
「……一回殴らせてくれない?」
初陣後、クロヴィス様の屋敷に戻り、ジークハルトとの最初の会話だった。
ニヤけた顔で言ってきたのが、とてもイラっとしてしまった。
「なんでだよ、俺がせっかくお前の名声を高めてやったのに」
「誰が頼んだのよ。あんたが勝手にやったことでしょ」
「ああ、めっちゃ笑ったわ」
「この……!」
はぁ、言い争っているのも疲れるわね。
後ろで私達のやり取りを聞いて、クロヴィス様が笑っている。
「ふっ、本当に仲良さそうで何よりだな。この後は食事するつもりだが、ルアーナも一緒に食べるか?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんだ。いいよな、ジーク」
「……まあ、俺はいいですよ」
ジークハルトも頭を掻きながら了承してくれた。
誰かと食事をするなんて、何年ぶりだろうか。
楽しみだけど……いや、とても楽しみだ。
そして食事の時間になり、広い食堂の中で三人で食べ始める。
食事はとても素晴らしいもので、量も多くて味も本当に美味しい。
「ルアーナ、どうだ? 口に合うか?」
「あ、はい、クロヴィス様。とても美味しいです」
「そうか、それならよかった」
クロヴィス様は優しく微笑んでそう言ってくれた。
無表情だったり、睨んだりすると怖いけど、微笑むと意外と優しい笑みを浮かべるらしい。
ジークハルトも、同じような笑みをするのかしら。
「あっ? 何見てんだよ」
大きな口を開けてお肉を食べようとしているところを見ていたら、そう言われてしまった。
「別に、見てないわ」
「そうかよ。というかお前、全然食べてないな」
ジークハルトの言う通り、私の前にあるお皿はほとんど空いていない。
本当に美味しくて、もっといっぱい食べたいのだけれど……。
「お前が食べないなら、俺が食べるからな」
「あっ……」
「んっ、美味いな。さすが俺の家の料理人だ」
「ジーク、はしたないぞ。それにお前の家じゃなく、私の家だ」
「んっ、ごめんなさいでした」
ジークハルトが私のご飯を食べたが、今回は全く怒る気がしない。
むしろ、ありがたかった。
「ルアーナ、大丈夫か?」
「はい、食べられたことは気にしてませんから、大丈夫です」
「そうではない。食べられないのだろう?」
「っ……」
やはり、見抜かれてしまったようだ。
初めて魔物と戦う戦場に出向いて、魔法を遠くから放っていただけ。
でも魔物の死体、それに人の死体……それらを見るのは初めてで、こんなに美味しい食事の前でも、食欲が失せていた。
「すみません、せっかくこんな食事を用意していただいたのに……」
「気にするな、食事ならジークが全部食べられるだろう」
「……ん、まあ余裕ですよ」
ジークハルトは私の前で身を乗り出して、また私のお皿から食事を取って食べていく。
本当に全く問題ないようだ。
私は壁の上から降りずに魔法を放っていただけで、彼は魔物を剣で斬って戦い、死体と距離が近かったはずなのに。
そこは素直にすごいと思う。
「ルアーナ、あまり気にするな。歴戦の兵士でも最初はそうなっていた者が多い」
「そうなんですか?」
「ああ、ジークも初陣後は何も食べられず、無理して食べて戻していた」
「ち、父上! なんでそれを言うんですか!?」
ジークハルトは恥ずかしさを隠すように立ち上がった。
「事実だろう?」
「じ、事実ですが、俺の初陣は三年前の十二歳で、こいつとは年齢が違います! 一緒にしないでください!」
「そうだったか? だがその日の夜は……」
「ああ! もう何も言わないでください!」
「ふっ、そうだな。もう言わんよ」
何かもっと恥ずかしいことがあったようだが、それはさすがに言わないようね。
だけど、なんだかとても羨ましい。
二人のやり取りが、とても家族っぽくて。
その後、私の食事をほとんどジークハルトが食べてくれた。
その日の夜、私は辺境伯家の用意してくださった広くて豪華な部屋、その中の柔らかいベッドで寝転がっていた。
もういつもならとっくに寝ている時間。
今日は初陣だったから疲れているのに……全く眠れない。
やはり思ったよりも、魔物や人の死体、戦場に出向いて見た光景がショックだったみたい。
明日からまた戦場に行くのに……しっかり寝て休まないといけないのに……。
そう思えば思うほど、眠気がどこかに飛んでいく。
どうしよう……そう思っていたら、部屋のドアにノックが響いた。
「ひゃっ!?」
こんな深夜に誰かが来るとは思っていなかったので、変な声が出てしまった。
「だ、誰ですか?」
「……俺だ、ジークだ」
「ジーク?」
問い返してしまったので愛称で呼んでしまったが、ジークハルトはそこに関しては何も言わなかった。
「開けるぞ」
「えっ、ちょっと……!」
私の制止を聞かず、ジークハルトは勝手に入ってきた。
両手で何かトレイを持っているようで、足で扉を開けてきた。
「どうせ寝られてねえんだろと思ってたが、やっぱりだな」
「い、いきなり来て、なに? 女性の部屋に勝手に入ってくるなんて……」
「はっ、女性扱いされたいなら、もう少しデカくなってから言うんだな」
むっ、やっぱりこいつは本当に……って、えっ?
