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それは私のよ!  作者: 月魅
黒き森の隠者編
7/24

7:森の家族と少しの焦り

 精神を集中させて少しずつ魔力を放出していく。まだ意志を伝えることはしないで、術式にも変えないでおく。

 一滴だけを絞り出すようなイメージを維持したまま魔力を放出させると、今度はそれ以上余計な魔力が漏れ出て来ないように細心の注意を払いながら意志を伝えて術式へと変えていく。


光の球(ルーチェ・パラ)


 手の平から小さな光の玉がゆっくりと浮かび上がって行く。その間も術の制御にしっかりと集中しておく。少しでも余計な魔力を流さないように注意しながら、そのまましっかり三十分間光の玉を維持し終えるとゆっくりと術を解除していく。


「ふぅ、何とか形にはなったかしら?」


 私はゆっくりと息を吐きながら強張っていた体をほぐす。


 今日は雨が降っているので室内で魔術の訓練だわ。バンホルト様は本を読みながら魔力制御の研究を続けているし、タニアはどこからか持ってきた大きな葉っぱを縫いながら合羽を作ろうとしているわね。


 それにしても魔術の制御の訓練のために集中してずっと椅子に座っていたから、あちこちがミシミシ言うわね。光の玉は三十分程度しか維持していないけれど、発動するまでに二時間以上は調整にかかっているのだもの。それは疲れるわね。


 もっとも以前は発動する出来ていなかったのだから随分進歩したものね。ここまで来るのに一年かかってしまったわね。

 魔力の器が壊れたということがこんなに厄介なものだなんて正直思っていなかったわ。私の才能なら半年もあれば元に戻るなんて考えていたけれど、随分甘い考えだと思い知らされたわね。


「それにしても本当に魔力の器が壊れてしまうということはとても大変なことだったのね」


「当たり前じゃろうて。言ったじゃろう? 一生治らなくてもおかしくないと。そもそも、この一年で魔術を発動できるようになっただけでも十分驚きじゃわ」


「と言ってもまだ使い物になるレベルではありませんわ。一回魔術を発動させるのに準備に二時間かかるなんて話になりませんわ」


「まぁ、そこは訓練を続けるしかないのう。焦る気持ちは分かるが、焦っても結果はついてこんぞい」


 ……それもそうね。焦っても意味は無いものね。頭では分かっているのだけれど、心はなかなかどうして。


「もー、暗い顔してたらお腹が空くぞー! こんな時は美味しいものを食べてリフレッシュだー!!」


 少し落ち込んでいた私を見兼ねたのか、タニアがそんなことを言いながら袋を渡してきた。


「これは?……小麦粉?」


「そだよー。これで美味しいお菓子を作るのだー!」


 いきなり何を言うのだろうかこの精霊は?


「タニア、意味が分からないわ」


「お腹が空けば悲しくなる、悲しいのは心の栄養が足りないからー!」 だから美味しいものを作って食べたら幸せでしょー?」


「……誰が作るの?」


「アリスティアだよー」


 やったことが無いから出来るかどうかすら分からないのに、この精霊は無茶を言う。


「タニアが作るんじゃないの?」


「あたしは食べ物の精霊だからねー。作るのはお姉ちゃんの方だよー」


 台所にいろいろ用意しながらタニアが言う。


「作れる自信は無いけれど、まぁ気晴らしにはいいかもしれないわね。ところで姉って?」


「あたし達精霊はいろいろなものを司っているんだけれどー、あたしのお姉ちゃんは料理の精霊だよー。だから作るのはあたしはすっごい下手ー」


「そう言うものなのね。一応聞くけど女神様はいらっしゃるのよね?」


「女神様ー?」


 タニアは首をかしげてなんじゃそらと呟いた。


「ちょっと待って! いないの!? あなた達を生み出した存在でしょう!?」


 物凄く敬遠な信徒だなんて口が裂けても言えないけれど、それでも一応国教でもある女神教を信仰しているわけで、それなりに信じてはいるのよこれでも。

 なのに首を傾げられるとかどういうことなの!?


