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ガラガラと大きな荷台を引いた馬車が行き交い、ガヤガヤと多くの人々で賑わう市場。
美しい茶色いウェーブかかった髪と深い碧色の瞳、華奢ではあるが、女性的な柔らかさも備えた体つきのメイド服を着た美少女が、いつもように市場で買い物をしていた。
「リリちゃん!おはよう!お遣いかい?今日はリンゴがお得だよ!」
「リリ!こっちは朝採れトマトが入ったよ!」
「ほんとう?リンゴも欲しいけれど。買い物メモにはトマトって書いてあるから、今日はトマトをいただくわ!」
ユーザイヤ帝国の南の端の端、北に位置する帝都から馬車を乗り継ぎ、少なくみても8日はかかる、ここメイルズ男爵領。
帝都からは遠く離れているが、穏やかな温かい気候と小さな温泉が自慢の自然に恵まれた地域だ。
領内の中心には活気ある市場があり、温暖な領地で取れた豊かな野菜や果物が領民の食卓を支えていた。
リリことリリアナは、市場の人達と他愛もない話をしながら買い物をしていく。屋敷の料理長から奪ってきた買い物メモに記された食料を買い込むと、荷物で両腕がぬけそうになるほど痛くなってきた。
屋敷に直接納品される食料は、日持ちのするものが多い。屋敷の料理長は食品の鮮度を大切にするこだわりがあるため、リリアナは渋る料理長から買い物メモを奪い、こうして度々市場への買い物を手伝っていた。
「今日の買い物はこれで全部ね。重くて腕がちぎれそう…。それにしても、夏の休暇前はやっぱり混むわね」
毎年、ユーザイヤ帝国誕生祭を祝う夏の休暇の前後は、温泉観光地であるメイルズ領でも旅行客が増える。
帝国の端の領地ではあるが、観光に来る貴族や裕福な商家などは多い。皆、長距離間を瞬間で移動できる魔法具を使ってやってくるのだ。
リリアナは混雑する市場を観察するように、歩いて帰り路につく。領内にある温泉と同じく、活気のあるこの市場は、観光客にも人気があった。
ーーーもう!この世界、魔法があるからいつまでたっても近代化しないのよね。あぁ。せめて自動車があれば楽なんだけど
リリアナは前世の地球での日々を思いだして溜め息を洩らした。ユーザイア帝国は精霊に守られた国で、上位貴族となれば精霊を召喚し魔法を扱うことができた。
悲しいかな、転生者の男爵令嬢であるリリアナ自身は、水の精霊の加護はあるが、精霊を召喚して魔法を扱うことはほとんどできなかった。
ーーー自動車がないなら、庶民でも使えるドラ○もんのどこでも○ア、みたいなもの開発してよ!あー!私も魔法が使えたらな…
リリアナが前世の知識を織り混ぜながら、ぶつぶつ愚痴を言って1人市場の端にやって来ると、錆び付いた橋の手すりが目に入った。
「あら、メガネ橋の手すりが痛んでる…。こっちの手すりの繋ぎ目も古くなってるし。人通りも多いから危険だわ。帰って、お父様かお兄様に知らせなきゃ」
ーーー観光客が橋から落下でもしたら大変だもの!どこの世界も悪い噂はすぐに広がってしまう
リリアナは、市場からの帰りを、またぶつぶつ呟きながら歩き始める。何かと理由をつけて屋敷から抜け出し、領内をチェックしながら昼までにメイルズ男爵家の屋敷に帰る。それが、社交の場に滅多に出てこない深窓の令嬢と呼ばれるリリアナの実態であった。