夏休み(海里編)
格好良く出てきたのは良いが、俺には行く宛はなかった。
「だからと言って家族水入らずを邪魔するのは気が引けたんだよなぁ」
あぁ、寝床が遠ざかって行く。俺は卑しい男だった。
公園で野宿でもするか。俺は良い公園を探すことにした。
そんな俺を見計らったかのように携帯電話が鳴った。
着信相手には相沢海里の名前があった。一体何のようだ。俺は忙しいんだ。と言って無視を決め込むこともできない。俺ってば悪にはなりきれないのね。俺は通話ボタンを押した。
「ゆ、遊離! 良かったぁ繋がった」
海里は珍しく慌てていた。こんな海里には見たことがない。
いや、実際にはまだ見てないけれど。
「どうしたんだい。俺は全国の公園を八十八カ所巡らなければいけないんだが」
その応答に海里は困っていた。元から困っていた。
「遊離。それは大事な用なのかな」
海里の声が弱々しくなる。そんな声を出されたら、男は断れません。
「いや、たった今暇になった」
俺は素直になった。素直なのは良いことだね、うん。
「今から会えないかな。その…事情は会って話すから」
海里から何かに誘われるのは珍しい。基本、成り行き上一緒になることが多いからだ。
「いいよ。で、俺はどこに行けばいい」
海里から場所を教えてもらう。どうやらここからまた百キロ近く離れているようだ。
随分遠くにお家をお持ちで。だから全寮制を選んだのかね。
「ありがとう。待ってる」
そう良い返事をされたら男は引き下がれない。俺は待たせないように全力で駈け出した。
お金はもちろんない。
「ぜぇぜぇ……つ、着いた」
一時間かからなかった。俺は自分の足の速さに驚く。俺は息を整えて周りを見渡す。
「うわぁ、こんな家があるのかぁ」
敷地面積うん千坪はある。こんなのは都会には流石にないな。俺は表札に落書きしたい気分になる。油性マジックはバックに入っていた。
「どこだ。どこに表札がある」
探すが一向に見つからない。ここは正門ではないみたいだ。俺は海里に電話を入れた。
「海里か。着いたんだけど、場所が分からない」
「えっ、もう着いたの。一体どこの公共機関を…。まぁ良いや場所の特徴を教えて」
特徴と言ってもなぁ。何かないかなっと。俺は目立ちそうなものを探す。
「正面に自動販売機があるよ」
俺は唯一の手掛かりらしいものを言う。これで分かるかなぁ。すると海里は
「西門の方だね。分かった。今から行くよ」
と言ってくれた。どうやら分かったらしい。家ではなく近くのお店ならすぐに分かっただろうと思う。そんなことに気が回らないほど焦っていたのか。俺は事の重大さを思い知る。
しばらくしてから海里が現れた。
「ごめん。迷ったよね」
海里の声に振り向く。後ろには護衛の人が二人も付いていた。
しかし、そんなことよりも目を引いたのは海里の私服だった。
制服しか見ていなかったから一瞬誰か分からなかった。カジュアルな感じがとても海里らしい。残念なのはズボンを履いていたことくらいか。スカートから覗く白い肌が見たい。
「うんにゃ、別に大丈夫よ。それより、何かあったんだろ」
俺が聞くと、海里はそうなんだと小さく言った。やはり、重大な問題にぶち当たったようだ。
「とにかく屋敷に入って。そこで話すから」
そう言って俺は屋敷の中に案内された。目の前には車が用意されている。
「乗って。ちょっと遠いから」
家の敷地内で車に乗る必要があるのか。そんなに大きな家にどんな得があるのだろう。
金持ちの思考は分からん。俺は車に揺られながら、緊張した面持ちの海里の横顔を見ていた。
俺は海里に連れられて大きな部屋に通された。客間にしては椅子などがないので不自然ではある。正面には大きな机と椅子があった。椅子に誰か座っているようだ。
