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それは私のよ!  作者: 月魅
黒き森の隠者編
1/24

1:嘘は言っていないわよ

「ダメだ! アリス! 君も来るんだ!」


 馬を降りた私にユリウスが馬上から必死の表情で手を伸ばしてきた。本当は降りて無理矢理にでも引きずっていきたいのでしょうけれど、同乗している護衛騎士のギュスターヴ様に阻まれてそれは出来ないのよね。


 まったく、この人は分かっているくせに諦めが悪いというか……本当に優しい人ね。でも……だからこそ私はそんなあなたを好きになったのよ?

 輝くような銀の髪を振り乱しながら、空のように綺麗な青の瞳で悲しそうに見てくるユリウスに私はハッキリと告げる。

 

「ダメよ、ユリウス。私の馬はもうこれ以上走らせることは出来ないわ。それにその馬に三人乗ることは不可能なのよ。私はここで置いていくのが正しい選択なの」


 私の馬が限界を迎えてしまったのでこれ以上逃げることはかないそうにない。幸いロステリア渓谷は抜けることは出来たので目的地のユーステリア公爵領までは目と鼻の先だ。いつまでもここで立ち止まっている時間なんてない。


「でも! そんなことをすれば君が!」


「だからといっていつまでもここで時間を無駄にできるほどの余裕は無いの! 一刻も早くユーステリア公爵の下へ行かなければお終いなの! あなたは王太子なのよ! あなたが捕まればこれまでの全てが無駄に終わるわ!」


 この国、レイグレイシア王国はとても平和な国だったわ。でもつい先日王弟ジンバルトが急遽王城を占拠してしまい賢王と謳われた陛下を含むほとんどの王族は捕らえられてしまったわ。


 唯一たまたまその時、私と一緒に郊外へ遠乗りに出ていた婚約者であり王太子のユリウスだけが逃げ出すことが出来たわ。

 もっともそのまま逃げだしたから準備なんて何一つ出来てはいないのだけれど。結局休むことなく逃げ続けてすっかり日も暮れてしまったわ。 


 ただ、幸いにも護衛騎士のギュスターヴがユーステリア公爵家の人間だというから、いったん逃げ込んで態勢を整えることが出来る。


 それに他の護衛騎士達は少しでも逃げられる可能性を増やすためにユリウスの格好を真似たりしてバラバラな方に逃げ出して行ったわ。彼らのためにも絶対に捕まるわけにはいかないの。


「来月にある私の十七の誕生日を迎えたら結婚式だったわね。ここまで来たらお嫁に貰ってくれないなんて言わせないわよ。だから急いでユーステリア公爵に頼んで救援の兵を呼んできてちょうだい」


「アリス……私は……」


「殿下、そろそろ出発します。アリスティア様、どうか無理はなさらないで下さい」


 ギュスターヴ様は待っていてくれたのだけれどこれ以上は限界ね。ユリウスだって理解しているのだけれど感情が納得できないだけね。安心して欲しいわ。無理はしないから。


「待っているわ、ユリウス。無理はしないから急いで帰って来てね」


「絶対だ! 絶対に帰ってくるからな!」


 遠ざかって行くユリウスに手を振りながら私は見送る。日が暮れているから見つかりにくいとは思うけれど。


 それにしても私がどうするつもりかなんて二人にはバレているわよね。さて、思ったよりも結構時間を使ってしまったけれど仕方がないわね。急いで私の馬を逃がしておかないと。


「あなたには無理をさせてしまったわね。ここは危ないから少しでも遠くへ逃げなさいキャロット」


 とても可愛がっていた仔だから無理をさせてしまって申し訳ないわ。このせいで寿命が縮んだりしてなければいいのだけれど。

 キャロットは賢いから私の言うことを理解してくれたようで、何度も私の方を振り返りながらもやがてこの場を離れて行ってくれたわ。


 これでもう気にする必要はないわね。これならいくら暴れても誰も巻き込むことは無いでしょう。


 ごめんなさい……ユリウス。


 確かに無理はしないと約束したわ……でも、無茶はしないと言っていないわよね?


 私は別の空間に仕舞っておいた杖を取り出しておく。この杖は我が家に伝わる先祖代々の逸品。魔術師の杖は魔術の制御の補助をしてくれるから無いよりはあった方が良いわね。

 父曰くご先祖である千眼の魔女が使っていた杖で名前は蒼穹の翼杖だとか。シンプルな青い翼の飾りが先端部についているだけの飾り気の無い杖だわ。長さは百二十㎝くらいでこれで殴れるくらいには頑丈ね。私は杖術何て使えないけれど。


 この千眼の魔女は万の軍勢を一人で薙ぎ払ったとか、悪しき竜を討伐したとか、邪悪な魔神を葬ったとかいろいろな伝説のある四百年前の一人の女性らしいわね。他にも複数の魔術師でようやく発動させる大魔術を一人で行使したとか言う伝説もあったわね……まぁ、他の伝説はともかく大魔術の方は本当かもしれないけれど。

