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「リリアナ!今日もまた1人で市場に行ってきたの?いくら領内で、この辺は治安が良いからって!」
リリアナが屋敷に着くと、上の姉レベッカが玄関ホールで待ち構えていた。レベッカは、金髪の滑らかな髪、透き通る青い瞳とグラマラスな体つきで貴族でも美人と評判で、若い女性達の憧れの的であった。そのレベッカが、ややつり目な瞳をさらに吊り上げてリリアナを出迎えた。
「まあ、レベッカお姉さま?お帰りはまだ先のはずでは?」
ーーーやば!何でレベッカお姉さまがお屋敷にいるの?今日、学園から帰ってくる日だったかしら!?
リリアナには1番上に兄が1人、次いで2人の姉がいる。2人の姉は、貴族のみが入学を許される全寮制の帝国学園に在学中だ。ちなみに1番上の兄はすでに卒業し次期男爵として、屋敷で見習い中である。
「もう、レベッカお姉さまったら。久しぶりにリリーに帰ったのに怒らないであげて。リリー、ただいま帰りましたわ。驚かせてしまってごめんなさいね。少し予定を早めて帰ってきたのよ。それと、レベッカお姉さまの言う通り、侍女も付けずに屋敷から出歩くのは感心できないわ」
ーーーまずい…メアリーお姉さまも怒ってる
金髪に青い瞳、レベッカと同じくグラマラス体つきで美貌の下の姉メアリーは、レベッカと双子と間違えられるくらいよく似ていた。そして常におっとりしていて優しい姉メアリーも、リリアナの危機管理のなさにため息をついた。
「申し訳ありません!以後、気を付けます…」
「そのセリフ、前の休暇にも聞いたような気がするわ…」
上の姉レベッカもため息をつき、諦めに似た表情でリリアナを見つめた。
メイルズ男爵家の兄妹達は、リリアナ以外は男爵夫人ロザリー譲りの豊かな金髪を持っており、キラキラとしたその色彩は、リリアナの憧れであった。リリアナ自身も、紛うことなき美少女なのだが、キラキラな兄妹達とは違って、儚げで繊細な容姿だったために、いつしか自身の髪の色や容姿に自身がもてなくなっていた。
「メアリーはリリアナに甘すぎよ…リリアナだってもう15歳。言いつけを守らず、屋敷から抜け出して、あちこち出歩くなんて」
豊かな金髪で、羨むほどの煌びやかな美貌を持っている2人の姉達はリリアナの自慢であるが、つい、自分の容姿と比べてしまい劣等感を感じてしまうこともあった。
ーーーどうせ異世界に転生するなら、お姉さま2人のようなキラッキラな容姿が良かったのに。私だけ父さま譲りの茶髪なんて
「…お姉さま方々、おかえりなさいませ。お迎えも出来ず申し訳ありません」
レベッカの叱責により、しゅんと肩を落とし、もう一度謝罪をしたリリアナに、メアリーは庇護欲を掻き立てられて助け舟を出してくれた。
「リリー、そんなに落ち込まないでいいのよ。少し早めに帰宅したのは、夏の休暇を家族でゆっくり過ごしたくて。来年には、レベッカお姉さまは、学園を卒業してしまうでしょう?そうしたら、すぐにご結婚ですもの」
「そう、あまり時間もないのよね。この夏の休暇中に、自室の整理や招待客の確認とかもあるし。婚姻に向けて準備をしなくてはいけないの」
メアリーから自身の結婚の話が上がり、やや機嫌を持ち直した上の姉レベッカは今年で18歳。貴族令嬢にしては珍しく恋愛結婚で、学園卒業後に侯爵家との婚姻を控えていた。
ーーーようやく侯爵当主様から許可が降りて、この間婚約になったのよね。日本じゃ18歳で結婚はとても早いのに…
ついつい前世との比較をしてしまうリリアナ・メイルズ男爵令嬢は、元日本人の記憶を持つ異世界転生者である。
前世は、大学院卒業後の社会人2年目までだ。朝早く、通勤途中の交通量の多い交差点で、トラックに轢かれたところで記憶が途切れている。
ーーーせめて転生先が、ゲームとか、物語の中の世界なら、攻略とか回避イベントとかあったかもしれないけれど。この世界、全く身に覚えがないのよね
轢かれたな…と思った後、目が覚めて、気がついたら10歳の男爵令嬢になっていたのである。
転生当初は、リリアナとして生きてきた10年分の幼少時代の記憶と、元日本人がいきなり融合した状態であったため、精神的にかなりの混乱が生じた。1週間程、高熱と頭痛が続き、リリアナの命の危険を感じた両親によって、しばらくは寝たきりの生活を余儀なくされてしまった。
転生直前には、リリアナ誘拐監禁事件が発生しており、その後遺症を疑って、リリアナの両親が過剰なまでに心配をしたのだ。
ーーーおそらく、リリアナは10歳の誘拐監禁事件の時に精神的負担が許容範囲を超えてしまったのよね。自分を守るために前世の記憶が蘇ったのよ
リリアナは、男爵令嬢として覚醒してから早5年、周囲に転生の事をひた隠した。別の世界からやって来たと話せば、精神的に危ない奴認定され、さらに両親に心配をかけると考えたからだ。
転生後の体調不良は、男爵夫妻をしばらく心配にさせた上、転生後の世界に戸惑うリリアナを、誘拐監禁事件のせいだと考えさせた。
そのため、男爵夫妻は様子が少し変化したリリアナを、無理に茶会などの社交に引っ張り出すことをしなかった。結果、リリアナは美貌の2人の姉を持った深窓の令嬢と噂されることになったのだ。
転生当時、精神年齢24歳の大人の元日本人だったリリアナは、こうして異世界の貴族のしがらみから上手く逃れることに成功し、第2の子供時代を遣り過ごしてきたのである。
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