「お父様。連れてきました。私の……私の彼氏です」
海里はそう宣言した。あれ、俺彼氏だったのか。告白された記憶はない。
「そうか。君が不知火遊離くんか」
椅子が俺と海里の方に向き直る。そこには若々しい叔父様が座っていた。
「海里をそろそろ嫁に出そうと思っていたら、付き合っている相手がいると言い出してね。海里を諦めさせるためにも、まず相手に諦めさせようと思って君を呼んだ」
なんとなくだが状況が読み込めた。テレビで見たことがある。政略結婚というやつだ。あのドラマはどんな風に続いたかな。流して見ていたからあまり覚えていない。
「率直に言う。海里と別れてくれないか。お金だったら弾もう」
そう言って諭吉の束を机に放った。三百万くらいある。その光景に海里は目を逸らす。
これで乗ったら、何もできないと言った顔だ。俺はそんなお金には目もくれない。
いや、それだけあったら寝床に困らないとは思ったよ。でも、お金よりも大事なものがあるでしょう。お金のない俺にはよく分かる。
「そんなことを言われましてもね、お父さん。俺達は海よりも深く愛し合ってるわけですよ。今更そんな学問の神を出されても、神にはなれませんよ」
俺はいつもの調子で言った。臆すること無く言えたのは単なる考えなしだからだ。
こういう相手には媚びるのが正解だろうけど、いけすかねぇ。
「そ、その通りです、お父様。僕達、別れるつもりなんて毛頭ありません」
その言葉を聞いても親父さんは冷静だ。あらかじめ予想していたと言わんばかりに。
「君にはお金はあるかね。この娘を養っていけるだけの」
甲斐性を求められた。学生にそれは反則だ。お金なんて無い。あったら電車で来てる。
俺が何も答えないでいると海里が横から答えてくれた。
「遊離は学年でトップの成績を収めました。それに鳳凰木零壱とだって互角の勝負をしています。将来性と言う言葉を使うなら問題ありません」
その海里に言葉に親父さんは驚いたようだ。まぁ間違いじゃない。誰かが差し替えたけど。
「鳳凰木零壱。あの最強と謳われる魔法使いを相手にか。ははは、冗談なら他所でやってくれ」
親父さんは信じてくれなかった。あの人、そんなにすごい人なのか。俺は再認識させられた。
「冗談などではありません。学校に問い合わせれば、それが真実だと分かります」
海里の必死の説得に親父さんはため息を吐く。
「私はな海里。お前に後を継いで欲しい一心で性別を偽ってまで、あの学園に通わせた。だが、気付いたのだよ。所詮女は女として生きることしかできないと。今まで振り回して悪かったと思っている。だから、こうやって相手を探して」
「それが余計なお世話だと言うんです!」
海里が大声で叫んだ。海里が大声を出すところなんて今まで見たことがなかった。俺は完璧に蚊帳の外だった。
「僕はお兄様が魔法を扱えないからという理由で男として育てられました。その挙句、やっぱり女として生きろですって。そんな勝手な言い分が通じると本当に思っているのですか」
「現に貴様は男を好いているではないか。女としての性が芽生えてしまったのだろう」
確かに勝手な言い分だ。他所の家族のことには首を突っ込みたくないが、致し方あるまい。
俺は意見することにした。
「あの。いいですか」
俺の言葉に海里と親父さんの会話が止む。恐らく話していいんだよな。
「それだけ言うんなら相手の婿候補の人と直接勝負すればいいんじゃないですか」
俺の意見に親父さんは頷いていた。
「ちょっと遊離。それは」
「大丈夫だって。俺は逆境でこそ力が映えるんだぜ」
鼻や顎に違和感を感じる。それは俺の気のせいであってほしい。
