・第二幕「陰謀」その1(後)
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<続き><ペルシャ帝国の発祥地・ペルシス地方><ペルセポリスにて>
若手の武将-マルドニオス
「おお、ヒスティアイオス殿! 本日はまことに目出たいですな。我らが帝国に大した波風は立たず、大王陛下のお心を煩わせることも久しく無い。もう五十歳を超えておられるが、本当に良い年齢を重ねておられるようにお見受けする」
主役-ヒスティアイオス
「まったくですな、マルドニオス殿。大王陛下の御威光はあの太陽の光に等しいとさえ申せましょう。隠れる場所などどこにもなく、全世界を普く照らすのだから。
とはいえ、あなたのような血気盛んな若武者であれば、活躍する場が無くて逆に困っているのではないかな?」
若手の武将-マルドニオス
「たしかに、唯一不満があるとすればそこですな。せっかく日々の調練を怠らず戦さに備えているのに、それをお見せ出来ないのはなんとももどかしい」
主役-ヒスティアイオス
「フフフ、ならばスーサに戻ったらば、わが邸を訪ねられよ。ギリシャ(倭)式の運動競技にて気を散じて差し上げよう」
若手の武将-マルドニオス
「それは良い、さすがは師匠殿。ならば妻の目を盗んで参上いたそう」
主役-ヒスティアイオス
「ハハハ、男勝りに気が強いと噂のアルトゾストラ様ですな? どうやら、大王陛下の姫君をいただくのも善し悪しのようで」
若手の武将-マルドニオス
「否々、言葉をお返しするが、彼女に不満などあろうはずが無い。大王陛下の血を引くのみならず、ペルシャ人の中で最も美しいと評判の女をわが妻に迎えられたのだから。
それに、ここだけの話、彼女はあぁ見えて、家の中では甘えた口調で話すのですよ」
主役-ヒスティアイオス
「ほう、あのアルトゾストラ様が? それはまた意外な」
若手の武将-マルドニオス
「ええ、『女というのは蓋を開けてみて初めて本当の顔を知れるもの』。我は、当りくじを引いたのです、この世で第一位の特等くじを!」
――このマルドニオスという男は、ペルシャ人の中で最も大王・ダレイオスに近しい武将の一人だ。なにしろ父親はダレイオスが王位に就くのに最大限貢献した「七人同志」の一人・ゴブリュアスだし、母親はダレイオスの実の妹ときてる。それのみならず一番上の姉はまだ大王になる前のダレイオスに嫁いで男子を三人産んでおり、その最年長の息子・アルトバザネスが次の大王になるだろうと目されている。
そしてマルドニオス自身も、大王が最も可愛がる王女・アルトゾストラを妻にもらったことから判るとおり、ペルシャ人の中でも期待の若手として抜群に注目されてるのだ。まだ二十歳を数年超えたばかりだが、髭も立派に生え揃え既に武人としての風格なんかも芽生えてやがる。
これがギリシャ(倭)人の男なら結婚すんのも三十歳になってからってな感じで二十歳代なんぞ「若造」も良いとこなんだが、ペルシャ人の男は妻も妾も早い目にもらって子供も大勢こしらえやがるもんだから、決して侮っていい年齢じゃあねぇ。――
王女-アルトゾストラ
「あらあら、誰が『甘えた口調』ですって? 延々と膝枕をねだるような人に言われたくはないのだけれど?」
若手の武将-マルドニオス
「否々、もちろん褒め言葉ですよ」
主役-ヒスティアイオス
「これはこれはアルトゾストラ様、本日も一段とお美しい姿とお召し物で。大王陛下は太陽のようなお方であらせられるが、あなた様もそれに劣らぬほどの輝きを放っておられる。まるで朝日が差し込んで来たかのように眩しく、直視するのが憚られるほどです」
王女-アルトゾストラ
「あらそう、でも無駄におしゃべりなイオニア(浦上)人の言葉だと、さして心に響かないようなのだけれど?」
――やれやれ、このアストゾストラという女は大王・ダレイオスの愛娘で、まだ二十歳になったばかりのしかも女にも関わらず、今年から大王の諜報機関の仕切りを任されている。大王は帝国各地に情報収集を任務とする「目」や「耳」を大勢放って情報を掻き集めてるんだが、そいつらを統括して大王に報告したり助言したりするかなり重要な役職だ。
