06
「あ、またきのこを残して……駄目ですよ、ちゃんと食べなきゃ」
「き、嫌いなのよ……だって食べると……おぇ……」
「はぁ……しょうがないから食べてあげます」
栄養が偏る! とかで私の嫌いな物を平気で作る。
嫌いな相手なのだから当然だけれど、だからって嫌いな物ばかりでは逆に偏ると思うのだが。
「ああもう、ブロッコリーも食べてください!」
「む、無理……」
「食べるまでお風呂に行かせませんよっ」
「あと人参!」
「無理だから!」
お風呂場に逃げ込む。
あれからというもの、基本的に家事をしてくれているが意地悪ばかりされている。
「ブロッコリーと人参、持ってきましたぁ」
「お風呂入るからぁ!」
「こうなったらなだれさんに言うしかないですね……あの人って結構頑固な人ですし、『好き嫌いしちゃ駄目だよ!』って言われると思いますけど? ほらほら、頑張って食べてください!」
もうどうしようもない。
とりあえずお皿は彼女の手から奪い取って安全な場所に置く。
それから彼女の腕を引っ張ってそのまま湯船の中へ連れ込んだ。
ドプンと温かい空間へふたりで、狭い分ゴチンと後頭部に衝撃が走ったが気にしない。
「っぷはぁ!? なにするんですかっ!」
「ふふふ、ざまあみろ」
「あ、こら! 許しませんからね!」
「……ふふ、積極的ね」
「あ、これは別に触りたかったわけでは……服を脱いできます」
楽しい時間をいつまでも過ごしたい。
あずさ曰く両親が現時点でなにかをしてくるわけではないだろうし、心配する必要もないだろう。
「まったく……せめて服を脱いでからにしてくださいよ」
「いいじゃない、たまにはあなたと入りたかったのよ」
「嫌いですっ」
「知っているわ、だから気にせず引っ張ったんじゃない」
――世の中の大半はこの前の子みたいな反応なんだ。
だからあずさが嫌うのもしょうがない、でもだからって今更距離を置くのも嫌だ。
「あずさ、仲良くしたいの」
「……ブロッコリーを食べてくれたらしてあげますよ」
「本当に? それなら頑張るけれど」
「というか……あなたが私のことを嫌いなんじゃないですか?」
「嫌いじゃないわよ、私のせいであなたに辛い思いをさせてしまったもの」
実の姉を嫌え、追い出せ、冷たい態度で接しろ。
私が仮に妹の立場であったとしても多分同じような行動しかできないと思う。
だってなんだかんだいってもあれが親なんだ、お世話をしてもらえなければ生きれない。
「……なにかしてしまったんじゃないですか、あそこまで嫌われるなんて」
「どうかしら……可愛気がなかったのかもしれないわね」
「両親がいるところでは真顔でしたもんね」
「どうやって笑えばいいと言うの? 平気で叩いてきたする親なのよ?」
見えないところに傷さえ作ってくれたのに。
いまでもなんとなく痛む気がする、ジンジンと鈍く響いて。
けれどそんな私を支えてくれているのがあずさとなだれだ。
「すみませんでした……」
「仕方ないわよ、親が子を選べないように、子も親を選べないのだから」
「姉さん……友希那」
「ふっ、なに?」
「えっと……前に抱き上げた時、なんか軽くなってて……ちゃんとごはん食べていましたか?」
それって深夜2時の時のことか。
軽い……自分でもよく分からないけれど。
「ええ、爽子さん……あ、なだれのおば……お母さんが美味しいごはんを作ってくれていたから」
あの人のことをおばあさんと言うのは違う気がする。
見た目、話し方、明るさ、さすがに私達ぐらい若いとは言えないものの、若々しいお母さんレベルだ。
授業参観に来てくれたら「お前の母さん美人だな」くらい言われそうな感じ。
……両親に捨てられて優しいふたりに育てられる方が幸せなのかもしれないなんて思ってしまう。
「あずさはなにもされてない?」
「はい。友希那がいなかった1年間、全く普通でした。外では偽って家族仲良しだって印象つけていたようですね。最近友希那を見ないという話になった時は、優秀で手がかからないからひとり暮らしをさせていると」
「ふふ、優秀ね」
やられるから悪い成績なんて取れなかった。
逆にそれのおかげで、一切そういう観点では問題のない生活を送れていたのだから悪くもないが。
「でも、友希那をその家から追い出せと」
「その先は計算していたのかしら」
