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『O-279. 浦上-イオニアの反乱劇(ヒスティアイオスの脱兎)』  作者: 誘凪追々(いざなぎおいおい)
▶第二幕(07/12)「陰謀」
9/14

・第二幕「陰謀」その1(前)



<O-277(紀元前499/498)年><晩春><ペルシャ帝国の発祥地・ペルシス地方><ペルセポリスにて>



 ――アリスタゴラスの野郎が「ナクソス(上対馬)攻め」の件でスーサの都まで訪ねて来た時からはや二年近くが経つ。


 俺は相変わらず帰国の許しが出ることもなく、このアジアの奥地で大人しく暮らしてるんだが、今日は大王・ダレイオスの誕生日を祝うべくペルセポリスにやって来てる。ここはスーサの都から山を越えて東へ二十数日ばかし行ったところにある比較的新しい町で、ペルシャ民族の本貫地たるペルシス地方の首府であると共に、エクバタナやバビロンと並んで帝国の副都のような役割も担ってる場所だ。


 それを証拠に、ここにはスーサの都の王宮を上回るような巨大な宮殿が建てられつつあり、今もその最中だ。なにしろここは、大王・ダレイオスが一から設計して建造させた町だから、まさに大王・ダレイオスを象徴する「巨大な記念碑」とでも言って差し支えのねぇ場所だろう。――



    基壇に刻まれた碑文

『神々のうちで最も大いなるもの・オーラマズダーよ、その御心によりダレイオスを王と定めしオーラマズダーよ。うるわしき良き馬と人間ひととに恵まれたるこの国・ペルシスは、大神・オーラマズダーと大王・ダレイオスの守護により外国とつくにから脅威を受けること無し。

 諸王の王・諸国の王・数多なる者の中でただ一人の王、数多なる者の中でただ一人の支配者・大王ダレイオスは告げる。敵軍も、凶年も、虚言も、この国に近づくことなかれ。この恩恵を、朕はオーラマズダーと全ての神々に祈願し奉る。この恩恵を、朕にオーラマズダーと全ての神々は与えたまえ』



 ――ペルシス地方は、山や高原が点在する緑豊かな地方で、気候も概ね穏やかで家畜を育てるにも畑を耕すにも申し分ない。ペルシャ民族の発祥の地であり本貫の地であり、今も帝国の本拠地の一つとして大切にされている。初代のキュロス王はこの地方のパサルガダエという場所に初めての首都を築きそこに彼の墓もあるんだが、三代目のダレイオス王は王権を掌握するやパサルガダエから二日ほど離れたこの場所こそ縁起が良いとして巨大な宮殿の建設を思い立った。それが「ペルセポリス」だ。

 大王は、まず山の麓にある巨大な岩盤を平らに削って奇麗にならし巨大な基壇を造らせた。その高さは人の身長の七-八倍はあり、その上さらに高ぇ壁なんかも築いてるから、ギリシャ(倭)人なら「馬鹿デカい本丸之丘アクロポリスのようなもの」とでも言やぁ通じるか?


 大王としては、この巨大な基壇の上を全て埋め尽くすほどの高層建築群をゆくゆくは建設したいと考えてるようだが、今はまだ宮殿や宝物庫などいくつかの建物が点在してるに過ぎない。とはいえ、建築途中の工事の様を見てるだけでも、ここがいかに壮大な宮殿になるかは嫌でも想像がつく。

 たとえば、ここを訪れた者が基壇の北西側に設けられた壮麗な大階段を昇れば、その右手に巨大な丸柱が林立してるのが目に入る。完成すれば二重の柱廊をめぐらした巨大な大広間アパダーナになるそうだ。まだ肝心の屋根も架けられてねぇから、工事中の吹きさらしではあるんだが、これでも「巨木の森」にでも迷い込んだみてぇでその馬鹿デカさに圧倒される。


 普段はそこで、帝国中から集められた職人や労働者がひっきりなしに作業を行なってるんだが、俺たちイオニア(浦上)人も主に石材の加工や彫刻家なんかとして働かされてる。他にバビロニア人やリュディア人やエジプト人なんかも遥々やって来て、各々が得意な分野で腕を振るってやがる。

