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『O-279. 浦上-イオニアの反乱劇(ヒスティアイオスの脱兎)』  作者: 誘凪追々(いざなぎおいおい)
▶第一幕(01/12)「里心」
6/14

・第一幕「里心」その4(前)



<O-276(紀元前500/499)年><夏><ペルシャ帝国の首都・スーサ><ヒスティアイオスの邸にて>



    代理人-アリスタゴラス

「いや~、良かった良かった〜。叔父貴の助言のおかげもあってか、大王から『ナクソス(上対馬)攻め』の許可が無事おりましたよ〜。司令官はペルシャ人の高官が任命されたのだけれど、その参謀として私がこの作戦の事実上の指揮を採れとのことなのです。これはハリキルしか無いですよね~。

 そこでさっそく考えました。私はこれからすぐさまイオニア(浦上)に帰って、冬の間は沿岸地方の諸市に命じて軍船を準備させるのだけれど、どこを攻めるかは秘密のままにしておきます。そして春が訪れるとともに彼らをわがミレトス(柔①)に集結させ、『北のヘレスポントス(北海道)海峡方面を攻める』とでも宣伝しつつ、たとえばキオス(浦沖)島の辺りまで移動します。そしてここで風待ちをし、強い北風が吹いたら一斉に南向きに反転させ、一気にナクソス(上対馬)島にまで攻め寄せるのです。意表をつかれたナクソス(上対馬)人はあわてふためいて、大した防衛も出来ないままに我々の軍門にくだるしかないでしょうね。

 ペルシャ人は私の希望通り軍船を百隻用意してくださるそうだから、ナクソス(上対馬)島の次はエーゲ海の島々を従え、さらに余裕があればヘラス(大和)本土のエウボイア(山陰道)島も狙おうと考えています。どうですか、叔父貴、これらの作戦が上手くいけば、わがミレトス(柔①)市の勢力圏はエーゲ海を東西に跨いで本土にまで及ぶことになるのです。これまでミレトス(柔①)市は『イオニア(浦上)地方の華』と讃えられることはありましたが、今後は『ヘラス(大和)世界の華』になるかもしれないのですよ。あなたの従兄弟がこれほどの事をやるのです、叔父貴としても誇らしいでしょう?」

    主役-ヒスティアイオス

「ああ、そうだな。たしかにまぁ、それを俺自身でやれねぇのは無念の到りだが、お前さんが代わりにやってくれるってんなら、俺も嬉しいぜ」

    代理人-アリスタゴラス

「フフフ、叔父貴にそう言ってもらえるのは他の何より嬉しいです。私はこの作戦の準備のため早々にミレトス(柔①)に帰らなければならないのだけれど、作戦の進捗については叔父貴にしっかり報告しますので、ここで楽しみに待っていてください」

    主役-ヒスティアイオス

「ああ、そうだな。せいぜい楽しみに待ってるぜ。ならよぉ、その前祝いとして土産をいくつか見繕っておいたんだ。そいつを持って帰りな。おい、お前ら、例のやつ持って来い」

    執事長

「かしこまりました」

    子供たち

「「「かしこまりました」」」


    執事長

「アリスタゴラスさま、こちらの品をどうぞ」

    代理人-アリスタゴラス

「おおっ、これはいわゆる『円筒印章』というやつですね? 粘土板とかに転がして文字や模様を浮かび上がらせるというやつ。それにしても、これはとても良いものだ。これほど青く輝く石を私は見たことが無いですよ~」

    主役-ヒスティアイオス

「そいつは良かった。なんでも、バクトリアのほうで採れた石らしくてな、ペルシャ人の高官連中でも珍しがるほどの代物さ。このデカさなら『町一つをやるから譲ってくれ』なんて言う奴も居るかもな」

    代理人-アリスタゴラス

「それは凄いですね~。町一つ分の価値だなんて、盗まれでもしたらおおごとだ。無事に持って帰れるか心配になりますよ~。ところで、これはなんて刻まれているのですか?」

    主役-ヒスティアイオス

「お前さんの名前らしいぜ。そうだろ?」

    執事長

「はい、バビロニアの名のある職人に注文し、楔形文字で『我はアリスタゴラスの印章なり』と刻ませました。また、その図柄はメソポタミアではるかいにしえより信仰されてきた金星の女神・イシュタルを表わしているそうです。イシュタルは愛の神として、または戦いの神として、さらには繁殖を司る神ともされており、崇めれば美しき金星のご加護を戴けるのだとか」

