4:牙の相手は慣れているのよ
次の日の午後、指定された場所はバルバンティア公爵が所持している屋敷の一つだったわ。時間になる前に迎えの馬車が来たので大人しく乗ったら連れてこられたわけだけど、なんで庭に闘技場みたいな舞台があるのかしら?
昨日ヨシュアとアンナの二人に話したら物凄く怒られたのよね。まぁ、最終的にはもうしょうがないと納得してもらえたから助かったのだけれども。
今日ここにヨシュアとアンナがいるのはベルベットの一大事ということで急いで駆け付けたことになっているのよね。
後は私の監視かしら。これ以上やらかさないように見張られている気がするわ。ちなみにタニアは今日はメローネとお留守番をしているわ。なんでも屋敷の裏庭にスイカ畑を作ると張り切っているのだとか。
それにしてもこの光景はどうかと思うわ。屋敷の裏には石造りの簡易な舞台が作られていて、明らかに普段から使っている跡があるのよね。ヨシュアに聞けば選考会の舞台と同じだというのだからここで練習でもしているのかしら?
「ほう、逃げすに来たか。見ろ、ここが我がバルバンティア公爵家が誇る選考会の会場と寸分違わず作らせた舞台だ」
見ろと言われても素直に言えば引いているわよ。ここまでするかしら普通。やはりバルバンティア公爵家はどこかおかしいわね。
「我が妻ベルベットに付き纏う虫めが! ベルベットは今日私が救って見せる!」
よく分からない勝手な盛り上がりを見せるアーロンは放っておきましょう。それよりもやらないといけないことがあるわ。
「アーロン様、今回の勝負に関する契約書です。陛下より許可を頂いた正式な物なので確認してサインをお願いします」
「ふん、こんな物を用意していたか。まぁ良かろう。見せろ」
昨日のうちに無理言ってヨシュアに用意してもらったのよね。あとでユリウス様に謝っておかないといけないわね。
ああ、早くユリウス様に会いたいわ。どこかで偶然会えないかしら?
これ終わらせてから考えるべきことね。今はこっちが優先だわ。
「内容は確認した。確かに昨日提示した条件だった。しかし、貴様はすぐに後悔するだろう。相手が悪かったと」
アーロンがサインしたことをアーロンが用意した見届け人が確認して互いに一枚ずつ保管しておく。これで最悪契約が反故にされることは無くなったわね。
「さて、では呼ぼうか。私の選んだ魔術師をな! 来い! アリュエス!」
そう言ってアーロンが対戦相手を呼ぶと現れたのはどこからどう見ても槍を持った女性の戦士だったわ。
……あれ? 私、魔術師と言ったわよね?
それともそこら辺は指定しなかったかしら? 改めて契約書を確認するもちゃんと魔術師と書いてあるわ。いったいどういうつもりかしら?
「魔術師と聞いていますが、あの方は戦士では?」
金属製の部分鎧を着こんでいて、見るからに立派な槍を持っているわ。槍は決して飾りではないと分かる鋭さを持っており、使い込まれているのが見て取れるわね。
全体的に筋肉質で腕なんか凄く太いわね。
「んん? 魔術師だが? 彼女はちゃんと身体を強化する魔術が使える魔術師だとも。それとも何か? 魔術師と呼ばれるには何か条件でもあるのか? んん?」
……いや、普通はそういうのは戦士と呼ばれるのよ。分かっているんでしょうけれど、陛下の許可を出した勝負にこんなふざけた真似をするなんて……それだけバルバンティア公爵家の力が強いということね。
「構いませんよ。それでは試合を……」
「ああ、そうだ! この試合は魔術師と言えど武器を持ってもらおうか。こちらの魔術師に槍というハンデを与えてしまっているからな。使い慣れない武器を与えられて可哀想だろう? ならそちらも武器を使用することで平等になろうではないか」
「こ、このげ、外道め……」
ヨシュアが怒り狂いそうになっているのをベルベット様が必死に抑えているわね。それにしても武器ねぇ……そんなものは持ってきていないわよ?
