祭り
(ここは、どこだろう……)
目覚めた少年は思いました。
何もない、小さな丘の上。
あるのは木が一本だけ。
それもその木は老木で、緑の芽吹き1つ見当たりません。
複雑にネジ曲がった枝々が、天に伸びる事もなく地を這うように、その身を伸ばしておりました。
「……」
少年は辺りを見回します。
今は夜。
暗闇のなかに、鏡のように丸く光る月が見えました。
どこかで、楽しげな音が聞こえます。
笛や太鼓、それから人の笑う声。
少年は、音のする方へ顔を向けました。
祭りでもしているのでしょうか。時期的に見れば、収穫祭のようでした。
村の祭りの光は、淡く優しく少年のいるその丘を照らします。ただ一人いる、真っ暗な丘の上。その光はあたかも少年を救う唯一の光にさえ思えました。
とても柔らかで、優しい光。
少年は嬉しくなって、光の方へと手を伸ばしました。
「…………っ」
そして、伸ばした自分の手──。
そこには、鋭く長い爪。少なくとも真っ当な人間の持つモノとは思えない禍々しい獣の爪。
サッと血の気が引き、自分の事を思い出します。
「あぁ……そうだ。……そうだった」
息を付いて、少年は老木に背をもたせ掛けます。
見上げると、真っ黒な夜空に冷たい月が見えました。寂しげな月──。
不意に、口から笑いが漏れました。
「ふふ……ふふふふ。あはははは……」
ゆっくり身を起こすと、口許に笑みを残し、少年は右手を林に向かって、振り仰ぎました。
──ぶおっ……! バキ……バキバキ……
一陣の風が巻き起こり、林の木々が嫌な音を立てて倒れました。
ずしんっと、重たい音と共に地響きが起こる──。
一瞬、人の声が掻き消え、再びざわめきが戻ります。ざわめきは、先程の歓喜とは違う、怯えを含んだものでした。
「僕は……僕の、役目を果たさなくちゃ……」
言いながら、少年……魔王は、腰から黒く長い羽を生やすと、産まれ出てたその場を後にしたのです。
緑の面影のない老木が一本、
ゆるやかな風に煽られて、静かにそっと揺れました。




