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初恋にさようなら  作者: さき太
10/15

 目覚ましが鳴るより早く目が覚めて、微睡む意識の中、結希(ゆうき)は瞼に射すカーテンから漏れる光の明るさを感じて、もう朝かと思った。でも今日は休みだし、まだ目覚ましも鳴ってないし、もうちょっと。(とおる)が来るとしてもいつも十時過ぎだし。最悪それまでに身支度できてれば。なんて考えて、意識が二度寝に入ろうとする。でも、潜り込もうと引き上げた布団が何だかいつもより重く感じて、更に顔を埋めた感触が何だかいつもと違っていて、その違和感に結希は目を開いた。

 目の前にあった肌色に思考がフリーズする。少し顔を上げて、そこに寝息を立てる(あきら)の顔があって、軽くパニックになる。そして自分が触れている物が彼の身体だと認識して、急にそれが生々しく感じて、結希は一気に意識が覚醒して声にならない悲鳴を上げた。

 飛び起きて、布団が重く感じた原因が自分の身体に抱きつくように乗せられた晃の腕のせいだと知る。そして布団がはだけてむき出しになった晃がパンツ一丁なのを見て、結希は今度は本当に悲鳴を上げて咄嗟に彼に布団を被せていた。

 え?何これ。なんで晃がわたしのベットで裸で寝てんの?昨日、ちゃんと来客用の布団出したよね。そっちでちゃんと寝てたよね。服も・・・。あー。そういや、晃、風呂上がり裸でうろついてて、怒ったっけ。風呂上がりに一回着た服また着るの気持ち悪くね?それに普段着で寝るの寝心地悪いし、ちゃんと下は履いたんだからいいだろとか言って、そのままパンツ一丁で過ごそうとしてたから、ふざけるなって無理矢理服着せたけど。こいつ、わたしが寝た後脱ぎやがったな。そんでもって、普段ベットで寝てるから、夜中トイレにでも起きた後、寝ぼけて間違えてこっち入って来たんでしょ。晃、寝起き本当悪いし、夜中に目を覚ましたときは基本ぼーっとしてフラフラしてるから。絶対そうだ。普段自分が使ってる布団使わせるの嫌だけど、こんなことならわたしが下で寝ればよかった。やたらバクバクいってうるさい自分の心臓の音を聞きながら、結希はそんなことを考えて苛々して、気持ちよさそうにまだ寝ている晃にそれをぶつけるように思いっきり殴った。殴られた晃がうめき声を上げて苦しそうに顔を顰めるものの、全く起きる気配がなくて、本当にこいつはさと結希は更に苛立ちが増した。人の気も知らないで。呑気に爆睡しやがって。凄く心臓に悪い。本当、心臓に悪い。もう小さい男の子じゃないんだからさ、もう少し気をつけてよ。本当、透も晃もデリカシーなさ過ぎだから。そんなことを考えながら、しばらくポカポカ晃を殴り続けて、結希はふーっと息を吐いて気持ちを落ち着けた。これだけ殴っても全然起きる気配のない晃に、本当しょうがないなと呆れたような気持ちになる。昔は布団引っぺがして耳元で怒鳴りながら身体揺すって、それでも起きない時はベットから突き落としてようやく起きるくらいだったし、それでも寝ぼけてぽやぽやしてるのもざらだったし、まだしばらくは何しても起きないだろうからほっとこうと思う。そして、起きてきたら絶対にしばいてやるなんて思いながら、晃が起きる前に身支度しちゃおうと思って立ち上がった。その時、チャイムの音が鳴って、結希は疑問符を浮かべた。

 目覚まし鳴ってないからまだそんな時間じゃないと思ってたけど、実はもうけっこうな時間なのかな、なんて思って時計を見て、時計の針がまだ七時前を示しているのを見て、結希は顔を顰めた。こんな朝早くにチャイムとか、何?そんなことを考えていると、またチャイムが鳴って、結希は焦った。こんな時間から宅配便なわけないし、本当に誰?寝起きだし、まだ顔すら洗ってないし、まだ寝てる体で居留守使ったらダメかな?なんて考えていると三度目のチャイムが鳴って、その後にガチャリと鍵が開く音がして、結希は、うわっ、これ透だと思った。わたしが留守の時でも勉強部屋に使って良いよって透には合い鍵渡してあるけどさ。こんな時間から来る?まだ、七時前。早すぎる。早すぎるから。まだ本当何にもしてないし、ちょっと待って、まだ待って。そう心の中で焦るものの何も言葉が出てこなくて、あわあわしていると、ドアが開いて、そこにいつも通りの無表情、だけど凄く機嫌が悪そうな雰囲気を醸し出した透が立っていて、結希は何も悪いことはしていないのに、なんだか後ろめたい気持ちになって背筋が冷えた。

