・第一幕「里心」その3(前)
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<O-276(紀元前500/499)年><夏><ペルシャ帝国の首都・スーサ><大王の宮殿の門前にて>
宮殿に掲げられた碑文
『朕がスーサに建造せしこの宮殿は、帝国各地より取り寄せし材料にて完成せり。まず地盤造りと日干煉瓦はバビロニア人がそれらをなし、杉の木はレバノン山から、アッシリア人がバビロンまで運び、カリア人とイオニア(浦上)人がスーサまで運んだ。黄金はサルディスとバクトリアから、瑠璃や紅玉髄はソグディアナから、トルコ石はコラスミアから、銀と黒檀はエジプトから、城壁の装飾はイオニア(浦上)から、象牙はエチオピア・インド・アラコシアから、石の柱はエラムのアビラードゥシュ村からもたらされた。
石を刻みたる石工どもはイオニア(浦上)人とサルディス人、黄金を細工したる金細工師どもはメディア人とエジプト人、木を刻みたる者どもはサルディス人とエジプト人、焼き煉瓦を造りし者どもはバビロニア人、城壁を装飾せし者どもはメディア人とエジプト人であった。
諸王の王・諸国の王・数多なる者の中でただ一人の王、数多なる者の中でただ一人の支配者・大王ダレイオスは告げる。このスーサにおいて極めて壮麗なるものが命ぜられ、今ここにそれが在る。神々のうちで最も大いなるもの・オーラマズダーよ、朕と朕の国土を永遠に守護したまえ』
主役-ヒスティアイオス
「…………」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「おやっ? これはこれは師匠、奇遇にも程がありますな! まさか大王陛下の門前でお会いするとは」
主役-ヒスティアイオス
「おう、誰かと思えばメガバテス氏、だったかな?」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「ええ、ご無沙汰しておりました。ここしばらくはずっとサルディス城のほうへ出向していたものですから。もう一年ぶりぐらいでしょうか」
主役-ヒスティアイオス
「そうかそうか、そう言やぁ、俺の故郷の近くに転属になったんだったな。で、どうだい向こうは? なかなか良いとこだろう?」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「ええ、あなたの地元贔屓かと思い少し割り引いて期待していましたが、海のすぐ傍にある町の景観はなかなかのものでしたし、それに、師匠に教えてもらった運動競技も、イオニア(浦上)地方では本当にあちこちで真剣にやっているのですな」
主役-ヒスティアイオス
「まあな、ギリシャ(倭)民族にっとっちゃあ、祭りや祝い事に付き物のようなもんだからな」
――このメガバテスという男は大王・ダレイオスの従兄弟にあたる人物で、本来なら俺なんかより遥かに身分の高ぇ男なんだが、円盤投げやら幅跳びやらの運動競技を教えてやった縁から、結構親しくさせてもらってるペルシャ人の一人だ。
ペルシャ人ってのは、アジアの諸民族をことごとく支配するような強大な民族だから、本来なら異民族なんか虫っけらのように見下して雑に扱ってもおかしくねぇとは思うんだが、連中は意外に異民族の文化を取り入れるのに抵抗が無い。たとえば衣装なんかはメディア人のほうが美しいってんでそれを着てるし、戦いの時にはこてんぱんに打ちのめしたはずのエジプト人の胸当てが具合が良いってんでそれを採用してたりもする。
むろん、そうは言っても連中はこのペルシャ帝国の支配階級様なのだから、その自尊心の高さたるや半端じゃなく、自分たちのことを世界で最優秀の民族だと思ってるってことぁ間違いねぇんだが、ある程度の柔軟性も弁えてるってとこがきっと侮れねぇ部分なんだろうな。――
ペルシャ人の高官-メガバテス
「いやぁ~、それにしてもお久しぶりですな。お屋敷の庭に『運動場』を造っておられましたが、あれはまだ続けておられるのですか?」
主役-ヒスティアイオス
「おう、相変わらずだぜ。ペルシャ人の高官で暇そうなのを見つけては、誘って『ギリシャ(倭)式』ってのを教え込んでるよ。ペルシャ人は相変わらず裸になるのを嫌うからな、最初は服着たままでやらせてるが、慣れてきたら連中も大概裸の快感に目覚めやがる」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「アハハハ、それと『少年愛』もでしょう? ペルシャ人に男を愛でる文化は無いですからな。嫌がる奴は本気で受け付けないから、師匠のことを本気で頭がおかしいと思ってるのも少なく無いですから」
主役-ヒスティアイオス
「けっ、真の男たる者、女に限らず男も従えてこそ一人前ってもんだぜ。それはともかく、どうだいお前さんも、暇してるんなら久しぶりにうちで汗の一つでも流しゃしないかい?」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「師匠、そのお誘いは大変ありがたいが、私も大役を仰せつかりましてな、それどころではないのですよ。今日もその査問のため、大王陛下に召還されたのだから、ここで気を緩めることは許されないのです」
