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初恋にさようなら  作者: さき太
13/15

 「そこで二人で何やってんの?」

 玄関に戻ってきた(あきら)が不機嫌そうに声をかけてくる。

 「気付いたら二人とも上がってきてないし、全然上がってくる気配ないし。(とおる)、また抜け駆けしてんじゃ・・・。」

 そう透に疑いの眼差しを向ける晃に透が何かを言い返そうとする気配を感じて、結希(ゆうき)は、抜け駆けも何もわたしどっちとも付き合う気ないからねと宣言した。

 「わたしにとって透も晃も弟みたいなもんだし。それ以外には見れないから。どっちかと付き合うとか絶対にありえないから。」

 そう言って、言ってやったぜと何かやりきった感に浸るも、そんなこと言ってすぐ流されそうになるくせに、今朝だってちょっと流されかけてたでしょ、と突っ込まれて、バレてたのかと思って結希はぎくりとしながらも、混乱しただけで流されそうになんかなってないと否定してみた。

 「ってかさ、急に全否定とかなんだよ。あれか?久しぶりに兄ちゃん前にして、やっぱ兄ちゃんがいいなとか思ってるわけ?解ってると思うけど、兄ちゃん既婚者だからな。とっとと諦めろよ。」

 「解ってるよ。ってか、シュウ兄にももうそんな感情ないし。そんな気ないから。それ、見当違いも甚だしいから。」

 「それはどうだか。そんなこと言って、これで離婚とかなったら解らないよね。結希、なんだかんだ言っても兄さんのこと赦すんでしょ?あんな酷い扱いされたのに。本当は未練たらたらなんじゃん。じゃなきゃ、普通赦せなくない?絶対、まだ兄さんに気があるんでしょ。」

 「だから、違うって言ってるでしょ。二人ともしつこい。」

 そんな言い合いをして、そしてようやく家の中に入る。さすがにこれ以上は修助(しゅうすけ)にも聞こえてしまうと思って気を遣ったのか、結希が誰に気があるだとかなんだとかそんな話題はすっかりなくなって、それでも二人が牽制し合って結希の取り合いをするように喋りながらリビングに向かって。

 「なんか、懐かしいな。この光景。」

 そうリビングで待っていた修助が本当に酷く懐かしそうに、愛おしそうに目を細めて笑う姿を見て、結希は胸が詰まった。

 「昔も、いつもそうやって透と晃がユウのこと取り合いしてて。俺は除け者で。ちょっと寂しかったんだよな。正直言うと俺、ユウに嫉妬してた時もあったくらいでさ。ユウばっか弟達に懐かれてずるいってさ。まぁ、そのうち、一体どっちが勝って、ユウはどっちと付き合うんだろうなとか、微笑ましく見てたんだけど。結構本気で、いつかユウが本当に義妹になる日が来ると思ってたしな。」

 そう何処か寂しげに口にして、修助は、その微笑ましく見てた光景を俺が壊したんだよなと悲しげに呟いた。

 「ユウ、悪かった。いや、謝ってすむ話しじゃないだろうけど。俺としてはそんなつもりはなかったとしか言いようがなくて。家に来るなって言ったのは、美鈴(みすず)がなんかユウのこと勘違いしてるっぽくて、ヒス起こしてたから、勘違いが払拭されるまでは家に来ない方が良いって言いたかっただけで。透や晃にとってもっていうのも、ユウが離れてたほうが、こいつらが美鈴と険悪にならずにすむんじゃないかと。連絡できなかったのは、ユウの連絡先、っていうか、ありとあらゆる連絡先、美鈴に消されて、俺からは連絡取れなくなって。そのうちユウの方から連絡来るだろうから、その時説明すればいいやって・・・。」

 そう頭を下げる修助に、透と晃が同時に、バカと怒鳴りつけて、二人それぞれがそれぞれに暴言を浴びせる。

 「音信不通になって引っ越しまでされて逃げられてるのに、そのうち連絡来るだろで放置してたとか、マジどんだけだよ。兄ちゃんのその頭、そん中花畑だろ。脳天気にも程があんだろ、このバカが。」

