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パトリックとヴィヴィアンは、リーフェンシュタール公爵家の3人の子供のうちの年下の2人だ。
公爵家と男爵家とは貴族の格及び資産の差には、雲泥の差があるが、男爵家のリリアナの母方の祖母が、リーフェンシュタール公爵家出身であることから日頃から交流がある。リリアナが幼い頃は、子供達の年齢が近いこともあり、一緒に良く遊んでていた。そのため、非公式の場では気楽な会話ができている。
「…なに?パトリック、ナスフラの弁償を頼んだからって、そんな死んだような目をしないでよ」
公爵家の潤沢な資産があれば、ナスフラスコの弁償なんて軽いものだろう。けれども、男爵家の財政ではおいそれと何個も購入はできない。
なるべくなら、割った責任からパトリックに新しいナスフラスコを用意してほしい。
ーーー別に他の容器でも良いんだけど、ナスフラの方が使い勝手が良いのよね!
「僕との婚約話は、リリー姉さまにとって、このガラス容器…ナスフラよりも下ということかな?ーーもちろん、僕とリリー姉さまの婚約話なんて無いけどさ…」
「2人ともおよしになって。リリーお姉さま、ごめんなさい。そんなに高価な物だとは知らなかったの」
「ううん。ただ、研究室を作るときにガラス器具を用意しようとしたんだけと、ものすごく高くて。どうしようって悩んでたら、研究室が出来たお祝いに買ってくれるって言うから、それから大切に使ってたものなのーー」
「…もしかして、その買ってくれた人って…」
ナスフラスコについてヴィヴィアンに説明すると、なぜか顔色を悪くしたパトリックが聞いてきた。
「…?パトリック?顔色が悪いけど大丈夫?ーーあぁ、買ってくれたのは貴方達のお兄さまよ。ちょうどその時、私の誕生日も近かったからって、プレゼントにガラス器具類を買ってくれたの!」
誕生日プレゼントは何が良い?と聞かれて、ガラス器具ーーと答えた時の、買ってくれた彼の苦笑を思い出す。
ーーーきっと可愛げがないと思ったわよね。今さらだけど、もっと可愛い物を答えるんだった…
せめて少しでも彼の記憶には、可愛いらしいはとことして存在していたかったと後悔する。
「ーーっ!!これ、兄上が用意したの?!」
「?えぇ、ガラス器具全部。太っ腹よね。ナスフラは特に、特殊な加工で軽いし使いやすかったのよ」
驚くパトリックにそう答えると、何やら慌て出した。
「弁償することはできるけど、これ全部、兄上が用意したんだよね?僕、兄上の贈り物を壊したんだよね…」
「パトリックお兄さま、婚約の勘違いといい、ガラス器具といいーー、アークお兄さまに知られでもししたら不味いですわよ」
「あっ!やっぱり、私とパトリックの婚約って勘違いなのね?なんだ、びっくりしたわ」
いくら男爵家の末っ子のリリアナと公爵家の次男パトリックといっても、男爵家と公爵家の格差を考えると普通に婚約など成り立つ筈がないのだ。ましてや、公爵家の長男となれば、なおさらである。子供の時からの淡い恋心を思い出したリリアナは、知らぬまに辛そうな顔をしていた。
「もちろん!パトリックお兄さまとリリーお姉さまの婚約なんてあり得ませんわ!!ーーあら?リリー姉さま、ちょっと研究に夢中になりすぎてるのではなくて?少しお休みになられてはーー」
「ヤバい。勘違いでも、風の精霊の力が使える兄さんの耳に入ったら…、冗談じゃなくヤバい…」
ヤバいヤバいと貴族令息らしからぬ呟きをしながら悲壮感漂うパトリックと、心配顔のヴィヴィアン相手に、リリアナは全く話の内容がつかめない。一体、何がヤバいのか。
とりあえず、2人が遊びに来たこともあり、今日はここまでで研究を一旦中止しようと、リリアナは片付けをし始めることにした。
ーーー2人ともなんだか様子が変ね。おそらく公爵家の魔法道具で移動してきたはずなのに。疲れてるのかしら?
ーーーそれにしたって2人とも、婚約話をそこまで否定しなくてもいいじゃない!そりゃぁ、私は父様似で茶髪の地味な容姿だけれどもさ!!
リリアナが、どんどん実験用ガラス器具を片付け始めていくと、試験台をコーヒーカウンターのようにして、優雅に寛いでいたヴィヴィアンが慌て出した。
「そうそう!うっかりしていましたわ!私、リリー姉さま宛てに、ユーリ兄さまから大切な贈り物を預かってきましたの!」
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