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05

「う……」

「あ、起きましたか? おはようございます」

「ええ……いま何時?」


 部屋は普通に明るい――どころか眩しくすら感じる。

 目元をゴシゴシと拭って、そういえばあずさの家で寝ていたのかって改めて思った。

 答えてくれなかったため己で確認してみると、現在時刻は12時過ぎ。

 曜日は……まだ週の真ん中を意味している。

 つまりまあ、盛大な大遅刻ということだ。


「電話は?」

「しましたよ」

「そう……ならいいわ」


 どちらにしてもなだれが横の席の時点で生きづらかったし。


「あずさ、昨日は……今日はありがとう」

「いえ、もう共犯ですから」


 お礼を言ってなかったことを思い出してしっかりと口にしておく。

 余計なことを言うのはしなくていいが、感謝の言葉は確実にいい影響を残すと思うから。

 でも、今日のあれって……まあどちらにしても私にとっては救いになったのだから気にせずにいよう。


「それで話しかけてきてくれた友達とはどうなの?」

「毎日話をしていましたよ、意外と楽しいです」

「ふふ。そう、良かったわね」


 元の彼女とキスしていたくらいでなんだというのか。

 冷静になって考えてみると分かる、私はなにを言っていたんだろうって。

 あれだけ優しくしてくれた彼女を引っ叩き、土下座をしてまであずさの家に入れてもらった。

 もう黒木家にとっては不要な人間なのに……。


「どうせならいまから行きますか? 午後から登校できるかもとは説明しておきましたから」

「なだれに……会いたくない」

「それは傷つけてしまったからですよね? けれどそういうのは時間が経てば経つほど修復しにくくなることですよ。頑張りましょう、最悪仲直りできなくても共犯の私がいますから」


 あの事実を知るまではこれを言ってくれていたのはなだれだった。

 しかしどんな顔をして会えというんだろう。

 彼女が辛そうな顔をしていたら問題だし、かといってケロッとしていたらそれは気になる。

 私が悩んでいたらあずさが服を脱がしてきた。


「この傷……やっぱり消えませんか?」

「ちょっと……言ってから脱がしてちょうだい」

「制服に着替えないといけませんからね」

「そうね。……それと傷はまあ……消えないわ」


 あんなの早く忘れたいけれど忘れることができない。

 そのくせ、いい思い出だけはどんどんと重要度が下がっていってしまう。

 

「私に力があれば……」

「それでも変わらなかったわよ。私が対象で良かったわ、守るための力がないもの」


 バッグからしわくちゃの制服を取り出し着ていく。

 それを見た彼女が「帰ったらアイロンがけします」と言ってくれたから素直にお願いを。


「行きましょうか」

「はい」


 が――学校に近づく毎に足が重くなっていく。

 やがて自分の足は止まり、少し前に進んだあずさが振り返った。


「今日……休みじゃ駄目?」

「駄目です」

「意地悪ね……」


 胸に手を当て己を落ち着かせる。

 別に悪口を言われるわけじゃない。幸い嫌われていないし、大半からは興味を抱かれていない。

 あずさは「しょうがないですね」と吐いてこちらの手を掴んできた。


「……なんか久しぶり」

「まあ……そうですね」


 やはり甘えていたのは自分の方か。

 妹と手を繋げただけでホッとする姉とかアホすぎる。

 教室にはいないんだ、だからひとりで頑張らないといけないのに……。


「気持ち悪いんじゃないの?」

「気持ち…………悪いですよ?」

「なら、離した方が……」

「いいんですよっ、だってこうしないといつまでも行けないじゃないですか!」

「ありがと……」

「……別に特にしてませんよ」


 それでも昇降口前で手を離して上履きに履き替える。

 教室に行く前に職員室に寄り先生に謝罪、特に問題なく開放され教室へ。


「あれ、あんたいま来たの?」

「あ……茉優先輩」

「ふっ、まあどうでもいいけど。なだれなら普通にいるよ」

「な……なんでなだれの名前を出すんですか?」

「ん? だって私がなだれとキスしていたくらいで家を飛び出したんでしょ? あのね、過去に恋愛経験がある人間なら当然のことなの。でもね、それをしていても別れることだってある、あんたは初恋かもしれないけど他は違うわけよ! それに、なだれに振られたんだよ私は」