 「まぁ、兄さんがそういう適当な人だっていうのも、深刻にもの捉えられない人なのも知ってるけどさ。兄さんは、結希がどうしてうちに居候してたか解ってるよね?っていうか、兄さんが連れてきたんだよね。なのに、兄さんからあんなこと言われたら結希がどう思うかを全く想像できないとか、兄さんには想像力の欠片もないの?本当、兄さんってどうしようもないよね。」

 そう次々に弟達から浴び去られる暴言に、またどんどん小さくなっていく修助を見て、結希は何だかなと思った。自分が何かを言う前に、凄い勢いで二人が怒っているから自分の出番がない。いや、晃は怒って捲し立てているけど、透の方は怒る通り越してもう殺気すら感じるレベルで見下しながら淡々と責め立て続けてて、これに自分も割り込んで参戦するとかできない。むしろここまでくるとただただ修助が可哀相で、自分まで二人と一緒になって責めるのはな、なんて引いてしまうくらいで。こうなると、本当に自分はただの部外者でここで起きていることは全て他人事のように思えてくる。だから結希は何も口を挟まず、弟達にフルボッコにされる長男を妙に冷静にただの傍観者のように眺め続け、昔はこのどうしようもないところも好きとか思ってたけど、アレは完全に初恋フィルターが掛かってて盲目になってただけだよなと思った。よく考えなくてもさ、シュウ兄って自分勝手だし、お人好しなところはあるけど思い遣りがあるかっていわれたら怪しいし、鈍感で、想像力なくて、頑張るの方向性を百八十度間違えてたって気付かないアホだし。それで上手くいかなくて苛々して周りに当たっちゃったりとか、指摘されると逆ギレしてくるような、どうしようもない奴だったよ、昔から。悪い人じゃないし、シュウ兄なりに人のためを考えて頑張ってるのは解るんだけどね。何と言っても、全然相手の立場とか思いとか考えず、自分の感情と思い込みで突っ走るから、結局の所独り善がりで周りを振り回してるだけっていうのがシュウ兄だよ。わたしが藤倉(ふじくら)家に居候する直前だってさ、普段わたしが家に独りぼっちで放置されてたの知ってたのに、何の連絡もなく唐突に帰ってきた両親がわたしと和気藹々と家族団らん過ごす予定だとか思っちゃうような脳天気さだしね。あの頃は何も思わなかったけど、当時のシュウ兄、二十二歳だし。学生だったとはいえ大人の分類。普通気付くよね。自分が二十歳越えたからよけい思うけど、それなりに年いったらさ、普段子供放置してて平気な親が、いきなり帰ってきたからって子供のこと構おうとか思うはずないって、解るよね?構ってきたらきたで、絶対何か裏があると思うでしょ。それがさ、わたしがネグレクト受けてたの知って怒ってたのに、脳天気に、久しぶりの家族団らん楽しめとか言っちゃうあたりどうなのって思うの。思い返せばあの日、シュウ兄のあの脳天気な返信が一番キツかったんだよな。正直、晃の自分勝手なワガママメッセージの方が嬉しかったし、透の無機質な返事の方が何も感じずにすんだし。なんでわたし、シュウ兄のこと好きだったんだろう。いや、色々、本当に色々助けてもらって、シュウ兄には本当に感謝しても感謝しきれないくらい色々してもらって。悪いとこばっかじゃないし、良いところも沢山あるし、幼い女の子が恋しちゃう要素はあったんだよ。あったの。でも、今こうしてこてんぱんにされてるシュウ兄見ながら、シュウ兄の嫌なところ振り返っちゃうと、ムリだな。シュウ兄はないな。なんか、これがわたしの初恋の相手なのかと思うとげんなりしちゃうくらい、ない。そんなことを考えて、結希は何だか虚しくなった。

