07
なだれに誘われて休日の午後、駅前までやって来た。
「遅いぞ友希那」
「すみません、あずさがどの服を着てけばいいのかってことで迷っていて」
「それで結局ワンピースかい、そんなの簡単に選べるでしょうが」
そう、今日は4人で色々なお店に行こうという話になっている。
本屋さん、ゲームセンター、カラオケ、映画館、飲食店。
特にどこに行くということは決まっていないが、候補だけはたくさん存在していた。
「それじゃあ行くよ」と1番先輩である茉優先輩が私達を誘導してくれるらしい。
さてどこに行くのか――と考えていたら自然と彼女達が手を繋いでいた。
私達がいても気にならないんだなって思うと同時に、どうして誘われたんだろうと不思議な気持ちに。
「まずは文房具店だね」
「え、意外……」
「ここには可愛いシャーペンとかがあるからね」
シャーペンに可愛さを求める必要はあるのか?
「友希那にはこれが似合うよ」
「え、これは格好いいではないですか?」
「そう、あんたは可愛いより綺麗とか格好いいでしょ?
その偏見は良くない、私だって一応女だから可愛いのを好む。
というか先程から私と茉優先輩しか話していない、あのふたりはどうして黙っている?
「茉優ちゃんが選んでくれるんでしょ、早く選んでよ」
「はいはい、それじゃあちょっと待ってて」
「はあ」
……これはどう考えても私達の存在は邪魔だろう。
ペンの替芯コーナーを見ていたあずさに近づいて袖を掴む。
「なんですか?」
「……私達って邪魔じゃない?」
「でもなだれさんから直接誘われましたよ?」
「あんなの見せつけられたら空気を読めって言われているようで……」
見えづらい場所では距離感が近いし抱きついていたりしている。
私にはできないことをしているというだけでも嫌だ、なんかもう帰りたい。
「それって単純に姉さんが見たくないだけですよね?」
「……分かっているわよ、協調性を見せろということよね」
「はい。あのふたりは付き合っているんですから当たり前じゃないですか」
「なら私――いいわ、お店の外に出ているわね」
堂々としていればスッキリするなんて考えていた自分はどこかにいってしまった。
あんなの見ても複雑さしかやってこない、まあ帰るわけにもいかないから最後まで付き合うつもりだ。
「お待たせ、次に行こうか」
「友希那ちゃん行こ?」
「ええ」
最後に出てきたあずさの袖をまた掴んで移動開始。
が、数メートル歩いたところで彼女が足を止めたせいで進めなくなってしまった。
「さっきからなんですかその態度は」
「え……あ、これ……ごめんなさい」
「別にそれはいいんですよ。でも、どうして今日はそんなに不安そうな顔をしているんです?」
不安というか複雑というか……少なくともあずさに触れていればこのグループの中でひとりぼっちにならなくて済むからだけれど。
「おーい、ふたりとも遅いぞー!」
「いま行きます! 友希那、もっと堂々としてください」
「え、ええ……あ、でも、これは続けても――」
「いいですからっ、ほら行きますよ!」
――次に選ばれたお店はカラオケ店だった。
利用したことのない私は全てを彼女達に任せて、部屋に入ってからも端で静かにしていた。
堂々とした茉優先輩となだれが歌っていく。
あずさも何気に上手に歌って「おぉ」とふたりに褒められて嬉しそうに頬を緩ませていた。
「友希那は?」
「あ、利用したことがなくて……歌も多分下手ですから……」
「うーん、じゃあ一緒に歌う?」
「茉優先輩がいいなら」
「よっしゃきた! 曲は選んでよ、それに合わせるから」
とはいえ、知っている歌なんて正直に言ってあまりない。
だから卒業式で歌った歌を選択したら、なぜかみんなも一緒に歌うことになった。
ありがたかった、ふたりでも恥ずかしかったから。
「はははっ、友希那は意外と歌声が高いんだ」
「そう……ですか? 分からないですけど、でも……ありがとうございました」
「おけおけ。大丈夫だよっ、経験したことがないなら少しずつしていけばいいんだよ」
あ、本当にいい人だ茉優先輩。
