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初恋にさようなら  作者: さき太
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 「(とおる)、大丈夫か?」

 そう(あきら)に声をかけられて、透は普段から低いテンションを更に酷く低くして、大丈夫じゃないと答えた。

 「俺、今日はどっか消えてて良い?結希(ゆうき)の彼氏とか本当、会いたくない。」

 そう完全に沈み込む透を見て、晃は呆れたように溜め息を吐いた。

 「俺達完全フラれたんだから、いいかげん諦めろよ。」

 そう晃に言われて、透は解ってるよと呟いた。

 九年間、ずっと片想いをこじらせてきた。小さい頃は、全然こっちを見てくれないのは解りきった状態で、いつだって必死に、振り向いてもらおうと必死に頑張っていた。等身大よりずっと背伸びして、大人ぶって、対等に見てもらおうとして結局ダメで。一度だって彼女が自分の方を見てくれたことなんかない。そういう意味で意識してもらえたことなんて。それでも諦め切れなくて、頑張ってきたのに・・・。そう思って透は心の中で酷く重苦しい溜め息を吐いた。大人に近づいた今の自分ならチャンスはあるのかな、そう思えたときもあった。でも、結局ダメだった。弟にしか見れないとか、そういう風に意識したことがないって言われてフラれたのなら、そんなの初めから解りきってることだし、これから意識を変えさせればいいだけって諦める気になんて全然ならないけど。でも、ちゃんとフラれちゃったからなと思う。


 『わたしのこと好きになってくれてありがとう。探し出して、追いかけてきてくれて。嬉しかった。透と晃のおかげでわたし、救われたよ。でもね。わたし、二人とは絶対付き合わない。正直、大きくなった二人に迫られて意識しちゃってどうしようもないんだけどさ。でも、それは恥ずかしいとかそういうだけで、それ以上の気持ちは全くないから。』

 そうきっぱり言われたときは、まだ完璧にフラれたとは思わなかった。むしろ、男として意識されるようになった分これからだと思ったくらいだった。でも、

 『わたし、今まで碌な恋愛してきてないの。ただ寂しくて、一人でいたくなくて、好きとか付き合ってって言ってくる人と適当に付き合って。本当にわたしのこと好きでいてくれた人にさえちゃんと向き合えなくて、上手くいかなくて・・・。透のことも、晃のことも、よく知ってるしさ。二人もわたしのこと解ってるし。きっとどっちかと付き合ったら、わたしはとても楽だと思う。だから今までだったらそれで、二人の好きに甘えて、どっちかと付き合ってたかもしれない。でもね。そういうのはもう止めようと思うんだ。誰かの好きに甘えて依存したくない。自分に都合の良い人と気持ちがないのに付き合いたくない。ちゃんと、自分がずっと一緒にいたいなって、この人と一緒にいて、この人に触れたいって、そう思える相手と付き合いたい。二人はわたしにとって、あまりにも身近すぎてさ。近すぎて。男の人として意識するようにはなったけど、そういう相手じゃないんだ。二人のことは好きだけど、わたしのこの好きは恋愛感情じゃないし、恋愛感情に変わることもないから。でも、すごく掛け替えのないものなの。恋じゃなくても、なくしたくない。わたしにとって二人はやっぱ家族だよ。親子姉弟でもなんでもなくても、家族でしかありえない。だからごめんね。』

 そう言った結希は申し訳なさそうなでも何だか清々しいような顔をしていて、それを見て、透は、彼女の中に自分達ではない誰かがいるのを感じてどうしようもない気持ちになった。

 彼女にはきっと、一緒にいたい、触れたいと想った相手が実際にいて、その誰かが彼女の中に住み着いている。それを理解できてしまったから、どうしても自分じゃダメなんだなと思って辛くなった。昔はどう足掻いても兄さんに勝てなかった。今は、見知らぬ誰かに全く勝てる気がしない。結局どんなに頑張ったって彼女は自分のものにはならない、そう思うとやるせなくて、透は、もう俺一生誰とも付き合わないし結婚もしなくていいやなんて思った。