「学費だけは出していくつもりだったようです」
「そうよね、だから私はまだ通えているわけだし」
「けれどもう関係ありませんよ、あなたと私はもう同じ立場ですから」
ま、あずさになにかをするようなら最悪、彼女だけでもなだれの家に預ければいい。
そこから先は録音とか録画とかしてそういうところを頼ればいいだろう。
「そういえばあずさ、あなた意外と……」
「ちょ……胸を見て変な間作らないでくださいよ」
「せ、成長したのねって……」
「一応生きていますからね、友希那より大きくなるかもしれませんよ?」
「そうしたら……いい?」
「は、はい? 良くないですよっ、触らせませんからね!」
――馬鹿にしないでとまで言える人をなんで振ってしまったんだろうか。
去年の夏頃といったって、私は普通にひとりで生活していただけだし……。
「友希那?」
「なだれがね、茉優先輩と付き合っていたっていうのよ」
「それは聞きましたよ」
「あら、そうだったかしら。それでね、なだれは茉優先輩に好きな人ができたって言っていたんだけれど、茉優先輩は去年の夏頃に一方的に振られたって言うのよね。あずさはどう思う?」
「どう思うって……どちらかが嘘をついているとしか」
そう、問題はなぜそんな嘘をつく必要があるのかということ。
もしかして今回の私みたいに変な勘違いをしてしまったとか?
他の誰かと仲良くしていてそれに妬いてごめんなさいって別れを切り出した。
好きな人には本当に好きな人といてほしいと考えるのはおかしくない。
私のことが気になっているなんて言ってくれているが、しっかり話し合う必要があると思う。
「私、決めたわ」
「なにをですか?」
「茉優先輩となだれをちゃんと会わせて話し合わさせる」
「気になっていると言ってくれているんですからいいじゃないですか」
「駄目よ、それが心からの言葉と信じられないもの」
あの寂しそうな顔はやはり気になるんだ。
これは全て自分のため、だから動こうと決めたのだった。
「なだれ、茉優先輩を呼んでおいたから待っていてくれる?」
「うん、いいけど」
会うのが嫌なわけではないと。
とはいえ、片方だけに教えておかないのは良くないだろうから説明しておいた。
なんのために茉優先輩を呼んだのか、なんのためにそれを今更持ち出すのかということを。
「やっほ」
「あ、こんにちは」
現れた彼女は私の席にどかっと座って頬杖をついた。
事情を分かっているけれどなんでと言いたげな顔。
「それで? 友希那はなにが気になるの?」
「はい。どうしておふたりが別れたのか、ということですね」
「別にいいでしょ、付き合っていたらあんたはなだれと仲良くできないのよ?」
「それとこれとは違いますよ、そこをしっかりしてからでないとなだれに向き合えません」
気になって夜も眠れない。
私の快眠のためにふたりを利用しようとしていることは謝ろう。
「あんたには言ったでしょ、急に別れようって言われたの」
「なだれはなんで言ったの?」
「それは茉優先輩に好きな人ができたから」
どちらも嘘は言っていなかったようだ。
「はあ? 私はずっとあんたのことが好きだったよ、いまだって……」
「だって茉優先輩は特定の女の人とずっといたじゃん」
「あれは親戚の子だから……何回も説明したでしょうが……」
だが、私には嘘をついたみたい。
茉優先輩はなだれのことを忘れられずにいる。
急に細かい理由も告げられず一方的に振られたら気になりもするだろう。
しっかりと説明されていないから釈然とせず割り切ることができない。
だからむかついたんだ、私達が仲良くしているところを見て。
「それじゃあ杞憂だったってこと?」
「そうだよ! なだれの馬鹿!」
「え、それじゃあ……」
「そうだよっ、あたしは昔からずっとあんたが好き!」
なだれはこちらを見て複雑そうな表情を浮かべた。
ああ、こちらが気になっているとか言ってしまったからどうすればいいのか迷っているのか。
「素直になりなさい」
「友希那ちゃん……」
「友希那には悪いけどね、なだれは渡したくない!」
「茉優ちゃん……」
良かった、茉優先輩が堂々と発言してくれて。
私だってなだれには本当に好きな人といてもらいたい。
付き合ったくらいだ、その人に好きだと言われて気にならないわけがないんだ。