    代理人-アリスタゴラス

「へ~、だとすれば、うちらで言うところのアプロディーテかアテーナに相当する女神さまなのかな? それに繁殖を司るなら母神-デーメーテールか? いずれにせよ、それらを兼ね備えた金星の女神さまというならきっと縁起が良いに違いありませんね。これは私のお守りとしてありがたく頂戴することにします。大した荷物にもなりませんしね」

    主役-ヒスティアイオス

「おう、そうしろそうしろ。それと、こんなのも用意しといたぞ。気に入ったなら持ってってくれ。おい」

    長男(カリア系)

「アリスタゴラスさま、こちらの品をどうぞ」


    子猫

『にゃ~、にゃ~、にゃ~、にゃ~』


    代理人-アリスタゴラス

「おわっ、生き物ですか?」

    長女(エジプト娘)

「つい先日産まれたばかりの子猫でございます」

    代理人-アリスタゴラス

「へ~、猫ですか~。エジプト人がとても可愛がってるとは良く聞くのだけれど、こちらのほうでも人気なんですか?」

    主役-ヒスティアイオス

「いや、それはそうでも無ぇんだが、実はこいつもエジプト出身の女でな、子供ガキの頃うちに引き取ってやったんだが、故郷くにが恋しくてしょっちゅう泣いていやがったもんだから、仕方ねぇんでエジプトから猫を取り寄せてやったという訳だ」

    代理人-アリスタゴラス

「へ~、それはずいぶんお優しいことで~。叔父貴はそのガタイに似合わず意外とまめだから、『それが女を落とすコツだ!』とかなんとかって言ってましたっけね~、フフフ」

    主役-ヒスティアイオス

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、こいつのどこが女だ。俺はしょんべん臭ぇ子供ガキのご機嫌取るほど落ちぶれちゃいねぇんだよ。だいたい背ばっかヒョロヒョロ伸びやがるくせ、肝心の凹凸が見られねぇんじゃほうきのほうがマシだって話だぜ」

    代理人-アリスタゴラス

「アハハハ、さすがに女の子と箒を比べるのはちょっと酷いな~」

    主役-ヒスティアイオス

「だったら、糸杉とでも比べてやりゃあいいのか?」

    長女(エジプト娘)

「お父上、客人の前でそのような恥ずかしいことはお止め下さい。止まらないというのであればぶん殴りますよ」

    主役-ヒスティアイオス

「その枯れ枝みてぇな細腕でどうぶん殴るってんだよ、ったく。悔しかったらもっと飯を食え」

    次女(スキュタイ娘)

「そうだね、たしかに姉さんのその身体はいただけないな。人目をひきたいなら、僕のような身体じゃなきゃね」

    主役-ヒスティアイオス

「お前は逆に筋肉付け過ぎだ。亀の甲羅じゃねぇんだからよぉ、そんな固そうな女、大理石の女神像でも撫でてたほうがよっぽど興奮するだろうぜ」

    次女(スキュタイ娘)

「酷いなぁ、僕をこんな身体にしたのは父さんじゃないか。今さらそんなこと言うなんて、もっと褒めてさらに伸ばすべきだな」

    主役-ヒスティアイオス

「俺は『運動しろ』とは言ったが、そんな『女戦士族アマゾネスになれ』とまで言った覚えはねぇよ。ったく、少しは加減を覚えやがれ」

    三女(インド娘)

「じゃー、私は~? 私の身体は~?」

    主役-ヒスティアイオス

「そうだな、お前はもう十三歳になったんだっけか? 正直、上の二人よりかよっぽど将来性ありそうだからな、決してこいつらの真似だけはすんじゃねぇぞ。頼むからちゃんとした大人になってくれな」

    長女(エジプト娘)

「なにがちゃんとですか。模範と成るべき大人がお父上しか居ないのですから、こうなるのも当然でしょうに」

    次女(スキュタイ娘)

「なるほど、たしかに」

    主役-ヒスティアイオス

「『たしかに』じゃねぇよ。猫飼ってやったりとか、わざわざ取り寄せてやったりとか、ちゃんと色々やってやってんじゃねぇか。お前なんか、泣いて喜んでたぞ、『お父上ぢぢうえ~、ありがどお~、ネゴぢゃんをありがどお~』ってよう」

    長女(エジプト娘)