「あたし達はこの世界に自然と生み出されるからねー。特定の存在がいるわけじゃないから女神様は分かんない―。あっ! でもこの世界そのものが女神様みたいなものかもよー」


「じゃあさっきの姉だいるというのは矛盾していないかしら?」


「んー、先に生まれたらお兄ちゃんかお姉ちゃんで、後から生まれたら弟妹になるんだー。精霊皆兄妹ー」


「なるほど。それにしても食べ物の精霊の姉が料理の精霊っていうのもおかしな感じね。生まれた順なら、食べ物があってこその料理で、料理の精霊は妹だと思ったわ」


「ああ、それはねー。精霊はお役目に飽き足り疲れたりしたら次の精霊に引き継いで世界に還ってまた生まれ直してくるんだよー。ちなみにあたしは引き継いだばかりだよー」


 ……とんでもない話を聞いてしまった気がするわ。とてもこんなのは間違っても表に出せない話じゃない。

 普通に信仰している程度の私でも女神様がいないと分かっただけで、今それなりにショックなのだもの。敬遠な人に知られたら異端者扱いされかねないわね。


「いい、タニア。このことはここだけの内緒の話よ?」


「おおー! 内緒話! うん、分かったー! いいよねーこういう内緒話とかー。何かワクワクするー」


 興奮しているタニアがあちこち飛び回るので、せっかく用意した材料に当たらない様に気を付けておく。

 小麦粉にバター、砂糖に卵。それに干し果物とこの森でしか取れない真っ黒なリンゴ。このリンゴは見た目は毒リンゴの様だけれど、とても甘くてかつ栄養もたっぷりなのよね。

 幸いなことにバンホルト様がレシピ本を持っていたから簡単なフルーツケーキくらいなら作れそうね。


 私達がいる黒い森は危険な魔物が数多く生息している代わりに、黒いバラやこの黒いリンゴのような素晴らしい資源が眠っていることが判明したわ。軽く調べた範囲だと貴重な鉱石も採れる場所があるみたいね。ただ、その危険性故に調査は全くと言ってもいいほど進んでおらず、黒いバラが強い魔物避けの作用があることすら知られていないのよね。


 そんな危険な森に住んでいるバンホルト様も十分おかしいわね。それにしてもこの家とかどうやって持ち込んだのかしら?

 バンホルト様が一人で作れるわけが無いし、かまどなんてしっかりとしたいい造りだわ。ちょうどいい機会だし聞いてみようかしら。


「バンホルト様、この家とかどうやってここに建てたんですの?」


「この家かのう。この家は古い友人がわしがこの森に隠居すると決めたら隠居祝いにくれた魔道具じゃよ。秘密の呪文を唱えればこの家はミニチュアのように小さくなるのでな。ちなみにその友人の紹介でタニアに出会ったのじゃ」


「そう言えばそうだったねー。懐かしいなぁー、これから隠居する友人がいるから死ぬまで付き合ってくれなんて言われたんだよねー」


「……ずいぶん凄いことを言う友人ね。それにしても家丸ごと入れられる魔道具何て……アーティファクトよこれ」


 魔道具は魔力を含んだ魔石を動力に様々な機能を持たせたものね。魔道具には二種類あって、古代エルフの遺跡などから見つかるアーティファクトと、現代の職人の手によって作られたマジックアイテムがあるわ。

 アーティファクトは古代エルフと呼ばれる今はもういない種族が作った物だと言われているわ。マジックアイテムを凌駕するような性能のものばかりで、現代では再現不能と呼ばれている物ばかりね。今まで多くの魔道具職人がアーティファクト超えを目指して敗れていったなんて話は珍しくないわ。

 特にマルケルス作のアーティファクトは凄い性能の物が多いということで人気が凄いのよね。ある国何て国宝級の魔道具を調べてみたら全てマルケルス作だったなんて話もあったとか。


