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償いの魔法使い  作者: 餅巾着
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校内探索

外の強い日差しが目に入り、目が覚めた。

 どうやら、もう一日は始まっているらしい。

 体はまだ惰眠を貪りたがっているが、空腹がそれを邪魔してくる。

「腹減った……」

 昨日は飯を食べる前にあんなことがあったからなぁ。

 むくりと起き上がると、冷蔵庫の方へと向かう。

「食い物、食い物っと」

 俺は冷蔵庫を開ける。すると、つーんとした異臭が放たれる。

「く、腐ってやがる」

どうやらこの冷蔵庫は随分放置されていたようだ。コンセントが抜けている。

 それでも密閉性は失われてはいなかったわけだ。

「麗華の奴……何が住むのに必要なのは全部揃ってるだ。食い物がないんじゃ、さすがの俺様も死んじゃうよ?」

 久しぶりに弱音を吐く。いや、弱音しか吐いていないが。

 一ヶ月ぐらいの絶食ならば耐えられる体ではあるため死にはしないが、さすがに体に悪い。

 随分と楽な生活に慣れてしまったものだと思う。

俺は決意を胸に立ち上がる。もちろん、食料を調達するためだ。

そして、俺は麗華との約束を反故にしているとこに気付かずに宿直室を後にした――



「迷った…」

俺はそう口にしていた。方向音痴だとかそういう問題ではない。

この学校が広すぎるのだ。おい、建築士を呼べっ! 俺の心の声は誰にも届かない。

「食堂か購買に行きたかったんだが……」

 右往左往していると姿は挙動不審な男だろう。誰にも見つかりたくない、特に麗華の関係者には。あれ、宿直室から出るなって言ってなかったっけ。俺は今更気付いた。そんな狼狽する俺に後ろから声が掛けられた。

