ショタコンについて
王都からやって来た兵隊が、ギルドの支配人こと、『ギルドマスター・テイジデ』に敗れて数日。
田舎街アートボードは平和な日常が続いていた。
池の傍に建つ木造二階建ての大きな建物。ここがギルド『青い月』。
受付用のサービスカウンターの隣、建物の中央に据えられたクエストボードから様々な職種の依頼を受けて、冒険者は旅立って行く。
「おはよう! 何か新しいクエスト入ってる?」
「一番報酬のいい仕事はどれ?」
「受付さん、この仕事は交通費出るの?」
「こっち酒足りてないよ! 酒!」
という具合で、ギルドの受付は連日混雑している。その受付カウンターの中で走り回っているのは、今はナット一人ではない。
「なんで俺様がこんな…。」
愚痴をこぼしながらも、キビキビ働く男の子。小さな体で過酷な受付業務をこなすショタ男子。
赤い瞳のショタくんです。忙しすぎて、おめめぐるぐる。
セーラー短パンというショタコン殺しの伝説の一着を失ってしまったので、フォーマルな学生風衣装にキャラチェンしている。
折襟シャツに臙脂色のブレザー。そこに水色エプロンで、ちょっと動きにくそう。下が短パンなのはナットの独断により継続されている。
この服、ナットのお給料で買いました。
「新しいクエスト追加してま~す! ジャンジャン稼いで来てくださいね~! 受付はコチラで~す!」
そのナットは、自分の働いたお金で好きな服を買ってショタ男子に着せるという趣味を堪能することが出来て、珍しく機嫌の良い接客態度だ。
趣味の達成度が接客に響く。完全に気分で仕事してます。
(はああ…! やっぱりショタくんセーラーも似合うけどブレザーも似合うよおおお! チラ見えしてる首元きゃゎわ~!)
清潔な白の襟に内包されている細い首筋の肌色が、明るい照明の下に晒されている。
その肌のもちすべ感と少し高めの体温が、触れなくても伝わって来ています。
(可愛いことしかわからない! なのにポップでキュートの中にある微エロさがジワジワ滲み出てるよおおおお!ここに来てアタシ制服フェチかもしれない…!)
※ここに来るまでも変態でした。
壁際に寄せたテーブルで飲食する者もいれば、剣や槍で武装してクエストボードを覗く者など、多くのギルドメンバーで賑わう平日。
キャラクターを巧みに操り戦う者も少なからずいるようで、建物の中を異形の生き物が行き交う姿もある。天井付近を飛んでるのは何。
そして喧騒の中に漂うカレーの匂い。火曜日はカレーと決まっている。
「皆さん、おはようございまーす。」
と、そこへ呑気に重役出勤して来たのは、このギルド『青い月』の支配人。テイジデ・サキカーエルさん。
本日もふんわり白いドレスで、白百合が闊歩しているかのような異様な可憐さを持っている。
田舎のオバ…。は、着ている服が年中一緒っす。
「あ、支配人おはようございます。」
受付カウンターの中にいたナットも挨拶を返し、
「…おはようございます。」
とショタくんもご挨拶。このギルドの一員として働き出した以上は、この場所で働く仲間達とは打ち解けていかなければいけない。
という婦人からの忠告を、ちゃんとショタくんがショタ男子に伝えていたので、実になっています。
なんか、ややこしいな。
「仕事には慣れて来たかしら?」
カウンターに肘を付き、テイジデさんは受付カウンターの中にいる赤い瞳のショタ男子に声をかける。
ガヤつく喧騒の中でも、テイジデさんの通りの良い声はクリアな聴き心地。
「あぁ。お陰様で上手くやれてるよ。拾って貰って感謝している。」
「あら。今日は貴方なのね?」
「アイツは寝込んでいるから。頭ん中は共有しているから、仕事に支障は無いと思うが…。」
と言われて支配人の視線はナットの方へと移される。
「何か変わったことでもあった?」
「実は昨日、ショタくんの頭にアタマジラミが見つかったんです。」
アタマジラミを知らない方は、それは幸福な事なので、わざわざ調べる必要はない。
ただ、ショタくんの頭には生息していました。恐ろしいことです。現実はショタに厳しい。
「あぁ、あの頭皮から血液を吸血する…。」
「はい。ただ、アタシの説明が悪かったみたいで、ショタくんは頭の先から齧られて、頭を半分くらい食べられると思っちゃったみたいなんです。
それで昨日は半狂乱でパニックでした。」
半狂乱でパニックになったので、致し方無く、赤い瞳の彼が代わってくれたのだ。
「そのあとは枕とか布団とかクッションとか全部洗って、ショタくんもシャンプー三万回して、頭皮巡回も何度もしたんですけど、不安を拭い去るには及ばなかったようで…。」
泣き疲れたのか、それ以降キュートな方のショタくんはウンともスンとも言わなくなってしまい、今に至るまで帰って来ない次第である。
「そうなの…。平和ね…。」
切実な支配人の呟き。
アタマジラミに寄生されることが平和かどうかはともかく、世の中は平和が一番である。
他者と争うより先に、対処すべきことは己の中にいくらでもある。
三人が集まってお喋りしていたところに、物干し竿を背負った青年が現れる。
恋する猛火の冒険者。
ミノラヌ・カタオモイ氏だ。
「お疲れ様です。」
と声をかけられると反射的に、
「お疲れ様です!」
を返してしまう社畜の習性。
「ちょっといいかな?」
と声をかけられたのは、ナットではなくショタくんだった。
★★★
「おねーちゃんに聞かれると何か問題でもあるのか?」
わざわざ薄暗い倉庫へと場所を移したことについて、まずは言及する。