 魔道具は一般的に使われている物で生活に関わるものが多いわね。よくある物は明かりの魔道具や火をつける魔道具とかね。

 一応、珍しいものになると魔石の魔力を引き出して装着者の魔力の最大値を上げるなんてものもあったわね。レイグレイシア王国の宮廷魔術師は王の許可が無い限り自分を強化する魔道具を付けることは許されていないからそんなものを使う機会が滅多にないのよね。おかげで見たことは無かったわ……まぁ、無くても私の国内最強は揺るがなかったけれど。


「アーティファクトか……そんなものを平然とくれるやつじゃったな。自分で作ったから気にするなと笑っておったわ」


「……自分で作ったは冗談としても、こんなものを作れるなんて相当の腕前ね」


 もしそれが本当なら古代エルフになるじゃない。さすがに冗談だと分かるわよ。実際バンホルト様は面白そうに笑っているじゃない。


「えへへー、あたしとバンホルトの共通の友人なんだぞー。凄いだろー! 彼はいつも美味しい蜂蜜酒をくれるんだよねー」


「私も飲んでみたいわね、その蜂蜜酒。その友人のおかげで私は助けられたということですわねバンホルト様」


「ふむ、そうとも言えるかもしれんな。まぁ、出会うことは無いじゃろうが、もし出会ったら気を付けるといい。あやつはかなりの女好きじゃからな」


 出会わないことを祈っておくわ。女好きなんて面倒なタイプじゃないの。そんな話をしているとタニアが材料を適当に入れて混ぜようとするので慌てて止める羽目になったわ。


 焦る心はどうしようもないけれど、それでも一歩ずつ今は進んで行くしかないと自分に言い聞かせながら私はタニアと粉塗れになりながら気が付けば楽しみながら作っていたわ。






 また夢を見ているようね。


 私とユリウスは乗馬服を着ていて王都近くの丘まで遠乗りに来ているようね。


 ああ、忘れようもない記憶だわ……。


 この乗馬服は私が森に跳ばされた時のものと全く同じだもの。これはジンバルトがクーデターを起こした時の夢ね。


「いい風が吹いているねアリス。こうして遠乗りをするのも久しぶりだしね」


 優しく吹いてくる風を受けて目を細めるユリウスはそう言って優しく笑う。


「あんまりにも機会が無いからこの仔が拗ねて大変だったのよ?」


 私はそう言って愛馬であるキャロットのたてがみを撫でる。しっかりと手入れされているたてがみは指をすり抜けて気持ち良かったわ。


「ははは、ごめんね。本当は私も愛馬であるノワールを連れて来たかったのだけれど、もうすぐ出産だからね。流石に無理だったよ」


 ユリウスの愛馬は黒い雌馬で持久力と足の速さに優れた優秀な馬ね。対する私の愛馬はオレンジに近い毛色の馬で、持久力は凄いのだけれど足はそこそこね。


「公務が増えてなかなか時間が取れないからね。本当は前みたいにしょっちゅう遠乗りに行けたらいんだけれど」


「あら、そんなことをしていたらギュスターヴ様達が大変よ? ユリウスはすぐに早駆けしたがるんだから」


「殿下、勘弁してください。殿下の乗馬の腕についていくのはなかなか辛いものがあります」


 私の言葉に護衛騎士であるギュスターヴ様が渋い顔でそう苦言を漏らす。


「はは、すまないね。僕についてこれるのがアリスしかいないからつい、二人っきりになりたいときは飛ばしてしまうんだ。今後はちゃんと気を付けると約束するよ」


「そうしてください。しかし、毎回思うのですがアリスティア様の乗馬の腕前は見事ですね。我々騎士ですら付いて行くのがやっとの殿下にやすやすと付いて行けるのですから」


「あははは、お褒めに預かり光栄ですわ」


 言えるわけがないのよね。実は風の魔術で支援しながら走っているだなんて。あくまでも魔術の腕が凄いだけであって、私自身の乗馬の腕なんて平均より少し上くらいだわ。

 そんなことを正直に言っても意味が無いから黙っておくのだけれど。


「さて、そろそろ戻ろうかアリス。遅くなると侯爵に叱られてしまう……本当はもっとゆっくりしたいんだけれどね、なかなか暇がないね」


 ユリウスが残念そうに笑う。ユリウスが忙しいのは何も公務だけが原因じゃないわ。

 ユリウスのお父さまである陛下は国内の衛生環境の改善や魔道具の一般的な普及といった実績を持つ賢王として周辺国に知られているのだけれど、王弟であるジンバルト様はあまり好ましい方ではないのよね。


