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04

「えへへ」

「はぁ……隣の席になったくらいでそんな顔して……」


 席替えが行われてなだれの横の席になった。

 唯一まともに長く話せる子ではあるから楽だけれど、いくらなんでもたかだか席が隣になったくらいでこの子は大袈裟に反応しすぎだ。


「それに外が見てるからね」

「私は少し暑いわ」

「なら私の方に寄っていいよ」


 この子は優しくてSで変人だ。

 なんたってこんな面倒くさい女と関わりたいだなんて思うんだろう。


「黒木さん、課題のプリント出してくれる?」

「あ、ごめんなさい……えっと、はい、よろしくね」

「……うんっ」


 ん? なんだいまの変な間は。

 隣のなだれに聞こうとしたら「むぅ」と頬を膨らませていた。


「……なんでいま微笑んだの」

「なんでって……真顔だと威圧してしまうでしょう?」


 1年生の時はずっと無表情で怖いと言われていたからこれでも気をつけているんだ。

 なんならこの子なんて他の子と接する時、凄くにこにこしているんだからいちいち言わないでほしい。


「ずるい……私の時は呆れた感じしか見せてくれないのに」

「そうかしら? 私はあなたといるのが1番気楽だけれど」


 先生が入ってきて授業が始まる。

 適度に板書、聴覚だけは教師の発言を優先、適度に窓の外を見て過ごす。

 なるほど、この席替えは確かに私としても嬉しい。

 そしてこの教室の下にあずさがいるのよね……。


「ね、友希那ちゃん」

「ちょっと、先生に怒られるわよ?」

「大丈夫、そのために小声で話しているんだから」


 いや、前から見れば私達が会話しているのは丸見えだろう。

 一応他の生徒も静かだということではないが、真面目にやっておきたい。

 だからプリントの端に後でと書いて彼女に見せる。

 どうせあと10分もすれば授業が終わる。

 そんなリスクのある行動を取らなくたっていいのだ。


「はぁ、やっと終わった!」

「ふふ、それでなに?」

「アイス食べに行こ!」

「行きましょうか」


 ずっとひとりでいたから帰りにアイスを買って食べるなんてことはできなかった。

 でもせっかく彼女が誘ってくれたのなら行っておきたい、純粋に仲良くなりたい。


「私はバニラで。友希那ちゃんはどうする?」

「えっと……キャラメル?」

「分かった。すみません、バニラ味とキャラメル味でよろしくお願いします」


 無難にチョコとかにしておけば良かっただろうか。

 某メーカーのキャラメルが好きでいくらでも食べられるからつい頼んでみたが……。


「はい」

「あ、お金払うわね」

「家に帰ってからでいいよ。ほら、溶けちゃうから」

「え、ええ、ありがたくいただくわ」


 あ、くどすぎくなくて普通に美味しい。


「はい、あーん」

「え? あ、このスプーンってそれをやらなければならないの?」

「ううん、でも食べさせたいから」

「……あむ、……あれね、バニラが1番美味しいわ」


 一緒のにしておけば良かった。

 そうすればこんなカップルみたいなことしなくて済んだのに。


「なら私はこっちをがぶりっ」

「えっ!?」


 まさか本体を半分くらい持っていかれるとは。

 それに先程のスプーンは使っていなかったが、こっちは直接舐めていた分間接キスというか……キス。


「ちょっと……あなた気をつけなさいよ?」

「うん? ああ、一気に食べてもキーンってならないから」

「そういうことじゃなくて……」


 私が勘違いしたらどうするのって言いたいんだけど。


「あれ、なだれじゃん!」

「あ、茉優まゆ先輩!」


 なだれと違って少し派手な人。

 髪の毛も金色で眩しいくらい、瞳は青色。


「へえ、なだれもここの好きなんだ」

「はい、だからこの子に紹介を」

「うん? んー、うっはっ! マジやばすぎ!」

「黒木友希那ちゃんだよ」


 別にこっちを紹介する必要はないのでは?