「茉優ちゃんっ、友希那ちゃんにばかり優しくしないでよ!」
「あんたにはいつもしているでしょうが」
「茉優先輩……あの、もう1曲」
「いいよ! いくらでも付き合ってあげる!」
意外と楽しい。
時間が終わる前に1回だけひとりで歌ってみたらなんか褒めてくれた。
嬉しくて、こそばゆくて、暖かくて、また今度来てみたいとすら思えた。
「むぅ、友希那ちゃんばっかり優先してえ!」
「ごめんって、ほら、一切れあげるから」
「わーい!」
お昼ごはんの時間。
チェーン店に入って各々好きな物を頼んだ。
こういう場所もあまり来ないから、ジュースをたくさん飲んだらお腹がやばくてあずさに残りを食べてもらうことになってしまったが。
「うぷっ……動きたくない」
「ならちょっと休憩していこうか。私はパフェ頼むけどみんなはどうする?」
「私もー、茉優ちゃんの奢りー」
「それなら私にも茉優先輩の奢りでお願いします」
「はぁ? まあいいけど……すみませーん」
たくさん食べたら眠たくなってきてしまった。
運ばれてきたパフェを美味しい美味しいと食べているあずさに寄りかかって休ませてもらう。
「……重いですよ」
「……だめ?」
「ここに頭を乗っけて休んでてください」
「体勢が厳しいのだけれど……それじゃあ」
あずさの太ももってこんなに柔らかいのか。
ぐぅぇ……お腹はちょっと苦しいけれど、凄く落ち着く。
「ごちそうさまでした。茉優先輩のお金で食べるパフェは最高ですね!」
「あんたねえ……友希那もそれくらいならいいんだけど」
「姉さんは遠慮しますからね」
「ははは、その割にはあんたには甘えているけどね」
「私が姉ですからね、しっかりしておかないと」
「あんたは妹でしょうが。少なくともたかろうとするあんたより友希那の方が可愛いけどね」
ちょっと落ち着いた……みんなも食べ終わっているようだからそろそろ起きようとしたら、
「いたぁ!?」
ゴチンとおでこをぶつけて額を抑える。
……今度はぶつからないよう細心の注意を払いつつ体を起こす。
「ぷふっ、おでこ赤くなってるよ?」
「ちょっと茉優ちゃんっ、友希那ちゃん大丈夫?」
「え、ええ……あ!」
「どうしたの?」
「さっきのでお金が……」
「はぁ……私が払うから大丈夫ですよ」
「ごめんなさい……」
あったりまえのように食事をしておいてこれとは情けない。
申し訳ないので彼女のかばんを持たせてもらうことにした。
次に選ばれたのはゲームセンター。
元気な茉優先輩となだれは「腹ごなしに音ゲー!」と半ば叫びにも近い声量を出しつつ突撃。
あずさは「まったく……」と少し呆れながら入っていったが、私はあまり被害のないところに設置してあるベンチに座って休憩することに。どっちにしてもお金ないから遊べないし。
「友希那ー、ちょっと」
「はい」
現れたのは茉優先輩。
別になにか企んでいそうでもなかったため付いていくと、飲み物を買ってくれた。
「今日つまらない?」
「いえ、お金がないので……」
「それとも、あたし達が手を繋いでいたりしたから?」
「あはは、そんなことないですよ」
しまった、だから人の前では出すなって考えているのに。
にしても茉優先輩は喋んないでいると格好いい、大人って感じがする。
ガン見していたら「そんなに見たってもう奢らないよー」と言われてさっと逸らした。
「あんた、あずさのこと好きなの?」
「嫌われているので」
「嫌われている、ねえ。それ抜きで」
「好きでした」
「過去形なの? あぁ、それであんたもなだれといることで忘れようとしてたんだ」
ある意味正しい。
事実そのようなものだった、けれど結局なだれとそうなることすらできなかったわけだ。
「でもね、そういうのは忘れられないからね、ソースはあたし」
「……だから苦しいんです。あの、どうすれば一緒の家に済んだまま忘れられますか?」
「そんなの無理に決まってるでしょうが、それができるならあんたがなだれの家に世話になっている時に忘れているでしょ」
ならこれからずっとこの苦しさを抱えていかなければならないの?