彼が持ってきたトレイには、湯気が出ているミルクが入ったカップが二つあった。
「飲むぞ、ソファに座れ」
「え、えっと……」
「早く座れって」
私は戸惑いながらもソファに座ると、私の前にカップを置いてくれて、隣にジークハルトが座った。
ジークハルトはそのまま何も言わずにミルクを飲んでいる。
「の、飲んでいいの?」
「……なんだ、まだ飲み物も口に入らないのか? それなら俺が飲むが」
「い、いや、それは大丈夫……ありがとう」
「んっ」
彼は照れ隠しのように小さく返事をして、ミルクを一口飲んだ。
私も隣で息を少し吹きかけてから、一口。
「美味しい……」
思わず口に出てしまった。
温かい飲み物なんて、アルタミラ伯爵家にいた頃も一度も飲んだことはなかった。
冷え切った身体や心に、じんわりと温かさが広がっていく。
「ジーク、ありがとう」
あ、また愛称の方で呼んでしまった。
「……ん」
しかしまた何も言わずに、軽く返事をしたジークハルト。
この時間、もう料理人や使用人の方々も寝ているはず。
おそらくジークハルトが、自分で作って持ってきてくれたのだろう。
やっぱり彼は意地悪なところはあるけど、とても優しいみたいね。
しばらく私達は黙って、ミルクを一緒に飲んだ。
全部飲み終わり、私がまた「ありがとう」と言うと、ジークハルトが「んっ」とまた軽く返事をする。
これでジークハルトが帰ると思ったのだけど……。
「じゃあ、ベッドに入れ」
「えっ?」
「どうせこれだけじゃすぐに寝られねえよ。ほら、入って寝っ転がれ」
無理やり背中を押すようにしてベッドに促され、布団の中に入れられて寝かされる。
そしてジークハルトがベッドの縁に座った。
「手出せ」
「手?」
「ああ」
訳も分からず彼の方に手を差し出すと、彼は優しく手を繋いでくれた。
「こうしといてやるから、早く寝ろ」
「えっ?」
なんでいきなり?
とても優しいことをしてくれているけど、昼間までのジークハルトじゃないみたい。
「あなた、本当にジークハルト?」
「なんだよそれ。失礼な奴だな」
「だって、いきなりこんな……」
「……別に、俺がやってもらったことをお前にしているだけだ」
「ジークハルトが、やってもらったこと?」
私がそう問いかけると、ジークハルトは小さく頷いて視線を外す。
「俺が十二歳で初陣に出た頃に、母上にやってもらったことだ」
「そうなんだ……」
ジークハルトでも小さい頃は、私みたいに参ってたのね。
だけど母上って、私はまだ会ってないけど……。
「ジークハルトのお母様って……」
「母上はもう、ここにはいない……」
「っ……そっか」
病気なのか、それとも前線に出て魔物に襲われたのかわからないけど。
彼の母親は、もう……私と同じね。
「私も……」
「ん?」
「私も、伯爵家に行く前に、お母さんを亡くしたの」
「……そうか」
「私のお母さんもこうやって……手を繋ぎながら、寝てくれたなぁ」
ジークハルトの手を少し強く握ると、彼もそれに返すよう少し強く握ってくれる。
お母さんよりも大きくて強い力、だけど痛くはなく、むしろ心地いい強さ。
少しゴツゴツしていて、剣を握っているからタコが出来ている。
手を握られるのって結構安心するから……本当に、眠くなってきた。
「ジーク、ハルト……このまま寝ていい?」
「お前が早く寝ないと、俺も部屋に戻れねえから」
「うん……寝るまで、握っててくれる?」
「……ああ、握っててやる」
「ありが、とう……ジーク」
こんなに優しくしてもらったのは、何年振りだろうか。
人に手を握ってもらったのは、何年振りだろうか。
私にお兄さんがいたら、ジークハルトみたいな人なのかな。
だけどこんな意地悪をするお兄さんは、少しだけ嫌かも。
……でも、家族ってこんな感じなんだろうなぁ。
ディンケル辺境地に来てから、ずっと忘れていた温かさを思い出している気がする。
そんな温かい気持ちを抱きながら、私はゆっくりと眠りについた。
翌日、起きた時にはジークハルトはいなかった。
本当に快眠でぐっすりと眠れて、昨日の夜に全然寝られなかったのが噓のようだ。
起きてから側にある鈴を鳴らすと、使用人の方々が来て朝の支度を手伝ってくれる。
昨日もやってもらったのだが、やはりまだ全然慣れない。
身支度を終えて、食堂に行くとすでにジークハルトが座って食事をしていた。
「……お、おはよう、ジークハルト」
「んっ、はよ」
軽く返事をしたジークハルトの前の席に座り、私も朝食を食べ始める。
伯爵家では朝食なんてほぼ食べてこなかったから、こんなに食べられるかしら。
「もう食べられるのか?」
「えっ? あ、うん、もう大丈夫」
「そうか」
ジークハルトが心配してくれたみたいで、なんだか嬉しい。
そう思って笑みを浮かべていると、彼が不機嫌そうに私のことを睨んでくる。
「鬱陶しい視線を向けるなよ、このチビ。これからはどれだけ参ってても、何もしねえからな」
「むっ、チビじゃないわ。同い年よ」
「同い年でもチビだろうが」
くっ、この男は……自分の評価を上げたいのか下げたいのか、どっちなのかしら。
だけど耳が少し赤いから、照れている?