「じゃあ、決定だな。婿候補との勝負は親父さんがセッティングしてくれ。なるべく、公平になることを祈ってるよ」
俺はそう言って部屋から出た。そんな俺に海里は付いて来る。
「お父様に任せるって。それじゃあ公平になんかならないよ」
海里は心配しているのだ。親父さんがどっちの味方なのかは一目瞭然だからな。
「それでいいんだよ。逆にそれくらいでないと意味がない」
ああいう輩は公平な勝負では納得しない。絶対に自分が勝てる勝負に負けるくらいで丁度いいのだ。それで言い逃れはできない。
「ごめんね、遊離。いきなりで驚いたよね。その、彼氏とか」
海里がしょげている。可愛いなぁ、おい。
「俺はお前の彼氏役をやれて嬉しいよ」
他でもない俺を選んでくれた。海里は交友関係広いから、他に誰でも呼べただろうに。
そうか…海里が女だと知っているのは俺だけなのだ。だから、慌てていたんだ。
消去法。利害の一致。どっちでも構わない。誰かに頼られるのはとても気分が良かった。
「遊離は…卑怯だよね」
海里が言った。卑怯。えっ、嫌われちゃった。クラスの連中からはウザがられ、全校生徒から虫扱いされても海里だけは俺の味方であると思っていたのに。
「そんなんだから、倍率が高くなるんだよ」
よくわからないことを海里は言った。そんなことよりどうしよう。
格好良いこと言ったけど相手の婿候補も相当な使い手だろう。
勝てるかな。勝てなかったら恥ずかしくて学校に通えないよ。
「ひとまず勝負が終わるまでここに泊まるからさ」
俺は新たな寝床を見つけた。これだけ大きければ部屋の一つや二つあるだろう。この屋敷が大きいのも、もしかしたら俺を泊めるためなのかもなと勝手な解釈をする。
俺は都合の良い男なのだ。良い意味でね。
「うん、分かった。中居さんに言っておくよ」
海里が快諾してくれた。まるで寮に戻ったみたいだねと言う。
そういえば俺は海里と同じ空間で寝ていたのだ。今考えるともの凄い状況だったと気付かされる。普段意識してないのは男装していたからなのかもしれない。恐るべく私服の魔力。
もちろん魔法がかかってなどはいないが。俺は妄想を振り切り、勝負に備えた。
勝負に備えたとは言っても結局のところ何もしていない。豪華料理を堪能し、ライオンの口から湯が出るお風呂で泳ぎ疲れ、プロのベッドメイキングが施されたベッドで寝る。
こんな生活を長く続けていたら、感覚がズレてしまいそうだ。そうならない海里はさすがだと思う。親父さんは今頃、俺を完膚無きまでに潰す作戦でも考えているんだろうか。
俺も家族がいたら喧嘩とかしてるのかなぁと考える。考えるだけ無駄なのはわかっていた。
コンコン。扉の方からノックをする音が聞こえる。こんな時間に一体誰だろう。
俺は予想がついていた。ベッドから起き上がり、扉を開けた。
「こんな夜更けにごめん。ちょっと話をしたくて」
海里の姿があった。しかし、いつもの海里ではなかった。弱々しいというか、その格好が。
女性物の服を着ていた。ひらひらのフリルが付いたネグリジェ。いつもとのギャップが如実に現れている。
「あぁ、いいぜ。入れよ」
声が上ずってしまった。なんだ、これ。いつもだったら普通に会話できるはずなのに。
俺は海里の一挙一動作を目で追ってしまっていた。扉を閉める海里。うつむき加減で俺に付いて来る海里。ベッドに申し訳ない程度に座る海里。あれ、海里ってこんなに可愛たかったか。
「こうやって話すのも一週間ぶりだね」
海里が寮を出て一週間。夏休みはまだ始まったばかりだった。
「そうだな。それくらいか」
俺は海里をなるべく見ないようにしていた。
「でも、それも今日で終わりかもしれない」
海里の声が暗くなる。俺はそんな海里を見ることが出来なかった。
