表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初恋にさようなら  作者: さき太
2/15

 人混みの中、結希(ゆうき)はそこにシュウ兄の面影を見た。沢山いる人の中でその人だけパッと浮き出て見えて、心臓がわしづかみにされたような気がして目が離せなくなって。こんな所にシュウ兄がいるわけがないのに。きっと、このあいだ久しぶりにシュウ兄のことばっか考えてたからだなんて思う。忘れよう、忘れよう。考えないようにしよう、思い出したらダメだ。そう思っていたのに、思い出して、辛くなって、あの日は好きでもないお酒を沢山飲んで寝た。でも一度ぶり返したシュウ兄への未練は消えてくれなかった。次の日も、その次の日も、シュウ兄のことばかり考えていた。今どうしてるかな。元気にしてるのかな。奥さんとうまくやってるのかな。少しくらい、たまにで良いからわたしのこと思い出して、ちゃんとやってるかなとか心配してくれてたりしないかな、なんて。そんなわけない。大学入学を機に一人暮らしすることにした時だって、弟達ならともかくユウは心配いらないよなって、普通に笑って見送られたくらいだし。でも、寂しくなったらいつでも帰ってこいよって、盆暮れ正月くらいは顔出せよって言ってくれて、時々メールくれたりして。いつも気に掛けてくれてた。それだけで嬉しかった。嬉しかったのに。彼女ができたから?その人と結婚することになったから?血が繋がってないけど近すぎるわたしの存在は邪魔になった?存在を丸ごとシュウ兄の人生から消し去りたいくらい、わたしって邪魔だった?そんな思いが溢れてきて結希は泣きたくなった。

 たまたまなのかあまりにも自分がその人をガン見しすぎて気付かれたのか、視線の先のシュウ兄に似ている誰かが結希の方に顔を向けた。目が合って、やっぱりシュウ兄じゃないと思う。似てるけど違う人。シュウ兄の方がもっと穏やかで優しそうな顔つきをしてた。やっぱりこれは違う人。全然違う人。そう認識して、何故か胸が締め付けられる。その人の驚いたような顔で、自分がその人を思いっきり見ていたことに気が付かれたことが解って、結希は一気に恥ずかしくなって、消えたくなって、その場を駆けだしていた。

 何処に向かって走っているのか、自分が本来向かっていた場所さえも頭から飛んで、ただただその場にいられなくて、走って、走って。何してるんだろう、わたし。そう思う。こんなに苦しいなら、辛いなら、思い出が溢れてどうしようもなくなるくらいなら、思い出なんかいらない。わたしは一人で良かった。独りぼっちのままで良かった。手を差し伸べてくれなくて良かったのに。辛い。辛い。苦しい。キツい。あの時、シュウ兄が手を差し伸べてくれなんかしなかったら、わたしはこんなに弱くならなかったのに。こんな辛い思いしなくてすんだのに。シュウ兄なんか大嫌いだ。嘘。好き。大好き。大好きだから。なんでわたしを捨てたの?捨てるなら、拾わなきゃ良かったのに。わたしに家族の温かさなんか教えなきゃ良かったのに。無責任。どうしようもない。知ってたけど、シュウ兄がそういう人だって。その場の勢いとか想いで後先考えずに口に出して行動して、それで後詰まらせて。シュウ兄のそういうとこ本当に大嫌い。でも、そんなシュウ兄が好きだった。本当に好きだった。捨てられたって解ってても、酷いことされたって思ってても、それでも。わたしの中にはあまりにも沢山の思い出がありすぎて、一緒にいて楽しかった思い出が、幸せだった思い出が、好きだった思い出がありすぎて。完全には嫌いになれない。今でもまだ、シュウ兄が、ユウ悪かったって、お前もうちの家族だよって、だから遠慮せず昔みたいに普通に帰ってこいよって、そう言ってきてくれるのを待ってる自分がいて辛い。そんなわけないのに。だって、わたしは連絡先を変えてしまった。引っ越して、住んでる場所も変えてしまった。もし本当にシュウ兄がわたしのことを気にしてくれていても、わたしを見付けることなんてできない。そんな苦労してわたしを見付け出す理由もない。連絡しようとして、できなくて、それでお終い。シュウ兄がわたしを見付けてくれることなんかない。