そう思うと可愛いわね、ツンツンして素直になれない男の子って感じで。
兄っぽいと思っていたけど、意外と弟っぽくも見えてきた。
「いつか大きくなって、ジークハルトを見下ろすから」
「はっ、そんな日は永遠に来ないな」
私達がそう言って睨み合っていると、クロヴィス様が食堂に入ってくる。
「おはよう、二人とも。仲良さそうで何よりだ」
「「仲良くないです!」」
また同じ言葉を同時に発してしまい、キッと睨み合った。
◇ ◇ ◇
私がディンケル辺境の地に来て、三年が経った。
とても長かった気がするけど、あっという間だった気もする。
ずっと前線で戦い続けたから、もうそんな時間が経ったのかって感じね。
今日も前線で戦っているのだが、私は魔導士なのでいつも上から魔法を放つだけ。
しかも三年前の初陣と同様に、光魔法を放つという仕事。
だけどこの三年間で、かなり魔法も強くなった。
「『光明』」
私が魔法を放つだけで、近くにいる魔物が粒子状になって骨も残らず消えていく。
魔物によっては魔石を残していくのだが、とても強い魔物だけしか体内に魔石はないから、ほとんど何も残らない。
結構遠くの方にいる魔物は消えはしないが、ずっと苦しんで動けなくなる。
そこをいつも通り、兵士の方々が魔物を倒していく。
魔物の大群を殲滅し、ひとまず魔物を片付けた。
私は壁上から降りて、戦場を見て回る。
「聖女様だ、今日も光り輝いている……!」
「今日もお美しい……!」
三年後の今も、まだ聖女と呼ばれてしまっている。
あいつのせいで、本当に……まあもう慣れちゃったけど。
だけど綺麗とか美しいとか言われるのは、素直に嬉しい。
この三年で私は容姿がかなり変わった自覚がある。
とても小さくて子供に見られる身長だったが、今は平均女性の身長くらいになった。
まだ少し細いけど、健康的な細身なスタイルになっていると思う。
顔立ちは可愛いとか綺麗とか言われることが多いから、悪くないんじゃないかな?
「聖女様、本日もお疲れ様です!」
「ええ、お疲れ様です」
近づいてきた兵士に愛想笑いをしながら返す。
なぜか頬が赤い若い兵士、風邪でも引いてるのかな? そんな状態で戦うのはすごいわね。
「その、今日この後は何をするおつもりでしょうか? 兵士達の親睦会があるのですが、よければ聖女様も……」
「おい、お前」
「え、あっ……!」
若い兵士の後ろに背の高い男性が一人現れて、すごい顔で見下ろしている。
この戦場で一番魔物を倒している人で、ディンケル辺境地で彼を知らない者はいないだろう。
「ジ、ジークハルト様……!」
「お前、新人か?」
「は、はい!」
「親睦会とか言っていたが、なぜお前ごとき新人のために聖女様がそこに行かないといけないんだ?」
「そ、その……」
若い兵士よりも身長が高いジークが、威圧をかけるように問い詰める。
さっきまで頬が赤かった兵士も、顔全体が真っ青になっているわ。
「ジーク、やめなさい。大人げないわよ」
「……ふん」
ジークが睨むのをやめると、若い兵士は慌てて一礼してどこかに行ってしまった。
「別に親睦会くらい、私は出るのに」
「……そんなの時間の無駄だろ」
彼はつまらならそうにため息をつきながら言った。
ジークもこの三年で、とても成長した。
身長も伸びて、私と頭一個分くらい高くなっている。いつか抜かしてやると思ってたけど、さすがに無理ね。
顔立ちも三年前はまだ幼さが残ってたけど、それも消えてとても男らしくなった。
クロヴィス様に似ているけど、あの方ほど鋭い雰囲気ではない。おそらくお母様に似たのだろう。
まあ簡単に言うと……とてもカッコよくなった。
あと私は「ジーク」と呼ぶようになった、少しは心を許してくれているようだ。
「そんなこと言わないの。私を慕ってくれているのは嬉しいし」
聖女様、とよく呼ばれて慕われているのはわかる。
伯爵家にいた頃とは全然違うから、それは嬉しい。
「……くそが、聖女なんてふざけて言うんじゃなかったぜ」
「えっ、それをあなたが言うの?」
ジークが言ったから、最初はとても苦労したんだけど。
だけどジークも最初は面白がってたのに、最近は私が聖女って呼ばれることを揶揄ってくることがないわね。
むしろ今みたいに不機嫌になってる気がする。
そんなに飽きたの? 自分で言い始めたくせに。
それはそれでちょっとイラっとするけど。
「ほら、もう行くわよ。クロヴィス様に呼ばれてるんでしょ?」
「ああ、そうだったな」
私とジークは戦後処理をしてから、辺境伯家に戻った。
辺境伯家の使用人達も全員顔見知りになって、なんだかこの家の人になったみたいで少し嬉しい。
歩き慣れた廊下を通って、クロヴィス様がいらっしゃる執務室へと向かう。
「私達二人に話があるって言ってたけど、何の話か知ってる?」
「さあ、知らないな」
一人ずつ呼ばれることは多いが、二人一緒に執務室に呼ばれることはあまりない。
どんな内容なのか、と思いながら向かって話を聞くと……。
「二人とも、これから王都に行け」
「えっ?」
いきなりそんな話をされて、ビックリした。
「王都? なぜですか?」
ジークも不思議そうに問いかけた。
「辺境地で戦うばかりで、お前らは人脈を全く作っていなかったと思ってな」
「人脈作り?」
「ああ、貴族は狭い社会で回っている。最低限の人脈は作っておいた方がいいだろう。幸い、魔物の侵攻も最近はだいぶ落ち着いてきた」
なるほど、そういうことなら王都に行く必要があるわね。
だけどジークが行くのはわかるけど、私も?
