・第二幕「陰謀」その2(後)
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<続き><ペルシャ帝国の首都・スーサ><ヒスティアイオスの邸にて>
執事長
「……それと、例の件も調べてまいりました。あちらで私の髪の毛が生え揃うまでの間、ちょうどアリスタゴラス様はギリシャ(倭)本土のほうへ出掛けておいででしたので、問題無く関係者の方々と接触し、『お嬢様の生前の様子』をお話いただけました。
まず家政婦の証言によりますと、アリスタゴラス様とお嬢様との夫婦仲はかなり険悪なものであったらしく、お嬢様が亡くなる直前まで二人の部屋からは大きな声で罵り合うのがよく聴こえたそうです。時には『死ぬ』だの『殺す』だのという物騒な言葉も耳にしたそうで、喧嘩は日常茶飯事であったようです。
次に、ディデュマ(浦神)の神殿の卜部家の方にもお伺いしましたが、アリスタゴラス様は反乱することを決定するやすぐさまディデュマ(浦神)の神殿を訪れ、神託の巫女をちょうど引退する手筈だった例の『姉巫女』と結婚すると宣言し、慌ただしくミレトス(柔①)に攫って行ったそうです。
この婚約の宴には私も末席に座らせていただきましたが、アリスタゴラス様は姉巫女をミレトス(柔①)の方々に披露し、『間もなく自分の妻になる』ととても嬉しそうにしておられました。のみならず、その直後に出掛けられたギリシャ(倭)本土への援軍要請の旅には彼女を船に同伴して発たれ、まるで仲睦まじい新婚旅行のような様でありました。
また、ミレトス(柔①)の一味の方々によりますと、アリスタゴラス様はお嬢様がまだご存命の頃からしばしばディデュマ(浦神)に一人で赴き、この姉巫女と密かに会っていたらしいとの証言もありました。
以上の事から考えますに、お嬢様の死因が内蔵系の患いを悪化してのものとの医者の診断が事実であったとしても、アリスタゴラス様の手がそれに加えられていたのでは、との疑いはかなり濃厚であるように思えました。少なくとも、アリスタゴラス様との険悪な夫婦関係がお嬢様のお心とお体にかなりの負担を強いていたであろうことは誰も否定できぬところでしょう」
――やはりそんな感じだったのか、ったく。そいつは全く腹立たしい事実に違いねぇ。だが良かったぜ、おかげで俺は罪悪感をまるで抱かなくても済むからな。
というのも、少々えげつなくはあるんだが、俺はアリスタゴラスに反乱を起こさせるため、あいつが嫌でもそうせざるを得ぬよう追い込む「薄汚ぇ陰謀」って奴を仕掛けてやったんだからな。
そいつを仕掛けたのは、もう二年近くも前に遡るが、あいつが「ナクソス(上対馬)攻め」の件でスーサの都に訪ねて来た時の話だ。ったく、あの野郎はこの俺が「故郷に帰るため、エーゲ海かイオニア(浦上)ででけぇ騒ぎを起こしてくれ」って柄にも無く懇願したのを、軽ぃ生返事しただけで去って行きやがったからな。冗談だの耄碌しただの言い残し、馬鹿にした感じで帰って行きやがったんだぜ、ったくよぉ。
そこで俺は、ペルシャ人の高官・メガバテスに一つ入れ知恵をくれてやることにした。――
主役-ヒスティアイオス
「わが友・メガバテスよ、これからイオニア(浦上)に戻り、『ナクソス(上対馬)攻め』の司令官を務めるお前さんのために、この俺から一つ贈り物をしようじゃないか。イオニア(浦上)にディデュマ(浦神)という聖地があるのは知ってるか? ミレトス(柔①)のすぐ近くなんだが、あそこは光り輝く神-アポローンのお告げをいただけるってことでイオニア(浦上)人がこぞって崇めてるとこなんだが、神様のお告げは眉目麗しい処女が神託の巫女として承ることになっている。
