6:貰った名前
タニアが言い出した眼が私が探していた千眼の魔女の伝説の魔術のことなら何がなんでも聞き出さないといけないわ!
私は平静を装いながらタニアに聞いてみる。タニアをびっくりさせて話が聞けなくなったりしたら目も当てられないものね。
「タニア、眼ってどういうことかしら?」
「うーん、昔あたしはセレスティアと一緒に旅をしていたんだけれど、その時セレスティアが使っていた魔術の名前なんだよねー。見た目は魔力の玉みたいな感じかな? 確かセレスティアが言っていたのは眼は自由自在に動かせるし、眼の見ている光景も見えるんだってー。あと自分の実力より一段下の魔術なら眼が発動できるって言っていたよー。セレスティアの切り札だって言ってたー」
私の質問に答えてくれたタニアの言うことは何と言うか……滅茶苦茶だったわ。そんな強力な魔術が存在するわけがないと言いたいのだけれど、もしこれが本当ならばご先祖の千眼の魔女が一人で大魔術を発動させた方法の説明がつくわ。
一人で発動させたのではなく、眼に魔術を発動させて足りない人数分を埋めたということになるわね。もっとも千眼の魔女という二つ名が本当ならば千の眼が使えたということになるのだけれど、さすがにそれは誇張よね。
「我が家にもその伝説は伝わっていたのだけれど、詳細は不明なの。タニアは何か覚えていないかしら?」
「……あんまり覚えてない!! エヘン!」
「……そう、ならしょうがないわね。ありがとう、タニア」
手掛かりは無しね。もし眼が使えるようになれればこの森を抜ける強力な武器になるかも入れないと思ったのだけれど、現実は甘くないわね。
「でもね、昔セレスティアが言ってたよー。眼は使えて当たり前だったってー」
……それ出来る人の感想だわ。まぁ、ヒントになっていない気はするけれどお礼は言っておこうかしらね。私がタニアにお礼を言うとタニアはいいってことよーと元気に笑ってくれたわ。
「さて、それでは明日から訓練を始めるとしようかの。お嬢さん、いやアリスティアは今日はもう休んだ方が良い。随分疲れておるじゃろう?」
バンホルト様にそう言われて気が付いたけれど、そういえば大分クタクタだったわね。いろいろあって忘れていたけれど。思い出したら疲れがドッと押し寄せてきたわ。お腹もいっぱいになって上瞼と下瞼がいちゃつかせろと言って仕方がないわ。
そのまま私はバンホルト様が用意してくれた毛布に身を包みながら眠りに落ちていった。
夢を見ている。
私の後には十三歳くらいの頃のユリウスが立っていて、私が魔術を使うのを見学しているわ。これは……そう、私がユリウスから聖炎の魔女の称号を貰った日の夢だわ。
レイグレイシア王国は文武両道を良しとするけれど、それでも武の方に比重が傾いている傾向の強い国だわ。
王族も剣が使えるのなら剣を、魔術が得意なら魔術を伸ばすように教育される。それは貴族だって例外じゃないわ。事実、ユリウスの母親である王妃様だって宮廷魔術師だったこともあるのだから。
そんな実力主義の面があるレイグレイシア王国の中でも特にその傾向が強いのが宮廷魔術師ね。国内の上位十人の魔術師だけがなれる選ばれし存在。
そんな宮廷魔術師になるためには年に一回の試験で勝ち残り、現役の宮廷魔術師に勝つこと。負けた宮廷魔術師はその地位を譲り新たな宮廷魔術師が誕生する。従ってコネや賄賂など意味を持たず、必要とされるのは己が実力だけ。
その実力主義の極端な例として、宮廷魔術師は魔道具の所持が戦時中以外は認められていないことね。魔道具には魔力を増加する物や魔術の威力を底上げする物などがあるわ。
でも、宮廷魔術師に認められているのは杖のみ。そのような小細工無しで他者を圧倒するのが宮廷魔術師に求められている力なのよね。
もっとも他者に対して攻撃的だったり、横暴に振る舞う者は資格なしとされるから分かりやすい悪人はいないわね。罪を犯せば当然罰せられるわ。
だから宮廷魔術師は実力と最低限の常識を持ち合わせているけれど、変わった人が多いのよね。ちなみに筆頭宮廷魔術師に求められるのは力よりもそんな変わり者を束ねる統率力やコミュニケーション能力が大事なんだとか。
この頃の私はまだ宮廷魔術師なるための修行中でいろいろ未熟だったころね。魔力が多いせいか、魔術の狙いが甘い所があってそれを治すためにひたすら的を狙って魔術を撃っていたわね。
「炎の矢」
炎が矢のように姿を変えながら的に向かって飛んでいく。
しかし、炎は的をかすめた後空しくも的の背後の土壁に突き刺さり消えていく。
「また外れたわ。どうして上手くいかないのかしら?」
他の横目はほとんど合格を貰えているのに、どうしてもコントロールだけが上手くいかなかったわね。
「アリスは魔力が大きいからかな? あまり使わないように抑えているんだっけ?」
「ええ、そうなの。でも正直それが窮屈だわ」
あの頃の私は特に思いっきり力を込めて使ってみたいと思っていたわね。いくらそういう訓練だと分かっていてはいても窮屈なものは窮屈だったのだから。
そんな私の不満を察したのか、ユリウスが私の耳元までやってきてささやき始めたのよね。
「だったら一回だけ全力で撃ってみたら? 僕みたいかも、アリスの本気の炎」
ユリウスの優しくて甘い声が私の耳を犯していって一気に顔に血が昇ったのが分かったわ。恥ずかしいけれど耳元でささやかれるのも嬉しくて何とも言えないもどかしさがあったわね。
「い、一回だけよ。本当はダメなんだけれど特別にユリウスだけに見せてあげるわ」
恥ずかしさを振り払うように的に向かって本気で術式を構築していく。魔力に意思を伝え言葉に変えて紡ぎあげる。使う魔力だっていつもより多く込めてあげるわ!