 チャイムの音が鳴って、晃が、噂をすれば来たんじゃねとか言って、楽しそうに玄関に向かう。それを横目で追って、透も重い腰を上げて出迎えるため立ち上がった。玄関で兄と弟が結希が連れてきた彼氏に挨拶を交わす姿を後ろから見て、俺もあの中入らなきゃいけないのかと思って気が重くなる。でも、

 「結希の彼氏ってどんなんかと思ってたけど、想像してたのと全然違うな。ってか、全然、兄ち・・・」

 晃が脳天気にとんでもないことを発しようとしていることに気が付いて、透は思わず後ろから彼を蹴ってその発言を阻止した。

 「晃の想像と違うとか本当どうでも良いし。よけいなこと言うな。失礼だろ。」

 そういつも通りを繕って声をかけ、透は視線で晃を牽制した。今絶対こいつ兄さんと似てないとか言おうとしただろ。ただでさえ結希が実家と称してるここは結希とは血の繋がりも何もない他人の家なのに、そこの長男のこと好きだったとか知られたら、彼氏絶対快く思わないから。俺達が結希のこと好きだったってことも絶対に口に出すんじゃねーぞ。そんなこと言ったら彼氏と上手くいかなくなるだけじゃなくて、結希がもうここを実家扱いできなくなるから。そんな気持ちを込めて、透は晃を睨めつけると客の方に視線を向けた。

 二十代も半ば近くなったのに、いまだに中学生に間違われることもしばしばなくらい背が低くて童顔な結希とは対照的に、彼女の彼氏は大柄で厳つくて、ぱっと見釣り合わない気がした。でも、二人が纏っている空気がすごくよく似ていて、違和感がなくて、お似合いだななんて思ってしまって、透は苦しくなった。でもそれを隠して、簡単に挨拶をして、その場にとどまりたくなくて、いつまでも玄関で喋ってないで上がれば?と声をかけて移動を促す。そして、そんなに違和感なく自分の家族の輪に馴染んで会話をしている彼氏を見て透は、人は悪くなさそうだなと思った。今は緊張しているけど、これで緊張が解けたら。そうしたら、こいつがいるこの光景もうちの当たり前になるのかな。そんなことを考えると、透はなんともいえない思いに胸が締め付けられた。

 「結婚するの?」

 ついぽろりと言ってしまった台詞に、全員の視線が一気に自分に集まって、透はそのそれぞれの驚いたような顔の中に、誰一人それを拒絶するような色味がないことを、何よりも当事者の二人が同じような顔でそれを意識して顔を赤らめるのを見て取って、なんだかなと思った。こんなのを見てしまったらもう諦めるしかないじゃんなんて、どうしようもないような気持ちになる。

 「実家に彼氏連れてくるとか、結婚の挨拶じゃないの?」

 「え?結希、結婚するの?マジ?うわー、全然想像してなかった。ってか、想像できねー。彼氏と並ぶと結希が余計にちびに見えるし、絵面犯罪じゃねとか思ってたのに、これで式挙げんの?結希、だいぶ高いヒールはかねーとだろ。つま先立ちしてもヤバいんじゃねーの。うわっ、マジ想像つかねー。」

 「晃、黙れ。お前は口開くな。」

 「マジでか。俺も全然そんなの考えてなかった。結希も彼氏とか連れてくるような年になったかとか、感動しちゃってたよ。普通に歓迎しちゃったけど、なに?それじゃ、俺、結婚とか何言ってんだ、お前等にはまだ早い。うちの娘は嫁にやらん。とか、言った方が良いの?」

 「ちょっ。止めてよ。そんなのいらないから。っていうか、シュウ兄。わたしもう二十四だからね。彼氏連れてくるような年になったとかじゃなくて、むしろ結婚急かされてもいい年だから。いや、そもそもただ連れてきただけで、まだそんな話し出てないし。透も気が早すぎだから。」