「クロヴィス様、私も行くのですか?」
「もちろんだ、ルアーナもディンケル辺境伯家の者として行くぞ」
「辺境伯家として……いいんですか?」
前からクロヴィス様は私を認めてくれたようで、ディンケル辺境伯の家族だと言ってくれる。
「もちろんだ。王都にはタウンハウスもあるし、そこでしばらく暮らせるだろう」
それはとても嬉しいのだが、私がディンケル辺境伯家として行くのは申し訳なさすぎるというか……。
そう思って断ろうとしたのだが、執務室にまた人が入ってきた。
「あら、みんな揃ってるのね。私だけ仲間外れなんて寂しいわ」
入ってきたのは女性……クロヴィス様の奥様のアイル辺境伯夫人、ジークのお母様だ。
アイル夫人はとても綺麗な人で、半年前まで療養していたとは思えないほどだ。
……そう、ジークの母親は、別に亡くなってなどいなかった。
確かにジークは「ここにはいない」としか言ってなくて、私が勘違いしただけだった。
だけど私が勘違いしたってことを知りながら、面白がって何も言わなかったジークはやはり性格が悪いと思う。
「ひどいわ、あなた。ジークちゃんもルアーナちゃんもいるのに、私を呼んでくれないなんて」
「仲間外れにしたつもりはないよ、アイル。君も呼ぶつもりだった」
「そう? それならいいけど」
私とジークの前に座っているクロヴィス様の隣……ではなく、膝の上に横向きに座ってお姫様抱っこのようになるアイル夫人。
「こらこら、アイル。息子達の前だぞ」
「いいじゃない、何年もあなたと別れて暮らしていたんだから。それとも、あなたは嫌なの?」
「嫌なわけがないだろ、アイル。私も君と一緒に暮らせて嬉しいよ」
……私達を放ってイチャつき始めた辺境伯夫婦。
アイル夫人がこの屋敷に帰ってきてから、たびたび起こっていることでもう慣れてしまった。
いつも厳しいクロヴィス様が、まさかここまで愛妻家だとは思ってもいなかったけど。
「私達がまた一緒に暮らせるようになったのは、ルアーナのお陰だ」
「本当ね、ルアーナちゃん、ありがとう」
「いえ、私は当たり前のことをしただけです」
半年前、私の光魔法が新たな力を手に入れた。
それが傷を癒す力で、魔物にやられてずっと療養していたアイル夫人の傷を癒したのだ。
まだ完全に治したわけでないのでアイル夫人は戦うことは出来ないが、日常生活は普通に送れるようになったので、こちらに帰ってきた。
「本当にいい子ね、ルアーナちゃんは。こんな子が娘になってくれれば嬉しいわね」
「そう言ってくださるのはとても嬉しいです」
「あら、私は本気よ? ねえ、あなた」
「そうだな、アイル。私もルアーナが娘になれば嬉しい」
お二人は見つめ合いながらも、チラチラと私の隣にいるジークを見ている気がする。
なんでだろう? もしかして息子じゃなくて、娘が欲しかったとか?
私もジークを見ていると、彼は気まずそうに視線を逸らす。
「……なんで俺のこと見てんだよ」
「ううん、ちょっとね……」
そういえばジークとクロヴィス様は容姿がとても似ているけど、性格も似ている気がする。
「もしかしてジークも……」
「俺がなんだよ」
「いや、ジークもいつか結婚したらクロヴィス様のように、奥さんをすごく愛してあげるのかなぁ、って」
「なっ!?」
私の言葉に顔を真っ赤にして動揺するジーク。
「あっ、やっぱり自分でもそう思うの?」
「う、うるさい! 別に俺は父上と母上みたいには……!」
「いや、なるぞ。ジークは私に似ているからな、奥さんを心の底から愛してやまない夫になるだろうな」
「うんうん、ジークちゃんはあなたに似ているもの。絶対に奥さんを幸せにすると思うわ」
「父上! 母上! 少し黙っていてください!」
とても恥ずかしそうにしているジーク、なんだか可愛らしい。
だけどそれはとても素晴らしいことだし、恥ずかしがることではないと思う。
「大丈夫よ、ジーク」
「な、何がだよ」
「あなたは意地悪で素直じゃないところがあるけど、とても優しくてカッコいい男性だから」
「っ、い、いきなり何を……」
「だからいつか、とっても素敵な女性に出会えるわ」
「…………あ、そう」
えっ、なんでいきなりそんなに冷めるの?
すっごい褒めて励ましてあげたつもりなんだけど。
「はぁ、まあそうなると思ったが……ルアーナはいつも通りだな」
「ジークちゃんが可哀そうだけど、私達がやれることは何もないわね」
お二人が顔を寄せてコソコソと話しているが、何を言っているのかは聞こえない。
その後、私とジークが王都に行く話をして、解散した。
一週間後、私とジークは王都に到着していた。
辺境伯領よりも建物も大きく、人が多くて栄えている街。
王都ってこんな感じなのね。
「王都か、小さい頃に来たぶりだな」
「そうなのね」
「ルアーナは三年ぶりか?」
「ええ、だけど懐かしいって気持ちはないわね」
「そうなのか?」
「ええ、だって街にほとんど出なかったから」
「……そうか」
あ、またちょっと気まずい雰囲気に……。
いけないわね、王都に来てすぐに。
やっぱり少し嫌な思い出があるから、気が滅入っているのかも。
「ジーク、この後はタウンハウスに荷物を置いたら、夜に社交界があるんでしょ?」
「そうだな、いきなりで俺も少し驚いたが」
「私は社交界とか初めてだし、エスコートはよろしくね」
「ああ、任せとけ」
初めてのことで緊張するけど、戦場よりは楽だと思うから……大丈夫よね?
