・第二幕「陰謀」その3(前)
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<O-277(紀元前499/498)年><初夏><ペルシャ帝国の首都・スーサ><大王の宮殿にて>
大王-ダレイオス
「朕の忠実なる助言者・ヒスティアイオスよ。本日は他でもない、汝の故郷・イオニア(浦上)にて反乱が発生した件についてである。辺境の取るに足らぬ下賎の者共がわが帝国に楯突くなど、一体なんの冗談かと思わず笑いを禁じ得なかったが、続報によらば首謀者はミレトス(柔①)のアリスタゴラスとやら、すなわち汝の代理人であるらしいと聞き、僅かな笑いも失せた。この上無きほど愚劣な行ないに違いないが、汝はどう思うか?」
主役-ヒスティアイオス
「なんですと、わが代理人が反乱の首謀者ですと!? これは驚きのあまり言葉が出て参りませぬ! 憚り乍ら、それは確かな情報でございましょうか? 事実誤認の偽情報等では御座いませんでしょうか?」
大王-ダレイオス
「ふむ、イオニア(浦上)を含む沿海地方全体の統治を委ねしわが弟・アルタプレネスを含む複数人からの報せゆえ、疑う余地はないぞ。ひと月余り前、アルタプレネスらが守るサルディスの町は本城を除き全て灰燼に帰したそうだが、この悪事をなしたは汝の差配せし国・ミレトス(柔①)を筆頭とするイオニア(浦上)人の連合軍で間違いないとのこと。そしてその中心におるのがアリスタゴラスという男だそうな。……」
――もう何度も言ってるが、サルディス城からここスーサの都までは普通片道九十日はかかるため、この俺がイオニア(浦上)方面の最新情報を得るには最短でも三ヵ月遅れって事になる。だからあっちでひと月前に起こった事件の詳細を俺が知ってるはずもなく、少なくともあと二ヵ月ぐらいしなけりゃそれらの情報は俺の耳に届かない。
一方、大王・ダレイオスは急ぎの情報なんかは早馬を乗り継ぎすぐさま届けさせる情報網を整備してるから、この距離なら十日もかからずに知れることになってるんで、つまり通常の約十分の一の速さだから、あっち方面の最新情報も十日遅れ程度できっちり把握してるはずだ。
だから、今の俺には検証のしようもねぇが、さっき大王が言った反乱情報なんかも、きっと全部正解なんだろう。
まぁ、アリスタゴラスの野郎とミレトス(柔①)市が「この春に動く」って知らせは予め得てはいたし、向こうから帰って来た執事長にも詳しく聞いたんでその準備の様もある程度は知らねぇことも無いんだが、執事長はイオニア(浦上)軍が実際に動き出す前にこっちに向かって出発したから、それ以降に発生した「サルディス焼き討ち」とかの詳しい次第なんかは当然初耳だ。――
大王-ダレイオス
「……この愚かしき反逆にはイオニア(浦上)人のほとんどが加わるのみならず、海の向こうに暮らす彼奴らの同胞・アテナイ(山口)人とやらや、同じくエレトリア(出雲松江)人とやらも加わっていたというが、この無関係の者共の軍勢を引っ張ってきたのも汝の代理人・アリスタゴラスの働きゆえだそうな。……」
――どうやらアリスタゴラスの野郎は、イオニア(浦上)中の諸市を巻き込むだけでなく、さらにギリシャ(倭)本土からも本当に援軍を引っぱりこんで、えれぇ大規模な反乱をやらかしやがったようだった。しかもあのサルディス城を焼き払うなんて、俺の想定をはるかに超えてやがる。もしかしたら、俺はあの野郎をちぃと見くびり過ぎてたのかもしれねぇな。
ちなみに、これは後から別口で聞いた話なんだが、ダレイオス王はこの情報を初めて聞いた時、イオニア(浦上)人どもの反乱に関してはすぐにも相応の報いを受けさせてやると確信してて特に腹も立てやしなかったが、まるで関係ねぇはずのアテナイ(山口)市とエレトリア(出雲松江)市とが一方的に攻撃してきたことにはこれ以上ねぇってほど激怒したという。そして「海の向こうだからといって決して見逃しゃしねぇ」とばかり報復を固く決意し、食事のたびに必ず給仕の男に「アテナイ(山口)人とエレトリア(出雲松江)人のことを忘れるな!」と三回繰り返させ、この怒りを絶対ぇ忘れねぇようにしてるらしい。
この話が本当なら、どうやらこの反乱は、ペルシャ軍によるギリシャ(倭)本土への攻撃に行き着くまでは収まらねぇのかもしれねぇな。だとすれば、この騒ぎは一年や二年で終わるはずもなく、もっと長期化を期待できるって事になる。
まぁ、本土のほうへの遠征はともかくとして、これほど大規模な反乱が発生したなら、そいつを鎮圧するためには大勢の将兵をイオニア(浦上)に差し向けねばならねぇはずで、かなり本腰を入れねぇと手に負えねぇ事態にも成り得る訳で、さすがのペルシャ人も余裕こいてばかりもいられねぇはずだ。
ってことは、上手いこと誘導してやりゃあ「現地に詳しいこの俺を派遣する」って目も必ず出て来るに違いねぇ! つまりはここが一番の勘所ってやつだ!
