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天使の卵  作者: YUQARI
6/6

天使の卵

 春が近づいてきたある日のこと。


「姫、今から国外へと逃れます」

 侍女が言いました。

 いよいよ、国を出るときが来たのです。



 しかし、姫は憂鬱(ゆううつ)でした。


 あれから魔王に出会うことが出来ないまま、今日という日を迎えたのです。

 姫はどうしても、魔王と話がしたかったのです。


(あの時、(わたくし)(おそ)れなかったのなら……)


 後悔しても、どうしようもありません。

 時間を戻すことは出来ないのですから。



 姫は決心しました。


(避難の迷惑に、なるかも知れないけれど……)

 避難するための馬車から、こっそり抜け出します。


 どうしても、このまま国を出ることは出来ませんでした。




 ◆◇◆◇◆




 避難する人たちの声が遠ざかって行きます。

 本当にこれで良かったのか、姫は自分でも分かりません。



 トボトボと歩いていると、秋に蛇と出会った池に差し掛かりました。


 もう、あたたかい春が近くまで来ています。

「あの蛇は、冬を越えることが出来たのかしら?それとも、もう、国外へと逃げてしまったのかしら?」



 そう言えば、あの蛇の目も、魔王を封印した魔法使いと同じ、赤い目をしていたと、姫は気づきました。


 思いながら、そっと池を(のぞ)きます。

 すると、池に自分の姿がうつりました。



 そして、その後ろに──!



 ハッとして、姫は振り向きました。

 あんなにも探していた魔王が今、目の前に立っているのです。

 ポロポロと涙が(あふ)れました。


「……何故、泣くのだ? 恐ろしいからか」


 感情のない声で魔王が問いかけます。

「いいえ、いいえ……」


 姫は何を言えばいいのか分からなくなり、そのまま黙っておりました。


「何故、国を出ない?」

 魔王が(たず)ねます。


 眉を寄せるばかりの姫。


「お前がここにいると、私は眠りにつけないのだ……」

 言いながら、自分の(するど)く長い爪を見せるように、手を伸ばす。


「早く出ていけ、切り裂かれたいか?」


 姫は恐ろしくなり、息を飲みました。

 すると今度は池の中から、笑い声が聞こえて来ます。



「ふふふ。人を切り裂くなんて、お前に出来るのかい?」

 見ると、秋に出会った小さな蛇でした。


 魔王は蛇を見ると、眉間にしわを寄せ、答えます。


「また、お前か。言われた通り箱の中で、寝ていただろ? 誰かが勝手に、私を起こしたのだ」

「ああ、知ってるよ。何もかも」

 言って、蛇は人に姿を変えました。



 赤い瞳に、ひょろひょろとした体。

 真っ黒のローブを羽織(はお)り、そのローブからは真っ直ぐの長い黒髪が腰の辺りまで、流れ出ています。


 魔女はくくっと笑い、魔王に言いました。


「今回は、今までとは違うのだよ。そこにいる姫に、私は助けられてね。この国を出る前に、恩返しをしなくちゃいけないのさ」


 言って(ふところ)から、姫が切り与えた、金色の髪を取り出しました。


 魔女は言います。

「お前さんの髪で、私の子ども達は、凍えずに冬を越すことが出来た。ありがとう」

 赤い目を細め、魔女は顔をしわくちゃにさせながら、笑いました。


 姫はその言葉にほっとして、答えます。

「良かった。心配していたのです。今、どうしているのかと……」


「助けてくれた、お礼をしなくてはいけない」

 言って、魔女は持っていた髪を空中に投げ、呪文を唱えます。


 金色の髪はクルクルと丸まると、キラキラと光ながら、大きく成長しました。


「切った髪をもとに戻すことは出来ないが、この国から魔王を追い出すことは出来る」


 にやりと笑う魔女。

 顔を歪める魔王。

 そして──。



「いいえ、魔女さま。それは、やめてください」



 姫はそう言って、魔女にすがりつきました。

 その言葉に二人は目を丸くします。


「魔王さまは、(わたくし)たちの憎悪(ぞうお)を食べていらっしゃるのだと聞きました。その、魔王さまに酷いことは、しないで頂きたいのです」


 それに、と姫は続けます。

「魔王さまは、(わたくし)を助けて下さりました……」


 覚えておられますか?と上目遣いで訪ねられて、魔王は戸惑い、後ろに下がりました。


 その様子を見ながら、魔女が笑いだし言葉を繋ぎます。

「あはは……。全く姫にはかなわない」


 魔法をかけ終わった金の髪を手に、しかし魔女は魔王の目の前に立ちました。


「これは『卵』だ。持つがいい」

 言われて、(ひる)む魔王。


「私は生き物に()れられない。触れば壊れてしまう……」

 しかし、魔女は卵を魔王に押し付けました。


「これは、普通の卵ではない。姫の力が(こも)った卵だからな」


 魔王が卵を受け取るとともに、卵にピシリっと亀裂が入り始めました。

「……っ」


 卵が割れると、中から光の妖精と夜空のような黒い髪、春の空のような青い目の天使が生まれます。

 大きな艶やかな瞳を、眩しそうにしばたたかせました。


「……可愛いっ」

 姫が思わず叫びます。


 天使達は、無邪気に笑いながら、魔王に小さな手を伸ばしますが、魔王は後ろに下がり(ひる)みました。


 (かば)うために出した手には、(する)どい爪。何もかもを引き裂くその爪に、天使が手を触れました。

「…………っ」

 


 ───パキンッ!



 軽い音とともに、爪が折れ魔王は目を見張りました。


 魔女は薄く笑います。

「人の憎悪(ぞうお)に、対抗するのは、人の《無償の愛》だと、前にも言っただろう?」


 魔王は困った顔で、魔女を見ました。


「姫は、私を救った時と同じように、魔王のお前を救いたいと思った。心から愛する者を、彼女の力が危害を加えるわけはないだろう?」


 天使達に触れられた爪や角が、地面に転がり、金の粒となって消える。

「お前は再び人になったのだよ」


 天使達が空へ舞い、キラキラと光る粉を振り撒くと、枯れ果てた木々や草花が、次々と芽吹き始めました。



 姫はそっと、魔王の手を取りました。

 その手が人を傷つけることはもう、ありません。

 魔王は、ふと懐かしい妹を思い出し、その名呼びました。


「……はい。なんでございましょう? (わたくし)の名前をご存知でしたのね」

 ふわりと姫が笑います。


 魔王であった少年は、しばらく目を見開き、姫を見ます。

「……!」


 懐かしい面影を見つけ、魔王は泣きながら姫を抱き締めました。




 ◆◇◆◇◆




 魔女は、悪魔の木が生えている小高い丘に立ちました。


 まわりには草木が生え揃い、春の爽やかな風が吹いています。


 老木の木の根本には、『悪魔の種』を納めていた小箱がありました。

「さぁ、最後の仕事だ」


 言って、その小箱を持ち上げ、蓋を開けました。




 ──ひゅんっ。




 どこからともなく、再び種が現れました。

 それを見てとると、魔女は薄気味悪く口を歪めました。


「人の憎悪(ぞうお)は無くなりはしないものだね……」


 悲しそうに呟きながら、魔女はパタンと箱を閉めました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 6/6 ・うおおおお!!!!! 憎悪と無償の愛! いい感じでまとまったー [一言] 完結おめでとうございます。そしてありがとうございました。
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