そして、その日の夜。
私とジークは正装して会場へと向かった。
ジークの正装なんて初めて見たけど、なかなかカッコよく決まっていた。
もともと顔立ちも整っているし、身長が高くてスタイルも抜群だから、似合うにきまっているけど。
だから普通に「似合っているわね」と言ったら、ジークは照れたように「……お前もな」と言ってくれた。
私も豪華なドレスを着ていて、初めてだったので不安だったが、ジークに言われて安心した。
お世辞を言うような性格じゃないし、大丈夫だろう。
そして私達は招待された社交界に着いて、二人で広い会場の中を回る。
多くの貴族の方々がいて、各々で会話をして楽しんでいるようだが……。
「ジーク、ここって皇宮よね?」
「ああ、そうだな。皇族が開いてる社交界だしな」
「そうよね……」
社交界デビューが皇宮って、さすがに緊張がすごいんだけど。
とても豪華すぎて、そこらへんに飾っている壺なんか倒したら、死ぬまで借金を課せられるんじゃないか、と思うほどだ。
あとさらに緊張させる要因が……。
「なんで私達はこんなに注目されてるの?」
戦場にずっといたからか視線には敏感で、とても注目されているのはわかった。
それにまだ遠目で見られているからか、私とジークの周りにはまだ人はほとんど来ない。
「そりゃ辺境から全く来てなかったディンケル家の子息と、よくわからない女が一緒にいたら目立つだろう」
「なるほど……って、よくわからない女って何よ」
「他の貴族から見れば、どこの誰かわからない令嬢ってことだよ」
確かに、アルタミラ伯爵家の婚外子だなんて、たぶん誰も知らないでしょうね。
「私、どこの家か聞かれたらなんて答えればいいの?」
「そりゃ、ディンケル辺境伯家でいいんじゃねえか」
「家名も? 何かいろいろ問題が生まれない?」
「大丈夫だ、父上と母上はもうお前を家族と認めている」
あの方々は私をほとんど家族として扱ってくれているから、とても嬉しい。
「だけど私がディンケル家の家名を今使ったら、ジークの妻に見られない?」
「なっ!? そ、そうは見られないだろ、多分……」
いきなり狼狽えたようで、ジークは恥ずかしそうに私から視線を外す。
まあそうか、兄妹に見られるわよね。私が姉ね、うん。
しばらくそうしていると、会場の中で階段が少しあって床が少し高くなっているあたり、そこに人が立って全員が注目する。
どう見てもこの中で一番豪華な服装、さらには頭に王冠も。
私でも一目でこの方が、皇帝陛下だということがわかる。
顔に少しだけ皺が見えるが、それでもとても威厳がある雰囲気を持っていた。
皇帝陛下が登場してから、会場での会話がピタッと止まった。
「皆の者、今宵はよく集まってくれた。本日は皆に、紹介したい者達がいる」
ん? なんか皇帝陛下がこっちを向いてない?
「ディンケル辺境伯の者達、前へ」
皇帝陛下がそう言ってこちらを向いているので、会場中の視線が私達に。
えっ、な、なんで? それに「者達」って言ってたから、私も?
「ジ、ジーク、こんなの聞いてた?」
私が小さな声でそう問いかけると、ジークはニヤリと笑った。
「ふっ、ああ、聞いてた」
「なんで言わないの!?」
「その方が楽しいから」
こいつ……!
三年前からこういうところは変わってないのね!
「あとは……面倒なところは、お前は知らなくていいと思ってな」
「えっ?」
どういうことかしら? 面倒なところ?
「ほら、早く行くぞ。皇帝陛下がお待ちだ」
ジークが腕を差し出してくれたので、私は肘あたりに手を置いてリードされる。
とても注目されながら、私達は皇帝陛下の前に出て、頭を下げる。
「ジークハルト・ウル・ディンケル、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
ジークの後に続いて私も言おうとしたのだけど、なんて名乗ればいいのか迷う。
だけど……。
「ルアーナ・チル・ディンケル、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
私もクロヴィス様を、アイル夫人を、そしてジークを。
家族だと思っているから。
私の名乗りを聞いてジークが私にしか気づかないくらいだけど、ビクッとしていた。
「ディンケル辺境の地。周知の通り、そこは魔物の侵攻をずっと食い止めていて、この帝国を守り続けている地だ」
皇帝陛下がここにいる人達に話しかけて説明するように続ける。
「ここにいるジークハルト、ルアーナは、戦場で何年も戦い続け、聖騎士、聖女として活躍している」
えっ、皇帝陛下にまで私が聖女って呼ばれていることが知られているの?
それにジークが、聖騎士?
なにそれ、初めて知った。
全く聖騎士っていう見た目というか、戦い方をしていない気がするけど。
「よってこの二人に、そしてディンケル辺境伯家に、特別褒章を授けることに決まった」
……なんかいろいろと驚きすぎて、よくわからない。
私とジークが特別褒章をもらうの?
「受け取ってくれるな?」
「はい、光栄でございます、皇帝陛下」
ジークがすぐに返事をした、やはり彼は知っていたようだ。
私も返事をしないといけない、と思って口を開いたのだが……。
「お、お待ちください、皇帝陛下!」
静まっていた会場に、そんな叫び声が響いた。
そちらを見ると……私の父親、アルタミラ伯爵が慌てたように出てきた。
後ろにはデレシア伯爵夫人もいた。
この二人がここにいることは知らなかったけど、この広い会場の中のどこかにいるだろうと思っていた。
「ヘクター・ヒュー・アルタミラ伯爵です。皇帝陛下、ご無礼をお許しください。しかし今の話の中に、偽りがあることを伝えに参りました」
「……なんだ?」
小さく笑みを浮かべてご機嫌だった皇帝陛下が、とても不機嫌そうに問いかけた。
その低い問いかけに狼狽えたアルタミラ伯爵だが、声を震わせながら続ける。
「お、恐れながら申し上げます。ルアーナはアルタミラ伯爵家の者です」
「ほう?」
「なぜかディンケル辺境伯家の家名を名乗っておりましたが、私の家の者です。なので特別褒章でしたら、ディンケル辺境伯家ではなくアルタミラ伯爵家に授けることが道理かと」
……何を言うかと思ったら、本当にこの人達は救えない。
私のことを娘なんて思ったこともなければ、アルタミラ伯爵家の者なんて一度も認めなかったくせに。
私が特別褒章を授かろうとした瞬間、手の平を返してそれを言いに来たのね。
伯爵家で特別褒章をもらいたいために、この時だけ。
「ルアーナ、そうよね? あなたは私達の家の子よね?」
デレシア夫人が、周りの視線を気にしながら震えた声で問いかけてくる。
本当に、浅ましい人間ね。
「いいえ、違います。私はアルタミラ伯爵家の人間じゃ、ありません」
「っ、お前……!」
アルタミラ伯爵とデレシア夫人が私を睨んでくるが、私も睨み返す。
三年間戦場に立っていたのだ、こんな人達から睨まれたところで、何も怖さを感じない。
「この者は、そう言っているようだが?」
「ち、違います! ルアーナが嘘をついているだけで、調べればわかります!」
確かに私がここで口だけで言っても、書類上、私はアルタミラ伯爵家の者になっているはず。
本当に厄介で面倒ね。
「いいや、もう調べはついている」
「えっ……?」
「ルアーナ・チル・ディンケル。彼女は正真正銘、ディンケル辺境伯家の者だ」
「そんな馬鹿な……!?」
皇帝陛下の言葉に、私も驚いた。
婚外子だとしても私はアルタミラ伯爵家だったはず。
「ジーク、どういうこと?」
私が小さな声でジークに問いかける。
「だから言っただろ、父上と母上は家族と認めていると」
「えっ、もしかして……」
「ああ、もうすでにお前の身分を書き換えて、ディンケル辺境伯家の者にしている」
「そ、そこまでやってたの? というか、そんなこと出来るの?」
「父上は皇帝陛下と仲良いらしいからな」
いや、それはすごいけど、仲良いだけで出身を書き換えられるの?
