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それは私のよ!  作者: 月魅
黒き森の隠者編
5/24

5:魔力とは筋肉である

 バンホルト様に連れられて来たのは森の奥に当たる場所だったわ。黒い森と呼ばれるだけあって森全体が暗いのだけれど、バンホルト様の家のある場所は光が差す明るい場所ね。花が咲いていて美しい蝶が蜜を求めて自由に踊っているのを見ると、張りつめていた神経がようやく落ち着いた気がするわ。

 それにしてもこの家の周囲を囲むように黒いバラが咲き誇っているけれど、バンホルト様が植えたのかしら?


 バンホルト様の家はこじんまりとしていて可愛らしいお家だわ。木造で壁には蔦が絡まっているのが雰囲気あるわね。昔話に出てくる魔術師の隠れ家はこんな感じだったかしら。ただ、よく襲われないわねこんな危険な森で暮らしていて。


「さ、入るといい。お腹が空いているじゃろう?」


「飯ー肉ー、いや! ここはお菓子だー!!」


 バンホルト様が開けたドアを真っ先に精霊の少女が駆け込んで行く。まったく、元気が良いというか調子が良いというか。

 家の中はお世辞にも片付いていると言えないわね。バンホルト様が適当に片付けて座るところを用意してくれたわ。


「すまんね。大したものが無くて。わしはバンホルトじゃ、お嬢さんは?」


「アリスティア・バルヴィエストと申します。あ、すみません。御馳走になります」


 そう言って出してくれたスープはとても美味しかったわ。野菜が入っているのだけれど、どこで手に入れたのかしら?……こんな森の中なのに。


「野菜あるんですね。もしかしてご自分で?」


「あたし! あたしー!!」


 私がバンホルト様に尋ねるとクッキーをかじりながら精霊の少女が飛んできた。両手でクッキーを持ちながら幸せそうにかじりついている。それにしてもクッキーまであるなんてここはどうなっているの?


「タニア、クッキーはテーブルの上で食べないか。カスが落ちてしまうじゃろ」


「ごめーん。それでね、ここに野菜があるのはあたしの力だよー」


 注意を素直に聞いてテーブルの上でクッキーをかじり始めた精霊の少女がそう言う。それにしても彼女はタニアという名前なのね。


「彼女はタニア。食べ物の精霊じゃよ。食べ物ならば何でも呼び寄せることが出来るおかげでここの食糧事情は豊かなわけじゃな」


「……精霊って炎とか水とかそういうものを司っていると思っていました」


 というよりも、食べ物の精霊ってざっくりしていないかしら? それにしても便利な力ね。それがあればどこでも生きていくことは出来るわね。

 タニアは薄い緑髪をクッキーと一緒に食べてしまってうえーとか言ってるし、見た目だけではそんなに凄い存在には見えないのが玉に瑕ね。あと可愛いのに言動がいろいろ残念だわ。


「いろいろなものに関わるのが精霊だからねー。ちなみにあたしはこれでも上位精霊だからねー」


「上位精霊?」


 精霊に階級とかあるのかしら? 私の疑問を余所にタニアはクッキーを食べ終わると私の前へと飛んできて自慢げに語り始めた。


「精霊は上位と下位があって、下位はそれこそいろいろなものを司っているんだー。例えばジャガイモの精霊とか玉ねぎの精霊とかー。それらを統括しているのが食べ物の精霊であるあたしなのだー」


「上位精霊のみが人の形を取ることが出来るのじゃよ。もっとも、精霊は基本的に人の前には姿を見せることは無いから知られてはいないがね」


 バンホルト様の説明に鼻を膨らませながら自慢そうに胸を張るタニア。なんだかその様子が可愛くて微笑ましくなってしまうわね。


「あたしはバンホルトが美味しい物くれたからここにいるのー。自分で呼び出したご飯も美味しいけれど、やっぱり自分で作ったり、取ってきたりしたものが好きなんだー。あと貰ったのも好きー」


「呼び出すのにはやはり魔力を使うのでしょうか?」


「魔力を使って取り寄せるけれど、精霊の世界から取り出しているから人の物を盗んだりはしていないよー」


 それからいろいろ聞いてみたのだけれど、精霊は基本的に善良で人に危害を積極的に加える者は少ないらしい。基本的にとつけたのはあくまでも例外はいるわけで。


「さて、どうしてお嬢さんはこんな森にいるのかね? よろしければ教えてくれんかね?」


 バンホルト様が話が落ちついたところを見計らって尋ねてきたわ。


「実は……」


 隠していてもしょうがない事なので、今までの話を簡潔に話しておこうかしら。私が全てを話し終えるとバンホルト様は頷いた後、頑張ったと認めてくれたわ。


「……ふむ、そういうことならば一刻も早く婚約者や家族の下へ帰してやりたいのじゃが……」


「なんでー? 帰ればいいじゃんー」


 タニアはマシュマロに顔をうずめながら話しているせいでくぐもって聞こえてくる。


「あのう、何か理由があるのでしょうか? 先程の対処といいかなり高名な魔術師だとお見受けしたのですが……それでも難しい事情でもあるのでしょうか?」


「わしかい?……ふむ、ちょっとこれを見てくれんか?……光の球(ルーチェ・パラ)


