・第一幕「里心」その1(後)
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<O-276(紀元前500/499)年><夏><ペルシャ帝国の首都・スーサ><ヒスティアイオスの邸にて>
執事長
「ヒスティアイオスさま、ご命令どおりお客人への土産物を見繕って参りました。こちらのような品々で問題なかったでしょうか」
主役-ヒスティアイオス
「おう、見せてみな。あっちじゃ滅多に手に入らねぇような珍しい品だぞ」
執事長
「心得ております。イオニア(浦上)の方があまりご存知ないものと言えば、やはり豪奢な宝飾品でございましょう。例えばこちらは、バクトリアで採れる青玉石を円筒印章に仕立てたものでございます。こちらにバビロニア風の絵柄が刻まれておりますが、さらにお客人のお名前などを楔形文字で刻ませれば、異国情緒を感じる良い土産になるのではと」
主役-ヒスティアイオス
「おっ、そいつはいいじゃねぇか。お前はさすがに外さねぇな。それに引き換えお前らときたら」
長女(エジプト娘)
「あらお父上、私たちに何か不手際があるとでも?」
主役-ヒスティアイオス
「不手際だらけじゃねぇか。お前らが用意したその彫刻、デカ過ぎんだよ。そいつを旅人がどうやって持って帰るってんだ、ったく。片道三ヵ月だぞ?」
長女(エジプト娘)
「あら、お父上のお客人というのですから、奴隷の百人二百人は当然引き連れておいでかと思いまして」
次女(スキュタイ娘)
「そうそう、その辺の注意事項を先に言ってないのなら、責任は父さんにありだな」
三女(インド娘)
「そうそう、そうなのだー! 全部お父ちゃんのせいなのだー」
――俺は、大王・ダレイオスからスーサの都の一等地に邸を一つ与えられているんだが、老いた母と二人で暮らすには少々デカ過ぎる。そのため、家政婦やペットを余分に飼っているんだが、どいつもこいつも口ばっかり達者になりやがる。――
主役-ヒスティアイオス
「やれやれ、なら百歩譲ってよぉ、客が大量の奴隷を連れていたとしてもだ、こんな出来の悪ぃ彫刻、誰も欲しがらねぇよ。石彫り細工で名高ぇイオニア(浦上)人を舐めるんじゃねぇ」
長男(カリア系)
「ではお父さん、子猫をあげるっていうのはどうです? ギリシャ(倭)人にはあまり猫を飼う習慣は無いって聞きましたよ」
主役-ヒスティアイオス
「猫か、なるほどな~。さすがは『長男』、お前だけはひと味違うよな」
次女(スキュタイ娘)
「うわっ、また贔屓発言」
主役-ヒスティアイオス
「贔屓じゃねぇよ。猫なら大してかさ張らねぇしな」
長女(エジプト娘)
「ちょっと止めてよ、私の可愛い子猫ちゃんを、どこかの馬の骨にあげるなんて、簡単に言わないでちょうだい」
主役-ヒスティアイオス
「おいおい、仮にも俺の従兄弟だぞ、馬の骨なんて言うんじゃねぇよ」
次女(スキュタイ娘)
「でもさぁ、彫刻が駄目で、猫が大丈夫ってのはわかりかねるな。『舐める』のが駄目なら猫のほうが酷いでしょ」
主役-ヒスティアイオス
「『舐めるな』ってのは『馬鹿にすんな』って意味だ。いい加減、言葉覚えろ」
次女(スキュタイ娘)
「なるほど、馬鹿にしたい時は相手をペロペロすれば良いのか」
主役-ヒスティアイオス
「そう言うことじゃねぇよ」
三女(インド娘)
「でも、子猫ちゃんを遠くにやるのは私も反対~。だって、もしかするとあの子たちお母ちゃんの生まれ変わりかもしれないんだから~」
主役-ヒスティアイオス
「やれやれ、そうは言ってもなぁ~、あんなたくさんの猫、この邸で世話しきれねぇからな~。どっちにしろ誰かにあげなきゃならねぇんだ。だったらこの俺の従兄弟に預けるってんならお前も安心だろ? あいつなら虐待したり捨てたりするような真似はしねぇはずさ」
三女(インド娘)
「そっか~、その人は優しい人なんだね。じゃあ、しょうがないかな」
長女(エジプト娘)
「はてさて、お父上の従兄弟が本当に信用のおける人なのか、実際会ってみないと判りかねますなぁ。こちらの眼鏡に叶わぬ男に大切な子猫を預ける訳には参りませぬ」
次女(スキュタイ娘)