 「おはよ。晃、いるでしょ?入って良い?」

 そう言う透はいつも通りのはずなのに、その声がやはりいつもよりはるかに温度が低い気がして、何だか怖くて、結希は声が出せずにそれにコクコク頷いた。

 透が部屋に上がって、つかつか奥の寝室に向かう。そして、いつも通りの無表情で寝ている晃を見下ろして、布団を引っぺがすと容赦なく蹴り飛ばして、追い打ちをかけるように転げ落ちた晃の腹を思い切り踏んづける透を見て、結希は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。

 さすがの晃もそれには一発で目を覚まして、苦しそうに呻き悪態を吐きながら自分を踏んづけている透に視線を向ける。

 「ねぇ、晃。なんでそんな格好で結希のベット入ってんの?結希に何したの?どこまでしたの?もう一発踏んどく?ってか、お前のブツ踏みつぶして一生使い物にならないようにしてやろうか?」

 今まで一度も聞いたこともないほど怒気を含んだ冷たい低い声で淡々と放たれる透の台詞に、自分が言われているわけでもないのに結希は肝が冷えた。怖い。あからさまにめちゃくちゃ怒ってるのに、いつも通り声を荒立てることもなく表情も全く変わらないのがよけい怖い。何これ、こんな透見たことないんだけど。透って何考えてるのか解らない人ではあったけど、こんな怖い人だったっけ?そんなことを思って結希は恐怖に身体が震えた。実際にその殺気ともとれるほどの怒気を受けられている晃はよけいで、完全に顔色をなくして固まっている。そんな晃を暫く見下ろして、透がハーッと心底呆れたような溜め息を吐いた。

 「結希も、警戒心なさ過ぎ。気抜きすぎ。言ったでしょ?俺達これでも思春期まっただ中の男子だから。結希からしたら、弟みたいにしか思ってなくて全く危険だなんて思ってないのかもしれないけど。結希の中じゃ子供のままで止まってるのかもしれないけど。普通にエロいこと考えるし、そういうことしたいって思うから。俺達もうそういう年だから。安心して良い相手じゃないから。それに、こいつ、前の彼女とやってるとき・・・」

 「あー。それは言うな。結希には、絶対に言うな!」

 そう透の言葉を晃が本気で焦ったように遮って、透に睨まれてぐっと口を噤む。

 「・・・間違えて別の女の名前呼んで、ビンタ食らってフラれたような奴だからね。こいつ、そんな感じで結構やることやってるから。何言われて泊めたのか知らないけど、流されてこんな危険人物泊めるなよ。それとも何?結希は晃にならそういうことされても良いって思って泊めたの?ってか、実際したの?」

 そうあけすけに透にきかれて、結希はそれを聞いているだけで恥ずかしくなって顔が熱くなった。

 「そんなの。するわけないじゃん。何もあるわけないでしょ。起きたら晃が布団入っててビックリはしたけど、寝ぼけて間違えただけだろうし。相手わたしだよ?晃だってそんな気起きるわけないじゃん。」

 「俺は普通にそんな気起きるけど。結希と一晩一緒にいて、こんな格好で布団に潜り込んで何もしない自信全くないけど。なんの根拠があって晃がそんな気起きるわけないって言い切れるわけ?寝てる結希にこいつが何もしなかったなんて証拠あんの?」

 必死の抗議に対し、透にいつも通りの感情の読めない表情でそんなことを即答で淡々と返されて、結希はパニクった。透は何を言ってんの?そんな真顔で、一体何言ってんの?自分がとんでもないこと言ってるって解ってる?ねぇ、解ってる?それ本気で言ってるの?それとも例えで心配してくれてるだけなの?どっちにしろと意味分かんない。意味分かんないし、そんな話題振ってくんな。晃がわたしに何かするとか、透がわたしにそういう気を起こすとか、全く想像つかないし、ってか、ムリ、ムリ。そんなこと考えたらもう二人にどう接すれば良いのか解らないし。ムリ。そんなこと考えたくない。ムリ。そんなことが頭の中をぐるぐるして、もう恥ずかしいやらどうしたらいいやらごしゃごしゃして訳がわからなくなって、結希の思考回路は爆死した。