しかも伯爵家から辺境伯家へって、とても面倒で難しそうだけど。
ここまで根回しが済んでいるとは思わなかった。
「それで、何か言いたいことは他にあるか?」
皇帝陛下がアルタミラ伯爵とデレシア夫人を睨みながら問いかける。
「くっ……!」
「あ、その……」
二人は何も言うことが出来ず、ここに集まっている貴族の方々から冷たい視線を浴びている。
誰がどう見ても、醜態を晒していると断言出来るわね。
「何もないなら下がれ。時間の無駄だ」
「も、申し訳ありませんでした……」
私の元両親は、クスクスと笑われながら会場の後ろの方へ下がっていった。
五年間、ずっと怖くて何も反抗出来なかった両親。
両親のあんな無様な姿を初めて見たけど……性格が悪いかもしれないけど、とってもスカッとする気持ちになるわね。
その後、私とジークの特別褒章は今度正式に頂くことになり、皇帝陛下の話は終わった。
静かだった会場が、また貴族の方々の話し声で埋まり始まるのだが……。
「ジークハルト様、ルアーナ様、おめでとうございます!」
「とても素晴らしい功績ですわ!」
「ディンケル辺境での活躍、ぜひお話を伺わせていただきたいです!」
いきなりいろんな令嬢から私達は話しかけられ始めた。
さっきまでは遠くで見ていた人達が、特別褒章の話をきっかけに声をかけに来ているみたい。
「あ、あの……」
まさかこんなに来るとは思わなかったから、私は戸惑ってしまう。
最初に家名を言われたのに一気に来て混乱していたから、ほとんど名前を覚えてない。
ど、どうしよう……!
「失礼、ルアーナは社交界に慣れていないので、私が話しても大丈夫ですか?」
私が困っていると、隣にいたジークが割って入ってくれた。
とてもいい笑顔を浮かべているんだけど……なんかすっごい違和感。
初めて見る余所行きの笑み、顔立ちは整っているので好青年な感じが出ている。
「あっ……は、はい」
「ぜひジークハルト様のお話も……」
ジークの好青年な笑みを見て、令嬢達は顔を赤くする。
まあカッコいいし、顔を赤くする理由はわかる。
ジークは適当に戦場での話をすると、さらに令嬢達の目がうっとりとしてきた。
最初はいろんな話をしていたのだが、最後の方は令嬢達がジークに「好きな女性のタイプはなんでしょうか?」など聞き始めていた。
あからさまにジークを狙い出している……まあ彼は辺境伯の嫡男だし、婚約を狙うとしたらかなり有望株だろう。
ジークもさすがにそこまでは想定していなったみたいで、少し困っているようだ。
助けてあげたいけど……正直どうやって助ければいいかわからないわね。
「ルアーナ嬢、今、挨拶してもよろしいですか?」
「えっ、あ、はい」
後ろから話しかけられたので振り向くと、貴族の若い男性の方がいた。
適当に挨拶をされて、私も挨拶をし返す。
「改めて、特別褒章おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「お若くてお綺麗なのに、本当に素晴らしいですね」
「ふふっ、そんなに褒められると照れてしまいます」
愛想笑いをしながら適当に話す。社交界ってわからないけど、こんな感じでいいのかな?
「よければ個人的に仲を深めたいので、よければ今度ご一緒に食事でも……!」
「失礼」
貴族の男性の言葉を遮るように、ジークが私の前に出た。
ジークはさっきの好青年の笑みは全くしておらず、戦場で少しピリピリしている雰囲気に似ていた。
「な、なんでしょうか?」
若い貴族の男性もその雰囲気を感じ取ったのか、声を震わせてビビってしまっている。
「……失礼、彼女が緊張で体調を崩したようなので、外に連れていきます」
「えっ、別に私は……」
「体調を、崩しているよな?」
「……そ、そうね」
好青年らしい笑みを浮かべているのに、威圧感がすごいある感じで確認してきたので、私もあまり刺激をしないように仕方なく頷いた。
「では、失礼。ご令嬢の皆様も、失礼します」
男性の方には冷たく言い放ち、女性達には笑みを浮かべて言った。
令嬢達は顔を赤らめながら「はい……」と言ってくれたので、私達は会場を出て庭へと向かった。
皇宮の庭はとても広く、夜なので少しくらいが光を放っている魔道具で、庭の真ん中あたりを照らしていた。
真ん中あたりには人はあまりおらず、逆に少しくらいところに男女がチラホラといる。
「ここって……もしかして、男女の逢瀬の場所とか?」
「ああ、それか会場で仲良くなった男女が仲を深める場所だ」
なるほど、だからみんな少し暗いところで目立たないように話しているのか。
「私達も目立たないように暗い所に行く?」
「……まあ、そうだな」
ジークの返事が少し躊躇ったように聞こえたが、気のせいかな?
