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初恋にさようなら  作者: さき太
12/15

 意気こんで二人と一緒に自宅を出てきたものの、藤倉(ふじくら)家に近づくにつれ妙に緊張して心臓がバクバクしてきて、結希(ゆうき)は怖くなってきた。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせるが、身体が強張って変な汗が出てきて、怖じ気づいて逃げてしまいそうになる自分がどんどん強くなってくる。

 「やっぱやめとく?」

 そう(とおる)の落ち着いた声が降ってきて、結希はハッとした。

 「やめない。」

 そう返して気を引き締める。ここで逃げたらきっと、もう過去にケリを付けるチャンスはないから。そうしたらずっと逃げっぱなしで、きっと自分は今の二人からも逃げ出してまた傷つけてしまうから。そうしたら結局変われない。ここで立ち向かうんだ。それに、わたしは一人じゃない。大丈夫。そう、さっきまでの大丈夫よりもっと力強い大丈夫を自分に言い聞かせて、結希は前を向いた。

 「まぁ、頑張れ。」

 そう透が適当な感じで応援して、ダメならダメで俺もついてるし、昔みたいなへまはしないから安心してていいよ、と言ってくる。

 「怖いなら手でも繋いでてやろうか?」

 そう(あきら)がからかうように笑いながら手を握ってきて、何どさくさに紛れて結希の手とってんの?と静かに敵愾心を燃やした透も空いている方の手を握ってきて、結希は、そういうのいらないから、どっちとも手なんか繋がないから、と言って、二人の手をふりほどいた。

 言い合いをする二人に挟まれて、結希は居心地が悪かった。いや、居心地が悪いというか、本当に恥ずかしい。今朝もそうだけどさ。本当、開き直って人のことあけすけに取り合うのやめて。とりあえず今のところどっちとも付き合うつもりもないし。透や晃と付き合うとかムリ、考えられない、と思っていたのが、とりあえず今のところになってる時点で流されてる気がするけど。でも、ムリなものはムリだから。そんなぐいぐい来られても困る。昔ならさ、かわいいなで済んだことも、自分に好意があるって思ったとたんになんか意識しちゃってムリ。大きくなって大人っぽくなったけど全然変わってないなって微笑ましく思ってたのが、全然微笑ましくなくなっちゃったりとかね。二人の言動に振り回されてそんなことを考えているうちに、いつのまにか緊張とか恐怖はどっかにいってしまっていて、ふと気が付くともう藤倉家の目の前で、結希は、もう着いちゃった、となんだか気の抜けた感想が頭に浮かんだ。

 ここまで来てしまったからにはもう行くしかないと、不思議とすっと気持ちが引き締まる。久しぶりに藤倉家の敷地に足を踏み入れて、怖さに動きが鈍るよりも、懐かしさに胸が締め付けられる。楽しかった思い出が、幸せだった思い出が、日常の些細な出来事から大きなことまで、良いことも悪いこともここで過ごした多くの思い出が自分の中に浮かび上がってきて、ここで積み重ねてきた藤倉兄弟との日々が自分の中いっぱいに溢れかえって、結希は自然と、ただいまと言って扉に手をかけていた。

 「「おかえり。」」

 透と晃が同時にそう言って、同じような顔で笑いかけてくる。それが凄く懐かしくて、愛おしくて、胸が暖かいもので満たされて、何かが零れそうになって、結希は苦しくなった。この日常が愛おしかった、この日常を手放したくなかった。これが、本当にわたしがずっと引きずっていた未練。ここがわたしの帰りたかった場所。そう実感して、なんとも言えない気持ちになる。

 少しだけ感傷に浸って、意を決して扉を開こうとして、でもこちらが開く前に扉が開いて、中から慌てたように心配そうな顔をした修助(しゅうすけ)が飛び出してきて、結希は驚いて固まってしまった。

 「美鈴(みすず)。って、ユウか。」

 そう自分を見て一瞬気落ちしたように名前を呼ばれて、結希は胸が締め付けられた。

 「透と晃も、一緒だったのか?おかえり。ユウ、帰ってくるなら連絡入れろよ。急だから何も用意してないぞ。ってか、五年近く音信不通で今まで何してたんだ?ユウのことだからしっかりやってたんだろうけど、全く音沙汰なしも心配すんだから、たまに連絡ぐらいしろよ、この不良娘。」