「あの、どうかしましたか?」

言葉にアクセントと呼べるものがなく、一定の音程に保たれた声。

およそ人間というよりは機械と言った方がまだ自然だった。流石に言い過ぎかな。

 俺はゆっくりと振り返る。

すると、そこには中々というか、かなりそそる美少女の姿があった。

 じゅるり。おっと、いかんいかん。年を取ると口元が緩くなる。

「あの、変なこと考えてますか?」

 俺は心の中をずばりと言い当てられてしまい動揺する。いや、ここで焦ったりしてはいけない。俺はしっかりと息を整えてから応答する。

「いや、変なことなんて、これっぽっちもないぞ! ただ食欲が刺激されただけだ!」

 間違ったことは言っていない。少女は相変わらず不審な目を俺に向けていた。

どうやら、俺の格好をジロジロと見ているようだ。背中越しに視線を感じる。

「制服じゃ、ない。不審者」

そう言うと、少女はそそくさと立ち去ろうとする。

俺はヤバいと思い、少女を引き止めるために手を掴んだ。

 俺は弁解することを試みる。柔らかい。

「待て! 話を聞け。俺はこの学校の生徒になる予定の者だ」

 俺の声に少女は呆気に取られて表情をしていた。分かってくれたのか。

 しかし、そんな言葉はこの状況を見た生徒には届かなかった。

 生徒が現れた。スカートを履いているから女の子だろう。

俺は汗が伝う感触を額に感じていた。

こっちに視線を向けた女生徒は一瞬立ち止まり、悲鳴を上げる。

「きゃーっ! 美紗ちゃんが襲われてる~」

 その悲鳴を聞きつけ、生徒達がぞろぞろと集まってくる。

 やばい! こんなところで見つかれば、麗華に陰口を叩かれ、挙句の果てには路頭でのニューライフが始まりかねん。

 俺は掴んでいた手を離し、逃げ出した。

 背後では追え!という声が聞こえる。

「どうしてこうなった!」

 俺はそんなことを叫びながら、走り出した――



 それから何時間経ったか、いや多分数分くらいしか経ってはいないだろう。

生徒たちの騒ぎが収まっていないのが、その証拠だ。まだドタバタしてやがる。

 そんな俺が逃げ込んだ場所はどこだろう。

 必死になっていた俺はここがどこかも分からない。

 本がたくさんあるので、恐らく図書室だろう。

 どうやら、この時間は人がいないようだ。今の俺にとってはかなり有難い。

 ほとぼりが冷めるまでは、ここにいようと安堵の息を漏らす。

 走るのはひどく疲れる。疲れたのは精神的な方だが。

しばらくは安心だと高を括っていたが、どうやらそれも長くは続かなかった。

「貴様っ! そこで何をしている。不審者が出たと聞いていたが、まさか貴様か!」

 その声の主は俺の背後にいた。俺は振り返ると、少女が襲い掛かってきていた。

 咄嗟なことに掴みかかる少女の手を払い除け、背後を取ってしまった。

ひとまず黙らせるために口を塞ぎ、体を羽交い絞めにした。

少女はまだ興奮しているようでフガフガと言っている。

 どんどん罪を重ねている気がするが、これも俺のニューライフのためだ。

 彼女には犠牲になってもらおう。

「んぅ~、むぅんぅん」

 何を言っているかは分からないが、黙ってもらわないと俺の身が危ない。

 俺は少女の耳元で優しく囁く。相手を落ち着かせるために優しく優しくと。

「手を放しても、大声を出さないと誓うか」

 その問いに対して少女は一瞬考える表情を浮かべ、ゆっくりと頷いた。

 俺は手をぱっと離し、少女を開放する。

「ぷはっ! ま、全く。何をするんだ」

 少女は恥ずかしそうに口元を拭っている。

 俺は悪い悪いと言うと、その場から離れようと踵を返した。

だが、その行動に少女の制止の声が掛けられる。

「待て。正当な理由がなければ、貴様を見逃すわけにはいかない」

 少女の目には義の光が宿っている。

 こういうタイプは厄介だが、きちんと説明すれば問題はない。

 俺は事のあらましを少女に話した。

「なるほど。そういうことか。それは悪いことをしたな」

「全くだ。この学校の連中は人の話を聞かない」

 そんな俺のぼやきを聞いて、少女は答える。

「まぁ、そう言うな。根が真面目なやつが多いだけだ」

 あんたもその連中の一人なんだけどね。声には出さないけど。

「しかし、妙だな。この学校に転校してきた者など、今まで聞いたことがないが……」

 そんなことをぶつぶつと言っていた。腕組みしながら頬杖を付く仕草にグッとくる。

「じゃあ、俺は戻るよ」

俺は頃合いを見て、立ち去ろうと腰を上げる。

 すると、少女は先ほどのお詫びだと言って、俺にパンをくれた。

 俺は素直にパンを受け取り、サンキュとお礼を言った。

 そのまま格好良く、図書室を後にする。

さて宿直室に戻るか。

 しかし、大変なことに気付いて歩みを止めた。

 俺は振り返り少女に尋ねる。

「なぁ、宿直室ってどこだ?」



 慌ただしかった時間は過ぎ去り、平穏が訪れる。

 宿直室へ辿り着いた俺は先ほど貰ったパンを片手にベッドでごろごろしつつ、テレビを見ていた。

 行儀なんかはとやかく言われる筋合いはない。俺はさっきの騒動でヤサグレていた。

 そんなマッタリと過ごしている時間も長くは続かなかった。突然、ドアが開け放たれる。

 俺は何事かと思い、開け放たれたドアの方に目を向ける。

 そこには息が絶え絶えになっている麗華が立っていた。

「なんだ、麗華か……」

そう言って、俺はテレビに向き直る。

麗華はズカズカと足音をたてながら部屋に入ってきて、テーブルのリモコンを取った。

そして、リモコンをテレビに向ける。プスンとテレビが消えた。

「おい! 今、良いとこだったんだぞ!」

 そんな俺の言葉は麗華には聞こえていなかった。

 そんなことは関係ないわよという形相でこちらを見ている。

 ひっ! 人としての生存本能が脅かさられるほどの恐怖を背中に感じた。

 脊髄にビンビンと感じる。怒っていらっしゃる。それもかなり。

 俺はその獣が襲ってこないように慎重に言葉を選び、尋ねた。

「あのぉ、どうなされました」

 その瞬間、その獣は吹っ切れたように俺に罵詈雑言の限りを浴びせる。

「あんたでしょ、今日の不審者騒ぎ! 私があんただと気付いて、問題にならないようにどれだけ苦労したか、分かる? 分からないでしょうよ。あんたみたいな軽率で低能な人種には分からない気苦労でしょうよ。なんで、あんたのためにこの私がこんなに頭を悩ませないといけないのよ! 信じられない」