ただし、より精確に言やぁ、大王の同母弟・アルタバノスがこの諜報組織の頭で、アルトゾストラはその補佐役というか秘書の一人といった役回りなんだが、いずれにせよ女だてらに大王にかなり信用されてるのは伺える。
ちなみに、実のところ、この俺もその目や耳の一員で、不穏な動きを見せる連中を密かに調べるような仕事をたまに任されたりもしてる。そのため、この女は俺の上司のような位置にいやがるんだが、どうにも「ギリシャ(倭)民族は嘘が多い」ってな印象を抱いてるようだ。気に喰わねぇ話ではあるんだが、ペルシャ人の中でそう思ってる連中は少なく無い、まぁ俺も完全には否定しねぇが。
たとえば、これは初代・キュロス王の逸話なんだが、今からちょうど五十年ばかし前、彼がリュディア王国を滅ぼし、戦後処理のためサルディス城に居残ってた時のこと。当時のイオニア(浦上)人たちから軍事援助を要請されてたギリシャ(倭)本土で最強のスパルタ(鹿児島)市は、イオニア(浦上)地方への援軍派遣はきっぱり断ったが、サルディス城には使いをやってキュロス王に会い「ギリシャ(倭)人の町には一切手を出すな」と警告する一幕があった。
これに対するキュロス王の返答は、少し呆れた口調で「町の真ん中に場所を設けて集まり、互いに嘘をつかぬと誓いながら堂々と騙し合ってるような痴れ者どもを、わしはこれっぽっちも恐ろしく思えぬのだがな」だったと伝えられている。
どうやら、市を立てて物を売り買いするって習慣を、当時のペルシャ人はよく知らなかったようだ。つまり連中の目には、売り手と買い手が物の値段をめぐってあれこれ駆け引きしてるのを「ただ嘘の付き合いをしてやがる」とでも映ったらしく、ギリシャ(倭)民族ってのは「町の広場で日常的に嘘を言い合って不毛な喧嘩をしてる下らん連中だ」とでも断じたってなお話だ。
ペルシャ人はとりわけ嘘つきを嫌う連中だからな、商人的な価値観はどうにもうさん臭く見えちまうんだろう。
まぁ、確かに商人と嘘つきは大きく違わねぇかもしれねぇし、それなりに言い当ててると思わねぇこともねぇんだが、「考えなしにやってるただの阿呆な嘘つきども」と俺らとを一緒くたにされんのはさすがに業腹だよな、ったく。ここはきっちり認識を改めとかねぇと後々厄介だろう。――
主役-ヒスティアイオス
「恐れながら、アルトゾストラ様、『何事も決めつけてかかるのは誤りの元である』と考えます。ペルシャ人の中にも嘘を好む者が居るように、イオニア(浦上)人の中にも嘘を憎む者が御座います。それを証拠にこのヒスティアイオスめは大王陛下やあなた様に嘘の報告や進言をしたことはありますまい。それもそのはず、常に御為になるような事しか述べぬと心がけておりますゆえ」
王女-アルトゾストラ
「イオニア(浦上)出身のヒスティアイオスよ、その理論には穴があるようだ。仮に『ペルシャ人十人の内、一人が嘘つき』だったとし、『イオニア(浦上)人十人の内、九人が嘘つき』だったとする。ならば、嘘に対する警戒心の強さを、ペルシャ人の場合とイオニア(浦上)人の場合とで差をつけないのは愚かという他ない。『何事も決めつけてかかるのは誤りの元である』というには同意するが、だからと言って『全てを等し並みに考えろ』というはそれ以上に誤りの元であろうぞ」
――ったく、「おっしゃり通り」だと俺も思うぜ、賢いお嬢さん。だがなぁ、そうやって考え無しに一々相手を追い込もうとすんのはあんたの悪ぃ癖だな。「若気の至り」ってやつなんだろうがよぉ、人の上に立つ気なら緩ぃところも少しはねぇとな。あんたの親父さんはその辺上手いもんだぜ、ちったぁ見習いな。
まぁ、そんなあんたが「夫の前では甘えたがり」ってのはベタではあるが、意外性があって悪くはねぇんだがな。美人過ぎる女に付き物の「取っ付き悪さ」ってやつが少しは緩和されるからよう。むろん、「きつい女に冷たく叱られてぇ」とか抜かしやがる男も居るし、「そのほうが興奮する」とか抜かしやがんのも居るから、その限りでもねぇんだけれどもな。
