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償いの魔法使い  作者: 餅巾着
8/25

水の授業

さて、今日は水の授業の日である。

 移動教室なので、海里と共に移動していた。

 すると、海里は興味深そうに尋ねてくた。

「昨日、火の授業で無茶やったんだって? 理事長、困ってたよ」

 どうやら、昨日の一件は全校生徒の耳に入ったらしい。

 いわば、黒歴史である……。

「あれは、急に右手が叫んだだけだ」

 海里はよく分かっていないようだ。

「何はともあれ、今日はヘマしないよ」

 多分ねと小声で言っておく。一応、保険で。

「ふふふ、期待してるよ、遊離。」

 そんな意味深な笑いを海里は漏らす。どうやら信じてはいないようだ。

 俺は俄然やる気になった。絶対に目にものを見せてやる。教室に入り、席に座る。

 それと同時に先生が入ってきた。

「皆の衆、こんにちわ。自己紹介は昨日済んだね。それじゃあ、課題の方を見せてもらおうか」

 前回、課題が出たようだ。俺はもちろんやってなどいない。

「先生! 俺、課題やってないんだけど……」

 俺の姿を見ると、先生は納得したらしい。

「ほぅ…君が噂の転入生か。課題の方は大丈夫。ちょっとしたテストみたいなものだから」

 そういうと大きな水槽が運ばれた。俺は意味が分かっていない。

「ペアが必要だね。たしか前回、相沢君が代表でやってくれたよね。それじゃあ、今回君は彼のサポートに回ってくれ」

 海里が近くにやってくる。他の生徒も各々の水槽に入っている。

「一体、何をするんだ?」

 俺は耐えきれず聞いた。

「あぁ。何、水に慣れるというごく簡単なものだ。水槽に入り、十分過ごせばいい」

 十分?それはいささか無理なんじゃないかい。俺はたまらず聞く。

「十分とか無理だろ? 人間はそんな体の作りはできていない」

 海里は目を丸くしていた。そして突如笑い出す。

「ふふふ。たしかにそうだね。でも、水の属性があれば、決して難しいことじゃないんだよ。できないなら、無理しなくていい。それが君の属性と違うってことなんだから」

 なるほど。属性持っているだけで水中でも息ができるのか。なんでもありだな。

「それじゃあ、始めようか。遊離、中に入って」

 おう、と俺は中に入る。普通に水の中だ。俺は大きく息を吸って、潜った。

 海里はストップウォッチで十分を測りだした。水の中で息はできなかった。

 苦しみで顔が歪むが、さっき大口を叩いてしまったので、ちょっとやそっとじゃ出られない。

 五分が経過する。辛くて、すぐに酸素を体いっぱいに宿したいが、意地でも出ない。

 八分が経過する。人間の限界だと思うが、難しくないと言われて、出るわけにはいかない。

 九分が経過する。意識が遠のく。

 自分が水と同化するのを感じる。

 これが水の特属性、などと考えていると意識が奪われた――


「り! 遊離!」

 海里が俺を呼んでいる。

 不思議な浮遊感と共に俺の意識が覚醒した。

「あれ? 海里か。どうしたんだ」

 周りを見ると全員心配そうに俺を覗き込んでいる。海里なんかは涙を流している。

「大丈夫ですか、不知火君。相沢君が助けてくれなければ、君は死んでいましたよ」

 助ける?どうやら俺は溺れてたらしい。海里の方を見ると、恥ずかしそうに唇を抑えていた。

 へっ、まさか! 俺も唇を抑えながら聞く。

「もしかして、人口呼吸?」

 その言葉と同時に海里は顔を真っ赤にしていた。女子連中が無性に騒ぐ。

 そういう展開が好物な人種らしい。俺は海里に純粋に礼を言った。

「悪い。ありがとな」

 その言葉で多少は平静さを取り戻したようだった。

「友人として当たり前のことをしただけだよ。気にする必要なんかない」

 そう言いつつも、どこか頼りない。女の子だったら、当然なのかな?