 それとも特別な仲だから紹介しておきたいということなら聞いておくが。


「ふっ、あたしは茉優でいいよ、こっちも友希那って呼ぶから」

「あ、はい」

「……なるほどね、そういうことか。黙っていると奇麗だけど、喋ると残念だね」

「ちょっと茉優先輩!」

「残念というのは少し違ったか。あんたさ、他人と話すの苦手でしょ?」

「そうですね……」


 特にあなたみたいな人は。

 悪い意味ではなくなだれの感じは凄く落ち着く。


「で? 食べさせ合いっことかしてたけどさ、なだれは酷いなあ……あたしのことはもう忘れちゃったのかな」

「ちょっ!? そんな言い方しないでよ! ただ仲良くしたってだけでしょ」

「でもあんたは今カノといるわけでしょ?」

「……キスだってしたのになあ」

「ま、こんないい子ですからね、そういうこともありますよね」


 悪意は感じられないことから寂しさを吐いているだけなんだろう。

 それにしてもなだれがこの派手な先輩とねえ、向こうはグイグイと引っ張ってくれそうだからそこがグッときたのかしら。


「誤解しないでよ友希那ちゃんっ。キス……は無理やりされたけど……でも変な事実はないから!」

「おいおい、なんでそんなに慌てるんだよー。可愛く鳴いてくれていたでしょ? こっちに必死に抱きついて体を震わせて、『茉優ちゃん……もっと』ってさ」


 ……聞きたくない。

 そう思った瞬間に自分が嫌になった。

 なに独占欲を働かせているんだって話。

 普通に会話できているということは無理やりなんてこともなかったんだろう。

 なんでそんなに慌てるんだろうか。


「ま、キスはともかく後者の嘘だから。あっはっは!」


 キスが1番大切……だと考えているのは非モテだから?


「そういうこと」

「え?」

「いえ、先に帰っているわ。それでは失礼します」


 道理で慣れているわけだ。

 そりゃ自分だって同性に恋をしていたのだから気持ち悪いなんて言えないわけだって話で。

 気になった人とは結ばれない法則でも出来上がっているのだろうか。


「ま、待ってよ友希那ちゃん」

「いまはもう付き合っていないの?」

「……うん、茉優先輩が他に好きな人ができてね」


 付き合っていたのかい……。

 なんかこれならあずさの所に戻った方がいい気がする。

 最後に爽子さんのお手伝いをして、夜中に出ていかせてもらおう。


「運びます」

「あら、ありがとう」


 家に帰ったら積極的にお手伝いをしていく。

 それがなくなったら修三さんの肩揉み、腰のマッサージ。

 ごはんを食べてなだれの部屋に戻り彼女が入浴に行くのを待つ。


「お風呂に行かないの?」

「ちょっと連絡がしたいから先に行ってて」

「分かった」


 ……こんな形でごめんなさい。

 それに元々1日って話だったわけだし、出ていくのは当たり前のことだ。


「あら、荷物を持ってどこに行くの?」

「妹に戻って来いと言われまして。あの、今日までお世話になりました」


 爽子さんと遭遇することぐらい想定済みだった。


「なるほどね……だからあんなに協力してくれていたんだ」

「……すみません、これで失礼します」

「あの子には言ったの?」

「……書き置きを残してきました。ありがとうございました」

「分かったわ……気をつけてね」

「はい」


 さて、あずさは入れてくれるだろうか。

 爽子さんのおかげで家の外にはあっさり出られたけれど、ここから先がどうなるか分からない。


「あずさ」


 家に着いたら窓をノックしてみるが、リビングは真っ暗で意味はない。

 連絡をしようとしても着信拒否、ブロック、とにかく拒絶のオンパレード。

 インターホンを鳴らすか? でも、そんなことしたって――と悩んでいる内に、


「友希那ちゃん!」


 ……なだれがやって来てしまった。

 さっと隠れようにも彼女が速すぎて不可能。


「なんで急になの?」

「あずさが戻ってこいって――」

「嘘つき!」


 だって嫌だったんだ。

 茉優先輩に自由にされて嫌がるどころかなだれが喜んでいたって考えると。

 絶対にキスだけじゃない、もっと踏み込んだことだってしている。

 じゃなければ裸体で抱きついたりしない。


「あなたが悪いわけじゃないわ」

「なら戻ってきてよ!」

「嫌よ……他の人と付き合っていた人といるなんて」

「……ちょっとだけなんだよ?」

「ちょっとでも付き合っていたんじゃない。好きだったのでしょう? キスだってしたのでしょう? なら茉優先輩でも家に誘っておけば全部解決じゃない!」


 どうせあの様子だとなだれが忘れられないというところだろう。

 真正面から戦ったら勝てない……魅力がないから。


「あの……家の外でうるさいんですけど」

「あずさっ、私を家の中に入れてちょうだい!」

「え、嫌です」


 ……まあそうだよなという終わり。

 ちょっとだけなだれが勝ち誇ったような笑みを浮かべているところがむかつく。


「母に近づくなって言われていますから」

「ならどうして出てきたのよ」

「なだれさんの声が聞こえてきたからです」


 どっちにしても大森家に戻ることはできない。


「お願いします……」

「そんなことされても家になんか入れませんよ。なだれさんだったらいいですけどね」

「……分かったわ、それじゃあね」


 大森家でもない方へ向かって歩きだす。

 当然のようになだれは付いてきて「帰りましょう」なんて言ってきた。

 