「あぁ、勝負の日が決まったのか。明日とか急だな」
俺と少しでも早く縁を切らせるかのように。俺が早くこの屋敷から出ていけとばかりに。
「僕はね、遊離。僕の秘密を知っているから遊離を呼んだんじゃないんだよ。きっと知っていても知らなくても、僕は遊離を呼んだと思う」
海里の声に涙混じりになっていた。俺は天井を仰ぎ見る。俺から海里を抱きしめることなんてできない。この手はそんなに綺麗な手ではない。
「光栄だな。でも、それは少々買いかぶり過ぎじゃないかな」
自嘲気味に言う。俺はそんなに期待に値する人間ではないのだ。
「そんなことない。僕は遊離みたいになりたいって思った。でも、それは無理だって分かった」
こんな俺が目標。海里ならもっと凄い奴になれるっていうのに。
「誰も他人になんてなれやしねぇよ。海里は海里のままでいいんだ」
それが一番だ。そこに俺はいらない。
「だから、僕決めたんだ。遊離になれないのなら、遊離の側にいようって」
鈍感な俺でも分かる。海里は俺を好意を持ってくれている。
俺は俺が嫌いだ。そんな俺を好きになるなんてのは間違ってる。正解なんかじゃない。
俺は何も言えなかった。続けて海里は言う。
「それが叶わないなら、僕は一生男の姿で良い。だから、僕の初めてを貰って」
これが最後と言わんばかりに。海里が詰め寄ってくる。
俺は避けきれなかった。海里の思いを跳ね除けることが出来なかった。
顔が近づき、唇が重なった。
「ははっ、こんな顔でごめんね」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を手で隠す。本当の女の子がそこにいた。
「それは俺に対する嫌味か。それにキスなら前されたような…」
「あれは人工呼吸。それにあの時は男としての僕だったから」
海里は笑っていた。その姿は女の子だった。
「これでやっと、僕もみんなと並べた」
男であるがために遅れたスタートダッシュ。
それを補うだけのポテンシャルを海里は十分に秘めていた。
「明日は絶対に勝つから」
俺はそう言っていた。この少女が望むことさせてあげたい。俺の側にいるっていうのはまぁ置いておいて。ゆっくり考えるだけの時間稼ぎぐらいはしてあげよう。
「僕を他の誰にもあげないでね」
そう言って海里は自分の部屋に戻っていった。俺はどうやら今日も眠れないらしい。
不眠が勝敗にきたさないように体だけは休めておいた。
天気は快晴。絶好の勝負日和に俺も気持ちが軽い。体は重いが。
もし相手の婿候補が良い奴なら負けてあげるべきなのかなぁと考える。
いやいや、俺の一存じゃとてもじゃないが決められない。
俺は勝つしかないようだ。勝負する場所は草原だった。これも敷地の中であることは言うまでもない。見渡すかぎりの大地が勝負の舞台だった。
「ここで昼寝でもしたら気持ちよさそうだなぁ」
「その時は僕。お弁当でも作るよ」
気の抜けた会話をしていた。親父さんが苛立っているのをひしひしと感じる。
「対戦相手の登場だ。まぁ挑戦者は君だがな」
親父さんがそう言うと車が一台やってきた。黒塗の長い車。ミニチュアダックスフンドみたいな形状をしている。その車から一人、いや二人出てきた。
「ここが勝負の舞台か。いいねぇ!燃えてきたよ」
「お兄様、熱くなっては好機を逃してしまいますよ」
可愛らしい兄妹だった。見た目的に小学生高学年くらいだろうか。
「あれが対戦相手?」
俺の疑問に海里は答える。
「見た目に騙されちゃ駄目だよ。その力は本物だから」
とてもそうは見えないが感じる。大きな魔力だ。あの年齢であれほどなら将来が楽しみだな。
「お前が俺の相手か。なんだ、弱そうだな」
