8:聖炎の魔女
舞台の上には私とジュスティーヌが互いに向き合っていた。
ジュスティーヌは昨日の試合の時よりさらに派手なドレスのようなローブを纏っていたわ。杖もかなり上質な物を持って来たようね。あれはおそらく国の宝物庫にあった物かしら?
私が着ているのはいつものように魔術師のローブだけ。蒼穹の翼杖を別の空間から取り出しておく。流石に今のジュスティーヌ相手に杖無しは不利ね。
相手は知能がある相手、本能でしか襲ってこない魔物とは違って魔術の使い方も巧妙になってくるわ。そう言う意味では今のジュスティーヌは油断できない相手ということね。
「逃げずに来たことは褒めてあげましょう。でも、この私にあれだけの恥をかかせてくれてことは忘れていないわ。お前が負けたその瞬間、その仮面を剥いで顔を聖なる炎で焼いてあげるわ。光栄に思いなさい」
「……言いたいことは終わったかしら? 戦う前にあーだこーだ言うのは私嫌いなのよ」
「そ、その態度!! どこまで私を虚仮にすれば!!」
怒りのあまり物凄い顔になっているわよジュスティーヌ。そんな顔を見せてユリウス様に引かれないかとか考えないのかしら?……そんな頭があればこういう性格にはならないわね。
ジュスティーヌが杖を構える
私は特にいつもと変わらないまま。
どんな時でも戦えるようにこの体は訓練してきたわ。今の私には構えはいらないわ。魔術は息を吸う様に使えるようになっている。
観客席を見ればお父様にお母様、ヨシュアがこちらを見ていたわ。心配だけど信じてくれていると分かる力強い瞳。それはアートア伯爵家の皆も同じだったわ。
ヨシュアの服の中がもごもご動いているのはタニアかしら? きっと中で好きな物を食べているのかしら?
まぁ、タニアがこの程度の相手で私を心配するわけがないわね。
観戦席にいるユリウス様が立ち上がった音が聞こえたわ。まぁ、この杖を見られればバレるわよね。
ごめんさない、今まで黙っていて。
でも、これで終わらせるわ。
「それでは最終選考を開始します! 決勝戦開始!」
審判が手を挙げた瞬間、ジュスティーヌが魔術を唱えてきた。
「光剣の大爆発!!」
ジュスティーヌは四小節の魔術には詠唱が必要なはず……ということは開始する前に唱えていたということね。
相変わらず小狡い真似は得意ね。
光の剣が私目がけて飛んでくる。これが少しでも当たれば大爆発を起こすわね。かわすしかないけれど物凄い速さで飛んでくるわね。さすが四小節の魔術ね。
でもね、ジュスティーヌ。
この程度の攻撃なら
「死になさい! 仮面の女!」
カリュドーンの牙の方が早かったわ。
「転移」
当たる寸前でジュスティーヌの後ろへ近距離転移した後、無防備なその背中を蹴り飛ばす。
「え? キャァ!! 」
蹴った瞬間分かるジュスティーヌの脆さ。まともに受け身を取ることも出来ずに舞台に転がるその姿は無様でしかないわね。
どうせ魔術を遠距離から撃つだけで今まで戦ってきたのでしょう? そんな戦い方しか知らないのならば接近された際の対処法なんて知らないでしょうに。
会場がざわついて驚きの声が上がる。今までどれだけジュスティーヌの天下だったのかしら? この程度の対処も出来ないジュスティーヌに私の方が驚いているくらいよ。四年前の私でもこの程度は対処出来たわ。
「どうしたのかしら? まさかこれで終わりとは言わないわよね? 聖炎の魔女様」
起き上がってこないジュスティーヌから距離を取る。さぁ、これであなたの大好きな魔術の撃ち合いの距離になったわ。
「聖炎の魔女様は魔術の撃ち合いの方がお得意なのでしょうから、お付き合いいたしますわ」
ようやく立ち上がったジュスティーヌはうつむいたまま震えている。さて何を見せてくれるのかしら?
