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初恋にさようなら  作者: さき太
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 「結局さ。ユキが恋愛上手くいかないのは、いつまでも初恋引きずってるせいじゃないの?」

 神崎(かんざき)結希(ゆうき)(二十三歳)独身。一人暮らしのしがないOL。先日彼氏にフラれ、何故かそのことを友達に酷く冷めた目で、原因が自分の方にあるように言われている現在。そんなことはないはずだよと言いながら視線を逸らして溜め息を吐かれました。

 「大智(だいち)がダメならもう誰もダメでしょ。大学の先輩に始まって、これで何人目だったっけ?正直、あの先輩含め、ユキが付き合ってきた男ってどうなのって奴ばっかだったけどさ。ようやくまともな奴と付き合ったかと思ったら、結局フラれるって・・・。ってか結果的にフラれたでも、結局は初恋の彼が頭をちらついてユキの方がダメだったんでしょ。いっとくけど、聞いてるからね。大智かなり凹んでたよ。もうそんな辛いなら別れたらって言って、本当に別れるとは思わなかったけどさ。そこまであんたがあいつのこと追い詰めたんでしょ。いいかげんにしなよ。告白する前にフラれたような男のことなんてさっさと忘れな。忘れられないなら、もうあんたは誰とも付き合うな。」

 そうそこそこ本気で苛ついた様子で友達に攻撃されて、結希は心の中でしょげかえった。何でわたしが悪者扱いされて怒られなきゃいけないのといじけてみる。浮気したわけでもないし。というか、初恋の人が忘れられないとか言ったことすらないし。濡れ衣だよ。それに、大智のこと好きじゃなかったわけじゃないし。好きになろうと努力した。彼の良いところを見付けて、こういう所良いなって、そういうのを増やしていって。愛着みたいなものならはっきりと、確実に持っていた。俺のこと好き?ってきかれて即答はできなかったけどさ。でも、今までで一番ちゃんと好きになれそうな相手だった。そのまま付き合っていたら、いつかちゃんと好きになれたと思う。そう思う程度には好きだった。なのにフラれた。フラれて、落ち込んでいる自分がいて、傷ついている自分がいて。でも、やっぱりダメだったかって諦めきってる自分もいて。結局、好きって言ってくれたって、最後までわたしと一緒にいることを選んでくれる人なんかいないんだって、これで証明されたじゃんって、思っちゃう自分がいて。わたしなんていらない子。自分はそれが辛いだけかもなんて思うと、わたしのこの胸の痛みはフラれたことに対しての痛みじゃないんじゃないかなんて。そうすると素直にフラれたことを悲しめなくて。まして、好きだったのに、なんて泣けるわけはなくて。ただ自分の中にモヤモヤモヤモヤと辛いだけがぐるぐるして・・・。わたしってそんなに悪い奴だったのかな。フラれて辛いのはわたしなのに、友達に同情すらしてもらえなくて怒られるくらい。わたしはそんなに酷い彼女だった?そんなことを考えて、結希は酷く気が塞いだ。

 「大智って、なっちゃんにそんなにわたしのこと愚痴ってたの?」

 そうきくと、なっちゃんが少し気まずそうに、別にそこまでじゃないけどと口籠もる。

 「わたしに文句があるなら、フル前にちゃんと話してくれれば良かったのに・・・。」

 そう口に出して結希は、そうしたらちゃんと悪いとこ直す努力したのになと、心の中でその続きを呟いた。なんで何にも言ってくれなかったんだろう。言わないままでいきなり、このまま付き合ってても何か辛いって。別れようなんて。いや、ユキって俺のこと好きなの?ってきかれて、即答できなかったわたしが悪いのかもしれないけど。でもさ。わたしにとってはこれからだったんだよ。これからだったのに。付き合う時さ、別に今はまだ好きじゃなくても良いって。わたしの気持ちができるまでいくらでも待つって言ってくれたのに。ゆっくり進んでいければいいからて言ってくれたのに。それでも、いつもみたいに別れるってなったら嫌だから、大智は友達のままが良いって言ったら、そんなん別れなきゃいいだけだろって、そう言ってたくせにさ・・・。そう言ってくれたから付き合ったのに。結局、フルんじゃん。嘘つき。とか、思っちゃうのはいけないことなのかな。そんなことを考えて結希は、でもなっちゃんが完全あっちの味方みたいだからわたしが悪かったんだろうなと思って、また落ち込んだ。