 そんなやりとりをしていると、ぎゃーっと赤ん坊の泣き声が響き渡って、翔太(しょうた)が起きたと修助(しゅうすけ)が焦ったように様子を見に駆けていく。それに一緒になって駆けていく結希と何故かつられるようにそれを追って行く彼氏を見て、透はそれが可笑しくて小さく笑った。

 「透さ。結希とあいつの仲邪魔して破局すれば、もうワンチャンあるとか考えねーの?」

 そう何処かふて腐れたように晃にきかれて、透は考えないときっぱり答えた。

 「だから余計な気使うなよ。迷惑。」

 「ひでー言い様だな。」

 「晃だって考えてないだろ、そんなこと。俺は、結希の幸せを壊すつもりはないよ。それに、我慢するのも諦めるのも慣れてるし。」

 「あっそ。後で後悔しても知らねーからな。」

 「後悔ならもうしてる。でも、もうどうでも良いよ。晃が言ってたとおり、俺の努力は結希を振り向かせるには無駄だった。それだけの話しでしょ。でも、結希に昔みたいな笑顔が戻って、またここ戻ってきてくれたから。俺の努力は完全に無意味ではなかったってことで。だから、これで満足することにする。もう、失いたくないし、失わせたくないから。」

 そう言うと、ふて腐れたように晃にこの格好つけがと毒づかれて、透は笑った。格好付けてないとどうにもならないだろなんて思う。でも、百パーセントただの強がりの格好つけじゃなくて、ちゃんと本心も混ざってるから。振り向いて欲しかった、自分を選んで欲しかった。でも、どうしようもなくムリなんだって解っちゃったから。今の彼氏と破局させたからって、結希は俺を選んではくれないし、むしろ離れていってしまうって解るから。じゃあ、祝福するしかないじゃん。応援するしかないじゃん。幸せになってって。ちゃんと幸せになってくれないと困る。俺にどうしようもないくらい幸せな姿を見せつけて、結希の選択は間違ってなかったんだって、それが正解だったんだって思わせてくれないと・・・。


 リビングで、結希が翔太のおむつを替えるのに手間取っている修助に、手際が悪いだの、また仕事にかまかけて弟に頼りっぱなししてるんじゃないのだの、自分で育てるって決めたんだからもっとちゃんとしなよだのなんだのと小言を言いながら、そうじゃなくてこうするんだよなんて手伝いながら教えているのを彼氏が微笑ましそうに眺めているのを見て、透は彼に近づいて話しかけた。

 「うちの長男どうしようもないでしょ。俺達はまだ実家住まいだし、実の弟だから兄さんに振り回されるのも仕方ないけど。結希なんて、本来うちの子じゃないのに、助けてくれって呼び出されて、翔太の世話させられて。結希も結希で、わたしも赤ちゃんの面倒なんか見たことないし、小学生だった透や晃とは違うんだからムリだから、とか言いながら、結局一生懸命になってやってんの。今じゃあの通り、本来毎日子育てに奮闘してるはずの兄さんよりよほど手際が良くなってるんだよね。」

 そう言うと、彼氏がユキらしいなと言って本当に愛おしそうに結希を見て笑うのを見て、透は少し視線を俯けた。

 「俺達のこと、おかしいと思わない?」

 「思わないよ。ユキからだいたい話しは聞いてるし。実際きてみて、良い家族だなって思ったよ。ユキもすごく生き生きしてるし、空気感って言うのかな?ユキと同じ感じがしてさ。あぁ、ここがユキの実家なんだなって実感できて。連れてきてもらえて、俺のこと紹介してもらえて本当に嬉しいと思ってる。」