「しかしですね、不知火君。あんまり無茶しないで下さいよ。危うく、私の教え子で死人が出るところだったんですからね」

 もっともなことをおっしゃる。俺も反省した様子を見せる。

「今回は彼に感謝してくださいね。しかし、水の属性もなしに十分耐えるなんて、いろいろおかしいですね、君は」

 俺ははははと笑って誤魔化しておく。意外と慣れっこなのだとは言えない。

 ひとまず今日の授業は終わったらしい。海里とはしばらくギクシャクしそうではあるが、時間が経てば、いつも通り接してくれるだろう。

 俺はそんなことを考えながら寮に戻った――


 っと思ったが、海里とは同室だった。妙な違和感がある。

 先ほどからベッドに座り込んでこっちを見ようとはしない。

 すると、今まで無言だった海里がいきなりこちらに向き直り話しかけてきた。

「遊離! あの、その、今日のこと、なんだけど……」

 勢いよく言ってきた割には勢いがなくなっている。俺はどうした、と聞いた。

「あぅ。その……初めてだったんだ」

 語尾が弱かったが、一応聞き取れた。純情少年を凍らせる石化魔法とはこのことだった。

 土の属性に選択を変えるのをお勧めする。

「そうか…」

 俺は相槌を打つことしかできない。

「だから! 遊離は……嫌じゃなかったかなって」

 どうやら、そんなことを心配していたらしい。

「余計なことだとは思うけど、焦ってて。いつのまにか、その、してたんだ」

目の前にいる海里は女の子の顔をしていた。可愛い。俺は素直に答えた。

「嫌じゃなかったし、余計なことなんかじゃねぇよ。それに素直に嬉しかったから」

 本心だった。男なら可愛い子にキスされて、嫌な気分になどなるわけがない。

 もし嫌な男がいたら、俺は速攻で断根式を主宰する。

そして、指さしてプギャーと言ってやる。わりとマジで。

「う、嬉し……。バカ言わないでよ」

 そういうと布団を被ってそっぽを向いてしまった。

 その後姿に甘い言葉を掛けてやれば、大人の階段を登れるんだろうが、いかんせんチキンな俺は何も言えなかった。悲しきチキンの運命。

俺にモテ男君のテクニックを分けてもらいたいものである。

 人には得手不得手があるんだ、と自分を励ましといた。

 明日も早いので、電気を消した。明日は土の授業か。ここまで来ると属性は絞られてくる。

「俺の、属性か……」

 考えたこともなかった。そもそも、魔法に種類があったことさえ驚きだ。

 刑務所で読んだ一冊の魔法書が全てだと思っていたからな。

 それを読んだのもかなり前の話。今じゃ学生なんてものをやっている。

 世の中どう転がるか分からないものだ。暗闇が俺を攻めてくる。

 またあの世界に行かなきゃ行けないのか。抵抗してみるも、睡魔に効果はなかった。

「早く明日になれ」

 俺はそう呟いていた――


――夢。

 ――夢を見ていた。

 いつもどおり嫌な夢だった。

 手足に付いた枷を外す術などはない。

 俺は無力で、なされるがままであった。

 両手足の爪はなく、体の皮も所々ない。

 激痛に顔を歪めることすら忘れかけていた。

 近くには男がいる。

 下卑た笑いを浮かべた顔は俺を見て、楽しんでいるかのようだった。

 俺はその男を殺すことだけを考えて、必死に拷問に耐えてきた。

 それがいつの機会になるかは分からない。

 今の俺では奴には勝てない、そのことだけがはっきりと分かっていた。

 だから、今はただひたすらに耐えるだけだった――


 目が覚める。

 相変わらず外は良い天気だった。

 小鳥のさえずりで起きるのも悪くはないな、などと思う。

 俺はいそいそと着替え、海里とともに学校に向かった。


 教室はいつも通りだ。海里と一緒に登校している俺は冷やかな目で見られる。

 俺は相変わらずクラスに溶け込めていない。

 初日の挨拶をミスってしまったことが要因だろうが、過去を変えることはできない。

 現状を受け入れよう。そんな俺に話しかけてくる奴がいた。

「あなたが不知火遊離ですね。理事長の命令で本日の土の授業を手伝うように言われました。いけすかねぇ野郎ですが、手を貸しますので感謝してください」

 いきなり毒舌をもらった。ある意味ご褒美、とか言わないでくれよ。

 どこかで聞いたことのある単調で無感情な声だった。たしか、転入する前日に……。

 思い出した。俺を不審者扱いした奴だ。

その時のことを悪びれる様子もなく、俺に悪態を付きやがる。

「なんだ? お前は麗華の奴隷かよ。嫌なら、断ればいいだろうが」

 口調に怒気が宿る。俺自身も驚いている。

「別に奴隷じゃない。麗華とは友達なだけ。私の数少ない友人」