「お父上、繰り返しになりますが、客人の前でそのような恥ずかしいことはお止め下さい。止まらないというのであれば本当にぶん殴りますよ」

    主役-ヒスティアイオス

「だから、その牛蒡ごぼうみてぇな細腕でどうぶん殴るんだってんだよ、ったく。子供ガキの頃の話だぞ、無意味に恥ずかしがるんじゃねぇよ」

    長女(エジプト娘)

「では、毒を盛ります。せいぜいお食事の時にはお気をつけ下さい」

    主役-ヒスティアイオス

「たかがこの程度のことで何する気だよ、お前は? ったく、どっちかってーと心温まる良い話だろうが」

    長女(エジプト娘)

「良い大人が『泣いて飴をねだるような痴れ者』と紹介され喜ぶ者などおりません。謝罪して賠償すべき案件でしょう」

    次女(スキュタイ娘)

「なるほど、たしかにこれは、多額の賠償金を請求されても仕方の無い事案だね。借金を背負ってでも父さんは誠意を見せないとならないだろうね」

    三女(インド娘)

「そうそう、罰として私たちのお小遣いを少し値上げするべきだと、私も思うな~」

    主役-ヒスティアイオス

「お前らなぁ、難癖つけてかね取ろうとするほうが、よっぽどたちが悪ぃだろうが。ったく、どこのカツアゲだよ、これは」



 ――この三人娘どもは、知らねぇ客が来た時には借りてきた猫みてぇにおとなしくしてやがるんだが、どうやらアリスタゴラスの前では大して気を使う必要もねぇと判断しやがったようだ。まぁ、それは確かに間違ってねぇとは思うが。――



    主役-ヒスティアイオス

「もういい、お前らは黙ってろ。ってことで、こいつらはエジプトから連れて来た猫の子孫どもという訳だ。たくさん産みやがったんで好きなの持ってきな。それでこいつを見るたび俺らのことでも思い出してくれ」


    子猫

『にゃ~、にゃ~、にゃ~、にゃ~』


    代理人-アリスタゴラス

「う~ん、これは迷いますね~。どの子猫も可愛いかったりするのだけれど、フフフ、一番可愛いのはやっぱり君かな。もし良かったら私と一緒にミレトス(柔①)に帰らないかい?」

    長男(カリア系)

「えっ、僕ですか?」

    代理人-アリスタゴラス

「そう、君ほどの美少年はイオニア(浦上)にもそうは居ないからね〜。きっと評判になると思うよ、長男くん」

    主役-ヒスティアイオス

「おいおい、アリスタゴス、くだらねぇこと言ってんじゃねぇぞ。自分てめぇつら見て出直してきやがれ」

    代理人-アリスタゴラス

「それは酷いな~、私だってそこそこモテるのに。それにしても、叔父貴もずいぶん丸くなられたものですよね~。彼らとの関係はずいぶん変わった感じではあるようなのだけれど、昔の叔父貴だったら、舐めた口きかれたら子供でも猫でも構わず蹴り飛ばし『泣き止むまで面ぁ見せんな!』って感じだったじゃないですか〜」

    主役-ヒスティアイオス

「おい、こいつらの前でしょうもねぇ嘘つくんじゃねぇよ。さすがにそこまでのことはしてねぇし、それに猫とか子供ガキとか弱ぇのをいたぶる趣味はねぇよ。俺が気に入らねぇのは、大層な御託ごたく並べるくせにまるで使えねぇような見かけ倒しの阿呆どもだけだぜ」

    代理人-アリスタゴラス

「そうそう、おかげでミレトス(柔①)の一味連中の中には未だに叔父貴の鉄拳制裁に怯えてる者も居ますからね〜。そのドでかい拳で殴られたら一発であの世行きだから。私もその一人ですよ」

    主役-ヒスティアイオス

「嘘をつけ、お前は要領だけは良かったからな。お前さんを殴った覚えはねぇよ」

    代理人-アリスタゴラス

「それはつまり、私のことを『弱い奴』だと認識していたからなんでしょうね。だから私としては『叔父貴に本気で叱られたい』と思っていたこともあったのだけれど、それは一人前として認められたってことになるのでしょうから。でも、さすがにそろそろ本当に認めて欲しいなって思ったりもするのだけれど」