 そう当たり前のようにまるで何事もなかったのように、昔と同じような本当に心配していたような少し怒ったような口調と顔で修助に言われ、結希は頭の中が大混乱した。だって、シュウ兄が帰ってくるなって。その方が透や晃にもいいって。そう言われたから、わたし・・・。なんて思って、その時の事が頭の中に鮮明に蘇って、涙が溢れそうになる。

 「バカじゃないの。あいつに血の繋がってない部外者呼ばわりされて虐められたこんな家に帰ってこれるわけないでしょ。あいつの影がちらつく兄さんに連絡とれる訳もないから。というか、本気で兄さん何も気が付いてなかったの?なら、本当にどうしようもないね。つまり、結希が今まで帰って来れなかったの、兄さんのせいだから。」

 そう酷く冷たい声を出して透が言って、修助の顔が強張る。

 「違う。違うよ。シュウ兄のせいじゃないって。わたしが変に意地を張っちゃったて言うか、いじけちゃったって言うか。辛くなっちゃっただけで・・・。何も言わないで引っ越ししちゃったり、連絡先変えちゃったり。ごめんなさい。」

 「はぁ?結希、ここまで来て兄ちゃんのこと庇うの?何で結希が謝ってんだよ。そんなこと言うために家に乗り込もうとしたわけじゃねーだろ。いいこちゃんしてねーで、言ってやれ。」

 そう苛ついた晃の声がして、結希はそんなこと言われてもと戸惑った。

 「結希。踏ん切りつかないみたいだから言うけど、俺も晃も兄さんが結希に何したのか知ってるから。証拠押えてるし。」

 そう言った透が以前自分が使っていたスマートフォンを出してきて、結希はなんでそれを持ってるの?と思った。

 「結希のことだから、処分のしかた解らなくてとってるんじゃないかなって思ったんだよね。きちんと整理してるし、探すの苦労しなかった。」

 そうしれっと言われて、思わず、人の家家捜ししたの?と結希は声を上げていた。

 「どうせ結希は本当のことなんて白状しないと思ったし。本当は巻き込む気はなかったんだ。うちのことにさ。また辛い思いさせるだけだろうし、結希にあれ以上うちのごたごたで傷ついて欲しくなかったから。だから、俺達だけで解決して、何の柵みもなくなってから結希のこと連れ戻そうと思ってたんだけど。でも、自分でついて来るって言ったんでしょ?昔のことケリを付けるために。なら、いいかげん兄さんのこと甘やかしてないでちゃんとしたら?」

 そう透に投げやりに言われて、結希はぐうの音も出なかった。でも、これは予想外って言うか、確かに昔のことにケリを付けたいって言ったけど、シュウ兄を責めたいとかそういんじゃなくて。わたしがシュウ兄に怒ってたの、自分の事じゃなくて、透や晃へのことに対してだし。なんて、心の中で言い訳をして、でも逃げられないなと思って、結希は諦めたように一つ息を吐いて覚悟を決めた。

 「そうだよ。わたしは、シュウ兄が帰ってくるなって言うから帰ってこなかったの。その方が透や晃にとっても良いって言うから。わたしはやっぱり部外者で、皆の本当の家族じゃないし、迷惑なんだなって・・・。シュウ兄の奥さんにも、気持ち悪いとか、色々言われたし。シュウ兄もそれ否定してくれなかったし。だから、ショックで、耐えられなかったの。もう皆と関わるのが辛くて。シュウ兄だけじゃなくて、透や晃とやりとりするのさえ辛くなって、逃げ出したの。あれ以上、わたしは皆の家族じゃないって突き付けられるのが怖くて、だから、本当はもう二度と会いたくなかった。それくらい辛かった。なのに、シュウ兄にそんな気安くおかえりとか言われたくない。心配してたみたいなこと言われたくない。透や晃はわたしが返事しなくなっても、連絡先変えるまでちょこちょこメッセージくれたし、わたしのこと探して見付けてくれたけど、シュウ兄はもうくるなって言ってからは何もくれなかったじゃん。わたしのことなんて、どうでもいいし、迷惑でしかなかったんでしょ。シュウ兄にとってわたしは、可哀相だから手を差し伸べてあげただけの、赤の他人でしかないんでしょ。シュウ兄に昔と同じように娘扱いされたくない。わたしはもう、藤倉家とは関わりのない、自立した大人だから。わたしの保護者面しないで。」