「……この……私を地に付けたばかりか……あまつさえ……上から物を言うとは……。お前は……お前は……絶対殺してやりますわぁぁぁぁぁ!! 炎の槍! 炎の槍! 炎の槍! 炎の槍! !」
そう叫ぶと次から次へと魔術を繰り出してきたわ。止むことなく繰り出される炎の槍。確かにその発動速度は凄いわね。確かにこれならジュスティーヌが他の魔術師を寄せ付けなかったことは納得だわ。
これだけの速さで魔術を唱えることは以前の私では出来なかったわね。
魔術とは魔力に己が意思を通して術式を構築するもの。
よってそれは魔力の制御、精巧な術式によって同じ魔術でも大きく変わってくるわ。
ジュスティーヌ、あなたの魔術は確かに凄いわ。威力も十分、速度は一級品。
それだけね。
魔力の制御も術式の構築も甘すぎるわ。そんな甘い魔術で私を焼こうと?
バンホルト様にこんな魔術を見せれば不合格と言われてしまうわ。
いい、魔術はこうやるの。
魔力に意思を通して術式を構築する。
溢れる魔力は自在にその形を変えて魔術へと変わっていく。
「必要なものはいかに魔力の扱いを完璧に行うかよ。数に頼るのは……この位出来るようになってからにしなさい!! 水!」
杖を振るうと杖の軌跡に合わせて水が放たれる。炎の槍がその水に触れると勢いを保つことが出来ずに消えていく。四本の炎の槍は全て一小節の魔術の前に掻き消されてしまったわ。
「……あ、有り得ないわ。一小節の魔術に二小節とはいえ負けるなんて……有り得ないわ」
呆然としたまま消えた炎の槍を見つめるジュスティーヌ。受け入れることのできない現実に頭を抱えて叫びながら否定する。
「不正だわ! 何か不正をしているに決まっているわ!! でなければ不可能よ!! 審判! 早くその女を退場させなさい!!」
滅茶苦茶な命令を出された審判が困惑しながら私へ近づいてくる。さて、どんな言いがかりをつける気かしら?
「所持品を検査させてもらいます」
なるほど、これで言いがかりをつけるつもりね。
だったら……。
「陛下、検査は女性が行うことをお願いいたします!」
誰がユリウス様以外に触らせるものですか。
「当然の主張だな、許可しよう。検査に行ってこい」
ユリウス様に派遣された三人の女性の騎士が私の持ち物を検査していく。当然何も出てくるはずが無く、不正の証拠なんか出てくるはずも無いわ。
バルバンティア公爵の手の者がいたかもしれないけれど、監視の目があればおかしなことは出来ないわね。
「陛下、何も問題はありません」
検査のおかげで逆に私の無実は証明されたようなものだわ。引き上げていく騎士達を睨みつけながらジュスティーヌは忌々しそうに私を見てくる。
結果的に休憩のようになったおかげかジュスティーヌは少しは回復したようね。
「……忌々しい女。下賤な身でありながらこの私に盾突くとは……その体引き裂いても許しがたい! でも、いいわ許しましょう。お前はこれから死ぬのだから、寛大な私は許してあげるわ」
いきなりの余裕だけれどどういうことかしら? 何か策でもあるのかしら?
様子のおかしいジュスティーヌに警戒しながら様子を見る。これは何かあるわね。
「見るがいいわ!! これが聖炎の魔女の聖なる炎よ!!」
先ほどよりもさらに強大になった魔力がジュスティーヌから吹き荒れる。それは隠していたというよりも急に増えたと言った方が正しい変化だったわ。
どういうこと!? こんな短い時間で魔力が増えることなんて有り得ない!
もしかたら……バンホルト様が言っていた……アレかもしれないわね。
ジュスティーヌの周りに白く輝く炎が次から次へと現れてくる。その輝きは確かに聖なる炎と言われればそう見えるわね。
「ジュスティーヌ様の聖なる炎だ!」
誰かが観客席から怖れるように叫ぶ。これまでこの炎でどれだけの好き勝手を通してきたのかしら?
