③
「結希はさ。誰のせいにもしないんだな。」
食事を終えた晃がぼそっとそう口にして、結希は彼の方を見た。食事を作りながら、食事をしながら、久しぶりに本当に久しぶりに彼と沢山話をした。他愛のない思い出話しや、彼の今のはなしとか。家族の話題は出なかった。透の話はともかく、シュウ兄や奥さんのことは聞きたくないと思うから、話題に上がらなくて良かったんだけど。でも少しも話題に上がらないと気を遣われているような気がして、ちょっと胸がぞわぞわする。聞きたくないくせに、それでも晃と話していると、シュウ兄も元気にしてるかなとか、自分の事気にしてないかなとか気になる自分もいてなんとなく苦しくなる。晃にきかれるがまま自分の事もぽつりぽつりと話してみて、自分にはあまり話せるような事はないんだなと結希は思った。代わり映えのしない生活。代わり映えのない毎日。これと言った趣味もなく、ただ職場と自宅の往復。つまらない日々。ちょっと前までだったら少しは楽しい話題もあったけど、大智と別れてからは本当に何もないからなと思って、少し気が塞いだ。それくらい。晃からそんな言葉が出るまで、本当に大した話しはしていない。ただ本当に世間話だけ。なのに、何で急にそんなことを言ってくるのか解らなくて、でも、視線を向けた先にいる彼はどこか腑に落ちないというか面白くなさそうな顔をしていて、結希は訳がわからなかった。
「昔から。誰かのせいにするとマジ怒られるし。人のせいにしてないで自分でできる事は自分でしろって。人に文句言う前に自分がまずちゃんとしろって、結希は言ってきたけどさ。それってスゲー立派なことだとは思うけど。たまには人のせいにして思いっきり怒っても良いんじゃね。人のせいにするのってそこまで悪いことなの?俺は、今でも人のせいにしてるよ。結希が帰ってこなくなったのは兄ちゃんのせいだって。兄ちゃんが全部悪いって。兄ちゃんのせいで、うちの家族は壊れたんだって。だって、結希が帰ってこなくなったの兄ちゃんのせいだろ?なんで結希は兄ちゃんのせいにしないんだよ。絶対、なんかあったんだろ。あん時。じゃなきゃ、失恋くらいで俺達の前から完全消えたりしないよな?俺や透からの連絡も無視して、いきなり姿消すなんてさ。お前がするわけないじゃん。何言われたんだよ。なにされたんだよ。言えよ。本当はあんな風に離れたくなかったってさ。でも帰れなかったんだって。言えよ。結希が俺達の前からいなくなったのは兄ちゃんのせいだって。」
そう言われて、結希は思わず違うと声を荒立てて返していた。
「違うよ。シュウ兄のせいじゃない。わたしが勝手に居づらくなっていなくなっただけだから。もうわたしは必要ないかなって。わたしの居場所はないんだなって、思っちゃっただけで。だって、わたしは皆と血も繋がってないし。そもそも、独り立ちするまでって約束で居候させてもらってた身だし。あの時はもう、大学進学を機にあの家出てたしさ。なのに、家族面してあそこに居座るのはおかしいって、ダメだって思っちゃったんだよ。だからシュウ兄のせいじゃない。わたしが皆の前からいなくなったのは、わたしがそうしたかったからだから。」
そう自分に言い聞かせるように付け足して、結希は晃から視線を逸らし俯いた。
「なにそれ。それってつまり、本当に結希が俺達のこと捨てたってこと?あんなずっと一緒にいたのに、なんもなくて急にそんなこと考えていなくなれるほど、結希にとって俺達ってどうでも良かったわけ。あの日だって、普通にしてたくせに。久しぶりに帰ってきて、いつも通りさ・・・。なのに、心の内ではそんなこと考えてたわけ。結希が久しぶりに帰ってきて喜んでたのは俺達だけで、あん時にはもう家からいなくなるつもりだったってこと。何、じゃあ、あれって最後の思いで作りみたいなつもりだったの。俺が。俺達が、どんだけショックだったか解ってんのかよ。急に連絡取れなくなって。ずっと連絡取れなくて。会いに行ったら引っ越してて。何処に行ったか全然解んなくて。スゲー辛かったんだぞ。俺は。ずっと・・・。」
そう感情的に言う晃の声が泣いてるように聞こえて、結希はハッとして顔を上げた。
「人のせいにしないってのは立派なことかもしれないけど。俺はお前からそんな言葉聞きたくなかったよ。結希に捨てられたなんて実感したくなかった。捨てたなら、こんな風に家あげて飯なんか食わせてんじゃねーよ、バカ。そんな台詞しか聞けないなら、探すんじゃなかった。」
そう言う晃は酷く傷ついた顔をしていて結希は罪悪感で胸が締め付けられた。でも、帰ると言って立ち上がり荷物を持って部屋から出て行く彼を止めることはできなかった。どう声を掛けて良いか解らなかった。なんて言えば良いのか解らなかった。凄く苦しいのに、自分が消えて傷ついてくれていたことが嬉しいと思ってしまう自分が、自分に捨てられたと思って傷ついてくれることが嬉しいと感じてしまう自分がいることがどうしようもなくて。苦しくて、苦しくて。もうわたしに期待しないで二度と関わらないでいてくれたらなと思って、結希は胸が押しつぶされそうになった。