 バンホルト様の手の平に小さな光の球が現れる。一見して何の変哲もない普通の光の球なのだけれど、その術式の精巧さと魔力の制御は恐るべき精度を誇っていた。

 普通、魔力を魔術に変換する際に必要とされる魔力が十としたら、その内の半分くらいは上手く変換できないもので無駄に消えてしまうわ。その無駄に消えてしまう分をいかに減らせるかが、魔力の制御と術式の構築の妙であるわけで。実際、こうなる前の私ですら十の内七しか有効に使えていなかったもの。


 でもバンホルト様の魔力の制御も術式の構築も全てが信じられないレベルだったわ。十の魔力の内十全てが魔術へと変換されているのだもの。ここまでの実力者にお目にかかったのは初めてだわ。それにしてもどうやって魔力を隠していらっしゃるのかしら?


 私が疑問に思っていると光の球はすっと消えてしまう。ああ!! あれだけ見事な術式なんて滅多にみられるものじゃないのに!!


「ふぅ、やはりわしじゃここが限界じゃな」


「素晴らしいわ! なんて精巧で繊細な術式なのかしら!? これはどうやってここまで精密に制御していらっしゃるのですか!? 私初めて見ましたわ!!」


 つい興奮して詰め寄ってしまったけれど止まれないのだからしょうがない。特に今の私にとっては必要な技術だわ!


「少しは落ち着かんかい、お嬢さんや。確かにわしは魔力の扱いと術式の構築には自信はあるが言いたかったのはそこではない。やけに早く光の玉が消えたと思わんか?」


 言われてみれば早かったですけれど、あれはバンホルト様が消されたのでは? 私が首を傾げるとバンホルト様は苦笑しながらよく見るように言ってくる。いったい何を見ろというのでしょうか? 相変わらず魔力は隠されたままですし、いったいどうやって隠しているのか見当もつかないわね。いっそ魔力が少ないと言われた方がまだ納得できる気がする……わ……まさか、もしかして?


「気が付いたようじゃな。そう、わしは魔力の容量がとても低い。一般的な魔術師の魔力容量が二十とすればわしは甘く見て五じゃな。しかも得意とする魔術は身を隠す系統のものしか無いという有様じゃよ。光の玉なんぞわしの苦手とする魔術じゃ」


 そういうことだったのね。バンホルト様がこの森で生きていけるのは見つかっていないだけで、戦う力があるわけじゃないということね。あまりにも危険な綱渡りだわ。

 思わず天を仰いでしまう。ほとんど自殺に近い行動だけれど、あの魔力の制御と術式の構築を見れば決して不可能とは言い切れないわ。


「よって、わしではこの森を抜けるまで魔術を使うことは出来んし、魔物を蹴散らすことなぞ無理じゃ。それにお嬢さんにはもっと根本的な問題があるようじゃしな」


「……根本的な問題ですか?」


「うむ、魔力の器が壊れておるようじゃからな」


 器が壊れている? 確かに魔力の説明にはよくティーポットが例えに用いられるけれど、あれはあくまでも例えでは?


「もちろん例えでしかないのじゃが、知っての通り魔力に関してはティーポットで例えられる。水を入れる口と受け入れられる容量、それに注ぎ口じゃ。ところで魔術を限界を超えて行使した場合この魔力の器としか言えないティーポットが壊れることがある。水を入れる口が壊れてしまい入れられなくなった者や、器自体が壊れてしまい魔力を溜めることが出来なくなった者、そして注ぎ口が壊れて魔力を使用する際に制御が出来なくなった者じゃな。」


 注ぎ口が壊れて……魔力の制御が出来なくなる。まさか……今の私の症状は……。血の気が引いて行く音がする。魔力の器が壊れてしまうなど聞いたことが無いわ。でもそれがもし、本当ならば私は……。


「お嬢さんの場合はなまじ実力があったばかりに魔力の制御が出来なくても魔術として成立してしまっている分厄介じゃろうて。その症状に陥った者は魔術の術式に必要以上に魔力を注ぐようになってしまい、魔術として成立しなくなるものじゃからな。もちろん、成立しているからと言ってそれが使い物になるかは別問題じゃがな」


「治療法は……あるのですか?」


「……わしが長年研究してきた結果、注ぎ口が壊れた場合のみ何とかする方法はある。じゃがしかし、かなり厳しい訓練が必要になるじゃろう。そもそもこの症状は魔力切れを起こした者が限界の更に限界を超えた場合に起こると考えられるからの」


「魔力切れって何? 精霊にはそんなの無いから分からないんだけどー?」


 黙って聞いていたタニアがそう言いながらバンホルト様の肩に止まって聞いてくる。まぁ、黙っていた理由はリンゴにかじりついていたからなのだけれど。もう食べ終わったのかしら?