主役-ヒスティアイオス
「もしかして、お前さんも例の『ナクソス(上対馬)攻め』の件に関わってるのかい?」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「ええ、そうですが、その口ぶりだと、どうやら私のことは聞いていないようですな。実は私も、サルディス城を預かるアルタプレネス総督から『ナクソス(上対馬)攻め』関連を取り仕切るよう命じられ、こうして大王陛下に作戦案の説明とご許可をいただきに参上したという次第なのです。
あなたの代理人であるアリスタゴラスも先日、大王陛下に会って既に詳しくご説明申し上げたと聞きましたが、どうやら今日は私とあなたを招いて、作戦の内容をより詳しく精査し、その上で決定するということなのでしょう」
主役-ヒスティアイオス
「なるほど、あの野郎、その辺の話、全然詳しくしてやがらねぇじゃねぇか、ったく。まぁいいや、それにしてもお前さんがこの作戦に関わってるってのは丁度良い。実は俺もこの作戦に関わらせてくれと大王陛下にお願いする気なんだ。エーゲ海は俺の庭みてぇなもんだからな。もし良ければ、お前さんのほうからも、『この作戦にはヒスティアイオスの助力がぜひとも必要だ』って口裏を合わせてくれるとありがてぇんだが」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「えっ、師匠がですか? それは構いませんが、もうご高齢で、実戦からはずいぶん遠ざかっておられるはず。確かにあなたのその身体は、ギリシャ(倭)人にしてはかなり大柄でとても逞しいが、さすがに寄る年波には勝てないでしょう。片道三ヵ月以上もかかる厳しい軍旅に耐えられますか?」
主役-ヒスティアイオス
「へっ、運動競技じゃ俺にかなわなかったくせに、馬鹿にしたもんじゃねぇぜ。それによぉ、『参謀役』としての参戦なら、そう体力が要ることも無かろうぜ」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「え、ええ、まぁそれでしたら構いませんが。私としても気心の知れたあなたと組むほうが、万事やりやすいでしょうから」
主役-ヒスティアイオス
「すまねぇ、心底恩に着るぜ。この借りは必ず返すからな」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「いえいえ、そんなそんな。でもそうですな、その代わり、ナクソス(上対馬)攻めの『司令官』はこの私に任されるよう師匠のほうからも口添えをお願いできますか? なにしろ、大王陛下と私とは従兄弟の間柄であるにも関わらず、あなたほど頻繁に会える機会も無いので、正直私よりもあなたのほうがずっと重んじられているように思えますので」
主役-ヒスティアイオス
「いやいやいや、そいつはさすがにご謙遜だろう。俺はただの助言者に過ぎねぇからな。でもまぁ了解だ、この作戦の『司令官』にはメガバテスが、『参謀役』にはヒスティアイオスが任命されるようお互い協力しようじゃねぇか!」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「ええ、約束しましょう!」
――俺が思うに、ペルシャ人の美徳で最も結構なのは「嘘つきを嫌うこと」だな。連中は産まれて五歳になると初めて父親に面会するが、そっから二十歳になるまでの間はただ三つのことだけを教わるという。馬、弓、正直の三つだ。連中が最も恥ずべきとするのは「嘘をつくこと」であり、次に「金を借りること」だという。金を借りるとどうしても嘘をつくようになるからという理由だ。
つまるところ、嘘も借金も大好物なわがギリシャ(倭)民族とはえれぇ違いな訳で、まぁ耳の痛ぇ話だな。おかげでよぉ、なにか約束するなら自分の同胞よりペルシャ人としたほうが遥かに信用できるくらいだ。たとえば、あのアリスタゴラスとこのメガバテスの「どちらをより信用するかい?」と問われれば、まぁ奴には悪ぃが後者を取ることになるだろうな。
ってな訳で、ペルシャ人がこれほどの大帝国を築き上げられたのも、おそらくは連中の間に嘘が少なく、他の異民族より強く結束してられるからなんだろうと俺は思うぜ。身内同士の無駄な喧嘩や足の引っ張り合いが減れば、それだけ力を外に向けることが出来るからな。
だがまぁ、むろん、そいつも良いことばかりじゃねぇだろう。裏を返せば、連中は嘘に騙されやすいという弱点を抱えてる。世の中には正直者につけ込んで悪さしようとする輩が五万といるんだからな。たとえばこの俺もその一人かもしれねぇぜ? せいぜい気をつけるこったな。――
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