 「で?兄さんはこれからどうするの?ここまできてもあいつの肩持ってあいつと一緒にいる気?兄さん自身、だいぶ迷惑かけられてる気がするんだけど。いいかげん、愛想つきたりしないの?」

 言いたい事を吐き出し尽くしてスッキリしたのか、それとももともとこれくらいで止める予定だったのか、透がついさっきまでの殺気染みた雰囲気をすっかり消し去り、いつも通りの低いテンションで感情の起伏が解りづらい調子に戻って、修助に問いかけた。

 「いや。確かにあいつのヒスには手焼いてるし。色々困ったとこあるけど。あいつだって、苦労してるって言うか、大変なことがあって。そう簡単に見捨てられないっていうか。でも、だからってお前達と縁切るとか考えられないし・・・。」

 そうしどろもどろに言いながら視線を逸らす修助を見て、透があからさまな溜め息を吐く。

 「言っとくけどあいつ、浮気してるよ。」

 そんな透の言葉に、その場の空気が固まる。

 「というか、もともと兄さんが浮気相手。心情的には今も?結婚してるだけで、あいつ兄さんにこれっぽっちも気なんてないからね。最初から兄さん、あいつの都合のいい男カテゴリだし。あいつが兄さんと結婚したの、うちの財産目当てだだから。ほら、うち、親が残した不労所得があって、兄さんも普通に働いてるから結構余裕があるじゃん。ってか、一般家庭としてはかなり裕福な部類だと思うんだよね。だから兄さん捕まえれば、贅沢三昧できるし、親いないくて男兄弟だけなら手玉にとって姫待遇でちやほやしてもらえるって妄想してたみたいだよ。兄さん意外と口うるさいし財布の紐固いし、俺達は思い通りに手懐けられなかったから、全部計算外で不満だらけみたいだけど。」

 そうしれっと透が言うのを聞いて、なんであんたはそんな事知ってるんだと結希は心の中で突っ込んだ。修助と晃はもう言われたことに頭がついて行っていない様子で呆然としているし。発言した張本人は、それ以降を続けることもなく、もう後のことはどうでもいいというように席を立って、キッチンでお茶なんか飲んでるし。自分に関係のあることの時だって、もう他人事のように聞いていたのに、この状況でどうして良いか解らないと思って、結希は自分はどうしたら良いのか解らなくて、ただただ居心地が悪かった。

 「結希もいる?」

 とりあえず透を目で追って見ていたら、いつもの調子でそう言いながら小首を傾げられて、結希はなんか複雑な気持ちになった。なんでこの場でこれだけいつも通りかななんて思って、本当透って自由人っていうか、意味が解らないと思う。ただ、これまでのことを考えると、透の中では既に色々できあがってて、それにそって行動してるんだろうなと思えてきて、どうでもよさそうにスマートフォンをいじっている姿も、自分には想像のつかないなにかをしているように見えてきて、結希は、透はいったい何企んでるんだろう、今度は何するつもりなんだろなんて勘ぐってしまった。しょっちゅうスマホいじってて、透は今時の子だなとか思ってたし、何してるのかとか気にしたことなかったけど、なんかもう、それで犯罪ギリギリっていうか、もうアウトなことしてそうで怖いよ。透の何考えてるのか解らないが、何企んでるか解らないに昇格して本当怖い。なんて思う。