おっと、むろんその前に、「この反乱に俺は全くの無関係だ」ってことは大王らに信じてもらわねぇと、その話も始まりはしねぇんだがな。――
大王-ダレイオス
「ヒスティアイオスよ、汝が差配せし町・ミレトス(柔①)の住民ども、及び汝の代理人である男・アリスタゴラス、いずれも汝の息がかかった者共に相違ないが、この連中が不遜にもわが帝国に反乱を企んで居るとの情報は当然、汝の耳にも入っておったことであろう。この愚か者どもの行動が、汝の入れ知恵無しに起こされたとするならば不思議なことだ。何か申し開きすることはあるか?」
主役-ヒスティアイオス
「大王陛下、めっそうも御座いません! かのミレトス(柔①)からここスーサの都までは片道三ヵ月以上もかかるのですから、仮に彼らがそのような不遜極まる悪事をこのヒスティアイオスめに相談しようとしたといたしましても、こちらからの返事が届くのは半年も先になってしまうのです。そしてまた次の相談をしようとすればその返事はさらにその半年も先、つまりこの遣り取りだけで一年も無駄に費やしてしまうことになるのです。武器をとっての反乱などという、刻々と変化する戦況に一々機敏に対応せねばならぬものに対して、これでは相談するどころか単なる足手まといにしかなりません。
いやさ、仮にもっと早く返事のやりとりが出来る方法があったとしましても、長らく大王陛下のお傍近くにお仕えし、大王陛下の神の如きお力を誰より思い知るこのヒスティアイオスめが、反乱などという最悪の結果しかもたらさぬことを、己の代理人から相談されたならば黙って見過ごすことなどあり得るはずが無いではありませんか! たとえ彼らに嫌がられようとも口を酸っぱくして思いとどまるよう繰り返し繰り返し説教する以外の選択肢は思い浮かびませぬ! まともな頭の持ち主であれば、己の故郷を惨めな廃墟にして喜ぶ者など、一人もおりますまい!」
大王-ダレイオス
「なるほど、それは道理であるな。……」
主役-ヒスティアイオス
「そもそも、このヒスティアイオスめには反乱に加担する動機など何一つございません。恐れ多くも、このヒスティアイオスめはここスーサの都において大王陛下同然に何不自由なく快適な生活をさせて頂いておりますし、またもったいなくも大王陛下がお考えになる御計画には、建築方面から軍事方面まで、どのようなことにでもご助言させていただくことを許されております。
これらバビロンの城壁のごとく分厚きご恩に対し、いかにして報いられるかと日々心を悩ませつつ、せめて行動でお示しするしかないと必死の忠勤に励んできたつもりで御座います。にも関わらず、不埒な者共の共謀者などと疑われましては、立つ瀬も御座いません! かくなる上は、この身の潔白を証明するためにも、どうかこのヒスティアイオスめに、他の誰よりも困難なお役目をお申し付け下さいませ! 反乱鎮圧のため、最大限の貢献をさせていただきましょう!!」
取り巻きたち
「「「ザワザワ、ザワザワ」」」
――どんだけこっちが疑わしかったとしても、この俺が「反乱を指示した」なんてな確かな証拠が連中の手に入るはずねぇんだから、ここはひたすら強気で押し通すのが吉に違いねぇ。――
大王-ダレイオス
「ふむ。……ならば、朕の忠実なるヒスティアイオスよ、汝はこの反乱にいかにして対処するが最も賢明と考えるか?」
主役-ヒスティアイオス
「大王陛下、この度の反乱はわが帝国にとり由々しき事態と言わざるを得ません。辺境の大したこともないただの馬鹿騒ぎであれば、大王陛下のお心を煩わすことも御座いませんでしょうが、沿海地方全体を統括するあのサルディス城を脅かすほどの反乱とあらば、これは全力をもって叩き潰しておかねばなりますまい。
であれば、最も優れた対処法は現地に最も詳しい者を派遣し、その鎮圧に全力を尽くさせることでありましょう。では、そのような人材が大王陛下のお傍に居るかと問われれば、『このヒスティアイオスめが居る』と答えましょう! そして付け加えさせていただけるなら、『身内の不祥事は身内が落とし前をつける』が道理であり、わがミレトス(柔①)市とわが代理人の仕出かしたことへの懲罰は、どうかこのヒスティアイオスめにお任せいただきたいのです!!