兄の方が俺を挑発してくる。敬語というものを教えてやろうか、拳で。
「お兄様ならそんな相手、瞬殺ですわ」
妹の方も口が悪かった。これだから金持ちは。俺は必死に堪えていた。
「勝負の内容を発表する」
親父さんが口を切る。さて、どんな勝負だろうね。
「相手の息の根を止めるデスマッチだ」
俺はその内容に唖然とする。無論、海里もだ。なるほど、よく考えた。
俺は人を殺さない。もし殺しても、そんな相手に海里は渡せない。不自由な二択だった。
「どうあっても俺の負けなのね」
俺は笑ってしまった。まさかこれほど卑劣な手を考えれるなんて。俺程度の死の隠蔽なら容易いだろう。そんなことくらいこの親父さんなら簡単にやってのける。
「そんなの卑怯だよ」
海里の声が響く。だけど、親父さんはさして気にした様子もなく
「勝負を決めろといったのはお前の彼氏だろう」
親父さんは高笑いしだした。もはや言葉はいらなかった。
「なぁんだ。もっと面白い勝負を期待したのに」
「どっちにしてもお兄様の勝ちは見えてますわ」
兄妹は別段不満もないようだ。それは子供だからだろうか。恐れは全く無いように見える。
「それでは早速始めたまえ」
親父さんが言う。早く負けろと顔が言っている。あぁもう、わかりました。わかりましたよ。
「不知火遊離。特定の嫁はいない」
俺は名乗った。こういうのがお金持ちの礼儀なんだろ。テレビの知識だった。
「来栖大地。藤堂家のご息女。貰い受ける」
「来栖琉々。偉大なる来栖家の繁栄の為に」
「「いざ!」」
そう言って大地くんが突っ込んでくる。速い。足に魔力を溜めているのか。
俺はその突進を正面から受け止めた。
「ぐふっ」
あまり衝撃に十メートルくらい飛ばされてしまった。自分の足跡が二本の直線を描いている。
「なんだぁ兄ちゃん。大したことあらへんなぁ」
大地くんは不服そうな顔をする。これくらい避けてよと言う。
「お兄様。とっとと決着をつけてください」
おうよ!とそれに答えるように大地くんが俺を殴る。パンチの連打。凄まじく速い。俺の体が悲鳴を上げる。ボコスカとただ殴られる。防御する仕草などはない。
「兄ちゃん。何もしなきゃ死んじゃうよ」
「もう、もうやめてえええ」
海里が叫ぶ。その声に大地くんは拳を止めた。
「未来の嫁さんの言うことには従わないとな」
そう言って距離を取った。海里が俺に駆け寄ってくる。
「来るな!」
俺の声に海里は泣きそうになっていた。いや、元からか。そんな顔するなよ。
「これは俺が望んだ戦いだ。絶対に負けると分かってて戦っている」
俺の声に来栖兄妹は訝しげな目を向ける。元より勝つつもりがないことに驚きを隠せないのだろう。お子様にはちょっと説明するのは難しそうだ。
「なら、死ねよ」
そう聞こえた瞬間、空から何かが飛来してきた。
ドゴンという大きな音共にクレーターが出来ていた。新しい刺客か。俺は親父さんを見るが、どうやら予定外の来客のようだ。クレーターの中心から何かが立ち上がる。
人型のロボットだった。人が一人入るぐらいのスーツタイプのようだ。カートゥーンアニメで出てくるヒーローみたいだ。
「おやおや、力の制御機能がイマイチだな」
手でグーパーを作っている。俺達は眼中にないようだ。
「貴様! 一体何のつもりだ」
親父さんが叫ぶ。どうやら知り合いのようだ。どんな機会があったのかね。なんちて。
「お父様か」
ロボットが答える。うん、お父様ってことは海里の。
「お兄様なのですか」
海里がそう叫んでいた。あっ、やっぱりそうなんだ。しばらく家族の会話を聞いていよう。
「愛しい妹よ。まぁそれも今日までだが」
不吉なことをお兄さんが言う。なんだ、何が始まるの。