 「あ、そういえば。結希の好きな卵プリンあるけど食べる?俺のだけど、あげるよ?」

 そんなことを言いながら透が冷蔵庫からプリンを出して持って来て差し出してくる。それを見て結希は、これは、ここの近所のケーキ屋さんの、わたしがめちゃくちゃ好きなやつ、と思って、思わずつばを飲み込んだ。ここのプリン、卵の風味がしっかりして、生地が硬めだけど口当たりがなめらかで、さらさらした薄い色のカラメルも甘すぎないし主張しないし上手い具合に生地と絡んで、カラメル苦手で大抵カラメル残しちゃうわたしでも全部残さず食べちゃうくらい美味しいんだよな。地元離れて、この辺に来づらくなって、何度近所のコンビニで買えれば良いのにと思ったか解らない。めちゃくちゃ食べたい。でも、今、これに喜んで食いつく状況?良いの?食べて良いの?食べたいけどさ。そりゃ食べたいけど。思いっきり打ちのめされて沈んでるシュウ兄と、まだ微妙に怒りが収まってないみたいなのに状況が飲み込めなくて黙り込んでる晃を前にして、これ普通に喜んで食べてて良いの?わたしここで呑気にお茶してていいの?場違いすぎじゃない?なんて思う。

 「いらないの?いらないなら俺食べるけど。」

 そう言って、渡されたプリンをひょいっと透にとられて、結希は思わず、食べると声を出して彼の手の中のプリンを掴んでいた。その様子に、透は楽しそうに目を細め、修助と晃も思わずと言った様子で吹き出すように笑って、結希は恥ずかしくて顔が熱くなった。もうこうなったら何も気にせず食べてやる。そう思って、透から奪い取ったプリンの蓋を開けてスプーンですくって一口口にする。その瞬間、久しぶりの大好きな味に幸せな気持ちが広がって、結希は思わず顔が緩んでしまい、また笑われて、ハッとして不機嫌に黙り込んだ。でも、プリンの誘惑に勝てなくて、笑いたきゃ笑えば言いさ、無視するから、だって美味しいんだからしかたがないじゃん、これ好きなんだもんと、いじけた気持ちになりながら続きを食べた。

 「結希ってチャイ好き?俺、自分で淹れるの嵌まっててさ。飲むなら淹れてあげようか?」

 そんな脈絡のない透の言葉に顔を上げると、それを聞いた修助と晃が嫌そうな顔をして、飲むって言うなというように首をブンブン横に振っているのが見えて、結希は疑問符を浮かべた。

 「俺、東南アジア系の料理に嵌まってるんだよね。丁度昼時になるし、俺作るから結希も食べない?」

 チャイと聞いて嫌そうな顔をした二人を無視して透がそんな風に提案してきて、それを聞いた二人が更に止めてくれと言うように顔色が悪くなって、それを見て思わず結希は、透って料理へたじゃないよね?と口に出してしまった。

 「へたじゃないよ。知ってるでしょ?兄さんや晃とは好みが合わないだけ。前も話したけど、そんなんだから普段俺の趣味に付き合ってくれる人いなくてさ。今日は結希もいるし、皆で付き合ってくれるよね?」

 「誰が付き合うか。お前、それするの本当やめろ。料理もムリだけど。それ以上にチャイとか暫く家ん中香辛料臭くなるし、マジムリだから。」

 「悪い。透の作るやつは本格的すぎて、付き合ってやれない。あの独特な味がずっと口の中に残るのが本当に耐えられない。マジ、勘弁してくれ。」

 「せっかくだから結希に食べてもらおうかと思ったんだけどな。たまには二人が我慢してくれてもいいのに。」

 「いや、我慢するとかしねーとかそういうレベルの問題じゃねーし。あんなもん誰が食えるか。マジ止めろ。」

 そんな言い合いをする三人を見て、結希はまぁまぁと声をかけて間に入った。

 「じゃあ、間をとってチキンカレーにでもすれば?材料一緒で、透とわたしの分はココナッツカレーにするとかさ。カレーならそこまで香辛料の臭いとか気にならないんじゃない?」

 そう口出しをして、でも材料あるのかなと疑問に思って、結希は透を見上げその疑問を口にした。

 「皆がそれでいいなら、足りない材料買いに行くけど。カレーで良いの?」

 そう言う透に、カレーならまだ良いと二人が返して、じゃあ買い物行こうと透が結希に声をかけて、何も考えずに普通に一緒に出ようとした結希を止めるように晃が立ち上がって、透と恨めしそうな声を上げる。でも、透に、晃も一緒に来る?とさらっと言われて、晃は肩すかしを食らったようにポカンとした顔をして、あぁ行く、と間抜けな声を出した。