いずれにせよ、マルドニオスとの夫婦仲は悪くねぇようだ。二人に近しい奴から聞いた情報でも、一日おきにせがむらしいとか、夫の出張が長ぇと途端に不機嫌になりやがるとか漏れ聴こえてくるんで、それが偽情報じゃねぇならずいぶんと可愛げがあるってことになる。このマルドニオスみてぇないかにも無骨で武将然とした男が「やたら膝枕を好む」ってのも、この手のお高く止まった女にとっちゃあ萌えの一種なのかもしれねぇな。――
王女-アルトゾストラ
「とはいえ、ヒスティアイオスよ、汝は大王陛下に忠誠を誓う点において我らと等しく大切な同僚であるとは思っている。同僚であるからには公けの場で厳しいことを指摘せねばならぬこともあるが、それは職務上の義務であり、汝に個人的な怨みや嫌悪感を持つ訳ではない。それゆえ、私しの場においては汝と親しくすることも吝かでは無いぞ。故郷を遠く離れ寂しく思う事などあらば、遠慮せず、我やマルドニオス殿に話し掛けてこられよ」
――実のところ、諜報機関でちょいちょい接するようになってから、俺もこの女に対する評価は変わったんだがな。このやたら美人過ぎる気位の高ぇ女でも、顔馴染みに成って来りゃあ意外と気さくだったり優しかったりする部分も見えてくるもんでな。
おかげで、俺としては将来に少しだけ希望を持ててたりする。なにしろ、俺が故郷へ帰るには、まずこの女を攻略しなけりゃならねぇと思ってるからな。こいつが反対してる限り、大王は頷かねぇんじゃねぇかと俺は予想してる。だから、その取っ掛かりになるってんなら、たとえこの女の足を舐めてでも取り入ってやろうじゃねぇか!
……ったく、「宮仕え」って奴は本当にロクでもねぇよな。嘘でもおべっかでも使い倒し、親切心やら同情心なんかも利用して、とにかくなんとしてでも目的を果たさなきゃならねぇと俺は決めたんだ。かつて「イオニア(浦上)の華」とまで謳われたミレトス(柔①)市を独裁してたこの俺様が、こんなこと主義じゃ無ぇし屈辱に違いねぇんだが、たとえ一瞬でも故郷に帰れれば「俺の勝ちだ」とそう思うことにしてる。よく「奴隷になると心が歪む」って言いやがるが、もしかするとこういう事なのかもな、ったく。
けどよぉ、軽蔑するなら好きなだけしやがれ。最近お袋の調子も芳しくねぇんだ、なり振りなんて構ってられねぇぜ!
するとそこへ、マルドニオスの家来があわてて飛び込んで来て、奴の耳に囁いた。――
若手の武将-マルドニオス
「なんだとっ!? サルディス城が焼き討ちにあっただとっ!? 一体どういうことだ?」
家来
「はい、どうやらイオニア(浦上)人どもが一斉に反乱を起こしたらしく、サルディス城にたて籠るアルタプレネス様から急ぎの使いが、夜を日に継いでつい今しがた、こちらの大王陛下のもとへ報せを届けたそうで御座います」
――ちなみに、サルディス城からスーサの都までは歩いて約九十日がかかり、そこからさらにペルセポリスまでとなると、いくら急いでも百日を軽く超えるほどの時間がかかりやがるんだが、大王はこういう緊急の知らせのため「急ぎの便」も用意してる。街道沿いの各宿場町にそれ用の人と早馬を待機させておき、急ぎの手紙や情報が発せられるや人と馬を順に乗り継いで、この呆れるほど長ぇ距離を僅か十日未満で走破できるようにしてるんだ。――
若手の武将-マルドニオス
「ヒスティアイオス殿、失礼ながら『イオニア(浦上)』はあなたの地元でしたな? おそらく大王陛下から呼び出され質問などされるでしょうが、この件について何かご存知か?」
主役-ヒスティアイオス
「いや、これこそまさに『寝耳に水』というやつでしょう。大王陛下と違い、この私がイオニア(浦上)地方の情報を得ようとすれば、片道三ヵ月もかかってしまうのだから、おそらく『大王陛下以上に詳しいことは何も判らない』と答えざるを得ませんな。大変遺憾なことながら『驚いた』という他に言葉が続きません」
王女-アルトゾストラ
「さにあらず。わが夫は汝に『この反乱の首謀者は誰か?』と尋ねておるのだ。イオニア(浦上)人の事情に誰より精通しておる汝が、『彼奴らの動きを何も知らなかった筈がなかろう』とは誰しもが思うこと。中には『この反乱をそそのかしたのは汝に違いない』と疑う者も当然あろうぞという話をしておるのだ」
主役-ヒスティアイオス