で、今あそこで一番評判になってるのが『姉巫女』って言うんだが、ちょうどお前さん好みの年齢らしいぜ。そう、三十前後の妙齢って奴で、おまけにそれでまだ清らかな処女を保ってるってんだから、なかなかの珍品だろう?」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「ほうほう、それは確かに興味をそそられますな。とはいえ、師匠、さすがに有名な聖地で評判の巫女を異民族の自分がものにするというのは、現地のイオニア(浦上)人どもの反感を招くのではなかろうか?」
主役-ヒスティアイオス
「なにも心配することぁ無ぇさ。ギリシャ(倭)民族にとっちゃあ女の三十は完全に行き遅れの部類だからな。しかも、これは世間に固く秘密にされてることらしいんだが、この『姉巫女』は神様や父親との誓約で三十歳になるまでは神託の巫女を真面目に務め上げるが、三十歳になれば引退して結婚もして良いってことになってて、おあつらえ向きにちょうどこの秋がその引退の時期らしいんだ。
つまり、こいつは世間の人々にはまだ知らされてない取って置きの秘密なんで、今すぐ申し込めば彼女との婚約をその手に入れられるという訳だ」
ペルシャ人の高官-メガバテス
「それはとても素晴らしい話ですね。しかし、本当ですか?」
主役-ヒスティアイオス
「ああ本当さ。今なら早いもん勝ちで、確実に手に入るはずだぜ。しかも、向こうだってお前さんのような立派なペルシャ人が相手だってんなら『嫌』と言うはずも無く、むしろ大喜びだろうぜ、父親ともどもな。
だからこれは、出陣するお前さんに対しての、俺からのささやかな贈り物だ。お前さんはこれから急いであっちに戻り、すぐさまディデュマ(浦神)の神殿に出掛けるこった。そうすりゃ、お前さん好みの妙齢の美女が、しかも巫女上がりの神秘的な処女ってのを妾の列に加えられるってんだから、これ以上のものは他に無ぇんじゃないのかい?
ただし、一つだけ約束しといてもらいてぇんだが、こいつは本当の本当に秘密の情報なんで、俺の口から聞いたってことだけぁ絶対黙っててくれよな?」
――こうして、悪魔のような俺に唆された良い子のメガバテスは、すっかりその気になっていつもより早足でイオニア(浦上)のほうへ帰って行きやがった。
かたや、それより先に出発してるアリスタゴラスの野郎は、なんでも大王・ダレイオスに誘われメディア地方の夏の都・エクバタナに寄り道し、かの有名な七重の城壁なんかを見学してから帰る予定だって話だったからな、おそらくメガバテスより一と月くらいは余分にかかったはずだろうぜ。
つまるところ、あの野郎が本気で狙ってる「姉巫女」とやらにペルシャ人の高官が先にちょっかいかけるとなりゃあ、それを防ぐためアリスタゴラスの野郎は嫌でも何でもなんらかの行動を起こさなくちゃならなくなるってのが俺の計算だ。んで「駄目元でも良いから反乱でも何でも起こしてやるぜ!」ってな気になってくれれば、俺的には万々歳という寸法だ。
そして、どうやらこの「薄汚ぇ陰謀」は本当に図に嵌まり、アリスタゴラスの野郎はいい感じに反乱を起こしてくれたという訳だ。ったく、おそらくあいつは、この反乱を「自分が一から決めて始めた」とでも思ってやがるんだろうが、実は黒幕であるところのこの俺の手の上で踊ったに過ぎねぇってこったな。悪ぃが、役者が違うって奴だ。ったく、せいぜい、俺の娘をいたぶった報いを受けるがいいぜ!
さてと、てな訳で、ここまでは上出来として、後はこの俺が大王に召還された場で、いかにして「反乱鎮圧のため、お前がイオニア(浦上)へ赴け」との言質を取れるかどうかにかかってる。
ったくよぉ、正直、なかなか高ぇ難易度だが、俺とお袋の年齢的にもおそらくこれが最後の機会になるだろうからな。なり振りなんて構っちゃいられねぇ、死ぬ気で説き伏せてやる。嘘でもなんでもいいから、騙し抜いてやる!
かくして俺は、決戦の地、大王・ダレイオスの巨大な宮殿の門を潜ったのであった。――
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