 そう何も繕うことなく吐き出して、吐き出しきって、結希は妙に心臓がバクバクいって怖くなった。でも、透と晃が隣に立って、良く言ったというように頼もしい笑みを向けてくれて、何だかホッとして、少し安心感が湧いてくる。

 「そういうこと。兄ちゃんが嫁と一緒に結希のことを追い出したんだ。でも俺達は結希に居て欲しかったし、戻ってきて欲しかったから。だから探して、最初逃げられたけど追いかけて、捕まえて。見つけ出すの、かなり手間取ったんだからな。今度は追い出すんじゃねーぞ。」

 「俺達にとって兄さんとその嫁より、結希の方が大切だから。口ばっかでなにもしてくれなかった兄さんと違って、他人だったのに結希はいつだって俺達に寄り添って一生懸命になってくれて。俺達にとって肉親よりずっと、結希の方が何倍も掛け替えのない人だから。そんな人を傷つけられて追い出されて。怒らないでいられるわけないでしょ。俺達があんたの嫁のこと大嫌いなのは、そういうことだから。心底嫌ってる、っていうかむしろ憎んでる領域なのに、あいつのご機嫌取りのために表面上だけでも仲良くしてやってくれって。そんなのムリに決まってるから。バカじゃないの。本当、いいかげん、言うこと聞いてくれる方に我慢させようとするのやめろよ。昔は昔で、晃が癇癪持ちで言うこと聞かないからって、俺の方にばっか我慢しいてきてさ。透の方が兄さんなんだからとか言ってきて。だから何?なんで俺ばっか我慢しなきゃいけないのって思ってたからね。あんたは俺が生まれるまでの十二年間一人っ子満喫してたくせに、俺は物心つく前から兄さん扱いですかとか、本当やってらんないとか、ある程度色々理解できるようになった頃は思ったり。小さい頃は晃、病弱で、何かあると両親も晃晃で、晃は何やっても赦されるし甘やかされてさ。でも、俺がちょっとぐずったりワガママ言ったら怒られるだけで。俺だけなんでこんな扱いされなきゃいけないのって思ってたから、ずっと。でも、だからって俺まで言うこと聞かなくなったら大変だっていうのは解ってたから、我慢したけどさ。我慢したけどね。それが今度は自分の嫁?まだ晃は実の弟だし、嫌いじゃないし、赦せるけどさ。あんたの嫁は本当、ムリ。俺、あんたにもほとほと愛想つかしてるから。」

 そう淡々と容赦なく修助を責め立てる透を見て、結希は何だかハラハラした。透、さっきからシュウ兄のこと兄さんじゃなくてあんたになってるし、よっぽど鬱憤溜まってたんだろうななんて思うと同時に、シュウ兄の奥さん追い出すために家に帰ってきたんじゃなかったの?なんでこんなシュウ兄叩きになってるの?なんて思う。そんなことを思っているうちに透に続くように晃まで修助に今までの鬱憤を吐き出し始めて、二人に責められ続けてどんどん顔色が悪く小さくなっていく修助が見てられなくて、結希は思わず、中に入らない?と声を上げていた。ほら、玄関先でこんなことしててもご近所の目もあるし、中に入った方が良いと思うんだ。そんな言い訳染みたことを言いながら、強張った顔で笑ってみる。そうすると透にあからさまに溜め息をつかれ、結希はちょっと背筋が寒くなった。

 「確かに、ずっとここでこんなんやっててもアレだし、中入ろうか。さっきの兄さんの様子だと、どうせあの人、昨日の事、反省するどころか逆ギレして家飛び出してったんでしょ?本当、自分の立場解ってない。帰ってきたらあいつ徹底的に追い詰めるから。兄さんも、あいつのことこれ以上庇う気なら、俺、もう赦さないから。そのつもりでいてよ。」

 そう透が言って、皆を屋内へと促す。先に家の中に入っていった修助と晃を追うように中に入ろうとして、結希は透に裾を引かれ止められた。疑問符浮かべ振り返ると、透がぼそっと、結希はやっぱりまだ兄さんのこと好きなの?と口にして、結希は思わず彼を見上げた。

