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『O-279. 浦上-イオニアの反乱劇(ヒスティアイオスの脱兎)』  作者: 誘凪追々(いざなぎおいおい)
▶第一幕(01/12)「里心」
7/14

・第一幕「里心」その4(後)



<続き><ペルシャ帝国の首都・スーサ><ヒスティアイオスの運動場にて>



    主役-ヒスティアイオス

「さぁ、ここなら誰も話を聞いてねぇ。ペルシャ人に知れたら不味い話もいくらでも出来るぜ」

    代理人-アリスタゴラス

「ああ、そういう事ですか。たしかに運動をやりながらだと、その恐れは全くありませんよね」

    主役-ヒスティアイオス

「で、正直なところ、お前はナクソス(上対馬)島を攻めてどうするつもりだ?」

    代理人-アリスタゴラス

「どうするって、どういう意味ですか?」

    主役-ヒスティアイオス

「その先の話だ。島を攻め取って、周りの島々を従えて、それで万歳って訳じゃねぇんだろ?」

    代理人-アリスタゴラス

「それは先ほども言ったのだけれど、本土のほうまで勢力を伸ばしてヘラス(大和)世界を牛耳ることですよ」

    主役-ヒスティアイオス

「そいつはいささか見通しが甘ぇな。所詮はペルシャ人の力を借りてやるんだから、そんな都合良く事は運ばねぇだろうぜ」

    代理人-アリスタゴラス

「いえいえ、そんなことは無いですよ。ペルシャ人はたしかに泳ぎすら出来ない者も居ますが、そこはエーゲ海の事情に詳しい我々が先導するのだから、どう厳しめに見積もったとしても結果は楽勝になるでしょう」

    主役-ヒスティアイオス

「そういうことじゃねぇよ。ペルシャ人の力を借りるってことは、おいしいとこは全部連中に持ってかれるってこった。ミレトス(柔①)人がエーゲ海に君臨するなんて、そんなこと許すはずがねぇんだよ。なんなら些細なことを理由にお前を失脚させることだってするだろうし、そもそもこの作戦に失敗したらどう責任を取るつもりだ? ペルシャ帝国に恥かかせ、軍に損害被らせ、それでただで済むと思ってんのか?」

    代理人-アリスタゴラス

「フフフ、これは叔父貴らしくもない、そんな低い可能性のことを気にして行動をおさえようとするだなんて。多少苦戦することはあるかもしれませんが、責任を問われるような結果になるはずが無いではないですか。私としては、さっきもらった子猫でも連れて鼻唄でも歌いながら出陣しようかと思っているほどですよ」

    主役-ヒスティアイオス

「アリスタゴラスよ、エーゲ海の情勢について、俺は最近のことは知らねぇから正確なことは言えねぇだろうけど、お前さん、ちぃーとばかし気を緩め過ぎじゃねぇのかい?」

    代理人-アリスタゴラス

「たしかにそれはあるかもしれないのだけれど、でも世の中には『失敗のしようが無いこと』ってのがあるのもまた事実ですからね〜。あるいは、『失敗するかもしれないけれど、その可能性がおそろしく低いこと』については、心配するだけ無駄でしょう。たとえば、馬に乗れば落ちて死ぬこともたまにあるでしょうけれど、でもだからといってそれを怖がっていたら馬に乗れません。海で泳げばたまに溺れることもあるかもしれませんが、でもだからといってそれを怖がっていたら海で泳げませんし。

 同じように、ナクソス(上対馬)島を攻めたら、もしかするとごくたまに失敗するかもしれませんが、でもそれを怖がり過ぎて要らぬ心配をするのであれば、無駄を費やしていると言わざるを得ません。ですから、昔の人は言いました、『何事も度を過ごすなかれ』と。賢い人は、適度に心配する以上に、過剰に心配してはならないのですよ」

    主役-ヒスティアイオス

「なんだか調子に乗ってペラペラとしゃべりやがるが、お前、俺のことを愚か者だと言ってるのか?」

    代理人-アリスタゴラス

「いえいえ、そうではありませんよ。叔父貴自身がおっしゃられたように、叔父貴は最近のエーゲ海のことをあまり知らないのですから、何が適度な心配かと判断するだけのものを持っておられないのだから、当然私と比べれば『認識に差が生まれるのは否めない』と言っているだけです。