そう言うと、麗華は乱れた呼吸を正していた。

 俺も今回ばかりは軽率だったと思い、素直に謝る。

「悪い。こんな騒ぎになるとは思っていなくて。今回は反省してる…」

そんな俺の言動を意外に思ったのか、麗華は少し困惑していた。

「わ、分かればいいのよ。以後、気を付けなさいよね」

そう言って、今回は許された。

 そのあと小声で私にも非があったのも確かだからと言っていた。

 俺はほっと胸を撫で下ろしていた。

「それで明日から、俺はどうすればいいんだ?」

 質問をすると、麗華は答えた。

「あなたの部屋に学校に必要なものを置いておいたわ。あと、これ」

 ひょいと箱を渡される。

 箱の中を開けると四角い機械が入っていた。

「なんだこれ?」

 麗華はそんなことも知らないのと呆れた顔をしていた。

「携帯よ。ないと色々不便だと思うから、あと不健全なサイトにはアクセス出来ないようにフィルターを掛けておいたから。それじゃあ、部屋に案内するから付いてきなさい」

 俺は分厚い本をパラパラと見て、最近は技術が進歩したんだなと感心していた。

 早く使いこなせるようにしないとなと思いながら、俺を麗華に付いていった――



「でけぇ! これが寮なのかよ」

俺は驚嘆の声を漏らしていた。

 普通の人間が見たら、どこの一流ホテルだよっとツッコミたくなる。

 それほどまでにでかい。そんな様子の俺を見ても、麗華は淡々と説明していた。

「寮は二十階建て。あなたの部屋は、そこの三階になるわ」

 ふむふむと頷く。

「お風呂は大浴場になっていて、時間帯で男女が決まってるから注意して。時間帯は六時から八時までが女子。八時から十時までが男子よ。十一時には出入りができなくなるから」

 つまり俺は十時から十一時の間に入らなきゃいけないってことだな。

 ぬるくなってなきゃいいけど。

 しかし、妙だな。時間帯で分けるのではなく、男湯と女湯に分けた方が効率が良いように思える。俺は聞いてみることにした。

「なぁ、なんで男湯と女湯に分けないんだ」

 そんな俺の言葉は想定内の疑問だったようで麗華は即答した。

「初代会長の意向よ。なんでも“分けられたら覗くのは必至。それなら俺達に女子達の残り湯を提供すべきだ!”なんて言ったのよ」

 初代会長とは良い酒が飲めそうだ。未成年だけど。

 そんなことを考えている間に部屋に着いた。

 麗華が鍵を開けて部屋へと入る。

 すると、部屋の中にはもう人がいた。

「あれっ? 部屋、間違ってるぞ」

 俺のその言葉を聞いた麗華は忘れてたわと言った。

「この寮は相部屋よ」

 な、なんだってー(棒)

