壱場 四
「脅すという事か?」
吉右衛門は低く唸った。
「そのような事はございません。大滝様流に言えば、事実をお伝えするのみ。と言ったところですか?」
この目の前の鎌田という男は余裕の表情を浮かべ吉右衛門を見ている。吉右衛門も今までの会話で相当自分たちの事を調べ上げられていることに気付いた。
『静華に知られるとか、本当かよ。力は使えなくなったらしいが、包丁で俺の吉右衛門殿に傷の一つも刻みそうだようなぁ。こぇ~。くそっ完全に色仕掛けにかかった!』
「選択肢はないと言ったところか?」
「はい。但し、救出が成功すれば報酬としてこの続きをお楽しみください」
鎌田は真顔で話している。
「要るか!」
「もう一つ、今回の目付け役に我らの者を一名同行させます。ご随意とお使いください」
と言い、鎌田は部屋に男を招き入れた。
「あれ? お前どっかで見たような……」
部屋に入って来たのは男で僧兵の恰好をしていた。
その僧兵をみて吉右衛門が指をさしている。驚いた顔をして指を差していた吉右衛門に僧兵は、
「あぁ、お前は! 静華様の下男!!」
と継ぐと
「おい! だれが下男だ。いいとこ従者ぐらいにしろ!」
「うるさいわ! 天女様と一緒に仕事しているだけでも果報者であろう」
「弁慶、過ぎるぞ!!」
鎌田が割って入った。
弁慶は、吉右衛門との再会について鎌田から前情報を与えられてはいなかった。あの時に静華に諭されるまでは真人間になろうなどとは思ってもいなかったし行動もしていなかった。しかし、今、こうして静華から言われたとおりにすることでまわりまわってまた、会えることが出来るのかと思うと夢見心地もいいところであった。
「申し訳ございませぬ。しかしながら、拙僧の気持ちが漏れたまで、他意はござりませぬ。早速で悪いが、今夜からお主と一緒だよろしく頼むぞ」
そう言って弁慶が手行李を片手に準備万端整ったと報告している。
「おい、ちょっと待て。俺はある程度探りを入れないと仕事はしない。それまでにはまだ時間が必要だ。だから、こんな奴、今すぐにつけられても困る。ある程度、固まったらまた話をしに来るそれまで待て」
吉右衛門が珍しくまじめな顔をして鎌田を見やる。吉右衛門にすれば、今夜の事を靜華に悟られるリスクを減らすためにも弁慶を屋敷に連れていく事を渋っているのだが。
「そうおっしゃると思っておりましたが、それも含めてのお話でございます」
と言って、いまだ上気した顔を残す美郷を鎌田は指さした。
「くっ。交渉しているのではないという意味か?」
一睨みする吉右衛門に鎌田は涼しい顔で。
「お話が早い。何卒宜しくお願い致します。委細はその弁慶に説明してありますので」
再び平伏した。
「ご丁寧な脅しだな……」
吉右衛門はため息交じりに視線を部屋の外へと向け、入って来た庭に向かって歩いて行った。
「ところで、誰を助けりゃいいんだ?」
屋敷から降り、庭にいた吉右衛門が振り向きざま聞いた。
「源九郎義経様です」
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