 そう言う彼氏は心底そう思っている様子で、そのなんとも言えない照れたような顔が眩しくて、透は彼から視線を逸らした。

 「結希は本当に苦労してるんだ。実の親とのこととか、そういうのの都合でうちに居候することになってたこととか。そのせいで根も葉もない誹謗中傷受けたり、すごく辛い思いもたくさんしてきて・・・。あんたが平気でも、あんたの親は?家族は?ちゃんと結希のこと受け入れてくれるの?何かあってもあんたがちゃんと結希のこと護って、幸せにしてくれるの?」

 そう言葉にして、透は彼氏に視線を戻し、彼を見上げ真っ直ぐ彼の目を見据えた。

 「誰が何と言おうと、結希はうちの家族で。俺にとっては、母のような、姉のような、掛け替えのない大切人なんだ。だから、ちゃんと幸せにしなかったら。結希のこと泣かせたら。俺は絶対にあんたを赦さない。」

 そう告げると、彼氏が真面目な、でも何処か頼りげのない顔をして頑張るよと言うのを聞いて、透は少しイラッとした。でも、

 「俺が護るとか幸せにするとかじゃなくて、俺達が互いに支え合って幸せになるんだと思うからさ。どっちかが一方的にどうとかじゃなくて、どんなことがあってもちゃんと二人で乗り越えていけるように、そこは二人で頑張っていきたいなって俺は思うんだ。でも、君の気持ちはすごく良く解るよ。心配になるのも。だから俺は、君達の大切な人を、誰よりも大切にするって約束する。絶対に不幸にはしない。それだけは誓うから。俺とユキの仲、認めてくれるかな?」

 そう続きを聞かされて柔和に笑いかけられて、透はこれは完敗だなと思って、何だか吹っ切れたような気持ちがした。護るとか幸せにするんじゃなくて、二人で支え合って幸せになる、か。考えた事もなかった。結希のためなら何でもできると思っていた。実際、結希のためだと思って、自分が助けるんだ、護るんだって、色んなことをやってきた。自分を見て欲しくて、無茶なことも結構やった。自分を選んで欲しくって、自分を選べばどんなメリットがあるか主張して。そんな自分がすごく子供っぽい気がして、だから自分は選ばれなかったんだなんて思う。

 「あんたが本当にそれができる人間なのか確信もてたらね。今日初めましてだし、そんなすぐ信用なんかできないから。それまでは結婚は認めない。でも、付き合うだけなら勝手にすれば。」

 そう少し意地悪を言って、透は彼氏に小さく笑いかけた。

 「あんたといる時の結希、本当に気の抜けた緩んだ顔しててさ。あんたも。二人の纏ってる空気が一緒で、すごくお似合いだとは思ったよ。だから、余程のことがない限り反対するつもりはないから。ちゃんと、いつか俺の義兄(にい)さんになれるように、頑張って。」

 そう言うと彼氏が本当に嬉しそうな顔をして照れたように笑う。それを見て透は、この人は本当に結希のことが好きで大切にしてるんだなと感じた。そして、結希が家族だと思っている俺達のことも大切にしてくれようとしてるんだなと思って、切なくも暖かい気持ちになった。

 結希が選んだ人が良さそうな人で良かったと思う。きっと俺も、この人を好きになれると思う。この人をそのうちいつか、本当に家族のように迎え入れられる時がくると思う。まだ胸の痛みは残っているけど、未練が完全になくなったわけじゃないけど。でも、いつかきっとこの想いは、ただ懐かしいだけの大切な想い出になって、未練も痛みもきっときれいさっぱりなくなるんだろう。そう思って、透は結希に視線を向ける。俺もちゃんと前を向くから。どうか、どうか幸せになって。めいいっぱい幸せになって。心の底からそう願って、透はまだ見ぬ未来にちゃんと目を向けることを決意した。

 さようなら、俺の初恋。実らなかったけど、でも、結希のことを好きだったこと、後悔は絶対しないから。そう思って、透は胸の痛みを抱えたまま、それでも清々しい気持ちで笑った。


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