 「本当に何もしてねーよ。」

 そうふて腐れたように晃が言う。

 「ってか、ちょっと男見せただけで怯えられたから、やめたっつーか。そんなんで何もするわけねーだろ。結希に嫌われたくねーし。」

 「はぁ?お前、何抜け駆けしようとしてんだよ。結希にアプローチかけるの、色々片付いた後って約束だったろ。」

 「そう言うお前だって抜け駆けしてんじゃねーか。理由つけて結希んとこ入り浸って、ちょっかい出してるくせに。ちゃっかり合い鍵まで手に入れてさ。お前がそんなんするから俺だって・・・。」

 「まだモーションかけてない。俺は、俺のこと弟じゃなくて男として意識させようとしてただけだし。」

 「それだって充分抜け駆けだろ。」

 「抜け駆けじゃない。」

 そんな言い合いをする二人の言葉が爆死していた結希の耳を一回通過して、しばらくしてまだ言い合いを続けている二人の会話の内容がようやく頭の中に入って来て、結希はまた軽くパニクった。

 「ちょっと待って。本当、待って。なんかさ。さっきから二人が言ってる内容が、二人がわたしのこと好きみたいに聞こえるんだけど、気のせい、だよね?」

 そう恐る恐る確認をしてみて、視線を向けた二人に同時に気のせいじゃないけどと言われて、結希はまた完全にパニクった。

 「晃はどうだか知らないけど、俺、一度も結希のこと姉さんだなんて思ったことないから。」

 「俺だってねーし。」

 「俺は、初めて会った日から結希のこと女子として意識してたし好きだった。」

 「俺は、そんな前から意識はしてねーけど。でも、俺だって・・・。」

 そうやってまた言い合いをはじめそうな二人の雰囲気に色々耐えきれなくなって、結希はお願いだからもう止めてと声に出していた。顔が熱い。なんか色々衝撃的すぎて、全然状況は飲み込めないくせに、自分の認識と二人の認識のずれだけはハッキリと理解することができて、恥ずかしくて、心臓がバクバクする。

 「まぁ、結希は兄さんしか見てなかったし。自分だってそんなに変わんなかったくせに俺達のことは子供扱いで、全然眼中になかったの解ってたから、昔は何も言わなかったけどさ。あのまま本当に結希が兄さんの嫁になるなら、諦めて、ちゃんと義姉として割り切るつもりだったし。」

 「それは俺も同感。なんか結希、兄ちゃんにばっか愛想良いって言うか、兄ちゃんの前だと俺達には絶対しないような腑抜けた顔してて何かムカついたけど。普通に結希は兄ちゃんの嫁になるんだと思ってた。」

 「だから、兄さんに彼女ができたとき、なんで結希じゃないのとも思ったけど、それ以上に喜んじゃったんだよね。まさか、兄さんが選んだ相手があんなクズで、結希のこと追い出すとか思ってなかったし。何も考えずに兄さんに彼女ができたの喜んで、あんな奴家に招き入れちゃたこと、凄く後悔してる。兄さんが消えても結希がいないんじゃ意味ないし。」

 「それはな。俺も、自分が情けないわ。今じゃ絶対引っ掛からねーけど、最初あのクソ女の本性見抜けないで、結構調子に乗らせちゃったし。あいつのあからさまな媚び売りに普通に引っ掛かってたとか、本当苛つく。」