あの連中が仕出かした事を、今も本音では『到底信じられぬ』と考えてはおりますが、もしもわがミレトス(柔①)とわが代理人が大王陛下のお耳に入ったようなことを愚かにも本当に仕出かしたと致しますならば、この時点をもちまして代理人どもの役職を解任し、親戚や一味としての縁も全て切った上で、彼奴らをこの手で最悪の厳罰に必ず処すると宣言いたします! 大王陛下への忠誠の証しとして、徹底的にかの町とかの者どもを攻め滅ぼしてご覧にいれましょう!!」
大王-ダレイオス
「ふむ。…………」
取り巻きたち
「「「ザワザワ、ザワザワ」」」
主役-ヒスティアイオス
「憚り乍ら、お耳に痛いことを今一つ述べさせていただけるならば、そもそもこのような事態を引き起こした最大の原因は、このヒスティアイオスめを『沿海地方から引き離したことにある』と直言させていただきます。イオニア(浦上)人どもは目の上のたんこぶたるこのヒスティアイオスめが姿を消したのを良いことに、ペルシャ帝国に対する積年の宿望をついに決行したように見えます。つまりは『自由と独立』を取り戻すことです。
しかしながら、仮にこのヒスティアイオスめがイオニア(浦上)地方にずっと留まって居りましたならば、かの地の隅々にまで睨みを利かせ、沿海地方の町や村の一つさえも決しておかしな動きをさせなかったことでしょう!
とはいえ、この反乱は始まったばかりですので、傷口はまだ浅いように思えます。もう手遅れという訳では決して無いでしょう。かくなる上は、このヒスティアイオスめを速やかに現地にお遣わし下さるよう強く進言させていただきます! かの地の秩序を元通りに回復し、この騒動の首謀者どもを残らず捕まえ、大王陛下の御前に連れ来たり、その身柄をお引渡し致したく存じますので、どうかこのヒスティアイオスめを一刻も早くサルディス城へ赴かせて頂きますよう、どうか左様にお命じ下さいませ!!」
大王-ダレイオス
「…………」
取り巻きたち
「「「ザワザワ、ザワザワ」」」
主役-ヒスティアイオス
「なるほど、もちろん原状回復しただけではわが責任の全てを果たしたことにはならぬとおっしゃられるのでありましたならば、今まで述べましたことを全てやり遂げることに加えまして、さらに海の向こうの「ギリシャ(倭)本土」やそのさらに向こうの島々にまでペルシャ帝国の威勢を轟かせることに尽力いたしましょう。そこには世界で最も大きいとされるサルディニア島も御座いますので、かの島を朝貢させることをも必ずやお約束いたします! それらを全てやり遂げるまでは、このスーサの都を出発する時の肌着をずっと着替えもせず、一心不乱に任務を遂行させていただきましょう!!
以上の発言が嘘偽りでないことを証明するため、ペルシャ王家ゆかりの神々に固く誓いを立てさせてもいただきます! どうか、どうかこのヒスティアイオスめに、汚名返上の機会をお与え下さいませ!!!」
取り巻きたち
「「「ザワザワ、ザワザワ」」」
――こうして俺は、腹の底から響かせた声でもって、この馬鹿でけぇ広間の隅々まではっきり聴こえるほどの大音声でもって、言いたいことを全部言い放ってやったんだが、大王・ダレイオスはここではまだ即断せず、その前に、いつものように最も信頼する助言者たちにこの件に関する意見を述べさせた。――
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