 こんなこと出来るのは、世界広しといえど大王・ダレイオスだけだろう、まさにペルシャ王の巨大な権力って奴をまざまざと見せつけてる訳だ。アリスタゴスの野郎が俺のことを「我が儘な独裁者だ」なんだと言ってやがったが、たかが町に毛が生えた程度の小国でよぉ、多少のを通したからって何だってんだ、ったく。世界を独裁するダレイオスに比べりゃあ、鼻くそみてぇなもんだぜ、ったく。


 とはいえ、今日は労働者どもの姿は見かけない。そこには大王の誕生日を祝う身分高めの連中が大勢たむろって、飲食を片手にあちこちで立ち話の花を咲かせてやがる。――



    とあるペルシャ人

「諸国の王、王の中の王、この世における唯一の大王、偉大なるダレイオス陛下のお誕生をお祝いするため、帝国の隅々より陛下に忠誠を誓う者共が集いまして御座います! 本日はこの素晴らしき日を祝して、陛下が建造されつつあるこの偉大な宮殿ともども褒め称えましょう! 大王陛下、お誕生日おめでとうございます!」


    出席者たち

「「「大王陛下、お誕生日おめでとうございます!!!」」」



 ――俺らと違って、ペルシャ民族には自分てめぇの誕生日を大いに祝う習慣があるんだが、それが大王の誕生日ともなると、ほとんど国家祭祀のような規模の祝い事になる。今年はそれをペルセポリスでやると通達されてたもんだから、帝国中からかなりの人々が集って来ていた。

 まず大王の妻や数多の子供たち、近い親戚たち、ペルシャ人の重鎮とその家族なんかが大王の傍近くに侍ってお祝いをする。彼らの多くはこのすぐ近くに手入れの行き届いた庭園付きの大邸宅なんかを所有してたりするんで、ペルセポリスの地元民と言っても良いだろう。

 次に、ペルシャ帝国にはおよそ二十の属州があるんだが、その各々の総督が自ら、もしくは代理人なんかが訪れたし、帝国に無数に服属してる各民族の代表者やその代理人なんかも訪れて、大王へ祝いの品と言葉を捧げていく。

 まぁ人数が多過ぎるんで全員が全員、大王に直接対応してもらえるって訳でもねぇんだが、だからといってこれを疎かにする選択肢なんてのは存在しない。まさに諸国の王、王の中の王、この世界の唯一の大王・ダレイオス様のご機嫌を損ねる阿呆はこの世に存在を許されねぇんだから仕方がない。


 てな訳で、この俺もイオニア(浦上)地方からやって来た連中の取り次ぎやら顔つなぎなんかをやってやりながら、この巨大な大広間の末席に名を連ねてるという訳だ。もっとも、ここには屋根が無く巨大な丸柱が林立するだけだから、屋外のこざっぱりした林の中でも適当に散策してるような感じだったりはするんだがな。――



    とあるイオニア人

「いやー、ヒスティアイオス殿がここに居られるのは本当に助かりますな。大王陛下の御寵愛を賜わるあなたが、我らと同じイオニア(浦上)人である御陰で、ペルシャ人や宦官たちとの遣り取りも円滑に進みます」

    主役-ヒスティアイオス

「そうかい、そいつは良かったな。俺としてもよぉ、同胞の役に立ててるってんなら嬉しい限りだぜ。かれこれ十年以上もこっちで宮仕えしてんのも無駄じゃ無かったって思えるしな」

    とあるイオニア人

「それはもう、イオニア(浦上)地方の諸市は皆あなたに感謝していますよ。大王を始めとするペルシャ人の高官に、陳情などを申し入れたくとも、我々ではまずちょっと会っていただくだけでも至難の業ですからな。それがあなたを通せば、彼らも耳を傾けすぐに対処もしてもらえる。これはなかなか得難い人材ですよ」

