姫と蛇
昔々、あるところに、小さな小さな国がありました。
その小さな国は、名前をフェルディアと言います。
フェルディアの国は、たいそう豊かで、四季折々の野菜や果物、それから、海や川で採れる珊瑚や魚介類。山や林で採れるキノコや果物。鉱山では金や銀、宝石がたくさん採れるのです。そのおかげでこの国は、小さいとは言うものの、民は飢えることもなく、幸せに暮らしておりました。
さて、この国には1人の姫がおりました。
13歳になるこの姫は、とても美しく、夜明けの光のような豊かな淡い金色の長い髪と、風に吹かれ ざわめく春の新緑の芽吹きのような、そんな可愛らしい瞳を持っておりました。
容姿だけではありません。姫は物事を良く見る力を持っており、どんな人にも あたたかく接することも出来ました。
ですので、そんな優しい性格のこの姫のことを、誰もが好ましく思っておりました。
ある時、姫は城の中庭にある小さな池で、1匹の蛇に出会います。それは黒く薄気味の悪い、小さな蛇でした。
蛇は言いました。
「姫よ姫よ。お願いがあるのです」
姫は蛇に怯えながらも、話に耳を傾けます。
「……蛇さん、どうしたの?」
姫がそう答えてくれたので、蛇はホッと安堵の溜め息をつきました。
「あぁ、優しいお姫さま。実はもうすぐ、冬が来ると言うのに、私はまだ冬の支度がすんでいないのです。このままでは冬が越せず、私は死んでしまうでしょう……」
悲しそうに言う蛇を哀れみ、姫は言葉を掛けます。
「まあ、そうでしたの……。私が、お役に立てることがありましたのなら、どうぞ、おっしゃって下さいな?」
姫は池のほとりに ふわりと跪くと、その蛇に手を差し伸べました。
蛇は続けます。
「……あの。それでは……どうかどうか、よろしければ、姫のその美しい髪を私に少し、……ほんの少しで良いのです。それを分けては いただけませんか?日差しのように輝くその髪ならば、きっと暖かい寝床になると思うのです」
蛇は姫を見上げます。
それを聞いて姫は少し悩みました。なぜならその髪は、姫の母親である王妃さまのお気に入り。切ってしまえばガッカリなさることでしょう。
けれど、その思いに姫は首を振りながら打ち消します。
「ええ、いいですよ。少し待ってて下さいね」
優しく微笑みながら、姫は持っていた護身用の短剣で、そのたおやかな髪をざくり──と、切り落としました。
「これで、足りるのでしょうか?」
姫は少し心配でした。この髪は本当に あたたかいのでしょうか? 自分の目には あたたかい朝日ではなくて、冷たい氷の色に見えました。
蛇は驚きます。
「ああ、こんなにも頂けるのでしょうか?」
その言葉に、姫は困ったように笑い掛けます。
「ええ……。お役に立てるのか、分かりませんもの。それに冬は長いでしょう? このくらいあった方が、安心なのではと思いましたの……」
ご迷惑だったかしら……と、こくりと首を傾傾げ、姫は蛇を見ます。短くなった髪は、首を傾げても、もう、肩には届きません。
「ご迷惑などと……。いいえ、ありがとうございます。兄弟たちも喜ぶことでしょう」
蛇は喜びながらシュルシュルと、巣穴へ帰って行きました。
ざざざっ──
音をたてて、風が吹きました。冷たい北風でした。
木の葉が散って、去りゆく蛇は見えなくなりました。
「もうすぐ……、冬が来るのですね」
短くなった髪にそっと触れながら、姫はぽつりと呟きました。