 華美な物を好み、女性関係もだらしがなく浪費癖もあるようね。それでも公務だけはさせて王族としての責任は果たさせようと、陛下が気を回してくださっているのにあまり真面目に公務を果たされようとしない有様。

 そうして発生するトラブルの後始末に翻弄されているのがユリウスなのよね。陛下は凄い方だけれども、弟が可愛いのかジンバルト様を見捨てることが出来ずに甘いのよね。そこが玉に瑕というかなんというか。


 私ももっとユリウスと一緒にいたいけれども、あまりわがままを言うべきではないわね。まだ陽は高いけれど、ゆっくり帰ればそれなりにいい時間にはなりそうだし、その時間を楽しむことにしようかしら。


 私が同意して帰ろうとした時、王都の方からものすごい勢いでこちらへ駆けてくる騎士が見えた。

 あまりにも尋常でないその様子に護衛の騎士達に緊張が走り、それぞれが警戒態勢に入る。駆けてきた騎士はその様子に気付いたのか少し離れた場所で馬を降りると大きな声でこう告げた。


「王弟ジンバルトが王城を占拠! 陛下を含む王族は拘束されてしまい、王都は封鎖されました! 簒奪です!」


「……嘘」


 王弟ジンバルトの簒奪という報せに驚きのあまり言葉が出なかったわ。まさかそこまでのことをするなんて!


「無事な王族はユリウス様だけです! 急いでお逃げください!」


「叔父上が簒奪だと……」


 流石にユリウスも言葉が出ないようでしばし茫然としていたけれど、すぐに気を取り直してギュスターヴ様に告げた。


「ギュスターヴ、そなたはユーステリア公爵家の出身だったな。今から領地まで逃げ込むことは出来そうか?」


「かなりの強行軍になりますが可能です。二日ほどほぼ休まずに行くことになりますが」


「構わない、全員出発だ! これよりユーステリア公爵領へと向かう!」


 ユリウスの指示に素早く護衛の騎士達が準備を始める。ここでユリウスが捕まればすべて終わりだわ。何としてもユリウスは逃がさないといけない。


「アリス、すまないが君も来てくれるか? こんな状況だ。宮廷魔術師の君の力が必要だ」


「もちろんよ、ユリウス。私はどんな時もあなたと共に行くわ」


 私はそう言ってユリウスに微笑みかけた。愛する人に助けを求められたら力になりたいと思うもの。


 それから急いで出発したのだけれど、途中で護衛の騎士達が追手を誤魔化すためにユリウスと服を交換したり、あえてバラバラに逃げたりして時間を稼いでくれることとなり、残ったのはギュスターヴ様と私だけになったわ。


 馬が疲れてきたら癒しの魔術をかけたりしながら何とか無理をさせていたけれど、途中ユリウスの馬が限界を超えて倒れてしまったわ。

 いつもの愛馬ノワールならばまだ大丈夫だったのでしょうけれど、代わりの馬では限界だったようね。


 可哀そうに無理をさせ過ぎてしまったみたいで、動けそうになかったのでユリウスはギュスターヴ様の馬に乗ることになったわ。


「すまない、ギュスターヴ」


「問題ありません殿下。今は一刻も早く安全な場所まで逃げることです」


 そうして私達は駆けていく。ユーステリア公爵領を目指して。


 そんな私達の目の前にはロステリア渓谷が見えていたわ。


 私が追手を撃退した後ユリウスは無事だったのかしら?


 簒奪はどうなったのかしら?


 早く逢いたい……夢で逢えるだけじゃ辛すぎるわ……ユリウス。

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よろしくお願いいたしますm(__)m

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