「滅相も無いことです! もう十年以上も故郷に帰っておらぬこの老いぼれに一体何が出来るというのでしょう? 若い連中はとかく年寄りの言うことを煙たがるもの、この隠居風情がこんな遠くから今さら彼らに何かを命じても、『はいはい』と言いながら聞き流されるのが関の山。逆に、彼らのほうから大王陛下やペルシャ人の方々に取り次いでくれ等と依頼されれば喜んでこの老骨に笞も打ちましょうが、こちらから彼らに危険なことを命令したり指示したりすることなど思いも寄らぬことです。まして反乱などと破滅的で自滅的で身の程知らずな大それたことなど、この巨大な宮殿を目の当たりにしている我々には、恐れ多くて考えることすら出来ないことで御座います。
そうであるよな?」
とあるイオニア人
「はい、彼は間違ったことを言っておりません。私も去年の夏からこちらに来てイオニア(浦上)人の石工衆を指揮しておりますが、その私でも『イオニア(浦上)地方で反乱を起こす企みがある』という話を耳にしたことはありません。おそらくペルセポリスにいるイオニア(浦上)人たちは全員、『驚いた』という言葉の他には何も出て来ないでしょう。ですから我々としては、同郷出身だからといって『反乱を起こした者共の共犯者だ』などと、当然のように見做されるようでは困惑する他ありません」
主役-ヒスティアイオス
「まさしく、こうなったからには、我々としては濡れ衣を晴らすためにも反乱の鎮圧に全力を尽くす所存です。命令が発せられればすぐにも出陣いたしましょう。どうか、マルドニオス殿やアルトゾストラ様には大王陛下への取りなしをお願い申し上げたいところです」
若手の武将-マルドニオス
「なるほど、その件に関しては承りました。おそらく今日明日にも大王陛下から呼び出しがかかるでしょうから、ヒスティアイオス殿やイオニア(浦上)出身の石工たちが無駄に疑われぬようご意見申し上げると約束しよう」
主役-ヒスティアイオス
「かたじけない、一生恩に着ますぞ!」
若手の武将-マルドニオス
「とはいえ、あなたも大王陛下のご寵愛を賜わっているのだから、こちらより先にあなたが真先に呼び出されることもあり得ましょうが」
主役-ヒスティアイオス
「なるほど、その場合は、なんとか自力でご説明申し上げねば……」
――しかし、この俺が大王に呼び出されたのはその後、ひと月ばかしが経った頃だった。まず、この突然の飛び込み情報により、大王の誕生日会も途中でお開きになるんじゃねぇかと思いきや、「その程度のことは大したことじゃねぇ」とでも言いたげに予定通り恙無く執り行われたし、その後に軍事会議らしきものが招集されたとも聞かなかった。
そしてそれから程なくして「ダレイオス王はスーサの都に戻る」と周知されたため、俺もスーサにある自宅に戻って待機してたという訳だ。
漏れて来る情報によれば、どうやら大王はイオニア(浦上)方面から続々と上がって来る報せに驚き、予想以上に大規模であったためかもっと精査し分析する必要があるとでも思ったようだ。それならあっちの内情に一番詳しいこの俺に真っ先に訊ねれば済む話しじゃねぇかって事なんだが、おそらくこの反乱の首謀者がミレトス(柔①)市らしいと発覚したために、きっと俺のことも疑わしく思ったんだろう。
俺が呼び出されたのは、スーサの都に戻ってしばらく経ってからの事だった。――
大王からの使い
「ヒスティアイオスよ、大王陛下からの命令である。イオニア(浦上)の反乱について問い質したき儀あり。すぐさま大王陛下のもとへ駆けつけよ」
――はいはい、了解しましたよ。まぁ、俺はもう十年以上も向こうを離れてるからな、今さら訊ねられても大したことは答えられねぇかもしれねぇんだけどな。……なんてな、それがそうでもねぇんだよ。なにしろ、俺はこの反乱のことをよく知ってる、他の誰より知ってるからな。何を隠そう、この反乱を指示したのはこの俺だ。
ん? アリスタゴラスの野郎にあんなはっきり拒絶されてたじゃねぇかって? だったら説明してやるからちょっとばかし回想に付き合いな。つい先日、執事長がミレトス(柔①)から帰って来て詳しく報告してたのを、特別にお前さんにだけ教えてやるからよ。――
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