 それを『愚か者』と受け取るだなんて、被害妄想ってやつじゃないんですか? どうされたのです、やはり十年以上も現場を離れていると、そうなってしまうのですか?」

    主役-ヒスティアイオス

「てめぇ、人のこと耄碌したみたいに言いやがって。あのなぁ、さっき俺が『ナクソス(上対馬)島を攻めた後どうすんだ?』って聞いたが、俺としてはお前が『エーゲ海の覇権を握ったなら、返す刀でペルシャ帝国を滅ぼしてやる。そいで叔父貴や大婆さまも自由にしてやる』とでも言ってくれることを期待してたんだぜ」

    代理人-アリスタゴラス

「えっ、ペルシャ帝国を滅ぼすですって?」

    主役-ヒスティアイオス

「当たり前だ、それぐらいのでけぇ事を言ってこそ、ようやく俺の後継者として相応しいってこった。さっきから散々俺に認められてぇとか言ってやがったが、だったらそれぐれぇのこと涼しい顔で言いやがれ」

    代理人-アリスタゴラス

「それは、言うだけなら無料ただですからね。言えと言うのならいくらでも言わないことは無いのだけれど、でも叔父貴、そんなこと本当にやれるって訳ないじゃないですか。だったら言うだけ損ですよ、『口は災いの元』と言うように、もしもペルシャ人にバレたら取り返しがつかないほど酷い有様になるのですから。

 ちなみに私の座右の銘は『不運な人を笑わないこと』『舌が心よりも先立たないこと』『不可能なことは望まないこと』なんですよ。それを丸々無視するようなこと、させないでもらいたいのだけれど」

    主役-ヒスティアイオス

「――。アリスタゴラスよ、情けねぇ話で申し訳ねぇんだが、俺はどうしても故郷に帰りてぇんだ。だから、この俺が故郷に戻れるよう、お前はなんでもいいからイオニア(浦上)で騒ぎを起こしやがれ」

    代理人-アリスタゴラス

「へっ? ちょっと意味が判らないのだけれど、なんで叔父貴が故郷に帰るために騒ぎを起さないといけないんですか?」

    主役-ヒスティアイオス

「大王が俺の力を必要とするようにだ。『ナクソス(上対馬)攻め』程度じゃ全然駄目なんだ。たとえばお前がこれからミレトス(柔①)に帰って、『ペルシャ帝国から独立する』とでも宣言を出し、城壁を堅固にして町に立て篭るってなことでもすりゃあ、さすがにこの俺に鎮圧が命じられるだろって話だ」

    代理人-アリスタゴラス

「ちょっ、ちょっと待ってください! 『故郷に帰りたい』というのは解りましたけど、だからといって、『反乱を起こせ』というのは飛躍が過ぎるんじゃないですか? だっだって、本当にそんなことをしたら、私たちのミレトス(柔①)は跡形も無く滅ぼされてしまうかもしれないんですよ? おっ叔父貴が戻って来ても帰る故郷が消失してるってことになるんじゃ意味ないじゃないですか!?」

    主役-ヒスティアイオス

「その辺は上手くやる。ミレトス(柔①)がギリギリ滅ばされないよう俺がなんとか処理してみせる。だからお前らは俺が来るまでなんとか籠城を続けてろ」

    代理人-アリスタゴラス

「いやいやいやいや、そっそんな都合のいい展開になんて、滅多になる訳がないじゃないですか! とっ特に私なんて反乱の首謀者として絶対に酷い目にあわされるんだろうから!」

    主役-ヒスティアイオス

「だったら、ミレトス(柔①)だけでなく、周りのポリスにも死ぬ気で反乱を呼びかけろ。俺が知る限り、イオニア(浦上)地方の連中は独立したくてウズウズしてやがる。お前らが『自由と独立』を掲げて必死に誘い水でもかけてやりゃ、同調するポリスは一つや二つじゃねぇだろうさ。

 それでペルシャ軍が鎮圧を手こずってるとこにこの俺が颯爽と現われ、お前らに降伏を呼びかけるんだ。その時、お前が率先してあっさり降伏を申し出れば、お前やミレトス(柔①)市の罪はある程度は帳消しになるだろう。これなら、反乱鎮圧はこの俺の手柄になるから、大王や他のペルシャ人に対する発言力もさらに増してることだろうしな。戦後処理はこの俺の助言に大きく左右されるはずだ」

    代理人-アリスタゴラス

「そっそんな……」

    主役-ヒスティアイオス

「とにかく俺は死ぬまでにもう一度、故郷の海をこの目で拝みてぇんだ。そしてお袋にも見せてやりてぇんだ」

    代理人-アリスタゴラス

「なっなんて我が儘な! 故郷に帰りたいから故郷を生贄にしようだなんて、いっいくら独裁者だからって、それはさすがに許されることでは無いですよ! いくら叔父貴の指示とはいえ、これは首肯できかねます! せっかく大王・ダレイオスに厚遇されているのですから、ここはミレトス(柔①)の皆のためにも、短慮を起こさずこれまで通り堪えるべきです」

