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償いの魔法使い  作者: 餅巾着
3/25

出会い

 刑務所から出た俺は行く宛てもなくただブラブラと夜道を彷徨っていた。

 いざ自由になると、することがほとんどない。やりたいことができないのと同じだ。

 時間だけは無情に過ぎていく。

 とりあえず腹が減ったな。飯を食おうとさっきもらったバックを漁ってみる。

 しかし、そんなことよりも遠くの方から感じる奇妙な気配が気になった。

これは魔力だろうか。気配を感じる方向に目を向ける。

するとそこには立派すぎるほどの学校が建っていた。

 ここに通う連中はさぞ幸せな日々を過ごしているんだろうな。そう思うとムカついてきた。

 気晴らしに窓ガラスでも割ってやろうかと思いつき、侵入を試みる。

 完全な八つ当たりだが、平和な連中に少しだけ非日常を与えてやろうという俺の粋な計らいだ。むしろ感謝して欲しいくらいだ。足はすでに学校に向かっていた。

校舎に入るためフェンスを乗り越える。有刺鉄線が痛い。

「あれ、ここから入れないじゃん」

結界が張ってあった。小突いても跳ね返される。

 ちょっとやそっとじゃ壊せそうにない。こんなに丈夫なもので隠す理由なんて。

 もはや窓ガラスを割ることに対する興味はなくなっていた。

 それにどうやら、視覚や聴覚などの五感を全てシャットアウトまでしてある。

 俺は中の様子を窺うべく、目を凝らし結界の中を見た。

 中には人のようなものと…獣のようなものが見える。

 動きが早くてよく見えないが、戦っているようだ。

「う~ん…」

 特にすることもなかった俺だが、このまま見て見ぬふりはできない。

そう思って俺は結界に人ひとりが入る空間を開ける。中に入ると結界は元に戻った。

 そこでは一人の少女が魔物と戦っていた。凄まじい攻防戦に呆気にとられる。

 見た目は小学生ぐらいの少女。もとい幼女である。

 髪は綺麗な金髪で、赤と黒のコントラストが美しいドレスを身に纏っている。

 少女は相手の魔物と互角の戦闘を繰り広げていた。ひゅ~と声を上げたくなる。

 完全な野次馬と成り果ててしまった。不甲斐ない。

 その凄まじい攻防戦をぼんやりと見ていると、少女が魔物の一撃でふっ飛ばされてしまった。

「ぐふっ」

 まるで人がボールのように簡単に飛んでいく。

 その様子を見ていた俺はいつの間にかに駆け出していた。

 着地点を予測し、最高速で走って先回りする。

 両手を大きく広げ、決して受け取り損なわないように気を引き締める。

「ナイスキャッチ、俺」

 そう自分を褒めても罰が当たらないくらいのファインプレーだった。

 腕の中に収まる少女は全身傷だらけだった。見ていてとても痛々しい。

 すると、そんな俺に対して少女は目を見開き驚きの声を上げていた。

「馬鹿な! なんで、ここに人がいる」

 せっかく助けてあげたのに、お礼の一つもないとは失礼なお嬢様だ。

浮世離れしたお嬢様に礼儀を求めるほうが悪いのかな。

 まぁ俺が勝手にやったことだから、恩に着せるつもりは毛頭ないが。

 すると遠くの魔物が息巻いていた。あれれ、次の標的は俺かいな。

魔物は新しい獲物を見つけたとばかりに俺に襲い掛かってくる。

 この間わずかに2秒。とか言ったら緊張感が出るかな。実際はもっとあったよ、うん。

「ふぇ、怖いですぅ。……男がやってもダメだな、はぁ」

 ため息がてら相手を見据える。刑務所じゃ大規模な魔法は使えなかったからなぁ。

 いい機会だ。これ見よがしに使ってやるか。手を魔物の方に向けて魔力を放つ。

詠唱やスペルは必要ない。ただ魔力をぶつけるだけなのだから。

一閃の瞬きののちに魔物は姿を消していた。否、消されていた……。

 少女は目を見張り唖然としている。ふっ、無理もない。

 学校が跡形もなくなっていたのだ。俺は居た堪れなくなって……逃亡した。

 それはもう脱兎のごとく。やばいやばいやばいやばいばいやばい。

 頭の中はその言葉でいっぱいだった。

ボロボロの学校――器物破損じゃすまない

 傷だらけの幼女―性的犯罪のにほい

 犯人―本日出所したばかりのナイスガイ

 これじゃどう言い訳をしても十年はぶち込まれてしまう。

「待たないか!」

 待てない。そもそも待てと言われて待つ奴なんていやしない。

 少女の詠唱が聞こえる。もっとも距離が離れているため、はっきり聞こえないが……。

 すると、突如足が重くなったことに気付く。

運動不足ではない。いくら走っても距離が稼げない。

それどころか少女の方に引き寄せられているではないか。

「ぐぬぬぬっ」

 どう踏ん張っても少女との距離が縮まっていく。

「足掻いても無駄よ。強力な磁力魔法だもの。人の力ではどうもできやしないわ」

 磁力? そんなものまで扱えるのかよ! 魔法の奥深さを学んだ瞬間である。

 しかし、待てよ。磁力ってことは……もしや。自然に顔がにやける。

 男としての悪知恵が働いたからだ。こりゃやらない手はない。

「観念しなさい! もう逃げることなんてできないわ」

 その声を聞いて、急激に踏ん張る力を弱めた。

 というよりも少女に向かってダイブした。

「なにっ!」