「なるほど、では子猫をあげるかどうかはその人をペロペロしたくなるかどうか、それ次第ということで」
主役-ヒスティアイオス
「おいおい、さっきから黙って聞いてれば、お前ら家政婦の分際で、一体どんだけ偉ぇんだよ。子猫をやるのが嫌だってんなら、もっとましな土産の一つでも用意しやがれってんだ」
三人娘
「「「え~~~」」」
――ちなみに、俺はこの口の減らねぇ三人娘を家政婦として使っている。上から二十歳、十七歳、十三歳で、一応養女扱いにして『長女』『次女』『三女』と呼んでるが血のつながりは全くない。
『長女』はエジプト出身で長身の黒髪、『次女』はスキュタイ出身で金髪の碧眼、『三女』はインド出身で銀髪の黒肌というように、外見も文化も性格もてんでバラバラだが、俺に生意気な口きくことを共通の趣味にして、それなりに仲良くやってるようだ。
子供は言葉を覚えやすいと言うからな、最初は通訳として使うつもりでいたんだが、くだらねぇことばっか覚えやがって、そっちのほうはてんで期待外れだ。
男は『執事長』やら『長男』やらが居るが、この二人は本物の親子で、俺がミレトス(柔①)に居た頃からの長ぇ付き合いだ。すぐ隣りのカリア民族出身で、『執事長』はすらっとした男前、『長男』も女どもと違って素直で可愛い赤髪の美少年って奴だ。――
老母
「おやおや、お前達、そんな大声出して、また何かあるのかい?」
執事長
「これはこれは、大婆さま、ご機嫌麗しゅう」
子供たち
「「「大婆さま、ご機嫌麗しゅう」」」
主役-ヒスティアイオス
「おう、お袋、実はな、ミレトス(柔①)からアリスタゴラスの奴が訪ねて来るらしくて、それでちょっとばかし土産の用意でもしとこうと思ってな」
老母
「アリスタゴラスだって? 気に入らないね、あの不義理な坊やが一体なんの用事なのかい?」
主役-ヒスティアイオス
「まぁまぁ、そんなこと言わねぇで。あれでもこの俺を頼りにして会いに来るってんだから、可愛いもんさ」
老母
「可愛いもんかね。せっかくお前の大切な一人娘を嫁にやったと言うに、跡継ぎを一人も生まないまま死なせて、それでろくに挨拶も無しだって言うんだからね。嫌味の一つも言いたくなる」
主役-ヒスティアイオス
「まぁ、その辺は神様次第のところもあるからな」
老母
「お前もお前だよ。若い嫁さんの一人や二人もらって子供をもっとこしらえれば良いのに、こんな奴隷の子供を買い集めて『長女』だとか『次女』だとか言って遊んでるんだから。しかもおかしな肌や毛色のばかり、年寄りにはまるで理解できませんよ」
主役-ヒスティアイオス
「お袋、頼むからそういうのは止めてくれ。俺はもう子供は諦めたんだからよぉ、あとはこいつらの中から後継ぎを決めることにしてる。こんなとこに幽閉されてるだけの俺の跡継ぎに、大した価値なんてねぇとは思うが、財産だけならそれなりに残してやれるからな。特にこの『長男』なら、お袋から見ても申し分ねぇだろ」
老母
「まぁたしかに、この子だけはまともだね。美しい髪の毛に整った顔、しゃべる内容もしっかりしてて生意気な口を効くこともない。こんな子がお前の後を継いでくれるなら、老後の心配も少なかろう。
とはいえ、お前は本当にそれで良いのかい? お前だってまだまだ老け込むには早過ぎるだろう。故郷に帰ってもう一花咲かせたいとは思わないのかい? ミレトス(柔①)をあの薄情な坊やの好き勝手にさせといて、それで構わないのかい? それに、いつまでもペルシャ人の良いように顎で扱われて、それで我慢できるのかい? わたしはもう老い先短い老婆だから、諦めもつく。いや本当を言えば、わたしだって死ぬまでに一度でいいから故郷に帰りたいんだよ。あの青いエーゲ海をもう一度この目で見てみたいんだよ。けど、お前がこの現状に甘んじている限り、わたしもお前の人質としてこのスーサの都に捕われ続けねばならないんだ。お前は親にこんな思いをさせ続けていて、それでなんとも思わないのかい?」
主役-ヒスティアイオス
「……。」
――何も思わねぇわけはねぇよ。けど、どうしろってんだ、ったく。――
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