藤次郎-7
「藤次郎! 今夕、城下町の旅籠まで神官殿をお連れしてくれ、神官殿は当家で仕事を終えられ街見物したいそうだ。お前は旅籠までお連れしたら戻って良い。そのまま、夜の巡回に入ってくれ」
藤次郎が警護預かりになって半月ほどになろうかという頃、都から呼び寄せたという神官一行の警備兼道案内を仰せつかった。警備とは名ばかりで旅籠までの道案内だ。
「参りましょう。」
藤次郎が神官に促して街へと歩き出した。旅籠までは1km程、それほどこの街を知らないもので見聞きしたことのある大きな旅籠である。
神官は供の者合わせて三名。痩せていて神経質そうな神官と、その逆ででっぷりと肥えているお供に、背の低い眉間にしわを寄せてこれまた神経質そうなお供だ。
「旅籠についてら早速、ですな」
「お前も好きものだなぁ」
供の者二人がいやらしく笑っている。
「して、ご家来殿!」
おそらく自分の事を言われたのだろうと振り返ると、
「その旅籠には美しどころはおられるのか?」
あ~そういう事かと、藤次郎が詰め所で聞いていた情報を神官たちに伝えると、まんざらでもなさそうにいやらしく笑ってご機嫌になっていた。
「神官。それにしても、あの娘は真の降天の巫女なのでしょうな」
肥えたお供が神官に話しかけると背の低い方がしゃべるなといった合図を送っているとおもわれる。藤次郎の背後で行われている事でも何となく察することは出来るもので、会話のリズムが変調したり着物のこすれる音が不自然だったりすることで十分なのである。
藤次郎は自ら話しかける事は無く城下町の旅籠“千束屋”まで一行を送り届けた。街道沿いに有りひときわ大きな玄関で旅人がひっきりなしに出入りしている。
「館中から参った。離れを押さえてあると思うのだが、この方たちをよろしくお願いしたい」
「はい、連絡は来ています。さぁどうぞ」
そう女中に言われると三人は藤次郎に挨拶する事も無く旅籠の中に消えていった。聞いた話では仕事が終わったので全て館持ちの会計らしい。さらに、どうしても街に泊まりたいと言って押し通したらしい事迄は聞いていた。
藤次郎は、どうしてもの意味が理解できた。
『神官だって人間なんだな』
旅籠を出ると日は既に西の山に隠れ、吹いてくる風は秋の気配が濃くなっていることを強く感じていた。