「そんなことできない。事情が変わったのよ」

「それって私が気になってるから妬いてるんじゃないの!?」

「そうよ。でもね、あんな軽そうな人と付き合っていた人なんて信じられない」


 だって気持ちが悪いじゃないか。

 なにかをする毎に茉優先輩が良かったとか言われたり考えらたら立つ瀬がなくなる。


「茉優先輩を馬鹿にしないで! あの人はいい人なんだから!」

「答えが出ているじゃない。今日は放っておいて」

「放っておいてって……もう夜なんだよ!? 外で寝たら危ないよ!」

「じゃあ寝なければいいでしょう? ふっ、あなたは茉優先輩と復縁でもしたら? あの人もあなたのことがまだ気になっているから私の前であんなことを言ったんでしょう」

「友希那ちゃんの馬鹿! 勝手に深く考えないでよ! 付き合いは……したけど、凄く短かったんだからさあ!」


 期間の問題じゃないってなんで分からない。

 ――無駄だ、分かり合えない、延々平行線。


「さようなら」

「行かせないよっ」

「いい加減にしなさい、どかないなら叩くわよ」

「いいよ、止められないくらいな――ばか!」


 彼女は結局走り去り、私はあずさの家に戻る。

 その窓の前にバッグを置いて、それを枕に寝転んだ。


「冷えるわね……」


 けれど朝までなら耐えられる。

 どんなことをしてでも元の場所に戻る。


「――なにをやっているんですか」

「……ぇ、あ……休憩かしら」


 ――いま何時だろう。

 スマホを探していたら先に「午前2時ですよ」と冷たい声音で教えてくれた。


「あずさ……戻りたいの」

「駄目ですよ、私はあなたが嫌いですし」

「それでもいいから……」

「はぁ……とりあえず中に入ってください」

「ありがとう……」


 妹は中に入れてくれた上に温かい飲み物まで用意して渡してくれた。

 それに口をつけさしてもらって……あれ?


「なんか……え……」


 体が動かない? あとなんか凄く眠たい気がする。




「ふっ、普通信用して飲みますかね」


 どれだけ追い詰められていたんだろうか。

 憎い相手に土下座をしてまで頼むなんて、昔の姉らしくない。


「さてと、……まあこれで母の指示にも逆らうわけですが」


 普通に対応できるわけないじゃないか。

 だから睡眠薬で眠らせて、ベッドに運んで布団かけて寝てもらう予定だった。

 どんな会話をしていいのか分からないから、なだれさんに憎まれているから。


「あれ、なんか軽い……」


 あまり食べてないのかな? 人の家で遠慮していたとか?

 ……とりあえずいまはちゃんとしたところに寝かせるだけ。


「あーあ、破っちゃっいましたねー」


 無理やり寝かせたとはいえ、そんなに悪くない寝顔。

 私が一緒にいたかった姉そのものの可愛い顔。

 だが、なんでなだれさんとあんな言い合いになっていたんだろう?

 あまりにも不自然だ、思い込みの激しい人だから姉が被害妄想をしているということもある。


「……あ……ずさ」

「あれ、起きちゃいましたか?」

「ぐっ……うぅ、はぁ……なんかさっき急に……」

「あの、なだれさんとなにかあったんですか?」

「ああ……あの子過去に付き合っていたのよ。それでキスもしてて……」


 こちらが無理だと言ったらすぐになんて……もう。


「キスくらい普通ならしてるんじゃないですか?」

「いやよ……」

「なら、どうするんですか?」

「あずさが私のことを嫌いなままでもいいから……またふたりきりで」

「別にいいですよ」

「え……?」


 これこれ、こういう顔が見たかった。

 最近は真顔か冷たい顔しか見られていなかったから。


「約束を破ってしまいました、だってここ、元あなたの部屋ですから」

「あ、そういえば……」

「ふふ、これで怒られる時はふたりで、ですね」


 お金の問題さえなければ私が姉を連れてどこかに逃げるんだけど。

 けれどまだそれっぽくいなければならない。

 私も一員だったがこっち側になった以上、姉になにかするなら許さない。

 これが私にできる償いだ。


「ねえ、あずさはまだしてない?」

「はい、当たり前じゃないですか。なんたって、あなたにずっと構われていましたから」


 他の女の子といたら嫉妬されていたし。


「じゃあ……して?」

「は、はい?」

「ごめんなさい……一緒に生活してって言おうとしたのよ」

「そういうことですか。いいですよ。ただし、今度はどこにも行かせませんよ?」

「……いいわ、どうせなだれは茉優先輩と仲良くしたいんだし」


 ……当たり前だけどなだれさんへの当て付けみたいなものか。

 それって悔しい……自分の意思でいてくれたあの頃に戻れるだろうか。

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