 何でも(オーキオ)と呼ばれる魔術があるという伝説が我が家に伝わっているのだけれども、詳細は不明なので手掛かりすらない。ただ分かっていることはこれが大魔術の伝説解明の鍵だということだけ。


 だからこの杖が本物ならばその伝説にあやかって私も万の軍勢とはいかないにしても、百は蹴散らせるようになりたいわね。


 全身に魔力を漲らせ急いで魔術を構築していく。幸いなことにここはとても狭い渓谷だから一度に相手にする敵の数は可能な限り減らすことが出来そうね。あちこちに罠として魔術を仕掛けておけば準備は完了。

 こういう時に昔本で読んだ精霊魔術が使えたらと思うのよね。自然の力を借りて魔術を発動するらしいから消費が軽いらしいのよね。今回みたいに数を相手にすると分かっているときはうってつけなのに……まぁ、無いものをねだってもしょうがないわね。


 しばらく待っていれば遠くに砂煙が立ち上っているのが見えた。どうやら追手が追いついたようね。ここで追手を食い止めておかないとユリウス達に追いつかれてしまいそうね。


 土煙が近づいてくる。見た感じ五十人くらいの若い騎士ね。ユリウス一人を追うのにどれだけ人数を送り込んだのかしら。簒奪を企んだ割には肝の小さい男の様ねジンバルトは。

 まぁ、慎重だと言えば慎重かしら。


 私に気が付いたのか先頭の三騎がこちらに向かってくるようね。


 さてと、レイグレイシア王国最強の魔術師“聖炎の魔女”の力を見せてあげようかしら。








「アリスティア・バルヴィエスト侯爵令嬢とお見受けする……いや、宮廷魔術師“聖炎の魔女”殿と呼んだ方が正しいだろうか?」


 二十メートルほど離れた場所に出てきた二十歳くらいの騎士が馬上から私に話しかけてきた。口調は丁寧だけれど、その目は女一人で何が出来ると雄弁に語っていたわ。


「お好きな方でお呼び下さい。どのように呼ばれようと王位を簒奪する悪逆の徒に呼ばれてはいい気持ちはしませんわ」


「言葉に気を付けろ! まったく、随分と威勢が良いものだ。状況が見えていないと見える」


 確かに数は圧倒的に不利ね。勝負にすらならないでしょう。私が王国最強の魔術師でなければね。


「かよわい女一人に大勢でかからねば何も出来ない賊がよく吠えますわね。騎士ではなく駄犬に改名された方がよろしくってよ?」


「だ、駄犬だと! 言うに事欠いて何たる言いざまだ!」


「駄犬ですら気を使って表現して差し上げたのに……それとも器の小さい主に尻尾を振るしか能のない代用品がいっぱしの人間様になったとでも?」


「貴様!! もう我慢ならん! ユリウスを捕えるための人質として、それなりの扱いをしてやろうと思っていたが。どうやら覚悟は出来ているようだな! 嬲るだけ嬲ってから利用してくれるわ!」


 私の挑発に簡単に引っかかってくれる騎士様に内心あらやだこの人ちょろいとか思ってしまうわね。後ろに控えている騎士に命令も下さずに、一人で突っ込んで来ようとしているのですもの。


「足元はしっかりと確認された方がよろしくってよ?」


 無謀にも一人で突撃してくる駄犬に思わず忠告をしてしまう。

 この私が何の準備もせずにここで待っていたと本気で思っていたのかしら?

 あらかじめ罠として仕掛けておいた魔術の上を駄犬が通った瞬間、魔術を起動させる。


大地の槍(ティラ・ランチャ)


 突如地面が隆起し鋭い槍となって騎士を馬ごと貫いた。


「二小節程度の魔術でしたら詠唱は必要無いのご存じなかったのかしら?」


 魔術というものは魔力に意思を伝えそれを言葉に変えて術式とするもの。最低でも一小節からで、それ以降は言葉が増えるたびに難易度も効果も跳ね上がっていく特徴があるわ。それ以外にも単純に込める魔力の量で威力は変わるわね。もっとも小節の数で受け止め切れる魔力の限界はあるから、それを超えれば制御を失って暴走していまう危険性はあるのだけれども。


 今使ったのは二小節の魔術。魔術師ならば誰でも扱える魔術で詠唱も不要な簡単なものよ。まぁ、それでも普通の魔術師は三小節までが限界だけれど。

 ちなみに魔術をあらかじめ仕掛けておいて維持出来る魔術師は更に少ないわね。


「た、隊長ぉぉぉぉー!」


「ちなみに私は四小節まででしたら詠唱は不要ですわ。それでもまだ戦われますの?」


「ぬぐっ!」


 あらあら、隊長だったのさっきの駄犬は。あれが隊長ならば彼らは駄犬の集まりね。あからさまに怯えた表情を見せるなんてそれでも騎士かしら?


