9:決着
そろそろ終わります。
「私が聖炎の魔女なのよぉぉぉぉぉ!! 炎の鞭!!」
ジュスティーヌが叫びながら炎の鞭を叩きつけようとしてくる。でもその一撃は私に触れること無く青い炎に焼かれて消えていく。
ジュスティーヌがどれだけ魔術を放っても私が青い炎で薙ぎ払えば全て焼き尽くされていくわ。
「無駄よ、ジュスティーヌ。あなたの実力ではもう私には届かないわ」
「まだよ! まだ私は負けてない!」
四小節以上の魔術を詠唱しようとし始めたので一気に接近して無防備な腹を蹴り飛ばす。そのまま吹き飛んだジュスティーヌに杖を突き付ける。
「無駄よ、ジュスティーヌ。詠唱が必要な魔術を使う隙があると思っているのかしら?」
「魔術師が接近戦など……」
「接近されたら何も出来ない魔術師に問題があるわ。それに今のあなたは余分な物を色々着けているようね」
ジュスティーヌのドレスから飾りを奪い取る。
これは……魔力を増幅する魔道具……やっぱり使っていたのね。
魔力を増幅する魔道具なら無理矢理干渉すれば!
ジュスティーヌへ純粋な魔力を叩きつける。すると魔力に干渉された魔道具が火花を散らしながら次々と爆発していく。
「あ、ああ……ああ」
「宮廷魔術師は王の許可無しに魔道具の使用は認められていないわジュスティーヌ。それとあなた……魔薬も使ったわね」
「どうしてそれを!!」
私の問いに目を見開いて驚くジュスティーヌ。
分かるわよ、それしか考えられないもの。試合中にあれだけ急に魔力が上昇するなんて有り得ないわ。それこそ禁じられた魔薬でも使わない限り。
「魔、魔薬だと!? 馬鹿なそんなものを使っていただと!?」
「お父様、ご存じの通り魔力は簡単には上がりませんわ。それこそ魔薬でも使わない限り」
私の言葉にお父様は驚きのあまり身を乗り出したままで固まっている。それはそうでしょうね、魔薬が国内に入らないように血道をあげていたのはお父様なのだから。
「我が娘への根拠なき言いがかりは止めてもらえませんか? アリスティア殿。そう言う話ならばあなたこそ魔薬を使っているのではないですか?」
私がジュスティーヌを問い詰めようとした時、バルバンティア公爵が観戦席から声をかけてきた。
その目は怒りを隠せていなかったけれど、声はあくまでも冷静だったわ。
「四年も行方不明だった者が昔とは比べ物にならない力を身に着けて帰って来た。話だけ聞けば英雄譚ですが、アリスティア殿がおっしゃったように魔力とはそう簡単に伸びるものではありません。ならば答えは明白でしょう」
「私はそれなりに地獄を見てきたわ。この魔力はクーデターの際に限界を超えて魔術を行使した結果得たものよ。もっともそのせいで黒い森に跳ばされてしまったし、四年も帰ることが出来なかったのだけれども」
「それが真実だと誰が証明できますか?」
先ほどまではどこか余裕のなかったバルバンティア公爵だけれども持ち直したようね。それにしても証明……ね。
「さすがお父様! この女の嘘を暴いてください!」
ジュスティーヌの叫びに応えるようにバルバンティア公爵は衛兵に大きな声で指示を飛ばす。
「証明できまい。ならばその魔力は魔薬によってもたらされたものということ! 衛兵! アリスティア・バルヴィエストを逮捕しろ!」
衛兵達が舞台へと上がろうとした時、一つの影が衛兵達を追い越して私の前へとその姿を現した。
「アリスティアは嘘を言っていないよー。ちゃんと黒い森で修行したんだからねー。あんた達じゃすぐ死んでしまうくらい危険な森なんだからー!」
タニアが私を庇う様に腕を広げながら衛兵達の前に立ちはだかる。
「な、なんだこの生き物は!」
「精霊よ。タニアは食べ物の精霊なのよ」