 「俺は気付いてたけど。」

 「透は最初からめちゃくちゃ塩対応だったもんな。今は塩通り越して険悪だけど。」

 「当たり前。あんな奴にさく優しさなんて皆無だから。なのにいまだに近寄ってくるの本当に気持ち悪い。昔だってさ、周りにちやほやされたいタイプのウザいのが来たな、俺に近づいてくんな、あんたは兄さんといちゃついてろよとしか思わなかったし。あと、兄さんってこういうあからさまにあざといのが好みだったの?とか思って、兄さんの趣味はちょっと疑ったけど。結希にあんな害を及ぼすとか思ってなかったから、勝手にしてればって感じだったし。でも、そうやって放っておいたらあいつ、結希のこと虐めやがってさ。結希って意外と弱いから、あいつにやられっぱなしになってて。俺、めちゃくちゃ腹が立って、結希の代わりに仕返ししてやったんだけど。それが逆効果って言うか、よけいあいつ結希に嫌がらせして、結希どんどん元気なくなって、俺達の前で作り笑いして必死に大丈夫なフリして。なんとかしようとしたけど俺なんて全然役に立たなくて。本当、なんにもできなくて。自分が情けなくて、凄く悔しかった。結希と連絡つかなくなったときも、本当はすぐ追いかけたかったけど、当時の俺じゃ追いかけたところで迷惑にしかならないからって、何もできなかったし。あんな奴が居着いてる家から結希が離れてくの、俺のワガママで引き留めることなんてできないし。あんな女とって結希のこと見放した兄さんのことも赦せなかったし、それ以上に何もできない自分が悔しくて、悔しくて。兄さんなら何とかできただろって思うと同時に、それって結局自分じゃなにもできないって認めてるのと同じじゃんって。そんなんで、兄さんに勝てるわけないって自覚して。ちゃんと一人前になって、それで結希のこと迎えに行こうって、あの日から。俺、ずっと、ずっと・・・。」

 「透、意外とバカだから、迎えに行く前に結希にも彼氏できてたり、結婚してるかもって考えてなくて、最初はかなり悠長な計画立ててたんだよな。それに気付いて焦りだしたの今年入ってからだっけ?それで珍しく、俺にも探すの手伝えって言ってきて・・・。」

 「いくら探し出すのに協力させる為とはいえ、お前の結希への恋愛感情自覚させるの本当に嫌だったけどね。ライバル増えるし。俺より晃の方が見た目兄さんに近いし。なんだかんだで結希、晃のことかわいがってたし。晃の方が俺よりずっと経験値高いし。確実に俺の方が不利だから。俺が自覚促してやらなきゃ気付かなかったぐらいだし、晃は他で代用きくんだから、他いけばいいのに。抜け駆けして、結希の家泊まり込んで手出そうとしてたとか。本当、ムカつく。」

 「透はずっと探してて見付けらんなかったのに、俺は探し始めて結構すぐ見付けられたし。俺の方が結希とフィーリング合ってんじゃねーの?透こそ、無駄な努力やめて諦めれば。」

 「はぁ?まだ、無駄かどうかわからないし。」

 制止を完全無視され、開き直ったのか何なのか、自分の事が好きだと言うことをあからさまにして次々と自分の知らなかった事実を暴露しながら二人がまた言い合いをはじめるのを聞いて、結希は耐えられなくて消えたくなった。本当に、もう止めて。何この状況。何なの。本当、何なの。晃はともかく、透がもはや別人だし。誰この人。透ってこんな子供っぽいっていうか、ムキになるようなタイプだったっけ?こんな透知らないんだけど。そんなことを考えながら、結希はもう本当に聞いているのが恥ずかしすぎて耐えられなくなって、あー、もう、本当に、ストップ、二人ともストップと、今度は言葉だけでなく二人の間に入って制止して、朝ご飯にするよと声をかけた。

 「わたし、洗面所で着替えてくるから、晃はここで身支度して。透は、こんな時間から押しかけてきた罰で、朝食の用意ね。」

 結希は二人にそれだけ伝えて、さっさと自分の私服を用意するとその場を離れた。

 洗面所のカーテンを閉めて、結希はハーッと息を吐きだして蹲った。どうにか気持ちを落ち着けようとするのに、心臓はバクバクいったままで全然おさまる気配がなくて困る。顔が熱い。急にあんなこと暴露されたってさ、全然気持ちが追いつかないし。もう、あんなこと聞かされたら同居なんかムリだし。透から合い鍵奪い返そう。自分の膝に頭を埋めて、そんなことを考えながら暫くじっとしていて、結希はこれからどうしようと思って、途方に暮れたような気持ちになった。

 こんな展開望んでなかった。二人のお姉ちゃんでいたかったなんていうのは、わたしのワガママだよね。でも、お姉ちゃんだなんて一度も思われてなかったっていうのはちょっとショックだったなと思う。だけどそれと同時に、修助(しゅうすけ)に恋をしていた昔の自分を思い出して、二人がその頃の自分と同じような想いで自分と一緒にいたかと思うと、何だか申し訳ないような気がして、結希は自分の中の処理できない感情になんだか泣きたいような気持ちになった。


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