「茉優ちゃん……いいの?」
「つかあんたが勝手に考えただけでしょうが! あたしはずっとあんたに夢中……なんだから!」
「……友希那ちゃん、ごめん」
「別にいいわよ、良かったわね」
「うんっ」
――残念だ、気になった人とはやはり結ばれないんだな自分は。
来てくれたこと、残ってくれたことにお礼を言って、教室、学校から出る。
「なにしょげた顔をしているんですか?」
「あずさ……なだれが茉優先輩と復縁したわ」
「えっ、そうですか……」
妹の手を握ってせめてどこかに行かないでくれと念じた。
……でもこれはあずさを苦しませる行為なのと変わらないから、すぐに手を離し歩き始めた。
「友希那、ショックを受けているんですか?」
「……優しかったから、こんな私でも気持ち悪がらずにいてくれたから。でも分かったわ、茉優先輩という大切な人がいたからだったんだって」
「……残念でしたね、だけど私は約束通りいてあげますよ」
「ええ、ありがとう……」
なだれは優しいだろうから普通に話しかけてはくれると思う。
茉優先輩に怒られない程度に仲良くしておきたい、あとはあの間に起きたことを説明しておかないと。
「友希那、早く入ってください」
「あずさ……いつもありがとう」
「もうなんですか急に……別にいいですよ」
制服を脱いでリビングに。
「……服くらい着てくださいよ」
「ごめんなさい、でもお気に入りのやつがなくて」
ベッドの上に今日畳んで置いたはずなのに失くなっていた。
もしかして寝ぼけていて洗い出してしまったとか? 間違ってあずさのところにある可能性もある。
「お気に入り? ああ……探しておきますよ私が」
「そう? それならこっちを着ておこうかしら」
「って、それ私のじゃないですか」
「駄目なの?」
「駄目……じゃないですけど」
複雑そうな顔、私は「分かったわよ」と呟いて畳んで置いた。
嫌いな相手に着てほしくなんかない、というか触れてほしくすらないだろう。
「部屋にいるわ」
「あ……」
「なに?」
「……なんでもないです」
部屋に戻ってそのままベッドに寝転ぶ。
「はあ……」
腕で目を覆ってはあと再度ため息をつく。
なだれは茉優先輩と上手くいっているだろうか。
あのふたりが堂々と楽しそうにしてくれていれば、この複雑な気持ちなどどこかへやれる。
あとはあずさ、嫌われているままでもいいとか考えた自分は叩きたい。
苦しい……仕方がなく側にいてくれているということが。
「姉さん」
「忙しいわね、友希那って呼んだり姉さんに戻ったり」
「そんなに苦しそうな顔をしてどうしたんですか?」
「いえ、カーテンを閉じてるでしょ? だから眩しかったのよ」
「そうですか。あの、ベッドの端に座ってもいいですか?」
こくりと頷いたら「失礼します」と彼女が腰掛けた。私は彼女とは反対を向いてまた寝転ぶ。
「なだれさんとの件、本当に残念でしたね」
「またそれ? 別にいまのこれは関係ないわよ」
「それならどうしてですか?」
暗い部屋にいきなり光が差し込めば誰だって目を細める。
それは確かに私にとって悲しいことだったけれど、あの子達には違うんだからもうなにも言えない。
「なにをしに来たの?」
「私は一緒にいてあげると言ったじゃないですか、だから1秒でも多くいてあげようと思いまして」
「あらありがとう」
なるべく迷惑をかけないように部屋でしていたんだけれど……バレバレだったみたい。
「お気に入りの服、どこにやってしまったんですか?」
「それが分からないのよ、あなたのところにないかしら」
「ありませんよ、探してみましたがどこにもないようです」
「そう……ならしょうがないわね、諦めるわ」
あずさがお小遣いを貯めて買ってくれた服だったからいつまでも使っていたかった。
でも、あるのならあずさが言うわけだし、残念だけど諦めるしかない。
「ちょっと手を見せてください」
「ええ、はい」
うっ……見ていないから触れられているという感覚が強烈だ。
妹の手……いまだけは私にも触れられる権利がある。
「なんで握るんですか」
「そもそもどうして手を見たいの?」
「怪我がないか見たかっただけです、お返しします」
「ふふ、残念ね」
調理が下手くそというわけでもないのになぜ急にそんなことを?
残念ながらいくら考えてみても分かりはしなかった。