「あれだけ大きいのに何故、相部屋にする必要があるんだ!」

 そんな疑問を一蹴するかのように麗華は答える。

「あぁ。だって、あれは魔法だもん」

麗華が不可解なことを言う。魔法?流石に魔法で物質を構築させることが難しいことくらいは知っている。俺をからかっているのだろうか。麗華は続ける。

「生徒の人数よりも大きすぎる寮なんて非計画的じゃない。だから、生徒の人数ぎりぎりの部屋しか用意してないの」

 さっぱり分からん。 頭を悩ませても答えは出てこない。

「ようはこの寮は十階建てなの。でもそんな寮じゃ負けな感じがするでしょ? だから、視覚をいじらせてもらってるわけ、単なる見栄よ」

麗華は言った。見栄のために幻覚の寮を見せていたと。

 金持ちの倹約家なんて矛盾した存在がいるのかと再認識させられる。

「それで、相部屋の件は終わり。納得してくれた?」

「納得するも何も、そうせざるおえないんだろう」

俺は半ば諦め気味に言った。そんな理由があるのなら、仕方あるまい。

すると、先ほどから呆然とこちらを見ていた相部屋の相手が声を掛けてくる。

「理事長からお話は聞いてます。うちの学校に転入するなんて、凄い人なんですよね」

 褒められると悪い気はしない。むしろ俺は調子に乗って、まぁなと答えた。

「それじゃあ、彼のことは任せるわね。相沢くん」

そう言って、麗華は出て行った。密室に残される男二人。

 相部屋だから当然のことだが、いささか嫌な状況であることに違いはなかった。

 だが、そんなワガママで関係を悪化させるのは忍びない。

ここで友好的に行かないと今後の学校生活に大きく関わってくる。

 ここでの挨拶は重要だと思い、気合を入れて自己紹介をする。

「麗華からの紹介はあったんだろう。俺は不知火遊離。好きなものは美少女だ。よろしく頼む、えっとぉ相沢?」

 そして、彼もまた挨拶をしてくる。

「初めまして。僕、相沢海里と言います。一緒のクラスになれるといいですね」

実に挨拶のテンプレートを披露する。笑顔まで完璧だった。

 しかし、さっきまで話に夢中で気付かなかったが、まるで美少女と捉えられる顔立ちをしているではないか。

 それに声も男にしては高い気がするし、ほのかに甘い香りが……。

 はっ!いかん、いかんぞ俺!そんなベーコンレタスな展開は誰も期待していない。

 そんなものは二次創作に任せていれば良いのだとわけの分からないことをつぶやく。

そんな俺を心配してか、海里が俺の顔を覗き込むように見てくる。

「あの、どこか痛むんですか?」

 ドキンッと心臓が昂ぶる。どうやら、俺は疲れているようだ。

 俺は一言大丈夫だと言い、足早にベッドへと入った。

 布団の中で頭を落ち着かせる。それを見越してか、すぐに眠気が襲ってきた。

 今日もバタバタしていたからなぁと思っている間に、意識が飲まれていった――



 ふと、目が覚めた。時計を見ると十時を回ったところ。

 風呂に入るには良い頃合いとなっていた。隣を見たが、海里の姿はなかった。

 散歩にでも出たのかと思い、特に気に留めることもなく準備をした。

 着替えやタオルを持って、大浴場へと向かう。

 他の生徒達の目撃を避けるため、迅速かつ穏便にことを進める。

 ミッション・イン○ッシブルのテーマを口ずさんでいる。

 ○に悪意があるだって?いや、男としてその単語は好きになれんだろうよ。

 そうこうしている間に大浴場に着いた。

 いつしかダブルオーセブンのテーマになっていたが、俺は特に気にしていなかった。

「さっさと済ませるか」

俺はニヒルな笑みを浮かべながら、大浴場へと入る。

 和製ジェームズ・○ンドの誕生である。

 中には人がおらず、適当な籠に衣類をぶち込み、タオルを肩に掛けて入った。

 ガラガラとスライド式のドアを開け放つ。

「えっ」

 そこには海里の姿があった。

 かなり素っ頓狂な声を上げたのは俺ではなく、海里の方だった。

「あぁ~その悪い。邪魔だったか?」

「えっ、いや……その」

 目に涙を溜めながら、言葉に詰まっている。無理もない。

 海里のふくよかな胸が大公開されていたのだ。残念ながら、下は湯気で見えない。

 という設定にしてもらおう。dvdでは拝めるだろうよ。急いでタオルで胸と下を隠す海里。

 しかし、全ては俺の脳内に録画された後だった。

「ごめんなさい。バスタオルを全部洗濯に出して……」

 小さめのタオルしかなかった弁明をしているだろうが、そんなことは問題ではない。

「その、お前女だったのか」

 かぁっと頬が赤くなっていく。そして、耐えきれなくなったのか。

「僕は男です」

と胸を張って、自信満々に言い放った。俺はそんな彼女のタオルをめくる。

「きゃぁ!」

 海里は地面にへたり込んで、泣き出してしまった。

「悪い! 今のは色々ひどかった……」

 俺はしゃがみ込み、謝罪する。

「別に俺はお前が女であることをバラすつもりはない。だから、安心しろ」

 出来るだけ優しく言えたと思う。その言葉で彼女も安心したのか。

「本当?」

と聞き返してきた。

そんな目の端に涙を溜めた弱々しい反応を見せる彼女に、欲情してしまう自分が情けない。

「だから、早く上がれ。男と一緒に入っていたくはないだろう」

立ち上がり、後ろを向きながら言った。だが、彼女は動こうとはしなかった。

 何故だろうと後ろの様子を気にかけるが、よくわからない。

 そんな中、彼女が口を開いた。

「腰が抜けちゃった……」

 えっ、なんつった?もしかして、俺が運ばなきゃいけないの?