    主役-ヒスティアイオス

「どうしたい? なんか嫌に褒めるじゃねぇか。他に頼み事でもあるのかい?」

    とあるイオニア人

「おおっ、さすがは鋭いですなっ! おっしゃる通り、私はイオニア(浦上)人の石工を代表してあなたに依頼があるのです。ヒスティアイオス殿、ダレイオス王に陳情を一つ入れていただきたいのだが構わないだろうか? 大王陛下は我らイオニア(浦上)人のことを、優れた職人として認めていただいており、それは大変名誉なことであるとは思うのだが、こうも立て続けに徴発されるとなると我らの負担も馬鹿にならなくてな。

 スーサの都に巨大な宮殿を建てるからとして、我らは各市で割り当てた大勢が上洛し、誠心誠意それに協力させていただいた。巨大な石の柱を美しく彫刻して立て並べたし、壁や門なんかの意匠も腕を振るって装飾させていただいた。城壁を奇麗に装飾するための塗料なども大量に差し出したし、カリア人とともにレバノン杉をバビロンからスーサまで運ぶようなことまでやらされた。

 そしてようやくそれが完成したと思えば、次はペルセポリスにさらに巨大な宮殿を建造するのだとして、またもやイオニア(浦上)地方からも大勢の人々がここに働きに来させられている。イオニア(浦上)の諸市としては、年貢を納めるだけならまだしも、こうも頻繁に労役を課されるのであれば各市の金庫もやがてからになってしまうのではと不安になっているのです」

    主役-ヒスティアイオス

「なるほどねぇ、それでこの俺に『大王に一つもの申してくれ』って訳か。だがよぉ、それはなかなかに難しい相談だな。なにしろ大王は、この世界のめぼしいとこはもう大方おおかた征服しちまったもんだから、あとは前代未聞の偉大な建造物でもおっ立てて、それを後世に残すってことに情熱を傾けちまってるからな。それを頭から冷や水ぶっかけるようなこと言ったらどうなるか、さすがに俺としてもちと怖ぇもんがあるぜ?」

    とあるイオニア人

「そうですか……。ならば、建築のことには直接触れないで、イオニア(浦上)人の数を減らすという方向に話を持っていってはどうだろうか? もっと他の地方なり民族なりから労働者を持ってくれば良いのだ。なにもわざわざ、最も遠い地方から大勢徴発するのは大変なのだから」

    主役-ヒスティアイオス

「たしかにそれは俺も同意しねぇでもないんだが、ただよぉ、大王はイオニア(浦上)人の石工としての腕をかなり評価してるからな。他所の連中で替えがきくかってぇと正直難しいとこだろうな。たとえばバビロニア人どもは煉瓦を造るのは上手ぇが、それじゃあ耐久性に劣るし、見栄えも今一になるだろうしな」

    とあるイオニア人

「そうですか……。ならば、我々を石工として使いたいのなら、せめて軍役は免除すべきだと進言していただけないだろうか? あなたもよくご存知のとおり、去年の夏、我らイオニア(浦上)人は「ナクソス(上対馬)攻め」に従軍させられました。沿海地方の総督・アルタプレネス様のご命令により、イオニア(浦上)の諸市は軍船を各々数隻から数十隻づつ差し出し、合計二百隻もの艦隊でこの遠征に協力したのですが、そのようなことがこれからも頻繁に続くのであれば、我々は本当に破産してしまいます」



 ――まぁ、「破産」は少し言い過ぎかもしれねぇが、年貢に加えて労役や軍役も度重なるってんなら、確かにポリスの経営はなかなか厳しいもんがあるんだろうな。それらの人員や費用なんかを捻出するため、増税やらなんやらで市民たちの負担も相当だろうからよぉ、不満の一つも口にしたくなるって訳か。

 とはいえだ、それをただ大王に陳情したところで、一体どう動かせる? 他の民族だって多かれ少なかれやらされてる事なんだからよぉ。……


 なんてなことを考えてると、向こうのほうからいかにも無骨で武将然としたとあるペルシャ人の高官が俺に話し掛けて来た。――


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