 「あとは兄さんの問題だから。兄さんがちゃんと解決してくれる?離婚するもしないも自由だけどさ。これ以上、俺達に迷惑かけないでほしいんだけど。でも、兄さんが解決できなかったら、宣言通り、徹底的にあいつ追い詰めて追い出してやるから、そのつもりでいてね。あぁ、それと。一応伝えとくけど、あいつの腹の子、兄さんの子供じゃないよ。おかしいと思わなかった?ずっとレスだったくせに、急に求められてすぐ子供できたとかさ。必要なら俺が持ってる証拠あげるし、離婚になったら確実に兄さんの方が慰謝料とれる案件だけど。絆されて、自分の子でもない子供の養育費取られるとかないように気をつけなよ。なんていっても兄さんってどうしようもないバカだからさ。まぁ、どうでもいいけど。あとは好きにすれば?」

 そう爆弾を落として、透が何事もなかったかのようにしれっと買い物行ってくると言って、結希と晃を外に促してきて、結希は、透って本当何なんだろうと背筋が寒くなった。

 「透ってさ・・・。」

 一体自分が何を言いたいのか、聞きたいのか、そんなことすら解らなかったのに、結希は自分の前を歩く透の背中に声をかけた。

 「目的のためだったらどんなことでもする異常者だよ。怖くなった?」

 そう何かを口にする前に透に言われて、結希は言葉を飲み込んだ。家に入る前、まるで嫌いにならないでと言うように不安げに、自分に縋るような目を向けてきた彼の姿が頭に蘇る。自分のすることは結希のためだって信じて欲しいって、昔みたいに笑ってここに戻ってきてほしいだけだからって、そう言われたことを思い出す。何を考えているか解らない、昔から、全然掴み所がなくて意味が解らなくて。でも、透は、我慢強くて気遣いができる、優しい子だって知ってる。なんだかんだで晃の良いお兄ちゃんで、気が利く良い子で。意地張って甘えないようにしようとはしてけど、藤倉(ふじくら)家にいた時、結局わたしは一番透のことを頼りにしてた。再会した後だって、透だったら大丈夫って何も疑うことなく全面の信頼置いて色々任せちゃうくらい。今だって、透の異常さに怖じ気づく自分がいるけど、でも、思い返しても透は間違った事は何も言ってないし、シュウ兄にキツいこと言うのだって、あれくらいハッキリ現実突き付けないとシュウ兄には届かなかったんだろうなって、想像もつくし。わたしを買い出しに連れ出したのも、わたしと二人になりたいというよりは、わたしに声をかければ晃も絶対来るって言うし一緒に連れ出せるからで、シュウ兄に一人で考える時間を作ってあげたいとかそういうことなんじゃないかな、なんて思って。結局は透の行動って自分のためっていうより誰かのためなんじゃないかと結希は思った。だから、どんな異常に見えることをしていたって、透が自分勝手に人を傷つけたり、陥れたりするような人じゃないって信じられる。そう思って、結希は透に笑いかけた。

 「いや。勝手に家捜しされてたとか、衝撃的だったし。シュウ兄の奥さんの素行調査?みたいなことも、あんたどうやってその情報仕入れたのって気になるっていうか、しれっと犯罪チックな事してんじゃないかなとか勘ぐっちゃって、確かにちょっと怖いなとか思っちゃったけど。でも、透は透でしょ。透の行動には理由があって、それが悪意じゃないのも解るし。大丈夫だよ。」

  そう伝えると、透が、結希は俺のこと買いかぶりすぎと言って小さく笑う。

 「そりゃ、結希の前では良い子ちゃんしてるけど。俺、そんなにお人好しでも、良い奴でもないよ。」

 「そうだよな。本気で怒ったら、相手のこと普通に社会的に抹殺しそうだもんな、透。ってか、結希がついてこなかったら、兄ちゃんのこともあの程度で終わらすつもりなかっただろ、お前。」

