11:それはいつか必ず来る日
カリュドーンに追い詰められている二人に怪我は無さそうだった。ただ、それも時間の問題ね。
「タニアー!」
カリュドーンとタニア達の間に割り込んで二人を背で庇うように立つ。
カリュドーンは私に気付いたようだけれど、気にも留めていない感じね。一度倒した格下相手なんて眼中にないと言うことね。
でもそれは仕方がないことだわ。事実私はカリュドーンを目の前にすると恐ろしくてたまらないのだから。
足が震え、今にも逃げ出したくなる気持ちは確かに存在している。でもそれよりもタニア達を失うことの方が遥に怖かった。
だから私は今ここに立っていられるわ。
「アリスティア~」
今にも泣き出しそうな声を出しながらタニアが頭の後ろに張り付いてきた。足元にはメローネがすり寄ってくる。
「ごめんねー……アリスティアの大好きな花を見つけてあげたかったんだけど……見つからなくてー」
「気にしないで。あなた達が無事だっただけで十分だわ……もっとも無事に帰れるかは分からないけれど」
カリュドーンは今にも襲い掛かってきそうで気は抜けない。
せめて時間があれば何か策でも考えられたのだけれど、そんな時間も無かったわね。せめてタニアとメローネだけでも逃がさないと。
「いい、タニア。メローネと一緒に逃げて。私一人ならなんとかできるかもしれないから」
「ヤダよ!! アリスティアを置いて行けるはずないないじゃんー!!」
「あの化け物に勝てる保証が無いの! だからあなた達だけでも逃げて!!」
自信なんかないわ。あれだけ死力を尽くして傷を負わせた程度の相手よ?
もう一度命を賭けなければならないレベルの相手だわ。
幸い向こうも完全に傷は言えていない様子ね。それならタニア達を逃がすくらいならできそうね。
私がそう言って頭に張り付いているタニアを引きはがそうとした時、タニアが見たことないくらい真剣な声で叫んだ。
「アリスティア諦めてるでしょー! そんな人が無事に帰ってこれるわけないじゃない!」
「え……?」
「勝てない、相手が強い、命を懸けても無理だって思ってるでしょ!? そんな人を置いて行ったら死んじゃうに決まってるじゃんー!! だから置いて行くのは絶対ヤダー!!」
頭を殴られたような衝撃とはこのことかしら? 自分では全くそんなつもりではなかったけれど……私は諦めていた?
……考えて見れば最初から私は勝つことを視野に入れていなかったわ。
あれだけ力の差があると分かっていたのに何もしてこなかったのは……諦めてしまっていたから?
だとすればそれは負けることよりも無様な話ね。一回負けたくらいで心が折れるなんて思ったよりも私は弱かったのね。
ショックを受けている私がカリュドーンから気を逸らしたことが分かったのか突進してくるのが見えた。
このままだと私もタニア達も死ぬわね。
どうするのかしら?……私。
このままおめおめと諦めた敗北者のままで良いのかしら?
そんなことでユリウス様の前に胸を張って立てるのかしら?
いいえ、そんなわけがないわね。自分より強い相手がいるなんてことは幼い時に散々味わったはずよ。
お父様や大人の魔術師に訓練で負けたことなんていくらでもあったわ。
それが今回命のやり取りになっただけ。死んでいない以上はまだ私は……負けていない!!
カリュドーンはもう目前に迫っている。今から属性をつける余裕なんかない。
だったらありったけの魔力に意思を注いで力任せに受け止めてやるわ!! 脳筋上等よ!!
純粋な魔力は虹色の光を放ちながら輝き始める。何で虹色とか細かいことは考えないわ!
「盾!!」
魔力が意思によって姿を変えた盾状になりって……あれ? いつもと違う?
私の前には三つの虹色の光を放つ球を頂点とした三角形の障壁がカリュドーンの突進を受け止めていた……ちょっと待って、私こんなの知らないわよ!?
そのまま三角形の障壁が弾けるとカリュドーンを弾き飛ばした。虹色の光の球は消えること無く私の周りを回り始める。
「何よ……これ?」
「あー!! 眼だー!!」
え!?……これが眼!?
嘘でしょう? 眼?は私の周りをゆっくりと回り続けている。試しに意識を向けてみると確かに魔力に意志を通すラインが存在している。
弾き飛ばされたカリュドーンが起き上がるのを確認した私はタニア達に離れているようにお願いして置く。
「大丈夫なんだよねー? 諦めたらダメだよー?」
「大丈夫よ諦めてはいないわ……あなた達のおかげで勝ち目が出てきたわ」
ものすごい勢いで魔力を消耗しているけれどこの三つの眼があれば勝てるかもしれないわ!
カリュドーンが物凄い勢いでこちらに突進を始める。
その足元に眼を使って石の壁を召喚して一瞬だけ視界を塞ぐ。
同時に転移ですぐ後ろへと移動する。
凄いわ! 魔術を同時に使うことは出来ないのに、眼を使えば複数の魔術を同時に発動できるなんて!!
これがあれば目で隙を作れば五小節の魔術すら使えるかもしれないわ!
カリュドーンの後ろに出た私は眼で炎の槍を二つ放つ。
「炎の槍!!」
石の壁を砕いたカリュドーンの背後から炎の槍が突き刺さる。残念ながら貫くことは出来なかったけれどそれでもダメージは与えているわね。
ただ、眼で行使できる魔術は私の能力の二つ下と言ったところかしら。だから無詠唱で使えるのは二小節までね。
この程度ではカリュドーン相手では大した効果はないわ。
でも、これは布石よ。
「爆ぜよ炎の巨石!!」
目で魔術を使って牽制しながらカリュドーンがこちらに攻撃できないようにしておく。四小節までは詠唱はいらないけれど集中は必要だから使いどころは考えないといけなかった。
でも今は違う!!