 そうやって自分が悪いと納得しようとして、でも、でもさと思ってしまう自分がいて、結希はモヤモヤが募った。大智がなっちゃんになんて言ったか知らないけどさ。初恋の人が頭をちらついてって、それじゃまるでわたしがシュウ兄に未練たらたらで新しい恋に前向きになれないみたいじゃん。そんなんじゃないから。そんなんじゃ。そもそもシュウ兄のこと引きずってるのは、恋愛とかそういうのじゃないし。初恋の人が告白する前に結婚してしまって何も始まる前に失恋してしまった。ただそれだけだったら、わたしだってこんななってないし。シュウ兄はただの初恋の人じゃないんだ。大好きだった、だからどうしようもなく大っ嫌いで、でも結局好きでなくなることができない。わたしのトラウマ。それがシュウ兄。もうあんな思いはしたくない。だから、人と関わることが怖い。どうせ誰もわたしと一緒にはいてくれない。結局わたしは独りぼっち。そう思って、何も期待しない方が、何も望まない方が楽だから。楽なのに。わたしは知ってしまっているから。誰かが一緒にいてくれる安心感を、誰かに受け入れてもらえる喜びと、暖かさを。だから、どうせ一人きり、そう思っていても誰かを求めずにはいられない。自分の事を見捨てない、ずっと傍にいてくれる誰かが欲しくて。でも、また自分が傷つくのか怖くて。自分の事が開けない。開くのが怖い。でも、誰かに傍にいて欲しい。ただのワガママなのは解ってる。でも、それでも、大丈夫だよって、怖がらなくてもいいよって、ずっと傍にいるからって言って欲しい。言って欲しかった。わたしの心が見えなくても。見えないなら、見ようと努力してよ。努力して、一緒にいてよ。わたしのこと好きって言ったくせに、結局、わたしにちゃんと触れようとしないで離れていったのはそっちじゃん。こうなるのが嫌だったから友達のままがいいって言ったのに。それでもそれ以上を求められてさ。わたしはちゃんと言ったよ。それでもいいって言ったのはそっちじゃん。なのにさ。なのに。なんで・・・。そう心の中で悪態を吐いて、それがどんどん溢れて、止まらなくなって、結希はどうしようもなくなった。

 なっちゃんが大智の肩を持つのだってさ、わたしより大智の方が大切だからでしょなんて思ってしまう自分が嫌だ。だって、わたしは二人とは大学入ってからの付き合いだけど、二人はそれより前からの付き合いだもんね。大智だってさ、わたしじゃなくてなっちゃんと付き合ってれば、こんな風にならなかったのに。そうしたらわたしは普通におめでとうって言って、そのうち二人の結婚式とか出てさ。そしたら、わたしは二人と友達のままでいられたのに。なんでわたしだったの。好きになる相手間違えたんじゃない。なんて、なっちゃんに彼氏がいるのも、なっちゃんが大智のこと全くそういう意味で意識なんかしてないのも解ってるのに、こんなこと考えるとか、わたし本当にひねくれてるなと結希は思った。嫌だ。嫌だ。恋人どころか友達にさえもこんな風に思ってしまう自分が嫌だ。結局、それなりに長い付き合いになっている友達にすらちゃんと心を開けていない自分が、今でも怖がっている自分が嫌だ。なっちゃんも、大智も、そんな薄情な人じゃないって解ってるのにさ。二人とも、わたしが一番キツかったとき一緒にいてくれて、何も聞かずにいてくれて、それで、支えてくれた人なのに。二人がいたからまだ、わたしはこうしてかろうじてでも普通に暮らしていけれてるのに。そんな二人にすら、ちゃんと心が開けない。そんな自分が情けなくて、結希は、なっちゃんの言うとおり、大智がダメなら誰でもダメなんだろうなと思って、もう恋愛しようとするの諦めようかななんて思った。

 「ユキが初恋の彼引きずってるの、ちゃんと告白できなかった消化不良もあるんじゃないの?」

 そんな、なっちゃんの声が聞こえてきて、結希はハッとして彼女を見た。

 「もうさ、どうせフラれるのは解ってるんだから、一回告白してちゃんとフラれてきたら?相手には迷惑だろうけど、あんたはそれくらいしないとちゃんと次の恋なんてできないんじゃない?一応、わたし、ユキのこと心配してるんだからね。ユキってなんかさ、自暴自棄で誰彼構わず付き合ってきたみたいなとこあるじゃん。そういうのが危なっかしいっていうか。」

