8
「んと…、ここに冷却装置をつなげて、ここは抽出液のビーカーを…」
自室でランチを軽くサンドイッチで済ませ、無事?2人の姉達から逃げ切ったリリアナは、自身の研究室で日課となりつつある化粧水の開発に取りかかった。
ーーーこっちの世界の人は何でも魔法ですませちゃうから、美容の進化もいまいちなのよね。
リリアナが10歳の時、異世界転生に気がつき、初めに取り組んだのが美容用品だった。この世界では、貴族となれば洗顔も魔法道具で一瞬に終わらせてしまう。洗顔後のお肌ケア、特に基礎化粧がまるでなっていないと感じたのだ。
さすがに、急に研究に目覚めたリリアナの行動は両親を困惑させた。しかし、これも誘拐監禁事件のストレスから、己の精神的ダメージを守る行動だと、医者に諭されたために度を越す行動以外は口を挟まないことが多い。
ーーー今日みたいな天気は、日焼けが必要よね!みんな化粧で誤魔化してるけど、シミとシワは無いに越したことはないもの!
慣れない異世界で試行錯誤の上、リリアナは日焼け止めの製造に成功した。幸いにもリリアナには水の精霊の加護があり、リリアナが精製する日焼け止めは高品質だと評判が良い。
いまだ1度にたくさんの量を作ることはできないが、領内の温泉保養地で販売し、観光客に好評を得ている。
「化粧水はオールインワンみたいな感じにしたいのよね。うーん、やっぱり、モナミ草を使うと原価が高くなっちゃう…」
リリアナは、庶民でもちょっと頑張れば手が届く商品を目指していた。貴族だけを相手にする商売は、元一般的な日本人として気が進まないのもある。
ーーーなんとか原材料費をおさえなきゃ!先に売り出した日焼け止めみたいに利益をあげたいな
「やっぱり、ここにいた」
薬草学の参考書を片手に1人唸りながら悩んでいると、急に顔の横から人影が入ってきた。
「ぎゃー!わっ!なに?!ちっ、ちょっと近いから!!」
慌てるリリアナをまるっと無視して、銀色のさらさらな髪を後ろで軽く結い、紫色の瞳の甘いマスクの少年が、さらにこちらを覗き込んでくる。
リリアナの研究室には、男爵夫妻が研究を認めているため、屋敷の者は我関せずと近づかない。少々、貴族令嬢らしからぬ行動も、皆目をつむっていた。
ほとんど研究室に人が来ないため、つい研究に夢中になりすぎて、来客に気がつかなかったようだ。
来客は悪びれもせす、慣れたように飄々と研究室の椅子に座座る。リリアナの母方の親戚、はとこのパトリック・リーフェンシュタールである。キラキラ美人の姉達に囲まれて育ったリリアナでも、その少年のもつ神々しさにいつも目を奪われていた。
「相変わらず、リリー姉さまは元気そうだね…。でも、その驚き方は、貴族としてどうかと思うし、ちょっと傷つくんだけど」
少し不満そうに頬を膨らませても、天使のごとき美貌をまとった少年は絵画のように美しい。
ーーー私の1つ年下だっていうのに、この色っぽさはなんなのよ。女の私が霞んで見えるわ…
「忙しそうなとこ、申し訳ないんだけど、お宅の姉さま達が、リリー姉さまを探していたよ。せっかく、帰省してるのに妹が冷たいって」
「お姉さま達には、さっききちんと帰省の挨拶はしたわよ。夕飯も家族で食べるつもりだし。もちろんお姉さま達は好きだし、冷たくしてる訳でもないわ。」
「きちんと挨拶ね…僕はさっきリリー姉さまが走って逃げたって聞いたけど?」
ーーーっ!やっぱりお姉さま達怒ってる?
「それは…、少し反省はしているわ。後で謝っとく。でも、今はこっち(研究)が山場なのよ…っていうか、パトリック、いつ来たの?」
「リリーお姉さまは、相変わらず研究大好きだね…。お邪魔したのはお昼少し前だよ。客間で少し休んでいたから、行き違いになったみたいだね。屋敷の人に、リリーお姉さまは研究室に行ってたって聞いたんだ。僕はさっきまで、サロンでお宅のお姉さま達とランチをしていたとこ」
「あぁ…、サロンね。ごめん、避けちゃった…。お姉さま達ったら、帰ってきてそうそう小言を長々と言うから」
リリアナは、先程のお姉さま達の小言を思いだし、思わず苦笑いになってしまう。
ーーーお姉さま達の婚姻が決まれば、いよいよ結婚に向けて、いろいろと準備費用がかさむわ!持参金のだってギリギリなのに!!
「そこも相変わらずだね。でもお宅のお姉さま達も婚約が決まって、家族でゆっくりできるのも今のうちなんじゃない?」
ーーーパトリックの言うことも、正論なんだけれどね
「お姉さま達とゆっくりお話したいのは山々なんだけれど…。男爵家の財政を考えると、少しでも家に金銭の協力をしたいわけよ。
で、今日はなんの用でうち(男爵家)に?夏の休暇にパトリックが来るなんて、ものすごく久しぶりじゃない?」
リリアナがパトリックと会うのも、ここ最近は長期間なかったような気がする。幼い頃は、良くお互いの屋敷を行き来して遊んでいたが、リリアナが事件後、研究に目覚めてからは疎遠になっていた。
一方で、パトリックよりも少し男性的で冷たい印象を与える公爵家長男は、なんだかんだ理由をつけては良く男爵家へ訪れていた。しかし、その来訪もここしばらくなく、連絡もぱったり途切れていた。
ーーーいつも側にいてくれた存在が急に離れていくのは辛いものね…
最後に連絡があったのは、いつだっただろうかーーとリリアナは世話好きのもう1人のはとこを思い浮かべた。