「まずお父様の疑問に答えましょう。私は魔法が使えない。それは知っていますよね」
「それぐらい知っている」
親子水入らずの会話。という雰囲気ではなかった。
「ならば分かるでしょう。私がどういう扱いを受けてきたか」
あっなんとなく読めてきた。こりゃ一波乱あるな。
「魔法を使えないというだけでどれだけ惨めな思いをしてきたか! あまつさえ妹に魔法が扱えた私の身が」
「お、お兄様。私は」
「黙れ」
兄妹同士の会話はそこで終わった。これから何が始まるというのです。
「貴様、いい加減にしろよ。この神聖な戦いを汚しおって」
神聖。親父さんがそう思うならそうなんだろうよ。
「海の藻屑と化せ!」
大規模な魔方陣が張られる。屋敷を吹っ飛ばせるくらい大きな魔法だ。
「魔法など私には効きませんよ」
お兄さんは強気だった。どうなるんだろうと既に観戦モードだった。来栖兄弟もだ。
「はぁ!」
咆哮と共に魔法が繰り出される。しかし、その魔法も一瞬でかき消された。
「言ったでしょ。効かないとっ!」
素早い動きで距離を詰めた。いつの間にか親父さんの目の前に移動していた。
あたふたする親父さんに拳を振り上げる。
「これが正義の鉄槌だ」
ぶんと振り下ろされた。親父さんは防御壁を展開するも吹っ飛ばされてしまった。
その結果に満足したのか。こちらを振り返った。
「次はお前らだ。来栖兄妹」
その言葉に来栖兄妹は泣き出しそうだ。圧倒的な存在を前に恐怖しているのだ。先ほどまでの余裕は全くない。
「貴様らは俺を見下した。子供の分際で。自分の言葉には責任を持てるように躾けてやる」
そう言ってお兄さんは来栖兄妹の前まで歩いてきた。もはや来栖兄妹は腰が引けて逃げることすらできない。
「や、やめてくれ」
大地くんが言う。その様子を見ていられない。
「では、こっちから躾けるか」
お兄さんは琉々ちゃんの方に標的を変えた。首を掴まれ、片手で持ち上げる。
息が出来ていないようだ。
「か、かはぁ」
「琉々を離せ」
そんな言葉は何の意味もなさなかった。海里は呆然と佇んでいるだけだ。
「さぁ。断罪の時だ」
その言葉を聞き届けてから、俺は動いた。こんな状況をもう見ていられなかった。
お兄さんとの距離を詰め、掲げられていた腕から琉々ちゃんを助ける。
「大丈夫。怖い思いしたね」
俗に言うお姫様抱っこだ。重さはほとんどない。
俺のその言葉に安堵したのか。急に泣き出した。俺は大地くんに琉々ちゃんを渡した。
「早く逃げて。ちょっと荒っぽいことするから」
俺の言葉に大地くんは頷き、屋敷の方へと逃げていった。
俺はお兄さんに向き直った。
「お前は誰だ。どうやって小娘を解放した」
お兄さんは尋ねる。あの握力を前に助けることなど出来ないと言う。
「なぁに、所詮機械だろう。腕の部分にちょっと細工しただけさ」
俺の言葉にお兄さんは笑う。まだまだ改良の余地があるなと余裕ぶっている。
「君との戦闘は実に良いデータが取れそうだ。一勝負……良いかな」
もちろん俺はただで済ますつもりはない。多少痛い目に合わせてやろうと思っている。
「海里! しっかり見とけ。お兄さんにちょっとお仕置きするから」
俺のその言葉に海里は我に帰る。全く世話の焼けるお嬢様だ。
「分かった。見てるから、安心して」
一体、何を安心しろというのか。まぁまだ動揺してんのかね。
「辞世の句はもう良いのかね」
「そっちこそ、な」
その言葉でお互いに動き出す。圧倒的なまでの力でねじ伏せる。それがお仕置きだ。
「ふん、遅い」
お兄さんは一瞬で背後に回りこむ。拳を振り抜くが、空振り。
「なに」
「こっちだよ」
俺はその後ろにいた。こういう時なんて言うんだっけ。えっと、残像だ!