 そう本当に心配そうな顔で言われて、結希は少し心苦しくなった。

 「なっちゃん、ごめんね。ありがとう。でも、いいよ。わたし。なっちゃんの言うとおり、大智がムリなら誰ともムリなんだと思う。だからもう、恋愛しない。誰とも付き合わない。」

 そう口にして、そう言った自分の声が予想外に泣きそうになっている事に気が付いて、結希は笑って誤魔化そうとしてみた。でも、なっちゃんが狼狽えて、いろいろなんかフォローしてきて。全然その言葉は心に響かなかったし、内容も全然頭に入ってこなかったけど、でも、やっぱなっちゃんは良い人だななんて思って、結希は小さく、ありがとうと呟いた。

 引きずっていない初恋を、ちゃんと告白してフラれたからってスッキリするわけがないじゃない。そう思ってしまう自分は本当にしょうがないと思う。何があったのかちゃんと話していないんだから、なっちゃんには解るはずないのに。でも、自分が初恋を引きずっていてそういう方面でこじらせていること前提で話してくるなっちゃんに少し苛つく自分がいて、結希はそれが嫌ならちゃんと話せばいいのに、自分の意気地なしと、心の中で溜め息を吐いた。そして、なっちゃんの言葉を半分右から左にしながら、心の中で反論してしまう。だから別に引きずってないし。というか、最初から解ってたし、わたしの恋が実らないことくらい。シュウ兄からしたらわたしは子供で、いつまで経っても子供のままで、そういう対象じゃなかったのなんて解ってた。だからシュウ兄の彼女になりたいと思っていても、なれるなんて思ってなかった。いや、彼女になりたいなんて思ったこともない。わたしがなりたかったのは・・・。


 「わたしが大人になってもシュウ兄がモテなくて独身のままだったら、わたしがシュウ兄のお嫁さんになってあげるよ。」

 頭の中でまだ高校生だった自分がそう言った。そう、告白しなかったわけじゃない。わたしは告白したんだ。アレは本気だった。わたしは本気でシュウ兄のお嫁さんになりたいと思っていて、シュウ兄にそう言ったんだ。でも、

 「じゃあ、その時は本当にユウに嫁になってもらうかな。」

 そう言っていつも通りに笑ったシュウ兄はきっと本気になんてしていなかった。保育園児が先生に、大きくなったら先生と結婚するって言うのと同じ扱い。それくらいにしか思われていなかった。あの時、シュウ兄に本気にされてないと感じて、自分も本気じゃないと繕った。でも、傷ついた自分がいて、それを誤魔化すように、たまにはめ外してきなよとは言ったけど、そんな体裁なくすほど酔って帰ってくるってどうなのなんて小言を言いながら台所に行って、酔ったシュウ兄に飲ませるための水を汲みながら気持ちを落ち着けた。そのちょっとの間に酔いつぶれてソファーで死んでいたシュウ兄を起こして、いつも通りを繕って水を飲ませて。

 その後のことは事故。アレはただの事故。意味なんてない。コップを片付けに行こうとしたわたしの手をシュウ兄がとって、引き寄せられて・・・。アレは酔ってたからなんだ。わたしにしようとしてしたわけじゃないんだ。解ってる。でも、わたしにとってはそれは特別なことだった。突然のことに頭が追いつかなかった。本当に、そのほんの少し前までいつも通りだったシュウ兄が突然別人になってしまったような感じで、パニクる頭の中で解ったのは、やたらうるさく聞こえる自分の心臓の音と身体中に伝わるシュウ兄の熱。触れ合った唇からつたってお酒の臭いと味が口の中に広がって。全然ロマンチックでもない、正直最悪なファーストキス。でも、嫌じゃなかった。だけど、あの時のキスに意味なんてない。シュウ兄は酔っ払ってて、正体をなくすほど酔っ払っていて、だから、わたしを誰かと間違えたか、なんかよく解らないけどやっちゃったかで。だって、次の日にはシュウ兄はいつも通りで、何もなかったみたいにいつも通りで、わたしばっかシュウ兄の顔が見れなくて、いつも通りの距離さえも恥ずかしくて心臓が壊れそうなほど早鐘を打っていて。なのに、シュウ兄はきっとわたしとキスをしたことなんて覚えてなくて。わたしの告白も、ファーストキスも、シュウ兄の中ではなかったことで、わたしの記憶の中にだけ鮮明に残ってて・・・。辛い。そう辛かった。アレは事故。何かの間違い。シュウ兄はわたしのことなんてそういう対象に見てなんかいない。期待しちゃダメ。もしかしたらなんて思ったらダメなんだ。どれだけそう自分に言い聞かせても、忘れることができない感触にどうしても淡く期待してしまう心をもてあまして。あの頃はいつも通りが辛かった。いつもの日常を過ごすことが辛かった。