    主役-ヒスティアイオス

「たしかに、大王には相変わらず親しくしてもらってるし、それなりに厚遇もされてるぜ。ただな、故郷だけはやっぱりどうにも懐かしいんだ。死ぬまでにもう一遍だけ、ミレトス(柔①)の俺の寝床で好きなだけ横たわってみてぇし、部屋の窓から晴れた日のエーゲ海を眺めてみてぇんだ。子供ガキの頃から行きつけのあの岬や浜辺で、のんびり潮風の匂いでも嗅ぎながら、釣り糸の一つもたらして魚なんかを獲りてぇんだ。

 なんてなことを願うのはよぉ、本当に俺の我が儘なのか?」

    代理人-アリスタゴラス

「――、叔父貴がそういう弱音を吐くのを初めて見ましたよ。たしかに、遠い異国の地で故郷に恋い焦がれる気持ちは私としても解らないでは無いのだけれど……」

    主役-ヒスティアイオス

「だったらよぉ、少しでも哀れに思うんなら、なんとかしてくれ、頼む一生の願いだ。反乱でもなんでもいいから、とにかく頼むからイオニア(浦上)かエーゲ海でドでかい事件を起こしてくれ。それが手に負えねぇほどでけぇ騒乱なら、大王はきっとこの俺に問題解決の方法を尋ねるはずなんだ。俺はそこで、『エーゲ海に行かせてくれ』と直訴する。これなら俺にも十分勝算が出てくるってもんだ」

    代理人-アリスタゴラス

「――、ご免なさい、叔父貴。やっぱり、それはできません。私もミレトス(柔①)市を預かっている者として、彼らの生命や財産をそんなどうなるか知れない博打の賭け代にするわけにはいかないのです。いくら独裁者だからといって、やっていいことと悪いことがあると思うのです。

 そういえば、あなたの娘さんもそうだった。あなたの娘であることを理由に無茶苦茶な要求を私やミレトス(柔①)市にしばしばするものだから、それを抑えるのにどれだけ苦労したことか。いくら叔父貴がペルシャ人の後ろ盾を強固に確保してるからといって、限度を超えれば死ぬ気であなたに反抗する者だって出て来るのですよ。

 そもそも、叔父貴に忠実なミレトス(柔①)の一味連中だってそんな無茶苦茶な命令を出したとして『はいそうですか』ってなる訳が無いではないですか。特に歴史家の先生なんて無数の事例を持ち出して断固反対の論陣を張ることでしょう。

 頼みますから、そんな可能性に乏しい命令は出さないで下さい。もしかすると、この酷い暑さで頭が参ってしまってるんじゃないですか? もっと涼しい季節になったら、もう一度冷静によく考え直してみて下さい。あわてて出すような命令では無いのですから、これは」



 ――この野郎、しれっとあいつの悪口まで言いやがって。どうやら、娘をったってのも本当に考え過ぎって訳でもなさそうだな。んなら、もう手加減はいらねぇだろう。お袋の件もあるし、こいつを破滅させてでも故郷に帰る算段をつけてやる。――



    主役-ヒスティアイオス

「お前なぁ、たかが代理人の分際で、大層な御託並べてんじゃねぇぞ、ったく。『やりたくねぇ』と『やれねぇ』を一緒にすんじゃねぇよ、ったく」

    代理人-アリスタゴラス

「だったら、教えて下さいよ、そのやれる方法とやらを、もしも存在するのなら」

    主役-ヒスティアイオス

「いいだろう、だったらこの俺が段取りまでご丁寧に教えてやるよ。いいか、ペルシャ軍が『ナクソス(上対馬)攻め』をやってる最中、お前はペルシャ人と喧嘩をおっぱじめるんだ。それでそれを理由にさっさとミレトス(柔①)に帰っちまうんだ。そうすりゃ、嫌でもこの作戦は失敗となり、お前らミレトス(柔①)人の責任が厳しく追及されることになる。そこで、お前以外の連中だって『厳罰に処されるぐらいならいっそのこと町に籠城して戦ってやろうじゃねぇか』ってな話になるという具合だ。