    主役-ヒスティアイオス

「認めてんだろ、十分。ミレトス(柔①)の留守を任せてんだからよぉ。俺はお前さんのことはそれなりに認めてるよ」

    代理人-アリスタゴラス

「そうですか? それが本当なら嬉しい限りなのだけれど」

    主役-ヒスティアイオス

「そんなことより、この猫を持って帰んなら、お前のほうこそ酷ぇ扱いはするんじゃねぇぞ。なにしろ、こいつはこの子の母親の生まれ変わりかもしれねぇってんだからな。だろ?」

    三女(インド娘)

「そうなのです、アリスタゴラスのおじちゃん。この子猫はもしかすると私のお母ちゃんかもしれないです。だから優しくしてあげて。蹴ったりして泣かせては駄目、絶対」

    代理人-アリスタゴラス

「えっ、猫が君のお母さん?」

    三女(インド娘)

「そう、インドのお母ちゃん。悪いことしてたから多分人になれなかったの」

    長女(エジプト娘)

「とか言いながら、あなたのお母さんが死んだかどうかは判ってないんだけどね」

    三女(インド娘)

「そんなの判るよ。インドではくしゃみを続けて三回したらお母ちゃんが亡くなった証拠だって言ってたもん」

    次女(スキュタイ娘)

「なるほど、それが本当なら、僕もくしゃみを続けて三回したことあるから、僕の母さんも死んでるってことになるね。父さんだってくしゃみを三回したことあるだろうから父さんの母さんも死んでるってことになるな。あれっ、でも、大婆さまは生きておられるよ?」

    三女(インド娘)

「私のくしゃみは、本当のなの!」

    長女(エジプト娘)

「あらあら、本当のくしゃみって何かしら?」

    三女(インド娘)

「くしゅん、くしゅん、くしゅん、ってこういうの!」

    代理人-アリスタゴラス

「アハハハ、たしかにくしゃみを三回するのは割と良くあることだとは思うのだけれど、そうだね、判ったよ、君がそこまで言うのなら、この子猫は君のお母ちゃんかもしれないね。だったら約束するよ、この子猫を大切に扱うって」

    三女(インド娘)

「うん、ありがとう、アリスタゴラスのおじちゃん、約束ね」

    代理人-アリスタゴラス

「フフフ、ところで、叔父貴、この子猫の餌はどんなのを食べさせたら良いのだろう?」

    主役-ヒスティアイオス

「まぁ、大概のもんは問題ねぇと思うぜ、人間が喰うもんならな」

    代理人-アリスタゴラス

「了解です。それでしたら大して手間もかからなさそうだし、ありがたくこの子をもらって帰りますよ。それでこの子猫が『大婆さまの生まれ変わりだ』っていうのなら虐めていたかもしれないのだけれど、彼女のお母ちゃんだって言うのならそうする理由もありませんからね〜。しっかり可愛がらせていただきますよ〜」

    アリスタゴラス以外

「「「……」」」



 ――この家の連中は俺が、お袋に舐めた口きいた奴に激怒するってことを知ってるから、その瞬間凍り付いたように動きが止まりやがる。お袋は俺のせいでこんな故郷から遠く離れた場所で人質みてぇな扱いを延々と受けることになっちまったから、いくら憎まれ口たたかれても俺は「済まねぇ」と思う他ねぇんだ。

 アリスタゴラスの野郎も、娘の件もあって昔からお袋にネチネチ小言こごといわれてるのは知ってるが、そんなことは関係ねぇ。こいつは俺とお袋がここで人身御供になってるからこそ、エーゲ海で好き放題できてるはずなんだ。だったら感謝こそすれ、陰口たたきやがるとは何事だ。――



    代理人-アリスタゴラス

「あれっ? どうしました?」

    主役-ヒスティアイオス

「――。アリスタゴラス、裸になって運動場に来い。久しぶりに稽古つけてやる」

    代理人-アリスタゴラス

「えっ、ちょっと待って下さいよ。私はすぐにでもイオニア(浦上)に帰って、作戦の準備を整えねばならないのですよ。こんなところで下手に怪我とかしてる場合ではないのだけれど」

    主役-ヒスティアイオス

「心配すんな、別に怪我させるような事はしやしねぇよ。ただお前さんと差しでじっくり語り合いたいと思ってな。てめぇ自身も言ってたじゃねぇか。『自分を弱い者扱いされたくはねぇ』ってな。だったらお望み通り一人前として扱ってやろうじゃねぇか」

    代理人-アリスタゴラス

「それはたしかにそう言いましたけど、今さら鉄拳制裁だなんて、そんな」

    主役-ヒスティアイオス

「いいから、早く来い!」


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