 少女は慌てて魔法を解こうとするが、時既に遅し。

 俺は少女を押し倒していた。そして、熱烈なまでのハグもおまけに。

「うわぁ…磁力で…体がぁ…」

 鼻腔を刺激する甘い香り。この少女が女であることを実感する。

 その少女がふるふると震えていた。どうしたんだい、やっぱり初めては怖いのかな。

そんな俺の妄想とは一変して、少女は噛み締めるように言った。

「もう魔法は解いたのだが、それでもまだ茶番を続けるか?」

 声は比較的穏やかだが、明らかに怒っていらっしゃる。

 はははと、乾いた笑いをしていた俺の脳天に衝撃が走った。

 少女の肘が。それはもうムエタイ選手脱帽の威力であった。

 一瞬、意識が途絶えた。その間に俺は縄で雁字搦めにされていた。

 やだっ……こんなの初めて❤

 そんなことを考える余裕はあったが、自分の置かれている状況を確認すると余裕がなかった。

もしかしたら、ピンチというものではないか。とにかく謝ろう。

「ごめんなさい! 悪気はあったんですが、どうか警察だけは呼ばないで下さい」

 全身を縛られている中、おでこを地面に擦り付ける。

 その様子を見て少女は口元を歪めた。真性のM気質の俺には分かる。彼女はSだ。

「ほう…。一体どうしようか」

 恐らく許して貰えなさそうなので、本気で謝ろう。誠意を見せろ、俺。

「お願いします。私、今日出所したばかりなんです。なんでも言うことを聞きますから、どうか警察にだけは……」

 すると少女は俺が前科持ちの犯罪者であることを意外に思ったのか。質問を投げ掛けてきた。

「あんたの罪は?」

しまった!言っても不利になることは隠すべきだった。頭がいつもより回っていない。

出所して春うららなのだ。しかし、撤回できるような状況ではなくなっている。

仕方が無いので正直に話すことにした。

「強盗、恐喝、放火、強姦……以外のことはあらかた」

 精一杯はぐらかした、つもり。何喜劇だよ。

「なるほど…殺人か」

 気付かれてしまった。もはやヒントとなっていた。犯罪の代名詞と言ったらこれだもんね。

 少女は続けて話した。

「しかし、貴様が殺人か……。どうせロリコンの性犯罪者ではないかと思ったが」

 おいおい。自分がロリでちょっと襲われたからって心外である。

 俺は幼女には興味がない! ……ごめんなさい、嘘です。

 そんなことより俺は一体どうなるのだろうか。少女は警察を頼る気はなさそうだが。

 はっ、まさか! 俺に惚れてしまった、とか。そうかそうか。女なら仕方あるまい。

 端正な顔。滲み出る色気。それに加えてBB (ブラックビッグ)なマグナム。

 女性なら誰もが俺との素敵でスペシャルなライフを思い描くだろう。

 所詮、女という性には逆らえないと言ったところか。

 現実と妄想の区別が曖昧だ。少女の方に目をやると、ぶつぶつと呟いているのが分かる。

「あの力は…(ぶつぶつ)」

 そして、何かを決心したかのように少女が叫ぶ。

「決めた!」

 一体何が決まったのか。刺激しない程度に聞く。

「一体……何が分かったと申されるのですか、お嬢様」

 顔を窺うように見る。すると、小悪魔のような笑みを浮かべている。

 こんな悪魔になら騙されたい。むしろ騙して! 

「お前にはこの学校へ通ってもらう。そして、この私の手伝いをしてほしい」

 そんな狂言染みたことを言ってのける。この少女は何を考えているんだ。

 俺はため息を吐きながら言う。

「学校って。それはさっきこの世からお陀仏しちゃったでしょ。何言ってんだか…」

 壊したのは俺ですけどと小声で付け加える。

 すると、少女は不意に高笑いを上げた。いや、マジで怖いからやめて。

「大丈夫。この結界内の無機物は全て修復することができるのよ」

 そう言うと少女は一声で、学校を元通りにしてみせた。

 なんてこったい! 実質的な罪状は全くなかったのだ。

 それを言わずにこの少女はいけシャーシャーと。見事に騙されていた。

しかし、考えてみるとそれは俺にとってはおいしい条件ではないか。

 どうせ行く宛てなんてないわけで。しかし、まだ問題はある。

 そう住む場所や学費、それに前科持ちを簡単に通わせるだろうか?

 ない頭で必死に考えていると少女が尋ねてくる。

「不満なの」

 そんなことはないが……ええい、ままよ。

 聞いてみるだけ聞いてみよう。

「住む場所はあるのかい」

「そこに寮があるでしょう。そこを自由に使えばいいわ」

「学費とかは」

「あんたにお金はないでしょ。私が出してあげるわよ」

「俺、前科持ちだけど?」

「既に罪は償ったのでしょ。だったら、問題なんてないはずよ」

 簡単に言ってくれる。そんなことを言っても心の奥底では軽蔑しているに違いない。

 たとえ、この少女がなんと言おうと関係ない。

学校という組織に組み込まれた人間は社会から一歩踏み外した俺の存在を認めない。

「お前のような一介の学生に何ができる……」

 そう毒づいていた。すると少女はおもむろに腕を組んだ。

精一杯自分を大きく見せるように胸を張って宣言した。

「可能よ! なぜなら私はこの学園の理事長だからね!」


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