ここは食料や装備品などの在庫をまとめている地下倉庫。ひんやり冷たい。
建物自体は木造だが、地下のこの場所は壁が石積になっている。
呼応石の運搬時に使っていたものと同じような木箱が積み上げられて、手書きのメモが張り付けられているのを、何気なく眺めながら歩くショタ男子。
火を入れたランプを作業台の上に置き、ミノラヌは自分もその台の上に座り込んだ。
「自分では隠しているつもりなんだけど…、」
と唐突に脈絡のない所から切り出す。
「王都について調べようとしたら、すぐに友達やギルドマスターに知られてしまって、危ない事をするなと釘を刺された。」
ちょっとふてくされたようなミノラヌの物言い。
「俺では力不足ってことなのかな。」
「どうだろうな? アンタの実力をちゃんと見たことがないから、なんとも言えないが。」
地下倉庫には二人以外に人の姿はなく、上の階の喧騒が嘘のように静かだ。
「俺は平凡な冒険者だし、王都に住んでいる上流階級の人がこの世界の未来をどんな風に考えているのか、想像も出来ないし、興味もない。」
「同感。」
「ただその結果、君が狙われて、傍にいるシンデレラさんにも災いの火の粉が降りかかるようなら黙って見ていられないんだ。」
※私利私欲で動いています。
「それで、俺様をどうしたいんだ?」
この冷静な問いに、ミノラヌ氏は平静な装いで答えた。
「どうしようか考えていたんだけど…。」
パリンと何か割れる音。
それはランプのガラス部分で、そこから赤い炎が膨らみ倉庫の中へ燃え広がる。
呼応石を介してミノラヌの意志が喚び起こした大火だ。
この世界では意志の強い人間が生き残ります。
「あ…。」
っという間に周囲を火災レベルの火の手に包まれ、ショタ男子は身動きが取れない。
壁が石なのでちょっと石窯みたいで、うまい感じに本格ピザ風トーストにされそうだ。冗談言ってる場合じゃあない。
薄暗かった地下の空間が、真昼のように明るくなって、足下の火で足首がジリジリ焼けているような気配。
「溶けそう…。」
雪だるまのような、ショタ男子の感想。
咄嗟に魔方陣を空中に描いたものの、呼吸が出来る空間を作る程度の薄い冷気の膜を張るに留める。
「抵抗はしないか。君も気がついているんだな。俺と戦うには相性が悪いってこと。」
「あぁ。キャラクターの動きを止める為に水を凍らせた時、その後のアンタの炎で俺様の氷は溶かされていたからな。
まぁそれでも単純な力比べなら勝ち越せる気でいたんだが…、場所が悪いか。」
効率の良い火責めなら密室だということを、ミノラヌは知っていました。
長引くと酸素を心配しなければいけない。
「それで、要求は?」
「王都の兵隊が君を狙う理由と、その対策がわかるまでの間、俺の目の届くところにいて欲しい。それで、危険な事にシンデレラさんを巻き込まないで欲しい。
代わりに俺が君と一緒に戦うよ。君なのか、『ショタくん』なのか、わかんないけど。」
ナットに甘える時だけ猫を被っているのか、本当に異なる人格が共存しているのか、ミノラヌは測りかねていました。
「両方。だけど俺様はある程度は自衛出来るし、そもそもあまり外に出ないからな。もう一人の方を守ってやってくれると助かる。
そして、要求にはおとなしく従う。ので、火を消してくれ。」
どこまでも正直に答えてくれるショタ男子。相性の悪い火責めの他に、理由はもう一つある。
「おねーちゃんを巻き込むのは、俺様自身ちょっと気が引けてたんだよな。だから隠れ蓑をアンタに鞍替えすることに異論はない。」
というわけです。
ナットは自分から巻き込まれに行っているので、心配しなくても大丈夫。ゴキ…。
台所とかに出るアレみたいな生命力なので、何があっても死にはしません。
「そうか。理解を得られて良かった。力業で主張を通して悪いとは思っていたんだ。」
数手先まで考えているどこか遠い瞳。子供を相手に容赦なく火で包み、要求に従わせるという選択。
冴えない片想い傭兵にしては、攻撃的な手段だ。
ミノラヌの意志によって、炎は一瞬で消火される。瞬きの内に、行儀良くランプの中に収まる炎。
辺りは再び暗くなり、焦げくさい臭いだけが残る。
「交渉成立だね。」
「ついでに、アンタにつくなら教えておこう。敵は術士で、王都の城内で戦乱を画策している。」
買って貰ったばかりの服を駄目にするわけにもいかないので、ショタ男子はまず服が焼けていないか精査していく。
「君はなんで追われているの?」
「計画の一部に利用されていて、逃げて来たから。その過程で、とある種のキャラクターと二人で一つの体を使っている。」
「キャラクター?」
「そう。子供の。」
ここでミノラヌの大きな溜め息。どういう意味合いの溜め息なのかは謎である。
面倒事を抱え込んだ憂鬱なのか、年下らしからぬ物言いをする少年と対話する疲労感なのか。
情報を脳内で整理するのに時間がかかりそうだ。
しかし、気持ちを切り替えるように、ミノラヌは作業台に置いたランプを持ち上げた。
「まぁ、当面はこれで安心か。誰かを『気になる』って大変なんだなぁ…。」
「そうだな。相手がショタコンだしな。」
「しょたこん?」
コトンとミノラヌ氏の首が傾く。
「アンタがここまでして俺の行動を制限しても、おねーちゃんは自分から首を突っ込んで来るだろうってことさ。出来る限りで俺様も善処してやるけどな。」
ショタコン社畜は周囲の心配を他所に、自分の都合で危険に身を投じていく。
全てはこの世のショタの為に。
世界平和。