 ついでに周りのイオニア(浦上)人も不満を溜め込んでる連中が少なくねぇからな、いくつかのポリスはそれに同調しやがるだろう。だとすればさらに反乱の火の手は拡散するに違いねぇという訳さ。どうだ、あきれるほど簡単なことじゃねぇか」

    代理人-アリスタゴラス

「はいはい、解りました。ではそれが出来そうならそうすることにします。とにかく、私はミレトス(柔①)に帰って『ナクソス(上対馬)攻め』の準備をしなければならないのです。ペルシャ軍の参謀としてエーゲ海での作戦を指導しなければならないのです。それを成功させれば私はエーゲ海方面でかなりの権力を手に入れることが出来るでしょうから、もしかすると、そんな危険な反乱を起こさずとも叔父貴一人を呼び戻すくらいの強い発言権を得られるかもしれません。だから頼みますから、どうか叔父貴は変な短慮を起さずに、どうかそうなるように祈っていて下さい」

    主役-ヒスティアイオス

「だから、そんな風には絶対ならねぇから反乱でも起こせって話をしてるんだろ?」

    代理人-アリスタゴラス

「だから、私たちが反乱を起こしたからと言って叔父貴がイオニア(浦上)に帰る許可がおりるとは限らないじゃないですか!

 だいたい、他のミレトス(柔①)人だって、他のイオニア(浦上)人だって、いきなり『ペルシャ帝国に反乱を起そう』と提案したって、簡単に乗って来るわけないじゃないですか。むしろほとんどの人は『絶対に失敗するから、そんな馬鹿げた妄想は早く消し去れ』って言うに決まっているんです。そんな計画をちょっと話してたってペルシャ人に知られるだけでもかなり不味いことになるんですから。謀反を企んでるってことでペルシャ人にチクられ、あっさり人生を終えることになるのですよ?

 叔父貴だってちょっと考えれば解るでしょ、この程度のことは。だから、これは冗談ですよね? 冗談じゃないなら、さすがの叔父貴も本当に耄碌したと言わざるを得ませんよ。とにもかくにも、私はイオニア(浦上)に帰ります。無謀な命令を出すのだけはどうか勘弁して下さい!」





<O-276(紀元前500/499)年><晩夏><アジア大陸の某砂漠(ペルシャ高原の奥地)にて>



 ――こうして、アリスタゴラスの野郎がスーサの都を去った後、俺には大王から別の新たな命令が出された。なんでも、スーサの都の東に聳える山々の遥かに向こう、インドの手前のアラコシア辺りに広がる砂漠地帯、そこに暮らすとある民族の動向を探って来いとのことだった。俺には双峯駱駝ふらこぶラクダの一隊が委ねられ、「宮殿を増築するための材料を探しにやって来た」という態を装って、その民族が不穏な動きを見せてないか調査に行けという訳だ。


 ちなみに、そこはペルシャ民族の発祥地であるペルシス地方のもっと向こう、ただただ無限の荒れ地が広がってやがるそのさらに先、たまに見かける山の上や高原なんかには雨も多少は降りやがるが、その他はカラッカラにひからびてて、ほとんど地獄かと見紛うような死の世界ってやつだ。

 風が吹けば痛ぇほどの砂埃をまき散らし、そいつが止んでも今度は真上の太陽が容赦なく肌を焼いていきやがる。山や高原の麓にはごくたまに水なんかが湧き出すところがあり、そんなか細ぇ中継地を見つけながらどうにかこうにか進んで行くんだが、このどうにも頼りねぇ道を見失っちまえばすぐさまこの世とおさらば出来るっていう、これ以上ねぇほどの素敵な職場環境ってやつだ、ったく。



 野郎は意気揚々と西の海へ去り、かたやこの俺は東の荒野を彷徨う。そういや今年は四年に一度のオリュンピア(※ギリシャ世界最大の運動競技祭(第七十回目))の年でもあったな。故郷を遠く離れたこんな場所で、俺は一体なにやってんだろうな。――



<第一幕おわり、第二幕へ>

※ この回で<第一幕「里心」>は終わり、次の<第二幕「陰謀」>に続きます。ただし、その間には二年近くが経過しますので、時系列的には前作(『浦上-イオニアの反乱劇(アリスタゴラスの煩悶)』)の<第一幕>~<第三幕>がそこに当てはまることになります。そのため、そのような順番で読むことも可能です。


▶今作の<第一幕「里心」> → ▷前作の<第一幕「発端」> → ▷前作の<第二幕「援軍」> → ▷前作の<第三幕「演説」> → ▶今作の<第二幕「陰謀」> → ▷前作の<第四幕「消失」>

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