 初恋を引きずっていないなんてきっと嘘だ。シュウ兄に未練がないなんて。本当はずっと、ずっと引きずってる。わたしはシュウ兄のお嫁さんになりたかった。なんでわたしが二十歳になるまで待っていてくれなかったの。待っていてくれたなら、わたし大人になったけどどうする?って、お嫁さんになってあげようか?なんて。そんな風にまた冗談のように伝えられたのに。本気にされないと解っていても、どうせ返ってくるのはいつも通りの掛け合いだとしても。お前にもらってもらわなきゃいけないほど俺も困ってないだとか、お前はお前でちゃんとまともに彼氏作れよとか言われたって、それで言い合いになって口喧嘩して、最後にはただのじゃれ合いとして笑い合うしかなくたって。もう一度伝えられたなら。今度はちゃんとシュウ兄が酔っていないときに伝えて、わたしの告白を記憶の中に残しておいてくれたなら。ちゃんと伝わってなくても、わたしはシュウ兄が好きだったんだよって、そういうことだったんだよって、いつか何処か遠い未来で思い出話しにできたかもしれないのに。子供の頃の初恋だったんだって話の種にして、懐かしいねっていつか何処かで話すことができたなら良かったのに。でも、もうそれは絶対にできない。だから辛い。失恋しても、関係が壊れるとは思っていなかった。こんな風に離ればなれになるなんて思っていなかった。当たり前だと思っていたものが、崩れおちて、独りぼっちになってしまった。それがわたしが初恋を失ったときの現実。もう戻れないあの時に今もまだ恋い焦がれ、ずっとそれを引きずっている。

 ねぇ、シュウ兄。シュウ兄にとってわたしってなんだったの?いつもいつも、うちの長女はしっかりしてるからなって言ってきて。本当に娘みたいに思ってた?七つしか年が離れてなくて、シュウ兄の弟達よりわたしの方が年が近くても。それでも娘だった?弟達に対しても兄と言うより父のようだったもんね。わたしは弟達と同列で、きっと本当にシュウ兄にとって娘だったんだよね。でもね。シュウ兄。わたしはシュウ兄をお父さんなんて思ったことなかったよ。お兄ちゃんとも思ったことなかった。わたしを家族に加えてくれたあの日からずっと、わたしにとってシュウ兄は特別な人だったよ。でも、シュウ兄はわたしを自分ちの子の一人に加えてくれただけだって解ってたから。だから・・・。なのに・・・。家族はバラバラになったらダメじゃなかったの?血の繋がってないわたしは結局家族じゃなかったの?ねぇ、わたしのこと家族だと思ってたなら、なんで今わたしは独りぼっちなの?結希の心の中で子供の結希がそう嘆いて泣いている。寂しい。寂しい。そう言って、蹲って泣いている。何度も忘れようと思った。でも、忘れられなかった。

 わたしが忘れられないのは、初恋じゃない。わたしが引きずっているのは、家族になれなかった、結局は自分は他人でしかなかったという喪失感。欲しいのは恋人じゃなくて家族。何があっても離れない、自分の家族になってくれる人。でもそれって、結局は初恋を引きずってるのかな。わたしがなりたかったのは、シュウ兄のお嫁さんで。それになれなかったから、家族で居られなくなったんでしょ、なんて。なっちゃんの言葉を否定したいのは、図星を指されているからで、本当は全てなっちゃんの言うとおりなのかもしれないな。でも、フラれるためにシュウ兄に会いに行くなんてできない。もう二度と会いたくない。会いたくなんか・・・。そんなことを考えて、結希はどんどん自分の心の溝に深く深く嵌まっていった。


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