「炎の矢!!」
制御できるギリギリまで魔力を込められた炎の矢は、先程の一撃とは比べ物にならないくらいの勢いで飛んでいく。
そう言えば護衛の騎士達が驚いていたわね。まぁ、事前に教えていないから反応できないのも無理もないわね。唯一反応出来ていたのはギュスターヴ様だけだったわ……というか何で反応できるの?
炎の矢は時折青い炎を纏いながらそのまま的を貫通して後ろの土壁に突き刺さる。そこでようやく止まったと思えばそのまま土壁を溶かしながら半分ほど穿ってようやく消える。
夢だけど、今こうして見て見ると随分と危ないことをしたのね私達。
私はこの時茫然としていた記憶があるし、ユリウスもポカーンと口を開けているわ。
「何をなされておいでですか!!」
とそこへ怖い顔をした護衛騎士のギュスターヴ様が怒りのオーラを纏いながらやってくる。
「マズい! アリス逃げるよ!」
そう言ってユリウスが私の手を取って走り出す。いたずらもやりなれているおかげで逃げる際のルートは頭に入っている二人だったから、迷うことは無かったわ。
二人で狭い道を走り抜ける。この道ならそう簡単には捕まらないわね。見つからない場所まで逃げ込むとユリウスが目を輝かせながら私に抱き着いてきた。
「凄いよ、アリス! あんな凄い魔術が使えるだなんてビックリしたよ!」
「でも、もう一回やれって言われても自信ないわよ?」
「出来るさ! アリスなら出来る! そうだ! きっとアリスは二つ名が出来るくらい凄い魔術師になるよ。だからそうなる前に僕から名前を贈らせてもらってもいいかな?」
そう言ってユリウスは私の目を覗き込みながら耳元でささやいてきた。
「他の誰かの付けた名前を名乗るアリスなんて見たくないからさ」
それだけで許容量を超えた私は力が抜けてユリウスに支えられる形になってしまう。それくらい嬉しくて恥ずかしかったのだからしょうがないと思う。
「そ、それでどんな名前にするのかしら?」
「決まっているさ! さっきの魔法を見て考え付いたんだ。聖炎の魔女さ!……理由は」
ユリウスの声が遠くなっていく。だんだんと覚醒していく意識の中で最後に見たのは楽しそうに笑うユリウスだったわ。
バンホルト様の家で暮らし始めてから早くも半年が過ぎたわ。最初は不安だった森の生活も慣れてくればどうということは無かったわ。
心配だった魔物の襲撃も無かったのよね。気になって聞いてみたら、家の周囲に咲いている黒いバラには強力な魔物避けの効果があるらしく、そのおかげでこの家の周りは安全地帯になっているのだとか。
バンホルト様の指導の下壊れてしまった器を治すつもりでひたすら魔力の制御と術式の構築の修行を繰り返す。魔力の器は一度壊れてしまえば一生治らなくてもおかしくはないのだそうけれど、そこはひたすらに気合と根性で治るまで続けるしかないと言われたわ。
自分の魔力を一滴レベルで意識して操りながら、ほんのわずかな狂いすらも許されない正確な術式を構築するのを常に行い続ける。そして魔力の器を治すために霊薬を飲み続ける。この霊薬が口がバカになるほど苦くて渋いのだからやっていられないわね。ただひたすらこれを繰り返す地道な訓練……正直辛いわ。
心が何度も折れそうになったけれども、ユリウスと家族のことを考えて自分を奮い立たせたし、バンホルト様とタニアもくじけそうになったら何度も励ましてくれたわね……タニアは少しうるさいけれど。
「それでバンホルト様は具体的にどんな魔術を使いたいのですか?」
私のここでの生活が落ち着いた頃、バンホルト様の方の訓練も始めることになったわ。
バンホルト様に魔力の節約を教えるのだけれど、そもそもどんな魔術を使いたいかが分からないとゴールが見えてこない。使いたい魔術によってはいくら節約したところで難しい場合もあるのだから。
「目標は三小節以上の魔術かのう。何しろわしの魔力は知っての通りじゃし。それに魔術適正は風と闇系統しかないからのう。選択肢はそもそもそう多くは無いのじゃよ」
「……なるほど、それは無いですね」
「ねーねー、魔術適正って何だっけ?」
私とバンホルト様の会話に興味を持ったのかタニアが両手に抱えた飴を舐めながら聞いてきた。と言うかあなた、千眼の魔女と一緒にいたんでしょう? 知っているんじゃないの?