 「結希!」

 背後から自分を呼ぶ男の人の声がする。

 「ちょっと待て。結希だろ。結希。待ってつってんだろ。止まれよ。人の話し聞いてんのか、コラ。ったく、相変わらず無駄に足はえーな。止まれ!」

 息を切らせた男性の声が近づいてきて、肩を掴まれて、結希は振り返ってその人を見上げた。さっき目が合った、シュウ兄に似た誰かさん。自分の名前を呼んで追いかけてきたその誰かがシュウ兄なわけはない。シュウ兄はわたしを結希とは呼ばない。でも、声の感じも似てる。だから、まるでシュウ兄が追いかけてきてくれたような錯覚に陥って苦しくなる。しゃべり方は全然違う人だけど。なんでこの人はわたしを追ってきたんだろう。どうしてわたしを知ってるんだろう。シュウ兄によく似た顔で、シュウ兄によく似た声で、そんな必死に追いかけられて。違う人だと解っているのに心が不安定に揺れる。嫌だ。この人と一緒にいたくない。そう思ってしまう。シュウ兄を鮮明に思い出してしまうから。

 「お前、その顔なに?ようやく見付けたと思ったら、なんだよその態度。俺が押しかけてきて迷惑とでも言いたいわけ?ってか、俺が、どんだけお前の事探し回ってたと思ってんだよ。急にどっか消えやがって。連絡も付かねーし、住所も変えてるし。結希が通ってた大学行っても個人情報は教えられないって門前払いされて。ただでさえお前友達少ねーし、SNSとかやってねーしさ。本当苦労してようやく見付けたのに、逃げんなよ。とりあえず帰ってこい。まぁ別に、帰ってきたくないならムリに帰ってこなくても良いけどさ。帰ってこないなら、お前んとこに俺のこと居座らせて。結希が帰って来ないなら、俺、家に帰りたくない。お前が悪いんだからな。お前が勝手に消えたせいだから。だから、迷惑だろうとなんだろうと責任とれ、バカ女。」

 そう悪態を吐かれて、その態度の悪さと横柄さが記憶の中の少年と重なって、結希は混乱する頭の中、もしかして(あきら)?ときいていた。

 「はぁ?もしかしても何も俺に決まってんだろ。誰だと思ったんだよ。ちょっと会ってなかっただけで俺の顔忘れたのか?」

 「いやいやいや。忘れたとか忘れてないとか以前に、サイズがかなり違うじゃん。わたしとどっこいどっこいしか身長なかったのが、こんなでかくなって。声だってすっかり声変わりして。全然別人じゃん。兄弟だし、昔から顔立ちは似てたけどさ。今の晃、昔のシュウ兄にそっくりで。見た目だけなら大人っぽくて、全然あの悪ガキと繋がらなかったよ。話してみるとそのままだけど。」

 「そんな俺、兄ちゃんとそっくりになった?」

 少し驚いたような顔でそう言う晃を見て結希は胸が締め付けられた。本当に似てる。自分が好きだった頃のシュウ兄に。髪型とか服装とかそういうのも。まぁ、シュウ兄はいつもカジュアルな格好ばっかしてたし、適当にジーパンにTシャツとかトレーナーとか着とけばそうなるんだけど。