うろたえる衛兵達に教えてやるとさらに混乱したみたいね。私に向けていた剣をどうしていいのか分からず右往左往しているわ。
「精霊様が嘘をつくなんて有り得ない……ということは本当なのか?」
「魔薬を使うような者を女神様の使いが庇うわけがない」
ガヤガヤと困惑する声が聞こえてくるわ。誰もが混乱してどうしていいか分からなくなっているようね。
「ええい! それが本当に精霊という証拠は無い! さっさと捕まえんか!」
「おじさんうるさーいー!!」
バルバンティア公爵のわめき散らす声を遮るようにタニアが大きなスイカを大量に取り出して投げつける。
その中の一つが見事に頭に当たってバルバンティア公爵は気を失ってしまったわ。
「皆静まれ! 教会より報告があった。その精霊様は本物だ! 従ってアリスティア・バルヴィエストの発言に嘘はないものと私の名において認める!」
ユリウス様がそう宣言したことで声をあげるものは誰もいなくなったわ。私はそのままジュスティーヌへ向き直る。
「もうやめなさい、ジュスティーヌ。その魔薬はあなたの命を削っていくわ。これ以上使えば死ぬわよ?」
「……ここでお前に屈するくらいなら何かも破壊してやるわ!!」
ジュスティーヌはそう叫ぶと口へ飴玉のような物を大量に放り込んだ。
「ジュスティーヌ!! 止めなさい!」
私の制止も聞かずにジュスティーヌの喉がゴクリと飲み干していく。
「なんてことを……ジュスティーヌ……」
「ハハハハハハハハ!! これで私はお前を超えるわ!! これで! これでェェェェェ!!」
その瞬間、ジュスティーヌの魔力がさらに膨れ上がり、もはや純粋な魔力が制御されていない状態で漏れ出し始める。
「例えこれだけの魔力があっても私には勝てないわよ!」
「……そうね、それは認めるわ。単純に魔力が上がってももはや私には制御できないわ。でもね……アリスティア……制御なんかしなければいいのよ!!」
いったい何をするつもりなの!?
とにかく急いで止めないと!
「アリスティアー止めてー!!」
「気絶させるしか!」
みぞおちに杖を叩き込んだのにも関わらずジュスティーヌは何の反応も見せなかった。
痛覚が麻痺している!?
「もう遅いわ!! 出でよ破壊の獣よ! 砕け我が怨敵を! 呪いの結晶よ! 開け! 怨讐の門!!」
魔力が立ち昇りジュスティーヌの背後の空間が割れ、その中から黒い鱗に覆われた腕が姿を現した。
やがてその穴からずるりと産み落とされるようにその姿を現す。
「アハハハハハ! 制御なんかしていないわ! ただ魔力でゴリ押ししただけ! それで出てきたのがドラゴンなんて!! 最高だわ!」
ジュスティーヌの嬉しそうな笑い声が響く。
なんてモノを呼び出したというの。
私の目の前には巨大な黒いドラゴンが姿を現していた。
家よりも大きなその体。チラチラと黒い炎のような息が見え、鋭く大きな爪が地面を抉っていく。闇に染まったような鱗は硬く、傷一つ付いていなかった。
私達のことなど気にもかけていない傲慢さが溢れる瞳。存在するだけで恐怖を振りまくその姿に観客は皆慌てて逃げ出していたわ。
「逃げろ! アリスティア!」
ユリウス様が側近に避難するように言われながらも必死で私に呼びかける。でもね、ユリウス様、こいつを放って逃げることは出来ないわ。
「ユリウス様、このドラゴンを始末します! だから王命を下さい! このドラゴンを倒せと!!」
「出来るか! 四年前もそうやって君を失ったんだ!」
「あの時はユリウス様を守るために命を懸けました。でも、今回は帰ってくるために戦います。他に人がいると本気が出せませんのでユリウス様は逃げてくれませんか?」
「……帰ってくるためなんだね? 今度こそ……その言葉違えないね?」