「精霊の魔術と人の魔術は違うから知らないよー。と言うより、覚えていない!」
「……まぁ、いいわ。魔術適正と言うのはどの属性の魔術が得意か不得意かを示すものよ。例えば私は苦手な属性は無いけれど、中でも特に炎が得意だわ。得意な属性は魔力の消費も少なりやすく、威力も上がりやすいの。苦手な属性はぞの逆ね。ちなみに普通の魔術師は使える属性は三つくらいかしら。多くて五つね」
「つまりバンホルトは風と闇なら使えるんだー? と言うかアリスティアって全部行けるんでしょう? ズルくないー?」
「わしから見てもズルいと言いたいわい。まぁしかし、適正に関してはそういうことじゃな。身を隠す系統の魔術は闇の属性になっておるから得意なのやもしれんしのう」
生まれた時から持っている特性なのだからそう言われても困るわよ。
と言うわけでバンホルト様がこれから目指すのは風か闇の魔術での三小節になるわね。それだったら何とかなるかもしれないわね。私の魔力節約術を活かせば不可能ではないはずよ。
「と言うかさー、魔力を増やす方法って無いのー?」
タニアが飴をガジガジかじりながら聞いてくる。魔力を増やす方法ねぇ、あることはあるわね。私はタニアの髪についた飴を取ってやりながら説明することにしたわ。
「魔道具と呼ばれる道具を使えば増やせるわよ。もっとも付けている間しか増やせないし、壊れたら無くなるけれど。魔力の器の貯め込む方を増やすような方法ね」
「ふーん。何で使わないの? 便利じゃんー」
「そうそう手に入るものじゃないからじゃな。作るには結構な金がかかるし、貴重な材料も必要じゃ。それにそんなものが必要な魔術を使おうとすること自体が自分の実力以上の魔術に手を出そうとしておる証拠じゃ。極めた魔術師が使うならともかく、修行中の身で使うものじゃないわい」
「じゃあ強くなるには修行しかないんだねー。そう言えばセレスティアも修行していたなぁー」
「一応、有るには有るのじゃがわしは絶対に使うなと言っておく」
「バンホルト様、それはもしかして魔薬ですか?」
「うむ、あの忌まわしい薬じゃな」
「魔薬? あたしお薬嫌いだなぁー」
魔薬……それは使用者に強大な魔力を与える薬と言われているわ。使用者はそれまでとは別人のように豊富な魔力と絶大な威力の魔術を用いることが出来るのだとか。もっともデメリットも存在していて、使い続ければやがて死に至るのだとか。
私がそう呟くとバンホルト様が重々しく頷いた。
「それで合っておるよ。しかし、実はもう一つリスクがある。魔薬は魔力の器を少しずつ破壊していくのじゃよ。回復するための受け口を広げ、注ぎ口を破壊して広げていく。そんなことをしていればいずれ器自体が壊れてしまう。そうなれば魔術など何一つ使えなくなるというのに」
「……それ良く制御できますね。私がこんなにも苦労しているというのに。訓練は始めていますけれど、未だに着火の魔術すらも使えないのに!」
「……制御など出来ておらんよ。正確には感覚が麻痺しておるだけじゃ。アリスティアが魔力の制御が難しくなっておるのは、それ以上無理をすれば命を削るというのを体が理解しているから無理をさせないだけじゃ。しかし、魔薬使用者はその感覚が麻痺するから命を削りながら制御しているにすぎん」
使うつもりは一切無いから関係ないのだけれど、あまり気持ちのいい話じゃないわね。さて、いい加減話を切り替えましょうかしら。
「さて、そろそろ始めるますよ。タニアも体洗ってきたら? 全身ベタベタよ?」
「おっと! そうだねー。行ってきまーす」
元気よく飛んでいくタニアを見送ると私はバンホルト様に向き合う。
「それじゃ、ビシバシ行きますよ」
「お手柔らかにな、わし年寄りじゃからな」
そこら辺のお年寄りより元気なくせによく言いますわね。
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