炎の槍が襲う。
氷の矢がカリュドーンの足を狙う。
どれも大した効果は無いかもしれないけれど、嫌がらせにはなるわ。その隙に四小節の魔術を発動させる。
「これなら!!」
炎に包まれた巨石がカリュドーンにぶつかると同時に爆ぜる。砕けた石がカリュドーンに突き刺さりその毛皮を燃やしていく。
すかさず水を雨のように降らせて周りの火を消して延焼しないように手は打っておく。それにしてもやっぱり炎の魔術ならダメージを与えられることがハッキリしたわ。
カリュドーンは怒りを瞳に宿して私を睨みつけてくる。
お互い様でしょう? あなたと私は敵同士だもの。
前は勝ち目が無かったけれど! 今は違う!!
「これでとどめ……!!?」
眼を展開しているせいか魔力の減りが早すぎる!?
眼が一つ維持できなくて消えていってしまう。まさかここまで余裕が無いとは思っていなかったわね。
その一瞬の間にカリュドーンが私に肉薄してきた。
咄嗟に眼で魔術を展開する。
「爆ぜる風!」
風が爆発したかのように吹き荒れて私を吹き飛ばす。受け身も取れずに地面に転がるけれど、カリュドーンに体当たりされることに比べたらマシね。
マズいわね。そろそろもう一つの眼が消えそうになっているわ。流石に一個じゃ心許ないわね。
得意な炎なら有効とは言え、これ以上強力なものは使えないわ。そんなことをすれば森を焼いてしまう。そこから火事にでもなれば取り返しがつかないわね。
炎以外で何か決め手になるようなもの……。
カリュドーンは眼を警戒しているのか近づいて来ようとしない。あいつは賢いからやり辛いわね。下手な攻撃じゃ避けられてしまうし、上手く罠に嵌めないと。
「行け―!! アリスティアー!! カリュドーン何か鍋にしてしまえー!!」
タニアがメローネの上に乗りながらそんなことを言ってくるわね。鍋何てこいつ食べられるのかしら? ちょっと待って……お湯……そうだわ! その手があったわ!
「雷の槌!」
カリュドーンの後ろに雷を落として注意を逸らす。その隙に眼で次の魔術を行使する。
「炎の檻! 水の球!」
「BUOOO!!」
囚われたことに気が付いてカリュドーンが逃げようともがくけれど、同時に現れた水の球に飲まれて身動きが取れなくなる。
「炎で焼けないなら煮てやるわ!」
これならどうかしら!?
逃げようともがくカリュドーンを押さえ付けるために魔力がどんどん減っていく。
マズい! このままだと維持できなくなるわ!
逃げようとするカリュドーン。
それを押さえつける私。
その拮抗は私の魔力が切れることによって崩壊を迎えた。
「ああ、悔しいわ」
魔力切れで立っていることが出来なくなりその場にうずくまってしまった。ただ解放されたカリュドーンもまた大きなダメージを受けたようで立ち上がることができないでいた。
「アリスティアー!!」
タニアとメローネが駆けつけて来てくれたので、私は重い体を引きずりながらメローネの背中へ這い上がる。
お互い動けない以上は引き分けってとこかしら?
少なくとも前回の借りは返せたようね。
「何回だって超えてやるわ。あなたという壁を」
私がカリュドーンへそう告げるとそれに応えるかのようにカリュドーンは大きく鳴き声を上げていた。
カリュドーンとの再戦の後、私は二日ほど寝込んでしまった。魔力切れはやはり慣れないわね。
ただ眼を習得することが出来たので、後は習熟させるために練習あるのみね。今のように魔力を馬鹿みたいに消費していては使い物にならないわ。
「そういうわけで今日から眼の訓練に入りますね」
「それが良いじゃろうな。良いかね、くれぐれも無理はしたらダメじゃよ」
バンホルト様が物凄く心配してくれるので無理はしないことを約束する。ちゃんと先生の言うことは大人しく聞きますからそんな心配そうな目で見ないで欲しいわ。
「すぐ無理をするから信用が無いのじゃ」
思わずぼやいた言葉が聞こえていたようで深々と溜息をつかれてしまったわ。
ごめんなさい……。
それからというもの、眼の練習を始めたのだけれど、これがあまりにも難しい物だとは当初は思ってもいなかったわ。
そもそもあのとき三つも出せたのは火事場の剛力というものだったようね。
その証拠に練習を始めてからというもの、一つを作るのに、あと一歩というところまで作れそうになって失敗してしまうのよね。
高い集中力に異常なレベルの魔力制御がそもそもの前提だったということね。
純粋な魔力というものはかなりの暴れ馬でちっとも大人しく言うことなんて聞いてはくれない存在だった。
何とか一つを上手く作れるようになったと思えば、今度は同時に二つ以上の魔術を構成しなければ眼の意味が無いことに気付いたわけで。
「頭がどうにかなりそうだわ!!」
「わっわわわー、落ち着いてーアリスティアー!!」
バンホルト様やタニア達に支えられながら何とか二つ同時に眼を扱えるようになったころには一年が過ぎていたわ。
カリュドーンクラスが相手だともう一つは必要なのでしっかりと地力を上げる訓練を重ねながら全ての準備が整ったのはそれから更に半年後だった。
全ての準備が終わり後は森を出るだけとなっていたある日、それは起きたわ。
——バンホルト様が倒れてしまった。
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