 ぽろっとそんなことを言う。もしかしたら、俺らは分かり合えるのかもしれない。

 友達がいないという共通点で。

「でも、いろいろ最悪です。あなたみたいな床で這いつくばったぼろ雑巾みたいな奴を相手にするなんて」

 あっ、やっぱり無理だったわ。歩み寄ろうとした俺が馬鹿だったわ。

「おいおい。随分な言いようじゃねぇか! ってかお前が俺の名前知ってて、俺が知らないのは頂けねぇな!」

 口調が不良みたいになった。俺は腹いせに変なあだ名を付けてやろうと考えていた。

 幼稚な考えである。

「藤堂美紗。それが私の名前。別に覚えなくていいから」

 ちゃんと会話はしてくれるようだ。少し感動。さて、どう名前をもじるかな……。

「まぁ、そういうこと言うな。これも何かの縁だ。仲良くしようぜ! 美紗ポン」

「ば、ばかぁ。そんなこと言わないでよぉ、遊リン」

 ぐはぁ。

 どうやら、俺の腹いせは失敗だったようだ。

 しかも、演技がプロ級で、不覚にも萌えてしまったのも痛い。

「なんてこと言わせるんですか。最悪です」

 勝った上に文句まで言われた。

 とりあえず、こいつとは色々仲良くなるのは無理そうなのが分かった。

 顔は可愛いのに、もったいない。俺は残念がっていた。

 気が付くと、美紗は既に席に戻っていた。教室にはすでに先生がやってきていた。

 俺も自分の席に座り、突っ伏す。授業は寝て過ごすに限る。

 決して頭を使うのが苦手とかじゃないんだからねっ!

 さて、言い訳もしたことだし寝ましょう。

 俺は寝息を立てていた――


「こらっ! 不知火。起きないか」

 聞き覚えのある声が俺を呼んでいる。この声は、たしか……京子先生?

 目を開けると予想通り、京子先生の姿があった。

 それはそうと京子先生って長くね?今度からは京子と呼ぼう。

 うん、そうしよう。そんな俺に京子が叱咤する。

「まだ寝ぼけてるのか? 教科書の文を読めと言ってるんだが」

 どうやら、当てられてしまったらしい。寝ている生徒に当てるって酷いよな。

 あたふたして、周りに聞く様子を楽しんでいるんだぜ。

 おっと、決して教師という立場を批判したわけではない。勘違いすんなよ。

「おいおい、京子。俺は教科書なんて出してないぜ」

 ニヒルに決める。教室が一瞬ざわっとなったのは気のせいではない。

「不知火。あまり私を怒らせない方がいい」

怒っていらっしゃる。だが、ここまで来て従うのは癪だ。

 ぎろりっ。 うん、従おう。

 俺は机の中を漁って本を取り出し、黒板に書かれたページ数のところを読んだ。

「掴まれた腕。私はもう逃げられないと、紀子は悟った。男たちは獣のように紀子の服を脱がしていく。や、やめてください! 紀子は叫んだ。だが、男たちは口元を緩めるだけだった。おいおい、お前がこいつにぶつかったのがいけないんだぜ? そのお詫びをしてもらうのは当たり前だろ。そう言って、ズボンに手を掛ける男たち。一気に六人も処理できるのか? 壊れてもいいじゃん。などと男たちの会話が聞こえる。私はこの後の展開を想像するだけで、怖くて、震えが止まらなかった。男たちは下半身のイチモ(ry つおっ!」

 後頭部を京子に殴られた。その顔は紅潮しており、わなわなと震えている。

「今は何の授業か知っているか?」

 京子の担当はたしか魔法史だ。

「魔法史でしょ? さすがに分かりますよ」

 俺はちゃんと答えてあげた。

「では、今お前が読んでいるものはなんだ?」

 えっ、読んでいるもの。頭は覚醒していないで、よく分からない。

 手に取った本のタイトルを見た。堕ちる紀子~蠱惑な妖艶~

 帯には、紀子の壊れていく様には目を見張るものがある。by 工口島 竣太 と書かれてある。

 ぶはっと俺は吹き出した。自分がした過ちに気付いたのだ。

「ち、ちがう! これは俺のじゃない。本当だ! 俺はロリな妹系くらいしか買ったことはない!」

 弁明を試みるも京子の目は俺を許す雰囲気ではなかった。

 周りの人間も誰一人として、俺を見ようとはしなかった。

「学校に不純なものを持ち込み。あまつさえ、授業中に朗読するとは言語道断!」

 京子の手に眩しい光が灯る。これは転入初日にくらった……。

 俺は急いで教室の窓から脱出を試みる。

窓ガラスを割って、外に出た。三階くらいなら死なないはずだ。

 しかし、いつまでも俺は宙に浮いたままだった。

 京子の魔法の塊が背中に当たっていたのだ。

俺は校庭の方に吹っ飛ばされた。

 こりゃ、死んだな。

 俺はそう思うと、意識が途絶えた――


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