 「んー。まぁ。でも、これ以上結希に怖がられたくないし、やり過ぎると後味悪いし。とりあえず、兄さんの嫁を追い出すだけで満足しとこうかなって。それが兄さんごとになるか、あいつだけになるかは兄さんしだいだけど。今までのことにプラスして、あれだけ爆弾投下したら、流石の兄さんも切り捨てるでしょ。本当は、もっと徹底的に追い詰めるつもりだったんだけどね。諦める。」

 そうどうでも良さそうに言って、透が、昼ご飯何にしようかと言い出して、結希と晃は疑問符を浮かべた。

 「カレーじゃないの?」

 「カレーにする?別に良いけど。この辺に美味しいカレー屋あったっけ?」

 「透が作るんじゃねーのかよ。」

 「作っても良いんだけどさ。そうするときっと、昼抜きで晩飯になるけど、それでもいい?」

 そう言って、透が自分達が歩いている歩道の反対側の歩道に視線を向けるのを、意味も解らず追いかけて、晃がそこに何かを見付けてあっと声を上げた。結希にはその意味も解らなくて、混乱した頭で、向こう側に何かあるの?と問いかける。

 「いや。あそこ歩いてんの兄ちゃんの嫁。」

 そう言われて、反対側の歩道を藤倉家の方へ向かって歩いている女性に目を向ける。そこにいたのは派手な格好をした化粧の濃い女性で、結希はシュウ兄の奥さんってこんなだったっけと思った。化粧濃いだけで、全然大人っぽくも美人でもない。なんか自分の記憶、だいぶ補正掛かってるな。っていうか、昔のわたしからしたら、ああいうのが大人っぽく見えて、美人に感じたのかな。自分が見た目お子様なのコンプレックスだしね。なんて、目の前を通り過ぎる女性を見て思う。

 「シュウ兄の奥さんってさ、妊婦だよね?ヒール履いてたし、あの格好って・・・。」

 「突っ込むな。あの女に常識は通用しねーから。ってか、あいつこっちに全然気が付かなかったな。」

 「気付かれたら面倒だから、気付かれなくて良かったけどね。」

 そう言って、透が視線を自分達が居る場所に戻す。

 「あいつ、自分のあの状況利用して、わざと家飛び出して兄さんに心配させて心労嵩ませて、焦れた頃に戻って反省しないままなぁなぁで赦してもらう魂胆だから。兄さん、完全に見下されて掌で転がされてるんだよ。まぁ、今回ばかりは兄さんも、あいつの計画通りにはならないだろうけどね。と言うわけで、普通に買い物して家に戻ると昨日の続き、修羅場第二弾に巻き込まれるから、うちでご飯は諦めて、外で食べる方が良いでしょ?結希がどうしてもあいつに一言言ってやらなきゃ気が済まないって言うなら付き合うけど。」

 しれっとそう言う透を見て、結希は、もしかして全部透の計画通りなのかこれ、と思った。怖っ。本当、怖っ。絶対、透のことは敵に回さないようにしよう。そう思う。そして、何か全てがどうでも良くなって、結希は、面倒くさいし最後まで会わないままでいいやと答えた。

 「お昼、何食べようか?」

 「俺。カツ丼とかが良いな。カレーって気分じゃないし。」

 「カレーって気分じゃないのは同感だけど、カツ丼重くない?俺、もっとアッサリしたやつがいいんだけど。」

 「え?二人ともカレーの気分じゃないの?わたし、すっかりその気になってたから、もうなんかカレー以外考えられないんだけど。」

 そんな風に言い合いというか何といか、和気藹々とじゃれ合うように三人で昼食をどうするか話しながら並んで歩いて。結希は、この時間が本当に楽しくて、久しぶりに、本当に久しぶりに、何に囚われることもなく素の自分で、心の底から笑っていた。


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