「案ずるな。武器はこちらで用意してやる」
そう言って持ってこられたのは見るからにメンテナンスされていない武器の山だったわ。剣や槍は錆びている物や折れている物ばかり。こいつには恥やプライドとか無いみたいだわ。
どれも使えないものばかりだけれど、一つだけ使えそうなものがあったわ。穂先が外れてしまっていてただの棒と化している槍。
「これでいいわ」
蒼穹の翼杖は目立ちすぎるから使えないし、それにあれはちょっと訳があって使えないのよね。
「それでは両者中央へ」
見届け人が舞台の中央で私とアリュエスを向かい合わせる。私は戦士とかの強さは分からないから何とも言えないけれど、この人は強いと思うわ。たぶんコカトリスくらいなら戦えるかもしれないわね。うちのアンナといい勝負だと思うわ。
でも、油断はダメね。昨日はそれで痛い目に会ったわけだし、手は抜かないわ。
「……棄権してほしいと言っても聞かないでしょうねあなたは。ならばせめて怪我がないようにすぐに終わらせます」
「あら? もう勝った話かしら?」
私がからかうように言った言葉にアリュエスは真面目な顔をして私に言ってきた。
「魔術師がこの距離で戦士に勝てるとでも? そもそも魔術師は一対一の勝負では弱いものです。だからこの試合の結果は見えていると言っているのです」
そう、なら戦えば分かるわね。それにしてもこの人アーロンの部下にしては良い人ね。アリュエスさんって呼ばせてもらおうかしら。
「決着はどちらかが戦闘不能になるか舞台からの落下とします。それでは始め!」
見届け人の合図と共に鋭い一撃が私へと迫る。このままもろに食らえば一撃で意識を刈り取られるであろう一撃。
「ふん、決まったな」
アーロンの勝ち誇った声が聞こえたけれど、それは早計というものよ。
「はぁっ!」
迫りくる槍を後ろに倒れ込むようにして避ける。そのまま棒を支えにして下からアリュエスさんを蹴り上げる。
しかし、そこはそこは流石戦士ですぐに体を逸らすと私の蹴りをかわした。私はそのまま棒を使って一回転して態勢を立て直す。
その隙に次の一撃が突き出されるけれどそれは既に見えていたわ。
「大地の盾!」
足で地面を叩くと石造りの舞台から壁が現れた。突き出された槍は壁を貫いてくるけれどすでに私は次の行動に移っていた。
「雷の網!」
魔力に意志を通す。構成された術式は魔術となる。雷で出来た網がアリュエスさんに向かって放り投げられる。
金属製の鎧だから防ぐことは無理でしょう?
アリュエスさんに雷の網が被さる瞬間、アーロンが何かを呟いたかと思うと急に舞台周辺の魔力が霧散していった。そのせいで雷の網も術式を維持出来ずに消えていく。
「な! 何をした!? アーロン殿!」
ヨシュアが立ち上がって抗議するがアーロンは聞く耳を持たずに楽しそうにワインを飲んでいる。
「おおかたそこの魔術師が術式の構築に失敗しただけであろう? そこまでこちらのせいにするとはな……恥を知れ!」
今のは強制的に魔力を散らされたわね。確かそういう魔道具があるという噂を聞いたことがあるわ。あの感覚だとここに使われているのは一個二個ではないわね。
いちいち探して壊すのは現実的じゃないわね。
「……一つ訂正します。先ほどあなたを侮る発言をしたことを謝罪します。あなたは恐ろしく強い人です。こんな妨害さえなければとっくに私は負けていたと思います。ですが、これはそういう勝負です。許して下さいとは言いません。次で終わらせます」
アリュエスさんはそう言うと槍の穂先を下にするように構えると詠唱を開始し始めた。
「戦士の魂よ、偉大なるその誇りと戦いの系譜を持って我が敵を貫き給え。この一撃に盾は無意味、ただ己が技を持ってのみ防がれる! 食い破る牙!!」