私はしっかりと見つめてくるユリウス様を見返して頷いた。
「そのために四年かけました。必ず帰ります!」
「グルァァァァァァァ!!」
ドラゴンが咆哮をあげる。
「来るよー! アリスティアー!」
タニアの叫びと共に黒いドラゴンからブレスが放たれる。
今だに狂ったように笑っているジュスティーヌを弾き飛ばして魔術を展開する。
「大青炎の息吹!!」
青い炎がブレスのように噴き出していく。それは黒いドラゴンのブレスとぶつかって互いに焼き尽くし合う。
魔力を注ぎ込んで無理矢理押し返す。ぶつかり合うブレスは眩しい光を放ちながら勢いを増していく。
「なんて馬鹿げた威力なの!」
ようやくブレスを押し返した後、そこには無傷のドラゴンがいたわ。
「結構な威力があったと思うんだけれど……こいつには無力ということね」
このドラゴンの強さは黒い森の頂点クラスの魔物と同じね。
このレベルには四小節程度の魔術じゃ傷もつかないわ。
倒すには……大魔術しかないわね。
「ただ、魔力がだいぶ減っているのよね……少しだけ厳しいかも」
流石にこのレベル相手だと万全の状態の私でようやく戦える相手。今の私でも勝てない訳じゃないけれど楽では無いわね。
「どうしたのアリスティアー?」
「タニア、ちょっと魔力が減っているかなって思ったのよ」
私がそう言うとタニアは少し考えた後、ゴソゴソと自分の懐を探ったかと思うと何かを取り出したわ。
「アリスティアー、これ食べてー!」
それは金色に輝く小さな果実だったわ。
一目見れば分かる魔力に満ちた果実……いったいこれは?
「魔力がたっぷり詰まった果物だよー。世界樹にしかならない実だから貴重なんだよー。今回だけ特別ー」
それって……物凄く貴重なものじゃないかしら?……ま、いいいわね。今はそんなことを言っている場合じゃないわ。
「ありがとうタニア。ありがたく頂くわ」
口に放り込んで一口で食べてしまう。
甘い果汁が口の中に溢れて喉を潤していく。同時に魔力が全身に満ちていくのを感じるわ。ああ、これなら十全に戦えるわ。
「ありがとうタニア! いくわよ! 黒きドラゴン!」
眼を私が使える最大数の十個全部展開していく。
「まずはその動きを止めるわ!」
私を叩き潰そうと振り下ろされた腕をかわす。同時に青い炎の槍を十本射出してその腕を地面に縫い付ける。
その隙を狙って転移で舞台から少し離れた場所に移動する。
「大魔術は複数の四小節以上の魔術を複数の魔術師によって展開される強力無比な魔術よ。通常は一人で使える物ではないけれど……眼があれば話が違うわ!!」
魔力に意志を通して力と成す。
術式を構築して魔術へと変える。
この黒きドラゴンを完全に倒すには一気に仕留める必要があるわ。
「花よ咲き誇れ。空を覆いし花弁はやがて天を染めゆく。聖は生へ、対は終へ。咲け、歌え、我が歌声は薔薇の如く咲き乱れる 青き薔薇は咲き乱れ天を染めゆく」
十個の眼が四小節の魔術を詠唱していく。それらはやがて一つの魔法陣を構成していく要素となり、十一個の魔術が融合していく。
「これが大魔術よ! 受けなさい! 星降る夜の舞台!!」
黒いドラゴンの周りに青い炎の檻が現れ逃がさない。そのまま空へと浮かび上がらせていく。
そのまま青い炎が流星のように黒いドラゴンを貫いてく。
いくつもの流星が黒いドラゴンを焼き尽くしていき、全てが降り注いだ後には灰すら残さず燃え尽きていた。
アリスティアの最強モードです。
あっさり倒したように見えますが、圧倒しなかったら被害が拡大する相手だったのでじつはこれしか手が無かったというのが実状でした。
評価、感想、ブックマークなどあると作者のモチベーションが上がります。
よろしくお願いいたします。