それも好きになってもらえないとかではなくて、そもそも仕方なくいてくれてることが問題なのに。
「じゃあねえ……好きになってよ! ってぶつけてみたら?」
「無理ですよ……気持ち悪いとまで言われたんですから」
「ふーむ、それはあんた達次第だからねえ」
そりゃそうだ、私が自分でなんとかしなければならないことだ。
なのにそれを表に出して茉優先輩を困らせた、下手くそすぎる、両親に嫌われて当然。
「茉優ちゃーん!」
「行くよー! ごめんね、力になってあげられなくて」
「いえ、すみません、空気を悪くしてしまって」
「いやいや、全然そんなことないよ。仮に次出かけるとしたらその時はダブルデートしようよ」
だから……まあいいや、茉優先輩はなにも悪くないから。
「じゃあね、今日は楽しかったゾ!」
「私も楽しかった! それじゃあね友希那ちゃん、あずさちゃん」
解散時間がやってきた。
ふたりと別れて、あずさと帰路に就くことに。
「はあ……あなたは空気読めないですよね」
「は? ……ごめんなさい」
「今日は謝ってばかりですね」
今度はこちらが少し進んだところで足を止める。
茉優先輩のアドバイス通りにぶつけようとして、でもすぐにやめて歩くのを再開。
無理だ、嫌われているのに好きだと言ったって届かない。
だって私はもう好きだと言った、それを気持ちが悪いと切り捨ててくれたのが彼女だ。
このままでいて苦しいままを続けるくらいなら捨てた方がマシ。
「あずさ、今日ごはんはいいわ」
「え、なんでですか? ブロッコリー、食べてくれるんですよね?」
「食欲がないの、ごめんなさい。それに先に帰っているわ」
明日は日曜日だからそれまでずっと部屋にこもって無理やり捨てる。
お風呂に入れないことだけが気になるところだろうか。
……勝手にあずさの服を着てベッドに寝転び、とにかく頭の中をぐちゃぐちゃに。
その状態からひとつずつあずさに関することを綺麗にしていく。
「姉さん」
「ちょっと調子が悪いの、入らないで」
「トイレに行ったらどうですか?」
「あっ、開けたら!?」
慌てて布団を被るも間に合わなかった。
ずんずんと近づいてきた彼女は私の布団を引っ剥がす。
「それはどういうことですか」
「あ、これは、その……ちょうどいいところにあなたの服があって……」
「先程の服で良かったですよね?」
「……なんで言うこと聞いてくれないの」
「あなたがあからさまに怪しい態度を取るからでしょう?」
……しょうがない、言ったって気持ち悪いと言われてお終いだから。
「お金もごめんなさい」
「それはいいですよ。だって貰ってないんですよね?」
「そうね……」
いま生きることができているのはあずさのおかげ。
なのに積極的にあずさに迷惑をかけるわけにはいかない。
「あずさ、1日だけ時間がほしいの。だからいまは放っておいてくれないかしら」
「嫌です、ブロッコリーを食べさせます」
「……元気になったら食べるから……」
片付けることができたら純粋な意味で仲良くするから。
その時はいくらでもブロッコリーだろうが人参だろうが食べてあげよう。
「ならブロッコリーを食べるから出ていって」
「本当ですね? 分かりました、持ってきます」
――待つこと1分、ターパーいっぱいのブロッコリーを持ってきた彼女。
「はい、マヨネーズをつけてもいいですから」
「ええ……いただくわ」
ひとつ、またひとつと食べていくだけで彼女は部屋から出ていってくれる。
そうなれば朝まで平穏な時間が過ごせて、この複雑な気持ちだって捨てられることだろう。
「驚いた……本当に食べるとは」
「約束は守ったでしょう? ほら、出ていって」
「それはできません、だってこれを食べたら仲良くするという話でしたよね?」
彼女は勝手にベッド端に座って上半身を倒した。
ふんわりと漂う彼女のいい匂い、一緒のシャンプーを使用しているのになんでだろうか。
「これで寝られませんよね?」
「もう……」
彼女の髪を撫でる。
サラサラで気持ちがいい、自分のではよく分からない感触。
「意地悪ね……」
「そうですか? 約束を守っているだけですが」
「でも出ていくって」
「言ってないですよ、ブロッコリーを食べさせて仲良くするという方が優先でした」
出かけていた時もそうだったが拒まないのはなぜなのか。
撫でるのを続けていても彼女は瞳を閉じたまま。
「キスしちゃうわよ?」
「できませんよ、あなたにはそんなこと」
確かに。
冗談じゃなければこんなことは言えない。
「でも、それはできるんですね」
「だって珍しくあなたが気持ちが悪いと言わないから」
「姉が妹の髪を撫でるくらい普通じゃないですか」
「そ、そうよね、だから私もそうしているのよ」
が、こちらの手を掴んで止めてくる。
両目でこちらをしっかりと捉えて逃さないと言わんばかりに。
「あなたがいまからしようとしていたことってなんですか?」
言うまでもなく即答することはできなかった。