新生活
あの幼……少女の発言の後、俺は校舎の中へと通された。
一体どこに行くのかと不安で仕方ないが、牢獄よりはましだろう。
廊下を歩く足音が直接耳に響く。
夜の学校が心霊スポットみないな通説もあながち間違いではない。
しばらく歩いていると、少女がある部屋の前で立ち止まった……。
「ここよ」
どうやら、この部屋に入るつもりらしい。
少女が手を扉に向け、詠唱を行う。すると、ひとりでに扉が開いた。
どこもかしこも魔法だらけだ。素直に感心してしまう。
そんな俺を他所に少女は部屋に入っていく。俺も少女の後に続いて部屋へと入った。
そこはどこにでもあるような偉そうな部屋が広がっていた。
世俗的に言うと、校長室だ。うん、何のひねりもない。
そして、少女は机を回ると大きな椅子に座った。
大きさ的にはギリで少女が大きいと言えるぐらいだった。
「それじゃあ、改めて挨拶をしましょう。私がこの学校、魔法法術高等学校の理事長の赤羽麗華よ」
随分強そうな名前だな。しかし、背格好には似合あわないオーラを感じる。
そうこうやって手を合わせると……ほら、温かくなってきたでしょ?ってバカ!
そんな如何わしいものではなく、純粋に雰囲気から感じた。俺も自己紹介をする。
「本日、刑務所より馳せ参じました。名を遊離、姓は不知火と申します」
「あんたにもったいないくらいの名前ね」
「あはは、よく言われるよ~」
和んでしまった。
本来ならばムキーもったいないってなによ。
と言って掴み掛かるが、大人な俺はそんなことはしない。
「バカみたいにヘラヘラして……気持ち悪い」
ぶちっ。
「ムキー何よ!バカにしないでよ」
そう言って俺は麗華に掴みかかった。ムニッとな。
「ムニッ?」
あれ~おかしいな胸倉を掴もうとしたはずが目測を誤ってしまった。
てへへぇ~失敗失敗っと。頭を軽く小突く俺に右のストレートが飛んできた。
ボクサー顔負けの破壊力だった。一発KOだった。
しかし、これ以上遊んでいては話が進まない。
俺は話を戻した。鼻血を出しながら……しかも真顔で。
「それで詳しい話を聞かせてもらいたいんだが」
そう尋ねると麗華はすぐに話し出した。
「あなたにはこの学園へ通ってもらいます。もちろん生徒として。住む場所は寮の一部屋を貸してあげる。そう言ったわよね」
首をうんうんと頷かせる。
「けれど、寮の使用には学生の認証が必要なの。その認証発行までの間、厳密には今日と明日は隣の宿直室を使ってもらうわ」
麗華に鍵を渡された。この部屋には魔法の施錠がおこなわれていないのようだ。
見た目以上に古い部屋なのかもしれない。
「住むのに必要なものは全部揃っているから。何か質問は?」
「格好は? この学校は自由服なのか」
すると、それは忘れていたわと言い、付け加える。
「学園は制服。そのためにあなたのサイズを測らないとね」
どこからともなくメジャーを取り出す麗華。 腕を上げて測りやすい体勢を取る。
すると麗華は、不信な表情を浮かべる。
「何をやっているの?」
俺にそう尋ねた。彼女が何を言っているのか分からず俺は聞き返す。
「何って……測るんだろう?」
すると麗華は、心底呆れたようにつぶやいた。
「裸じゃなきゃ正確な値が分からないじゃない」
そんなことはない!
と言い返したいが、どうやらそれが当たり前だと思っている様子だった。
下手に指摘しても機嫌を損ねるだけだと俺は学んだ。
一応、俺は男の子なんだけどと思ったが、どうやらそこを譲る気はないようだ。
目に固い決意が見られる。しぶしぶ上着に手をかけ、上半身を裸にする。
「へぇ、思った以上に鍛えているのね」
どうやら褒められたようだ。嬉しさよりも恥ずかしさの方が大きい。
「そりゃあ、鍛えてますから」
俺は正直に答えた。そして、麗華の指が俺の体に触れる。
「ひゃん!」
ビクッとなった。すると何を思ったか、手のひら全体を使って背中やらお腹を撫でてきた。
「あのぉ……こそばゆいんですが?」
そんな俺の言葉が耳に入っていないのか、麗華は真剣な顔で聞く。
「こんな体で……よく生きていられたわね」
消え入りそうな、か細い声だった。
その声で彼女が何を言っているのかが分かった。 あちゃぁ気付かれたか。
昔だからほとんど残っていないと思っていたが……。どうやら古傷があったらしい。
「悪いな。見ていて気分が良いものじゃないよな!」
笑いながら上着を羽織ろうとするがその手を止められる。
「別に……私は大丈夫」
罰が悪そうな顔をしながら、メジャーで体を測った。
あらかた測り終えると麗華が口を開いた。
「その傷のこと、聞いてもいい?」
さっきから強気だった麗華だったが、今回は妙に大人しかった。
普段からこんな感じなら、可愛いだろうなと思う。
「別に大したことじゃない。ちょっと親に撫でられただけだ」
そう言って上着を着た。これ以上は話せないという意思表示のつもりで。
麗華もそれが分かったようだ。このことを話すには時期尚早だと思う。
機会があれば、話すことにしよう。
「それで、もう用件は終わりなのか?」
俺は重くなった空気を戻すように聞く。
「えぇ…制服もすぐできるから、それまではゆっくりしてていいわ」
先ほど貰った鍵を片手に宿直室に向かった。
「じゃあ、俺はこれでノシ」
鍵を開けて宿直室へと向かう。だが部屋に入る直前で麗華に呼び止められる。
「あなたは……絶対その強力な魔法を他の人の前では使わないで」
どうやら忠告のようだ。ちゃんと聞いておこう。
「分かった。それだけか?」
再び問う。
「あと、あの変な魔法も。結界の中を覗き見たり、結界を破らずに入ったり。あんな魔法なんてあるはずないんだけど……。だから、あなたは授業で習った魔法以外は使わないようにして」
変な魔法とは失敬な。
刑務所にあった魔術書に書いてあった立派な魔法だ。もっとも、かなり古臭いものだったが。
「おーけー善処するよ」
そう言うと麗華は満足したようだった。
しかし、俺には少し気になる点があった。俺はその点を指摘する。
「そういえば、さっきからずっとあんたあんたって随分余所余所しいよな。ちゃんと名前で呼んでくれよ。俺も名前で呼ぶからさ」
麗華はそうだったかしらと頬に手を当てていた。
先にそう言った手前、俺から名前を呼んでみる。
「おやすみ、麗華」
ボンッ、という音がなった気がしたが、気のせいか?
すると、麗華が耳まで真っ赤にしながら言い返してきた。
「わ、分かったわよ……。おやすみ、遊離」
小声で聞こえにくかったが、ちゃんと名前を言ってくれたようだ。
俺はその言葉を聞くとすぐに宿直室の扉を閉めた。
綺麗に整頓してある部屋にベッドが一組。そこに腰を下ろして、すぐに横になる。
今日は途轍もなく疲れた。今すぐにでも寝よう。
おいお前、風呂に入ったのかと言われそうだが。問題はない。
実は出所前に入ってきていたのだ。だから、もう……。
やがて、深い闇に意識が飲まれていった――