「魔力切れは器の中の魔力が空になった状態よ」


 私がそう答えるとバンホルト様が首を振ってそれは違うと言ってきた。え? 違うのですか? 今までその説が通説でしたけれど……もしかして新事実でも発見されたのでしょうか!?


「その説は昔から言われておるがそれだと魔力を使い果たしてもさらに絞り出せる現象に説明がつかんじゃろう?」


「それは魔力が回復した分を使っていると言われていますが……」


「魔力の回復量が少ない者でも起きる現象なのだから矛盾が生じるじゃろう? だからわしはこう考えた。魔力切れとは筋肉疲労じゃと」


 ……バンホルト様がおかしくなられたようですわね。どこからどうしたらそんな結論になるのかしら?

 私がジトっとした目で見るとバンホルト様は慌てて話を聞かんかと言ってきた。


「いいか、魔力に関する話はティーポットで例えられることが多いじゃろう? 今回も同じ理屈じゃ。ティーポットの中に溜まっている水をカップに注ぐにはティーポットを持ち上げることが必要になるじゃろう? それを何十回何百回繰り返せばいずれ疲れ果てる。その疲れこそが魔力切れの正体じゃ」


「つまり、もう持ち上げられなくなったから魔力を注ぐことが出来ないと。逆に言えばそこで疲労を無視して根性で持ち上げたのが限界の限界のその先ということでしょうか?」


「そういうことじゃな。もちろん、その際に器にもダメージが入っていると考えれば壊れる原因としてもおかしくはないじゃろう」


 これって実は凄い発見を話している気がするのは気のせいかしら……いいえ、気のせいじゃないわね。だってこの理論なら今までの魔力切れの矛盾も全て解決するもの。信じられない! これは世紀の大発見だわ! 


「この事実を世間には公表は?」


「いや、わしにそのつもりはないよ。この森に来たのものうるさい人間どもから逃れたくて来たのじゃからな」


 バンホルト様はそう言って静かに首を振る。その表情は疲れ切っていて本当にいろいろあったことがうかがえるわね。それにしても随分豪快な場所に逃げた気がするのだけれど、確かにここなら余計な人たちに煩わされることは無いわね。

 そういうことならこのことは公表しない方が良いのかしらね。


「まぁ、そういうわけでわしがお嬢さんに教えることは出来るから後はお嬢さん次第じゃな。元の実力を取り戻さんと帰ることも出来んのじゃからな」


「……元の実力だと途中でこの森の魔物に殺される可能性が高いので何か強くなれそうな方法は無いでしょうか?」


 以前の実力でもこの森での私の立ち位置はご飯扱いであることに変わりはないわ。


「わしはそこら辺はさっぱりじゃからなぁ。むしろお嬢さん達のような魔術使えたらと思って制御や術式にこれまでの人生を注いできたと言っても過言では無い」


 バンホルト様は魔力が少ないことがネックだから難しいわね。でも自分のやりたいことのために人生を捧げてまで求めるのは理解できなくはないわね。そんな話を聞いてしまえばタダで教わるわけにはいかないわね。私の魔力節約術を教えてみようかしら。そうしたら少しはマシになるかもしれないわね。


「もし、よろしければ私の技術をお教えしましょうか? 魔術の発動に必要な魔力の量を減らすことが出来る技術なのですが……」


「なんと!? それは本当か!? ぜひ、ぜひ教えてくれんか!」


 興奮したバンホルト様が身を乗り出してくるのをなだめながら私は制御の技術の交換条件として魔力節約の技術を教えることになったわ。


 そんな話をしているとタニアは私の杖に興味を持ったのか杖の周囲をしきりに飛び回っている。


「何か気になることでもあったのかしら?」


「うーん、これって蒼穹の翼杖だよね?ー」


「知っているの!? タニア!?」


 一族のものでも本家であるバルヴィエスト侯爵家の人間しか知らないのにどうして?


「これを持っているってことはセレスティアの子孫かな?ー」


「セレスティア? もしかして千眼の魔女のこと?」


 タニアはうんとうなずく。どうやらタニアは千眼の魔女のことを直接知っているような口ぶりね。私が直接尋ねようとした時、タニアは私の前まで飛んでくると心底不思議そうに首を傾げながらこう言ってきた。


「黒い森の魔物が手強いなら(オーキオ)を使えば楽じゃないの?ー」


 ちょっと待ってタニア、(オーキオ)ってあの大魔術伝説解読の鍵のことかしら?

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よろしくお願いいたします。



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