旅立ち
時刻は夕暮れ。
人気が失われた静寂さとカラスの鳴き声が混ざり合い、どことなく哀愁さが漂っている。
ここから見る景色も最後だと思うと感慨深くなるものだ。
少し柄にもないことを考えてしまった。だが、もうここに戻ることはないだろう。
入口の傍には看守が立っている。ここに入ってからずっと面倒を見てくれた人物だ。
別れの言葉でも掛けてやるかと思い、俺はその看守に話しかけた。
「あんたには随分、世話になりっぱなしだったなぁ」
看守は珍しいものを見るかのようにこちらを見る。
それほど意外だったのか、失礼な奴だな。
その男は驚きを隠すようにして答えた。
「お前は他の連中とは違った。 あいつらは何一つ話そうとしなかった。お前だけだよ。
俺を散々扱き使ったのは……」
その瞳には優しい光が宿っていた。
このおっさんの年齢から見ると俺は息子ぐらいになるのだろう。
優しさと共に親しみを込めた物言いだった。
「悪かったよ。何分世間知らずなものでな。それよりも奥さんや娘さんは元気にやってんのか?」
俺はぶっきらぼうにそう聞いた。
「あぁ二人とも元気にやっている。お前が教えてくれた誕生日プレゼントは好評だったぞ。最近の子はああいうものを欲しがるのだな」
「そうだろ? 年頃の娘ってのは可愛いものを欲しがるもんだ。あんたみたいに現金渡そうとする親の方がおかしいんだよ」
少し口辛く言ってやる。説教できるまたとない機会をみすみす逃すことはない。
このおっさんはこと仕事に対しては文句の一つも出ないからな。
「ふんっ。欲しいものが明確に分からなければ、現金のほうが無難だろう。それで好きなものを買えばいい」
「おっさん……いや、あんたはそれでいいんだろうな」
娘も父親からぬいぐるみをプレゼントされて意外だっただろう。
十何年もお金を掴ませていた父がファンシーなプレゼントを持ってきたのだから。
不器用な男だ。これが彼の持ち味なのだろうが…。
そして俺は恐らく最後になるであろう言葉を言う。
「じゃあな。おっさんのおかげで有意義な時間を過ごせたよ。」
シュタと手を挙げる。お別れだ。
そのまま踵を返そうとしたときに不意に声が掛かる。
「おい」
その言葉に振り向くと小さめのバッグが投げられた。
それをなんなくキャッチしてみせる。
「なんだ、これ?」
わけも分からずに俺は聞き返していた。
「餞別だ。少ないがお金と食糧が入っている。あと……余計なお世話かもしれんが、俺の家の住所だ」
傍から見たら、とても間抜けな顔をしていたことだろう。
それほどまでにこの鉄面皮が奇怪な行動をしていることに驚いていた。
「なんだ? 盗みにでも入れってのか。それとも娘を犯(ry」
それ以上言ってしまったら命がないことと悟る。
「俺はそれでも構わんがな。行く宛てがないなら俺のところへ来い。お前は天涯孤独の身だろう」
さらっと傷つくことを言う。まぁ傷つくハートは持っていないが。
「はっ。そんな気を回すより、あんたは家族を大事にしやがれ」
悪態を吐きながらも内心は嬉しかった。こんな俺にも家族ができた気がしたからだ。
しかし、そんなこっ恥ずかしいことは絶対口にしない。
「気が向いたら行ってやるよ。そのときは高級料理を出してくれ」
おっさんは口元に笑みを浮かべたかと思うとすぐ仏頂面に戻った。
そして、もう何もすることはないと言うように立っている。
俺はその姿を目に焼き付けてから、門を出た――