「誇りなさい。この私が追い詰められて聖なる炎を出したのは初めてだわ。お前はそれだけの実力はあったということを認めてあげましょう。でも、これでお終いよ。この聖なる炎から逃れることは出来ないわ。潔く消し炭になるがいい!! 聖なる蛇よ、我が敵を焼き尽くし聖なる裁きと断罪を! 愚者には敗を! 咎人を灰に! 聖炎なる蛇!」
白い炎が蛇となって私に襲い掛かってくる。かわしてもまるで意思を持つかのように私を追跡してくる。厄介ね、追跡するようにしてあるのね。
「逃げなさい! そうよ逃げなさい! もっと逃げて私を楽しませなさい!」
ジュスティーヌの楽しそうな笑い声が耳障りだわ。炎の蛇はいくらかわしても追い続けてくる。さすがにこの炎の蛇はやっかいね。
「氷の大槍雨」
氷の大槍が雨のように降り注いで炎の蛇を仕留めようとするけれど、全て掻い潜られて避けられたわ。
「無駄よ! それは古の魔術を再現した物! 一度放たれたら焼き殺すまで止められないわ!」
どうやらそのようね……仕方が無いわね。これを何とかするには切り札を切るとしましょうか。
大きく距離を取って逃げるのを止める。これ以上逃げても無駄なら逃げる意味は無いわ。
「観念したようね! 諦めて燃え尽きろぉぉぉぉ!!」
炎の蛇が私に巻き付いて来て焼き尽くそうとしてくる。白い炎が私の視界を奪っていく。
「姉上!」
「アーハッハッハッハッ!! 燃えたわ! 燃え尽きるわ! 忌々しい女が死んだわぁぁぁぁ! アーハッハッハッ!!」
ジュスティーヌ……わたしは諦めたわけじゃないわ。
ただ、この蛇を殺すにはこれが一番いい方法だっただけよ。
「アリスティアァァァァ!!」
大丈夫よ、ユリウス様……この程度の炎じゃ……。
少しも燃えないわ。
温度が足りないわ。
熱さが足りないわ。
だから……見せてあげるわ……青炎の魔女の炎を!!
「……青炎の薔薇」
私の体を覆う様に青い炎が燃え上がる。その炎はまるで薔薇のように咲き誇り戦装束のように私を包み込んでいく。
炎の蛇は青い炎に焼かれその魔術を崩壊させていく。魔力の一かけらも残さず焼き尽くされた炎の蛇はあっという間に消えてしまう。
同時に私の被っていた仮面を放り投げる。
もう偽る必要は無いわ。
これからは私のままでいられる。
「長らく留守にしてしまい申し訳ありませんでした、ユリウス様。アリスティア・バルヴィエストただいま戻りました」
蒼炎のドレスをつまんで優雅にカーテシーをする。
「お、お前は……ば、馬鹿な……有り得ないわ! お前は死んだんじゃなかったの!? アリスティア!!」
私を見てジュスティーヌが震えながら指を指す。青ざめた表情を見るに本当にそう思っていたようね。
「あら、こうして無事に帰って来たわ。こうして会うのは久しぶりね。ねぇ、ジュスティーヌ。どうして聖炎の魔女と言われたのか知っているかしら?」
「な、なんの話よ……聖なる炎だからでしょう!!」
「いいえ、違うわ。これは私の青い炎を見たユリウス様が贈ってくれたものよ。そもそもこれは子供の遊びの延長だったのよ? それがいつの間にか青い炎が聖なる炎になって聖炎の魔女なんて呼ばれるようになっていたわ」
「わ、私の……称号は」
さて、ジュスティーヌ。
随分好き放題してくれたようだけれど、お礼が必要よね?
「ジュスティーヌ、聖炎の魔女もユリウス様も私のものよ。返してもらうわ!」
これがアリスティアの本気モードです。(最強モードはこれに眼が付きます)
圧倒的な感じ描写出来ていたら幸いかなぁと。
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