物凄い突進と共に魔力を帯びた槍が迫ってくる。咄嗟に石の壁を出すけれどまるで紙を破るかのように簡単に斬り裂かれる。
これは武術と魔術の融合されたモノね。盾と言う概念はこの一撃の前には無力にされるわけね。これを破るには純粋な武力で勝つか、あの魔術では打ち破れないレベルの盾を出すしかないわね。
――もっとも
「ごめんなさい。そういう一撃だけは散々、それはもう死ぬほど相手してきたわ。だから……その一撃は無意味よ」
私に迫る瞬間、槍の穂先の側面を棒で払いのける。少しだけ逸らすことが出来ればそれで充分。
そのまま回りながらアリュエスさんの懐に潜り込む。
そして魔力に意志を通し術式を構築する。魔道具の影響を受けない所まで魔力でゴリ押しすれば邪魔されることは無いわ。
必要なのは勢いをかわしつつ自らの力にする技術。
求められるのは勢いに負けないだけの力。
必要ないものは怯える心。
「爆ぜる風!」
殺したいわけじゃないから使う魔術は風を圧縮させて爆発させるだけのもの。怪我はするでしょうけれど、死にはしないでしょう。本来はここで炎の槍を叩き込むのよ、感謝して欲しいくらいだわ。
もろに爆ぜる風を受けたアリュエスさんはそのまま舞台の上を飛んでいき屋敷の壁に叩きつけられる。そしてそのまま地面へと落下していったわ。気を失っているようで死んではいないようね。
確かに凄い一撃だったけれどごめんなさい、黒い森でほぼ毎日喧嘩していたカリュドーンに比べればまだ対処しやすいわ。カリュドーン程の速さも勢いも無いから、これくらいは簡単に対処出来るわ。
まぁ、カリュドーンと人間を比べることが間違いでしょうけれど。
私はそのまま見届け人に振り返る。さて、いつまで勝利宣言しないつもりかしら? いくらアーロン側の人間だからってユリウス様の許可を取った勝負で誤審なんてしないわよね?
「早く宣言したらいいわ。でないと次はあなたが空を飛んでみるかしら?」
「ひ、ひぃ! しょ、勝者仮面の魔術師!」
ひきつった顔のまま私の勝利を宣言した見届け人はそのまま逃げるように走って行ってしまったわ。
「クソがっ! 魔術師に負ける戦士など話にならん! お前などここで死ね!」
倒れたアリュエスさんを蹴り続けるアーロンを後ろから棒で小突いてやる。
「何をする!?」
「そこまでですわ。陛下の許可を得た勝負を私刑で汚すおつもりですか? 正々堂々と戦った結果の勝敗です。敗者とは言え彼女は立派な戦士です。これ以上の暴虐は見過ごせません」
正々堂々と戦った戦士にこのような仕打ちをすると知れ渡れば手を貸してくれる戦士は減ってしまう。彼らは名誉を汚されることを何よりも嫌うわ。
「……ふん! 帰らせてもらおう!」
「約束の件、お忘れなきように」
去り行く背中に念を押してやると悔しそうに肩を震わせながら去っていったわ。
「うぅ、ぅぅぅぅぅ」
アーロンが蹴ったせいで余計な怪我を負ってしまっているわね。
「命の修復」
治癒魔術で重い怪我だけ癒していけば後は大丈夫でしょう。戦士なのだから普通の人よりは回復力は高いはずよ。
「仮面の魔術師様。馬車の用意が出来ているのでここは私に任せてお戻りください」
ヨシュアがそう言って目でベルベットを屋敷まで送り届けろと言ってきたわ。
「かしこまりましたわ」
まぁ、可愛い弟のためならばこれくらい大したことではないもの。
アートア伯爵一家を屋敷へと送り届けて一度、家に帰ろうかしら。
そろそろタニアが大人しくしている限界でしょうし。何かされる前に手を打たないと。
とにかくこれで選考会へ参加することは出来そうね。まずは一歩前進ね。
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