 聞いていた情報と違う。

 彼女は茉優先輩に他の好きな人ができたからと言っていたが。


「ちなみに……いつですか?」

「なだれが高校1年生の夏頃かな」

「あの……戻りたいとは」

「うーん、ないね。だってさ、ごめん別れたい、それだけしか説明してくれなかったんだよ? まあそれは私が無理やり唇を奪ったのもあったかもしれないけど……ああ、この子はこんななんだって冷たい一面を垣間見た気がしてね」


 彼女は横髪をいじりながら寂しそうな顔でそう呟いた。

 その夏頃になにがあったんだろう。

 両親に捨てられたのは小さい頃だろうし、修三さんや爽子さんだって全然元気だった。

 

「すみませんでした……聞いてしまって」

「でもね? そんななだれがあんたと仲良くしているところを見て悔しいなって思ったからあれをわざわざ言ったんだよ。ごめん、大人気なかった……なだれはいい子だから誤解しないであげてね」


 そのなだれを引っ叩いた人間がここにいます。

 ……益々どんな顔で会えばいいのか分からなくなってしまった。

 昼休みは幸いまだ後10分くらいある。

 似合わないけれどトイレで時間をつぶすというのも有りかもしれない。


「ふぅん」

「え?」

「いや、あんたってやっぱり綺麗ね」

「ありがとうございます。でも、中身が駄目駄目ですから」


 綺麗、なんて言われても嬉しくなかった。

 実は大嫌いな母親によく似ているって言われるから。


「いいじゃん、表と内でギャップがあって。そうだ……はい、これ登録しておいて」

「……あ、分かりました」

「うん、じゃね」


 さあ、私もそろそろ覚悟を決めよう。

 職員室に寄ってしまった時点で逃げることはもうできない。

 少し長めの休み時間ということもあって賑やかな教室に入っていく。

「なんでいまから?」「風邪じゃなかったんだ」「元気そうで良かった」

 色々な呟き声が聞こえてくる、案外興味を持たれているのかもしれないと初めて分かった。

 頬杖をついて窓の方を見ていた彼女の視界を遮るのは申し訳ないが、普通に座らせてもらう。


「……来たんだ」

「ええ……盛大に寝坊したけれどね」

「……外で寝たの?」

「いえ、あずさが入れてくれたわ」

「「ねえ」」


 あ……なんかベタなシチュエーション。


「……謝って済むことではないけれど、昨日はごめんなさい」

「うん……」

「過去にあなたがキスをしていたくらいで大袈裟に反応しすぎたわ。あなたにとって、私はただの同級生

だったのに……勘違いして独占欲が出てしまったの。優しくしてくれているのはなにかがあるのかもしれないって……お風呂だって一緒に入ってくれるし、間接キスとかだって全然気にしないし……だ、だからこれからはやめてちょうだい、すぐに勘違いしてしまうのよ」


 優しさというものに弱い。

 特に弱っている時にそういうことをされると一気に傾く。

 それが計算ということなら、この上なく上手くいっているわけだけれど。


「へえ、黒木さんって女の子が好きなんだ」

「え、ええ……」

「へえ、ならそういう目で見られているってこと? それってなんか……気持ち悪いね」


 名前も知らない子から言われても傷つきはしない。

 あずさにも何度も言われたことだ、それに自分だって自覚している。


「みんなー、黒木さんは女の子が好きなんだってー」


 それを言う必要、あるの?

 それを知ったって周りの子は「へえ」くらいにしか――かと思えば、なんかざわつき始める教室内。

 意外と影響されやすい、というか、盛り上がれればなんでもいいんだろう。

 彼女が「気持ち悪いよねー」と言ったせいで、それに同意する人間がチラホラと。

 横にいるなだれは机の上で手を強く握りしめている。

 これは自分も馬鹿にされているようなものだからか。


「気持ち悪くてごめんなさい。でも、安心してほしいの、別に全員をそういう目で見ているわけではないわ」

「えー、でも同性が好きなんでしょ? それにここには女の子しかいないんだから、実際は違うかもしれないじゃん」

「自分がこの人だって決めた人しかそういう目で見ないわ。なにが不満なのかは知らないけれど、あまりそういうことを言うべきではないわよ。別に私のことだったらいくらでも気持ちが悪いと思ってくれて構わないけれど、仮にこの先似たような子を見つけてもやめてあげてちょうだい」