とりあえず少し光が当たるくらいの暗い場所に向かい、ベンチがあったのでそこに座る。
逢瀬用なのかわからないけど、ベンチも用意されてるのね。
「はぁ、社交界って疲れるわね。まあ戦場ほどじゃないけど」
「俺も久しぶりだから、なかなか大変だったな」
「そう? 結構上手く出来てたと思うけどね」
「まあお前よりはな。人の名前、全然覚えられてなかっただろ」
「うっ……それに関しては助けてくださりありがとうございます」
さすがに気づかれていたか、まあ気づいてくれたから助けてくれたんだろうけど。
「だけどあの男性が来た時は別に助けなくてもよかったのに。一対一だから名前を忘れることは絶対になかったよ」
「……一対一だから、だろうが」
「えっ?」
「っ、なんでもない。ルアーナ、喉渇いてないか?」
「えっ、まあ少しだけ」
「適当に飲み物もらってくるから、ここにいろ」
ジークは何か誤魔化すように、会場へと戻ってしまった。
照れている感じだったけど、何に照れてたんだろう?
まあ喉は渇いていたから、その気遣いは嬉しいけど。
ベンチに座ってぼーっと待っていると……。
「おい、ルアーナ」
「ん? あっ……」
ジークの声ではない男性に名前を呼ばれて、そちらの方を向くと……アルタミラ伯爵家の嫡男、グニラお兄様がいた。
それに隣にはエルサお姉様もいるわね。
暗くても、二人のことはすぐにわかった。
「お久しぶりです、お兄様、お姉様」
私は一応立ち上がって、軽く笑みを浮かべて挨拶をする。
伯爵家にいた頃はこの人達と顔を合わせたくないと思っていた。
今も同じ気持ちだが、少し違う。
昔は「怖い、近づきたくない」という気持ちだったが、今は「めんどくさい、近づいてほしくない」といった気持ちだ。
「はっ? なんだその態度」
「ほんと、イラつく顔が見えなくなるまで頭を下げて挨拶しなさいよ」
二人は暗くてもわかるくらいに嫌悪感で顔を歪めたようだ。
私の方が顔をしかめたいくらいだけど?
やっぱり予想通り、何か文句を言いに来たようね。
「お二人揃って、私に何か御用でしょうか?」
私が笑みを浮かべたまま問いかけると、二人はさらにイラついたように口調を荒げる。
「ああ? お前、本当に調子に乗ってるな」
「辺境伯に媚びを売って特別褒章を奇跡的にもらった分際で、偉そうに……!」
この二人は私が自分の実力で特別褒章をいただいた、なんて全く思ってないようね。
三年前の伯爵家にいた頃の私を見ていれば、そう思っても不思議ではないけど。
「お前のせいで父上と母上が恥をかいて、アルタミラ伯爵家の名に傷がついたんだぞ!」
「土下座じゃ足りないわ! あなたなんか、死んで詫びなさい!」
叫ぶように言う二人、うるさくて周りの人達が離れていくのがわかった。
私が伯爵家にいた頃のように、ここで何も逆らわずに「ごめんなさい」とでも言うと思っているのだろうか?
この人達は三年間で何も変わらなかったみたいね。
「あの方々が恥をかいたのは、自業自得では? 私には全く関係ない……とは言いませんが、謝罪する必要も価値もないですね」
「な、なんだと!?」
「あなたみたいな出来損ないを育てた両親に、向かってなんて言うことを……!」
私の言葉に目を見開いた二人だが、驚きたいのは私の方だ。
あの人達に育てられた記憶は一切ない。
最低限の衣食住を保証されていたが、それ以上に苦痛を与えられた。
「私はあの人達を両親と思ったことも、家族だと思ったこともありません。私の家族は亡くなった実母と、ディンケル辺境伯家の方々です。あなた達も、兄妹だと思ったことはありません」
「ふざけやがって……! 俺もお前なんて、妹と思ったことは一度もない!」
「私もよ! 誰があなたみたいな出来損ないを妹なんて……!」
「出来損ない? 今宵の社交界で特別褒章をいただいたディンケル辺境伯家、辱めを受けたアルタミラ伯爵家。どちらが出来損ないなのかは、明白では?」
「お前、いい加減にしろ!」
「どっちが上か、思い出させてあげる!」
私が嘲笑いながら言い放った言葉に、二人が我慢出来なかったのか顔を怒りに歪めて近づいてくる。
家にいた頃は暴力を振るわれたこともある。
私はそれに対抗できず、ただ受けるしかなかったけど、今は違う。
「このっ!」
「お兄様、何してるの! 早く当ててよ!」
「くそっ、ちょこまかと動くな!」
グニラお兄様が大きく振りかぶって殴ってくるが、それを軽く避ける。
魔導士として前線で戦っていたので近接戦は苦手だが、攻撃を避けるのは訓練してきた。
お兄様も多少は訓練をしているはずだろうが、戦場で三年間命を懸けて戦ってきた私ほどではない。
そして私の魔法は魔物にはとても効果があるのだが、人体には全く害を与えない。
むしろ怪我や傷を治すくらいだ。
だけど、多少の攻撃手段はある。
私は攻撃を躱してから、手の平をお兄様の顔の前に出す。
「『光明』」
「ぐあぁぁぁ!? 目がぁぁぁ!?」
光を使った、ただの目潰しだ。
だけど効果は絶大で、お兄様は目を押さえて倒れた。
全力でやったら失明くらいさせられるけど、そこまではやっていない。
それでも丸一日くらいは何も見えなくなったでしょうね。
「あ、あんた、お兄様になんていうことを……!」