「その程度」
すぐに後ろを振り返り、拳を繰り出す。当たったら痛いでは済まない。
「そっちもはずれ」
俺はお兄さんのドタマに拳をかました。
「物理攻撃だと、バカな」
拳が痛い。血が出てきた。魔法効かないなら、物理攻撃をするのみ。
「さぁ、てめぇの罪を数えな」
俺の拳のラッシュを顔面に浴びせる。痛いけど我慢。我慢。
ガンガンと金属音がする。
「これはダイヤモンドなんかより固いんだぞ!」
「関係ないね」
俺は某漫画のスタンドになった気分で拳を繰り出し続ける。
「オラオラオラオラオラオラ」
手から血が溢れる。これじゃどっちが攻撃してるのか分からない。
三分ぐらい殴っただろうか。お兄さんが動かなくなった。脳震盪を起こしたようだ。
「遊離!大丈夫」
海里が駆け寄ってくる。今度は拒みなどしなかった。
「あぁ大丈夫。ちょっと手が痛いだけ」
そう言って手を見てビックリした。手がなかったのだ。
「いってぇええ! 俺の手がない。手首からしか無い」
俺が悲鳴を上げると海里は冷静に医療班を呼んでいた。一人が異常に怖がってたら、片方が冷静になるというあれだ。海里はどうやら完全復活したようだ。
それから医療班に運ばれた俺は手が元通りになっていた。
もう自分が人間ではないと自覚する。飛ばされた親父さんも無事だったようだ。
「結局、勝負はどうなったんだ」
俺は率直に尋ねた。海里は嬉しそうに
「今回の勝負は無しだって。それに結婚も先送りになったよ」
随分潔く引き下がったなぁと思ったが、どうやら来栖兄妹の方が折れてくれたらしい。
「まだ俺は強くならなきゃいけません。遊離さんより、兄貴より強くなった時にまた来ます」
大地くんはそう言ったそうだ。なんか急に大人になっちゃって、子供は成長が速いなと思う。
「それで親父さんが折れる理由にはならないと思うけどな」
俺の疑問は途絶えない。あの親父さんが簡単に引くとはどうも思えない。
「それなんだけどね。どうやら今回のお兄様が原因だって」
海里は笑顔でそう答える。なんでも親父さんは
「あいつみたいに反発してきたら嫌だからな、ふん」
と言ったそうだ。なるほど。我が身が可愛くなっちゃったのね。俺は妙に納得した。
「でも、また問題があって」
海里の言葉を遮るように扉が開かれた。俺は何事かと見る。
「遊離さま~」
そう言って俺に抱きついてきたのは琉々ちゃんだった。何事。
「私大きくなったら、遊離様のお嫁さんになります」
結婚宣言されていた。なんだ、一体何が起こってるんだ。俺は何も分かっていなかった。
「なんでも遊離に助けられてから、好きになっちゃったんだって」
海里は俺に事情を説明してくれる。いや、そうは言っても小学生だぞ。
「愛に年齢なんて関係ありませんわ」
そういう恋愛観を持っているのなら年齢だけで断ることは出来ない。
じゃあ、なんというのが正解なのか。誰か教えてください。
「琉々ちゃん。遊離から離れなさい。迷惑がってるでしょう」
海里から黒いオーラが見える。なに、修羅場なの。
「あ~ら、おばさん如きに命令されたくありませんわ」
火花がバチバチと。海里を巡って戦っていたら、今度は俺を巡った戦いが繰り広げられるようだ。勘弁してくれ。俺は二人の熱い戦いをただ見ていることしか出来なかった。
「遊離。もう行っちゃうの」
海里が俺に悲しそうに尋ねる。
「あぁもう行くよ。ここにいたら身が持たん」
海里と琉々ちゃんから引っ張られた腕が軋む。何気に力はあるようだ。
「そ、そんなぁ琉々を置いていきますの、遊離様」
琉々ちゃんが悲しそうな目をしている。あかん、女子供の涙は反則だ。
「じゃ、じゃあこうしよう。琉々ちゃんが大人になるまで、誰も男の人を好きにならなかったら君を貰いに行くよ」
俺は自分がただ時間を先延ばしにしていることに気付いていなかった。遠回しに断ることはいらぬ誤解を生む事があるようだ。これは後々の知った俺の教訓である。
「分かりましたわ。その約束、絶対守ってみせます」
琉々ちゃんは無駄に意気込んでいるようだ。大丈夫でしょ。生きてたら好きな人なんてたくさんできるもん。
「じゃあ、お別れだ」
俺はそう言うと屋敷を後にしようとした。
「「待って」」
二人の少女に制止の声を掛けられる。俺は振り返ると二人に顔を掴まれていた。
チュッと湿った感触が頬に残る。そのあと二人がとても良い笑顔をして見せる。
こういう時、女はシンクロする。仲が良いのか悪いのか。
「遊離様。絶対迎えに来てくださいね」
「遊離。その、また学校でね」
二人にそう言われて俺は屋敷を後にした。今後の予定はなかった。




