・第二幕「陰謀」その2(前)
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<回想><O-277(紀元前499/498)年><晩春><ペルシャ帝国の首都・スーサ><ヒスティアイオスの邸にて>
執事長
「ヒスティアイオス様、ただいま戻りました」
主役-ヒスティアイオス
「おう、ご苦労ご苦労、長旅ご苦労だったな。もう何ヵ月ぶりだい?」
執事長
「去年の夏にこちらを出発しましたので、行き道に三ヵ月、向こうでの滞在が三ヵ月、帰り道に三ヵ月かかりましたので、合わせて約九ヵ月ぶりかと」
主役-ヒスティアイオス
「そうかそうか、そいつはご苦労さんだったな。お前が留守の間はあの三人娘どもが煩くて大変だったぜ。これで人心地つけそうだ」
執事長
「労いのお言葉、感謝いたします」
主役-ヒスティアイオス
「で、早速で悪ぃんだが、向こうの様子がどうだったか聞かせてくれ」
執事長
「畏まりました。まずはミレトス(柔①)市に到着したところからお話しいたしましょう。……」
――俺がこの執事長をわざわざミレトス(柔①)まで送り込んだ理由は、今からちょうど一年前、アリスタゴラスの野郎から使いがやって来たからだった。その使いは、表向きは「ナクソス(上対馬)島攻め」の件について俺に準備の次第なんかを報告するって態だったんだが、途中からおもむろに声を潜め秘密の伝言を告げやがった。――
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使いの者
「ヒスティアイオス様、わが主が言うには、『自分は叔父貴の要求どおり、ペルシャ人に対して反旗を翻すことを決意した。この春から始まるナクソス(上対馬)攻めをわざと失敗させ、秋までにはミレトス(柔①)に帰って一味連中にもそれを打ち明けようと思う。そこで叔父貴には秋までに彼らに対して反乱を指示する命令書を送りつけてもらいたい。正直なところ、私の言葉だけでは彼らを賛成多数にまで持って行けるか自信がない。しかし叔父貴の命令とあらば、叔父貴に心酔している連中は確実に賛成に回るだろうから、その命令書が本物であると彼らにはっきり分かるような形で届くようにお願いしたい』とのことです」
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――という訳で、俺はミレトス(柔①)への命令書をどうして届けたもんかと頭を悩ませることになる。なにしろ、俺はスーサの都に実質的には幽閉されてるようなもんだからな、俺が出す使者や手紙は確実に道々で検閲を受ける。ったく、偽装を試みるにしてもどこかの関所で発覚しちまえば俺の命はそこで仕舞いだ。
じゃあ俺の命令を誰かに覚えさせ、向こうに着いたらそれをしゃべらせるって形にすればいいかと言えば、そいつが本当に俺の使者で本当に俺の命令をそのまましゃべってるかってのを確実に証明出来ない限り、ミレトス(柔①)の連中が本気で信用するか微妙だという問題が出る。ったくよぉ、なにしろ「ペルシャ人に対して反乱を起こせ」なんてなかなり物騒でかなり危険な命令だからな。ただでさえ、こんな無茶に黙って従うとは限らねぇのに、本物の命令か少しでも疑わしいとなりゃあ、命がけの行動に移るのを躊躇うに違いねぇと思えた。
てな訳で、俺は散々考えあぐねた末、そいつを執事長に相談したんだが、するとこいつは驚くべき策を提案してきやがった。――
執事長
「私がその使者の役目を引き受けますので、私の頭の毛を剃り、そこにあなたの命令をデカデカと入れ墨すれば宜しい。髪が生え揃えれば関所などで発覚することはまず無いでしょうし、ミレトス(柔①)に無事たどり着いて髪を剃れば、あちらの方々にあなた様のご命令をこれ以上なく鮮明に伝えることが出来ましょう」
――なるほどねぇ。確かにこいつの顔はアリスタゴラス以外の何人かも知ってるから、俺の使いであるってことはとりあえず信用するだろうし、その上頭に入れ墨してきたってなりゃあ、さすがにイタズラとか冗談とか思われる可能性もまず消えるに違いねぇ。連中もこの俺の命令だって真剣に受け取るこったろうぜ。
とはいえだ、さすがに一生残るようなもんを頭に彫らせるってのも偲びねぇ。この苦みばしった男前に傷をつけちまうことになるんだからな。そこで、他にもっと良い案は無ぇもんかと考えまくったんだが、ったく、どうしてもこれといった案が浮かびやがらねぇ。――
執事長