 「結希に来て欲しくなかったの。兄さんのこともあいつと一緒にこてんぱんにするつもりだったていうのもあるから。結希の前だとやりづらいっていうか。兄さんのこと庇われると、正直辛いし。でも、俺、止める気ないから。」

 そう透に困ったような辛そうな顔で宣言されて、結希は大丈夫だよと言って笑った。

 「透はそれだけずっと我慢してきたんでしょ?確かに、わたし、シュウ兄のこと庇っちゃうかもしれないけど。でも、シュウ兄は透をそれだけ怒らせるようなことしたんだから、透が我慢する必要はないよ。もし、シュウ兄のこと庇ったとしても、わたしは透の味方だから。安心して。」

 そう伝えると、透が目を細めて笑う。

 「結希。俺さ。結希のそういうとこ本当、好き。たぶん、結希が家に来てくれて、一番救われたの俺なんだ。結希が兄さんのこと叱りつけて、晃のワガママねじ伏せて、俺に手を差し伸べてくれた。我慢するのが当たり前で、諦めるのが当然だった俺に、諦めなくても良いって、ワガママ言っても良いんだって思わせてくれた。結希は俺のヒーローだったし、あの頃から俺、本当に結希のこと大好きだよ。憧れてた。ずっと。一緒にいるうちに更に、どんどん惹かれていってた。もう子供じゃないから、今度は俺が結希のヒーローになりたい。俺がすることはきっと、俺の私怨もだいぶ含まれてるかもしれないけど。でも、結希のためだって信じて。結希が辛くなるようなことはしない。兄さんを、再起不能にするまではしないから。俺はただ、結希に昔みたいに笑って、ここに戻ってきて欲しいだけだから。それだけは、信じて。」

 そう言う透は何だか不安げで、告白をされていると言うよりも、嫌いにならないで言われているようで、結希はなんだか切ないような気持ちになった。今まで思ったことなかったけど、透ってきっとわたしと似てるんだよな。そう思う。透にとってのわたしはきっと、わたしにとってのシュウ兄なんだ。一番最初に自分が欲しかったものを自分に与えてくれた人。心の支えになってくれた人。だから特別。ただそれだけ。昔のわたしはシュウ兄のことが本当に好きで、シュウ兄にドキドキしてた。でも、今は、シュウ兄を前にしても驚くぐらい自分の胸は静かで、感じたのは、昔の記憶に引きずられて出てきた辛さや悲しみと、それでもやっぱり嫌いにはなれないなという思い、そして同情に似た何かだけだった。そこには失恋の甘酸っぱさの欠片もなくて、好きになれそうだったのにちゃんと両想いになる前にフラれてしまった大智(だいち)の方がずっと、心の中に引っ掛かって胸を締め付けてくるから、好きになる前にフラれちゃった相手より何も感じないって、本当に自分はこの人のこと好きだったのかなと思うくらいで。だから、自分の初恋はただの依存と執着だったのだと結希は思った。そして、透が自分に向けてくれているこれは、どうなんだろうと思う。もしこれが、わたしのと同じように、ただの依存と執着だったとしても、それに動かされてわたしのために今まで色々頑張ってくれたこと、こうして今も想ってくれていること、それに救われた今のわたしがいるのは紛れもない真実で。透のしてくれたことに、ありがとうも嬉しいも沢山感じているし、透が自分にとって大切な存在だということは揺るぎなくて。でも、自分が彼に向けるこれは恋愛感情じゃない。透はやっぱり大切な弟みたいな存在なんだよと思う。だから、わたしは、間違えないようにしないと。シュウ兄の言葉で自分が傷ついたみたいに、わたしが透を傷つけないように。いや、正解なんて解らないし、間違えちゃうかもしれないけど。傷つけないなんでありえないのかもしれないけど。それでも、透がわたしみたいに人を受け入れられなくなって、心が独りぼっちになってしまわないように。自分の弱さとかワガママで透のこと振り回さないように。例えお姉ちゃんだと思ってもらえなくても、自分はそのつもりで、揺るがされないでしっかりしよう。そう、結希は思った。


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