消音魔法の使い方
いかん、眠い…。
冒頭からアレだけど、私は別に寝不足というわけではない。一日八時間寝るし。1時間半単位がいいらしいけど、途中で起きるから、まあトータル八時間的な?
いや知らないけど。
というか普通の人、陽が落ちると寝るから、もっと寝てるらしいけど、この世界。
なんだっけ。そうそう私本当は布団派なんだよね。まあ荷物になるから備え付けのベッドだけどさ。
そういえばシーツってどのくらいの間隔で替えてるんだろう。…替えてるよね?部屋の鍵借りっぱなしだけど、マスターキーあるよね?
…部屋の隅に埃が溜まってた気がしないでもないけど。
「お前大概にしろよ…」
などと、うつらうつら思っていたら、向いに座る人物から地を這うような声がかかってきた。
どうも私が船を漕いでいたことにご立腹らしい。
いやでも、うららかな午後、昼時の喧騒も私は関係ない。そして絶賛日向ぼっこ中。これは寝るでしょ?しかも抑揚のない小言付き。つまり私は悪くない。
「寝るなら部屋に戻って寝ろ」
あ、はい。私が悪かった。
「で、話を戻すんだが…」
「戻すのね…」
ざっくり纏めると、他所から輿入れする許嫁の護衛をして欲しいって事らしい。
翌日、私は(私の主観では)ろくに整備されていない街道をふらふら…ゆらゆら?穏やかな日差しを浴びながら歩いていた。
いやー凄いね。次期領主様の嫁様の護衛様だってさ!
そんなの、どこの馬の骨ともわからない相手に任せる?
つまり私は馬の骨ではない!
やったね、浮浪児でもできる冒険者登録すらできなかった一年前とは大違いだね。
…いやまあ、あとから聞いた話では、最初に拒否したのは善意かららしいけど。
さて、ここで振り返ってみよう。
「うぎゃ」「がっ」「──!」
あ、一人息を吐き切ったとこだったみたい。声も上げられずに物言わぬ身になった。
「三人とも来世では善行を積みなさい」
意識飛んでるから聞こえないか。とりあえずダッシュしよ。
魔力ケチったから1分も持たないし。止め担当もいないし。
気が付いたら、異世界だった。
以上、終わり。振り返る内容なんてなかった。
だから魔法で剣を作って飛ばして、こそこそしてた三人にブスっとした。
ブスじゃねーし。
目的の街についたので、門番様にお金を払って記帳。職業欄に冒険者、名前はいつもの偽名。
もし同郷が居たらアレだからね。なに異世界デビューしちゃってんの?とか思われそう。帰ったらきっとネタにされる。
最初は玉子だよね。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
記帳している間に、大きくて偉そうな雰囲気の人が現れて丁重に案内された。
連絡がいってたらしい。そりゃそうか。
「お噂はかねがね。この度は娘をよろしくお願い致します」
超偉い人だった件。
嫁様、侍女×2、御者×2、(騎士様+馬)×8に騎士様の従者の方達が計16名、そして私。総勢30人。
何事も起ころうはずもなく、護衛終了。
馬車の上はポカポカして気持ちよかった。
それくらいしか感想がない。だって騎士様と従者の方が多少汚れたくらい。食料も足りたし。
突然に音が聞こえなくなると、人ってかなり動揺するんだよね。騎士様達は出発前に慣らしたから大丈夫だったけど。
一番汚れた騎士様が、増えた人員を門番様に引き渡し。
…牢屋足りるのかな。いや、私が心配することじゃないか。
というか、この騎士様。がんばったおかげで大通りを練り歩く(馬車だけど)嫁様の列に加われなかったのはちょっと可哀想。
でもまあ、嫁様から直々にお褒めの言葉を頂いていたからOKなのかな?
どっちでもいいや。
別の門番様に口頭で報告。成果はまあ、馬車から元気に手を振ってるからね。詳細とか後金とかは後日。
かえろ、かえーろ、お宿へ帰ろ。
…掃除頼まなきゃよかったなー。
一年前と同じ感じ。多少の小物がある分、一年前と完全に同じじゃないけど。
魔法が使えて良かった。おかげで一年前のような騒ぎにはならなかった。
リハビリがてらサクッと読めるものを