「ヒスティアイオス様、私は故郷・カリアで命を落とすところをあなた様に救われこうしてこの年になるまで生きながらえることが出来ました。その私の頭に入れ墨をすることが何程のことでしょう。髪を再び生やせば全く隠れるのですし、気に病まれるほどの事ではありますまい。
それに『反乱命令』は秋までに届けねばならないのですから、私の髪の毛が再び生え揃うのに最短でも二三ヵ月はかかることを考えますれば、そして片道三ヵ月もかかることを加えますれば、残り時間もあと僅かです。
無駄に悩まれますな、この程度のことであなたの宿願が叶うのであれば、御安いことで御座います」
――そうだった。こいつはいかにも冷静沈着そうに見えて、実は熱血漢なとこがある。俺がこいつを常にそば近くで置いてるのも、こいつがただ剣術に優れてるってだけじゃなく、どんなやべぇ修羅場でも決して逃げず死ぬまで戦うに違いねぇと信頼してるからだ。だったら、この上しのごの言うのは野暮ってもんか。
こうして俺は執事長の気持ちに甘え、この策を実行することとした。他の連中に気づかせぬようさっと髪を剃り『反乱命令』の文字を入れ墨すると、髪が伸びるまで包帯を巻いて人目に触れさせず、数ヶ月してすっかり入れ墨が隠れると、満を持してここを出発させたという訳だ。――
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執事長
「……私が予定通りミレトス(柔①)市にたどり着いた時、ちょうど『ナクソス(上対馬)攻め』からアリスタゴラス様達も帰っていらっしゃいました。ペルシャ軍の総司令官であったメガバテス氏とはかなりの大げんかをしたらしく、ミレトス(柔①)人の間だけでなくイオニア(浦上)人全体で噂になっておりました。アリスタゴラス様とミレトス(柔①)市はこの『ナクソス(上対馬)攻め』の失敗責任を取らされるに違いないと取りざたされ、サルディス城の総督・アルタプレネス様からもう間もなく召還されるだろうことが確実視されていました。
事ここに至り、ついにアリスタゴラス様はミレトス(柔①)市の一味の方々を集め、『ペルシャ帝国に叛旗を翻すこと』を言明なさったのです。一味の方々はペルシャ人を酷く恐れ反対意見を次々に述べられたので、アリスタゴラス様は『実は、これは叔父貴からの命令でもある』と打ち明け、疑う方々に向けて私の頭を剃って見せたのです」
――執事長いわく、入れ墨の効果は覿面だったらしく、これによりミレトス(柔①)市は一致団結して蜂起することに決し、他のイオニア(浦上)地方の諸市のほとんどを巻き込んで「一大反乱同盟」を結成するまでに至ったのだという。
しかもアリスタゴラスの野郎、俺の予想以上にやり手だったようで、さらにギリシャ(倭)本土に援軍要請の旅に出かけると、見事アテナイ(山口)市とエレトリア(出雲松江)市の約束を取り付けて帰ってきたらしい。
そして冬が明けるまでにと出陣の準備を始めた辺りで、執事長の髪も元通り生え揃ったんで、こうしてまたスーサの都まで遥々(はるばる)戻って来て報告してるという訳だ。
ところで、この反乱同盟に加わるイオニア(浦上)地方の諸市は、それまでペルシャ人に押しつけられてた独裁者たちを各々殺すか追放するかしたらしいんで、当然その段階でこの反乱の動きは敵方にもバレてたはずだと思うんだが、サルディス城がイオニア(浦上)軍に焼き討ちされるまでダレイオス王が一切知らなかったってのは、どうやらサルディス城の総督・アルタプレネスらはこれらの動きを大したものじゃあ無ぇとでも判断し、報告を全くしてなかったようだ。
あるいは、イオニア(浦上)人の側が「これは武力闘争じゃなく、待遇改善を期待しての平和的な条件闘争だ」とでも偽装してたのかもしれない。おかげで現地のペルシャ人たちは、こんなものすぐに鎮圧できるだろうから、大王の耳に入れるまでもねぇと。少なくとも、自力でなんとでも解決できる程度のケチな騒ぎだろうぜと。
しかし、そいつがまさかサルディス城にまで攻め込んでくるとは、想定外にも程があったってことなんだろうな。だから偉ぇあわてて、ペルセポリスで誕生日を祝ってたダレイオス王のもとへ次々に急報を届けた、ってぇところか?
まぁその辺の真相がどうであったにせよ、よくやったぞアリスタゴラス! お前さんのおかげで、「この俺が反乱鎮圧のためイオニア(浦上)に派遣される」ってな願望もかなり現実味を帯びて来やがったんだからよう!――
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