 「似てるよ。ぱっと見シュウ兄と見間違えるくらい。やっぱ兄弟だよね。声の感じもよく似てる。」

 そう口にして、苦しくなって、結希は晃から視線を外し俯いた。

 「じゃあ、今の俺見てときめいたりすんの?」

 逸らした視界の中に晃が入って来てそう言いながら悪戯っぽい笑みを浮かべてくる。

 「なんで・・・。」

 「だって、結希は兄ちゃんのこと好きだったんだろ。それで、兄ちゃんに彼女できて、結婚話しまで出たからって一切の連絡断って引っ越しまでして俺達の前から消えてさ。どんだけ兄ちゃんを他の女にとられたのがショックだったんだよ。ってか、それくらいのことで俺達のこと捨てるとか酷くない?盆暮れ正月は帰ってくるって言ってたくせに。嘘つき。結希のバカ。本当、結希は兄ちゃんのことばっかでさ。俺と(とおる)がどんな気持ちだったか解る?結希が帰ってこないせいで、兄ちゃんの彼女がやたら家の中にぐいぐい入り込んできて。今まで当たり前に結希が居た場所をあの女が侵食してきてさ。しかも結希と違ってウザいだけだし。マジ苛つく。本当、迷惑。お前は兄ちゃんのことだけ見てろよって。俺達にまでちょっかい出してくんなっつーの。マジうざい。マジムカつく。本当、嫌だ。だから、結希、帰ってきて。結希がいてくれないとマジでムリ。帰ってこないなら、俺を結希んとこに匿って。頼む。本当、家に帰りたくない。」

 そう泣き付かれて、結希はなんだか懐かしい気持ちになった。見た目だけは大人っぽくなったけど全然変わってないななんて思う。そして、シュウ兄は弟達にわたしが離れた理由をちゃんと言ってないんだなと思ってなんとも言えない気持ちになる。それもヘタレなシュウ兄らしいななんて、怒りが湧いてくるんじゃなくて、ただ切なくなるのはなんでだろう。怒れたらきっと楽なのに。きっと弟達のことを考えたら言えなかったんだろうなとか、ちゃんと言えていなくて晃がこの調子なら、今も弟達につつかれてわたしのことで悩んでるかもしれないなとか、そう思うと、怒りより何より苦しくなる。帰りたい。でも帰れないよ。帰れるわけないじゃん。絶対。晃や透がどう思ってくれてたって、シュウ兄にとってわたしは邪魔者なのに。わたしは本当の家族じゃないのに、家族面してあそこに帰れるわけなんかないじゃん。シュウ兄のバカ。本当、ヘタレ。中途半端。わたしを切ったなら、弟達にもちゃんと言わないとダメじゃん。その役目、わたしがしなきゃいけないの?帰りたい場所に帰れないことを、わたしが弟達に伝えて納得させなきゃいけないの?そう思って、全部をここにいる晃にぶちまけたいような気持ちになって、でもできなくて、結希は言葉を飲み込んだ。

 「急に行方眩ませたのは悪かったけど。でも、だから、尚更、もう帰れるわけないじゃん。絶対に帰らない。それに、晃をうちに匿うとか無理に決まってるでしょ。やだよ、うち狭いのにこんなでかいの居候させるの。それに帰らないとシュウ兄が心配するでしょ。ちゃんと家に帰りなさい。うちには泊めません。」

 「ケチ。」

 そう晃にムスッとした顔で睨まれて結希は、ダメなものはダメと子供を窘めるように口にした。

 「じゃあさ、せめて飯ぐらい食わせてよ。久しぶりに結希が作った飯食いたい。それくらいいいだろ?」

 そういじけたように口にされ、結希はついつい昔のようにそれをしかたがないなと受け入れてしまった。やったねと本当に嬉しそうに笑う晃の顔を見て、胸が詰まる。食べたらちゃんと帰りなよと口にして、何が食べたいの?なんてきいて。子供の頃のように、一緒にスーパーに行って材料を買い足して。当たり前のように隣に立って昔と同じように屈託なく笑いながら話しかけてくる晃の存在が、ありありと思い出したくない幸せだった過去を鮮明に自分の中に映し出してきて辛かった。辛かったけど、でも、昔のままの晃につられて、自分も昔のまま彼に自然と、ごく自然に対応していて。ただ、心の中だけは辛くて苦しくて、結希はどうしようもなくなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