「何をしている怯むな! 相手はたかだか一人だ! 押し潰せぇ!」


 私の言葉に一種怯んだ騎士達だったのだけれど、それでも引くわけにはいかないのでしょう。前に出て来ていた三人の一人が檄を飛ばすと騎士達は私目掛けて突撃をしてきた。


 先ほどの駄犬の隊長が一人で突っ込んできてくれたおかげで、迫りくる騎士との距離はまだ十分に開いている。


 それにここは狭い渓谷。数の有利をまともに活かすことも出来ない場所よ。


(ギアーシ・)の槍雨(ランチャ・フィオジア)


 先頭の騎士達に氷で出来た槍が雨のように降り注ぐ。


 虫の標本のように地面に張り付けられてもがいている騎士達に邪魔される形で後続が一瞬だけ足を止める。


風砂(ベント・ティラ)の息吹(・レスピーロ)


 風が砂と化した土を巻き込みながら騎士達へと吹き付ける。目潰し目的の魔術だけれど結構使い勝手はいいのよ?

 吹き抜ける風が私の自慢の赤の髪を躍らせる。お母様譲りの自慢の髪がすっかり乱れてしまったわ。 


 今の私の目的は少しでも追手の足を止めること。こんな魔力の使い方をしていたらすぐに尽きてしまうことは理解している。いくら私が独自に魔力節約の技術を持っているとしても限界があるわ。

 それでもここで彼らを足止めしておけば必ずユリウスが来てくれるわ。


「射れぇぇぇ!」


 風が吹きやんだ瞬間、矢が雨のように降り注いでくる。


風の護り(ベント・プロテシオ)!」


 咄嗟に風の障壁を纏って防ぐも間に合わなかった矢が一本肩に突き刺さる。


「くっ!」


 思わず痛みで言葉が漏れる。耐性が無いとは言わないけれど、痛いものは痛いのよ?


 しかし、さすがは腐っても騎士ね。


 それに乗馬用の服しか着ていないから身の守りなんてあってないようなものだわ。


 矢があまり効果が無いと判断した彼らは狭い渓谷では騎馬を上手く使えないのをようやく理解したのか、降りて剣を持って近づいてくる。


 これだからろくな訓練も受けていない貴族のボンボンはダメね。そんなの最初に気付きなさいよ。


 同じ国の人間を殺すなんてことしたいわけじゃないけれど、向かって来る以上は敵でしかないわ。


 私は矢をへし折ると抜かずにそのままにしておく。動きの邪魔にさえならなければ今はそれでいい!


氷雷(ギアーシ・トゥオロ)の嵐(・テンペスタ)!」


 近づかれれば私の負けは確定。だから終始魔術で攻撃し続けるしかない。

 あらかじめ用意しておいた魔術を起動して、奥に引っ込んでいる騎士たちを巻き込むように発動させる。


 氷が雷を纏い嵐のように吹き荒れる。


 悲鳴と血の匂い。


 雷に焼かれた肉の匂いも混ざれば気分が悪くなってくる。


 それでも止めるわけにはいかない。


 氷雷の嵐を維持し続けていると、嵐を抜けてきた満身創痍の騎士が私に向かって剣を振り下ろしてきた。


 咄嗟に杖で受け止めることも出来ず、上から振り下ろされた剣は私の体を斜めに切り裂いていく。


「いっつ!! 乙女の柔肌に何するのかしら!? 炎の槌(フィアマ・マジィ―ロ)!!」


 炎の塊が槌となって騎士を焼き尽くしながら叩き潰す。灰も残さず消えた騎士は悲鳴すらもあげることはなかったわ。分かってはいたことだけれど、炎だけはどうしても威力が大きくなりがちね。不必要な威力だったわ。


「はぁ、はぁ、いい加減終わらないかしら?」


 嵐の維持を解いてみればほとんどの騎士が地に倒れ伏していて、残っているのは腰を抜かした騎士が数人と満身創痍で立っているまだ目の死んでいない騎士が二人。


(マズいわね、血を流し過ぎたみたい。意識が少しボーっとするわ)


 斬られた傷は幸いにもそこまで深くはなく、癒しの魔術をかければすぐに治すことは出来た。でも失った血まではどうすることも出来ない。


「でも、これでユリウスの安全は……」


 そう呟いたとき、地鳴りと共に渓谷の奥の方から何かがやって来る音がした。魔術でそれを確かめたかったけれど、頭痛と疲労で上手く思考がまとまらない。頭痛は魔力の消費し過ぎたせいね。


 やがて乱入者の姿が見えるようになると、一枚の旗ががかかげることに気付く。旗は王の旗で今、その旗を掲げることが出来るのは一人しかいない。王の旗は一つのみでそれを持っているのは簒奪者ジンバルト以外にはあり得ないのだから。


「敵のおかわりとか頼んでいないわよ?」


 ただおかしなことに、ジンバルトが連れてきたであろう援軍の装備はみなバラバラで統一感が無かった。


(正規軍じゃない?……ということは傭兵?)


「おーお、たった一人に五十の騎士が全滅とは。騎士が情けねぇのか聖炎の魔女が凄ぇのか分からんなこりゃ」


 私がいぶかしんでいると傭兵達の後ろから彼らをかき分けて一人の太った男が姿を現した。戦場にそぐわない豪奢な服にこれでもかと身に着けられた装飾品。品性の欠片も見えないこの男こそが簒奪者ジンバルトだった。

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