 元はと言えば教室であんな話をしていたのが悪い。

 でも、なだれに飛び火はさせたくないから、自分に集めておこうとしていた。


「ということはさ、そんな黒木さんといる大森さんも同じってこと?」

「私は……」


 全然聞いてない、聴覚が衰えているということなのだろうか。

 それならそんなに若いのに……と哀れんだ視線を向けてあげるが、いまはそれどころではない。


「大森さんは関係ないわよ、私が去年ひとりだったから優しくしてくれているだけ。それともあなたからすれば話しかける=そういうつもりってことになるの? 寧ろあなたの方こそそういう目で見ているんじゃない?」

「いやでも私知ってるよ? 食べさせ合いっ子とかしてたよね?」

「あなたはしないの? あ、友達がいないとか?」


 なんか途端に可愛く見えてきた。

 集団に溶け込めず、自分は違うと言い聞かせていたあの頃の私に似ている気がする。


「はぁ?」

「いえ、ああいうことは友達同士ですることじゃない。ねえ、あなたもそう思うでしょう?」


 読書をしていた子に聞いてみると、「え、あ、う、うん……私も友達としたことがあるから……それを言われると、うん」と彼女は答えてくれた。なんでもかんでもそういうものだと判断されたら、いま頃地上は女の子同士のカップルばかりだ。そういうのが分からない歳でもないのに、ただ難癖つけたいだけなんだろうか。


「でしょう? 他の子達もそうよね? 1度くらいは友達と経験があるでしょう?」


 こくこくと頷いてくれている子もいる。

 別に彼女を責めたいわけではないが、なだれに悪さをするなら許さない。

 もっとも、手前が1番そうしているではないかと言われればそれまでだが。


「あ、もう授業が始まるわね。もう1度言うわ、悪口を言うなら全部私にしなさい。特に私に優しくしてくれたなだれへのそれは許せない」


 私のせいでまた迷惑をかけてしまった。

 まあでもあれだ、あずさがいてくれるから大丈夫。

 あの子は無言で席に戻り、教室内のざわめきも収まる。

 そうしたら先生が入ってきて授業が始まった。




「姉さん!」

「ええ」


 校門で待っていたら元気な妹が現れた。

 それはあの日を思い出せて、なんだか眩しいような気が。


「あ……なだれさんもいたんですか」

「うん、駄目だった?」

「いえ……帰りましょうか」

「そうね」


 なだれは私があんなことをしても「一緒に帰ろっ」と言ってくれた。

 私はてっきりそのまま関係が消滅するか、茉優先輩と付き合うと思っていたからちょっと驚いた。

 優しすぎるのも考えものだ、この子といると罪悪感しか出てこない。


「あずさちゃん、私はまだ許せたわけじゃないよ」

「はい……」

「でも、友希那ちゃんのことよろしくね」

「それは任せてください、もうあの家から出て行かせませんよ」


 ある意味、愛されているのかしら。

 目の前でされたわけでもないのになにをやっていたんだか。

 先に茉優先輩の本音を聞いておけば、いやでもああなっておかないとあずさと仲直りが……。


「ふたりにアイスを買ってあげるわ、お詫びよ」

「やった! あずさちゃんは何味にする!?」

「私はバニラにします」

「それじゃあ私はチョコかな」


 といってもこのお金、生活費からちょっとずつ貰っていたものだから誇らしいものではないけど。

 ふたつを受け取って彼女達に手渡す。美味しいと味わっているふたりとは別のベンチに座ってぼうっとそれを眺めていた。


「ふぁんでてゃにょまにゃきゃったの?」

「食べ終えてから話しなさい……あのお金はその……本当はあずさのためのものだからよ」


 とはいえ、もちろんひとり暮らしをしていた時のものを貯めていただけだけれど。

 お小遣いというのは中学生の頃からなくなった。

 確かあずさが大きくなってきて大変だからーと言ってきた気がするが、単純にあげたくなかっただけ。

 もうその頃から両親になにかを期待することはやめた。両親もまたこちらには期待していなかった。

 だからこそだろうか、両親に期待されているあずさが眩しく思えていたのは。

 そう、妬みとかではなく一緒にいれば少しでもいい存在になれると考えて行動していたわけだが、まあ実際はこんな結果に終わっている。


「あのさ……隠しててごめんね」

「いえ、私こそごめんなさい」

「もう今度からはなにも隠さないから」

「それは……全部言うってこと? 思っていることも全部?」


 馬鹿とかアホとか気持ち悪いとかも全部?

 もしそうだとしたらかなりの高ダメージを受けることになる。


「うん! でね? 私はあなたのことが気になっています」

「そう……」

「うん! でもマイナスに考えるところはちょっと嫌かなー」


 うっ、この笑顔がいまの私にはとても痛かった。

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