「襲ってきた人を返り討ちにした、正当防衛です。エルサお姉様も、私とやりますか?」
「くっ……!」
グニラお兄様よりも魔法も弱く、接近戦も苦手なエルサお姉様。
私に挑んでくる度胸もないようね。
「それならもう帰ってくれませんか? 私はここで待ってる人が……」
「ゆ、許さない、許さんぞ、お前ぇぇぇ!」
「っ!」
お兄様が後ろでふらふらと立ち上がりそう叫んだ、と同時に炎の魔法を放った。
何も見えていないはずのお兄様、だから全方位に魔法を放って私を攻撃しようとしているようだ。
「どこだ、どこにいる!? 絶対に許さんぞ、ルアーナぁぁ!」
「ちょ、お兄様! 私もいるのですが……!」
エルサお姉様の言葉も届いていないようで、炎魔法を放ち続けるお兄様。
まさか皇宮の庭でこんな魔法を出すとは思わなかった。
魔法を使えば自分の身は守れるけど、このままでは他の人が巻き込まれてしまう。
どうしようかしら……。
そう思っていると、お兄様に近づく影が見えた。
あれは……。
「ルアーナを、絶対に殺して……!」
「誰を、殺すって?」
「あぁ?」
「ゴミが、ルアーナに指一本も触れさせねえよ」
炎の魔法を簡単に突破したジーク、そのままお兄様の横っ面に拳を入れた。
「ぶへっ!?」
吹っ飛んで地面に転がったお兄様、炎も消えたので気絶したようだ。
気絶、よね? 死んではないわよね?
「俺が飲み物を取って行ってる間を狙ったのか知らねえが……」
「ひっ!?」
ジークに睨まれたお姉様が悲鳴を上げる。
訓練された兵士ですら怖がるジークの威圧感、お姉様には耐えられないだろう。
「ルアーナに手を出すなら、俺が許さねえ。わかったか?」
「は、はい、ごめんなさい……!」
「わかったなら、そこのゴミを連れて消えろ」
お姉様は涙を流しながら、気絶したお兄様を引きずってどこかへ消えていった。
「ありがとう、ジーク。お陰で助かったわ」
「……ああ」
私がお礼を言うと、ジークはいつも通りの照れながらの返事をした。
「だけどさすがにあの威力で殴るのはやりすぎじゃない? お兄様、死んでないわよね?」
「死んでねえよ……多分」
「なんでそこまで本気で殴ったのよ?」
「それは、お前が……やっぱりなんでもない」
私が何なのかよくわからないけど……ジークの性格上、これ以上聞いても話さないだろう。
「そろそろ会場に戻る? クロヴィス様から、社交界で人脈を作れって言われてるしね」
「ああ、そうだな」
「人脈作りって貴族って感じがするけど、私、友達が欲しいのよね」
「友達?」
「うん、そう」
平民の頃も友達はいなかったし、アルタミラ伯爵家に行ってからは友達どころか話し相手すらいなかった。
ディンケル辺境に行ってからは話す人が増えたけど、友達という関係はいない。
兵士の方々には敬ってもらっているけど、少し距離が置かれてる気がする。
「そういえばジークも友達っていないわよね?」
「まあそうだな。俺の下についてる兵士の奴らはいるが」
「それは友達っていうよりは部下でしょ。ジークも同性の友達とか作れば?」
「お前も同性の友達か? 異性じゃ、ないのか?」
「異性も欲しいかもだけど、まずは同性からじゃない」
「……そうかよ」
なんかふてくされたような感じになってしまった。
あっ、もしかしてジーク、私が異性の友達が出来るのを嫉妬しているの?
意外と可愛いところがあるのよね。
「大丈夫よ、ジーク」
「あっ? なにがだよ」
「私が異性の友達が出来ても、ジークは特別だから」
「なっ!? そ、それって……」
頬を赤くして聞いてきたジークに、安心させるように笑みを浮かべて言う。
「あなたは家族だから、特別よ」
「……はぁ、そうかよ」
えっ、なんかため息をつかれて、呆れられた感じなんだけど。
なんで? もしかして……。
「えっと、ジークは私を家族って認めてないの……?」
クロヴィス様やアイル様は私をディンケル辺境伯家として認めてくれた、と言っていた。
だけどジークが認めた、とは一度も言ってなかった。
私の言葉に彼は一瞬だけ目を見開いてから、ふっと優しく笑う。
そして私の頭に手を置いて、軽く頭を撫でてきた。
「なに心配そうな顔してんだ、そんなわけねえだろ」
「ほんと?」
「ああ、ルアーナは……俺の特別だよ」
ジークの言葉に、私は胸のあたりが温かくなるのを感じた。
それと同時に、顔が熱くなっていく。
まさかジークがそんな優しい音色で言うとは思っていなかったから、私も恥ずかしくなってしまった。
「あ、ありがとう、ジーク……」
「ああ……」
ジークも恥ずかしくなったのか、お互いに少し黙ってしまう。
「そ、そろそろ会場に戻ろっか」
私がそう言ってジークよりも先に歩き出し、会場の方へと向かっていく。
「……今の関係のままじゃ、絶対に終わらせないがな」
「えっ? なんか言った?」
「いや、なんでもねえよ。戻るぞ」
「う、うん」
ジークが私に並んで歩き始める。
最後にジークが言った独り言は聞こえなかったけど――その独り言の真相を知るのは、遠い未来ではなかった。
「これからもよろしくね、ジーク」
「ああ、よろしく、ルアーナ」
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