 俺は目をつぶり、彼女に近づいた。背中を向けて座り込む。

「早く乗れ!運んでやるから」

俺の言葉に戸惑いつつも、海里はいそいそと背中に身を預けてきた。

 柔らかな感触が背中に二つ当たるが、気にしないようにする。

「本当にごめんなさい。こんなことまでさせて……」

耳元で言葉を囁かれる。

 彼女には天然で男を落とすテクニックが備わっているとしか思えない。

「いやぁ役得だから、気にしないで」

そう言い、何とか海里を脱衣場まで運び切った。

「あ、ありがとうございます。このお礼はいつか必ず……」

 俺はあぁ頼むよと一言言って、浴場へと戻った。

 そのあと、背中に残った感触と脳内保存された映像がずっと俺を襲い続けた。

 そんな死闘も決着を着け俺は

「いやぁ~いろんな意味で良い湯だったぁ」

俺は顔をにやつかせながら言っていた。

 そう、俺は色々負けてしまったのだ。やるせなさを感じながら、服を着る。

 時計を見るとあと数分で十一時を迎えるので、急いで大浴場を後にした。



 部屋に戻ると、海里の姿があった。海里は俺の顔を見るなり、顔を背けた。

 どうやら水に、お湯に流すことはできなかったようだ。俺は腹を括って話し出した。

「さっきは悪かった。中に誰がいるかを確認することもできたのに……」

 頭を下げる。だが、そんな俺の行動を海里は決して咎めようとはせず言葉を紡ぐ。

「いえ、その僕も不用心だったんです。あの時間帯は誰も入ってこないと思っていて」

 どうやら怒っているわけではないようだ。俺は良かったと胸を撫で下ろす。

「それに、あなたも時間帯を気にしていたようですし……」

「あぁそのなんだ。一応な」

 麗華との一件で不用意に素肌を晒すのを控えようとした結果だった。

 しかし、それが今回は裏目に出たということだろう。

 おぶった時に見られてしまった。俺も迂闊すぎる……。

「まぁ、なんだ。お互い秘密があるってことでいいんじゃねぇか?」

 そんな言葉を口にしていた。どうやらそれで海里も納得してくれたのか。

 えぇと言ってくれた。ことは公にならずに済みそうなので、とやかく言う必要はない。

 しかし、海里はまだ言い足りないことでもあるのかもじもじしながら言う。

「あの、またあんなことにならないように、時間帯だけでも決めませんか?」

 その通りだ。また似たような展開になったら、俺も海里も貞操の危機だ。

 俺の貞操はさして重要ではないが。

「あぁそうだな。じゃあ俺が十時半から十一時までの間に入ればいいか?」

 湯上りの海里を見るのはいささか危険だと判断したが、女性を後に入れるのは如何せん納得できなかった。俺が海里の湯上り姿を直視せずに出れば、済むことだ。

少し気を付ければ、もう眠っていることだろう。

 海里はその提案を受け入れてくれた。

「分かりました。私が十時から十時半までに入ればいいんですね」

 これでラッキースケベな展開も少なくなるはずだ。

 全国の男性諸君には申し訳ないが、俺の身が持たないことを考慮してほしい。

 それだけ言うと、海里はおやすみと言って寝息を立てていた。

 俺も昼寝はしたが、ここで外に出てもすることがないのでベッドに潜る。

「明日から学校か…。この俺が学校に通うようになるなんてな」

自嘲気味にそんなことをつぶやく。これも全て麗華のおかげだ。

 ちゃんと感謝しなきゃな、などと考えている間に睡魔はやってくる。

 目が覚めれば、きっとドタバタした毎日が待っているんだろう。

 そう思うと、楽しみで仕方がない。

 俺にも一端の幸せが手に入ることができるのだと嬉しく思う。

 過去の出来事は全てこの日から過ごす日々の布石だったのかもしれない。

 やはり、昼寝で寝付けないようだ。しかし、目を閉じていれば、そのうち……。

 俺の意識はそこでなくなった―― 


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