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償いの魔法使い  作者: 餅巾着
14/25

試験

夏休みも間近に近づき、俺のテンションもマックスハートになっていた今日この頃。

俺は絶望に打ちひしがれた。

「浮かれてるようで悪いけど、夏休み前には試験があるのよ」

 麗華の非情な宣告に俺は意識を削がれた。試験?なんだそれ。

 口が開いたまま塞がらない。試験なんて小学生以来なのだ。

「あんたは途中から入ったから、受けてないでしょうけど。みんなは一回受けてるのよ」

 なんでも麗華が言うには前期と後期に分かれ、試験が四回行われるそうだ。初耳だ。

 試験は筆記と実技に分かれ、どちらも平均的に取らないといけないらしい。

「俺……勉強とかからっきしなんだが。字も書けるか分からない」

 俺の言葉に麗華は戦慄する。義務教育すらまともに受けてなかったのは盲点だったらしい。

 いや、流石に日常的な文章なら問題はない。はずだ。

「遊離なら大丈夫だよ。時々、驚かされる知識を披露するじゃない」

 海里は授業で一回だけ披露した知識を覚えていたようだ。そう言われると大丈夫な気になる。

 最悪、理事長が目の前にいるのだ。多少の問題はないように思える。

「私を頼っても無駄よ。試験に関しては私よりも教師達の方が関与しているから」

 麗華の言葉は冗談ではないようだ。えっ、転入早々ピンチ?

もう俺のスクールライフは終わっちゃうの。俺は狼狽する。

「まぁ大丈夫だろ! 少し勉強すれば、俺様ちゃんなら乗り越えられるさ」

 俺は虚言を言う。決して現実逃避などではない。世の中には一夜漬けという素晴らしい言葉があるそうじゃないか。俺はそれを実践するのみ。

「麗華様。このバカに現実を教えてあげてください」

 美紗がいつの間にいた。だから、気配を絶って近づくな。ビックリするから。

「まさか知らなかったとは言わせないけど、試験は今日からよ」

 麗華が言った言葉を理解出来ない。どうやら俺の新生活は終わりを迎えようとしていた。



「ほ、ほとんど書けなかった……」

 所詮、学生が受ける試験と腹を括ったが流石は進学校。もはや文章すらまともに理解出来ないとは。俺は自身の低スペックさに嫌気がさす。

「だ、大丈夫だよ。筆記が駄目でも実技が良ければ大丈夫だって聞くよ」

 海里が必死に俺を慰めようとしてくれる。本当に良い奴だ…。

「実技は筆記に比べて難しいですよ」

 美沙が俺を貶める。筆記より難しいなどと言われてしまえば、それすらも出来なかった俺に一体何ができると言うのか。頭が突っ伏したまま上がらない。

「もう終わったことよ。明日の実技に備えなさい」

 麗華はそう言うと去っていく。俺に見切りをつけたか。今までありがとう。俺は楽しかったよ。そう思ってると、麗華は後ろに向き直り言った。

「明日は私が組んであげるから、元気出しなさい」

 それだけ言って今度こそ去っていった。俺は言葉の意味がよく分からない。

組む?まさか不正行為をするというわけではないだろう。

「えっとね、遊離。実技は難易度に合わせてチームを組むことが出来るんだよ。個人のものは比較的簡単になるけど、チームを組むものは人数が多ければ多いほど難しいんだ」

海里がバカな俺でも分かるように丁寧に教えてくれる。なるほど、一発逆転を狙うのなら、難易度が高いものを選ぶしか無いのか。麗華なら簡単なものでもパスできるだろうに。

「麗華様は躍起になっているのです。未だに最高難易度の実技試験をパスできた者がいないということに。そして、それが自分が越えるべき壁だと思っているようなのです」

 先代の理事長と並ぶためにと美紗が付け加える。俺なんかの悩みとは比べ物にならならいものをあの小さな体に抱えているのか。俺は自分の矮小さを改めて知った。

「それなら絶対パスさせてやんねぇとな」

 俺はそう呟く。海里や美沙が微笑を浮かべる。

「ふふ、遊離なら出来るよ。だって、あの理事長が選んだ人だもん」

海里はそんな俺を応援するように。

「どうでもいいですけど、麗華様の足は引っ張らないでください」

 美沙はあくまで俺を貶めるように。それもこれも俺を奮い立たせるためにしてくれていることなのは少しの付き合いだが分かる。

「ひと肌と言わず、全部さらけ出してやるよ」

 俺の言葉にやれやれと美紗は言う。海里はその調子だよと調子の良いこと言う。

 まだ始まったばかりの学校生活。終わらせるつもりなど毛頭なかった。



「ほら、遊離…起きないと遅刻するよ」

 目の前には美少女が笑みを浮かべていた。体を揺するリズムが実に心地良い。

「むにゃむにゃ……一緒に、寝よう」

 俺は美少女を抱き寄せた。手が幸せな感触に包まれる。背中からお尻にかけてゆっくりと撫でる。

「だ、だめ! やぁっ」

 ビクンと体が強張る。初々しい反応に楽しくなってきたが、急に目が冴えてきた。

「あれ、海里。何してるんだ」

 俺は抱き締めている海里に聞いた。これはどういう状況だ。理解と思考がまだ追いつかない。

「ひどいよ。僕が女だって知ってるからって」

 目の端に涙を溜めながら海里は言った。ホワイ?なぜ泣く。

俺は少女の涙で自分が何をしているのか、はっきりと理解した。

「ご、ごめん。ちょっと寝ぼけてて! 昨日はあまり眠れなかったから」

 言い訳も甚だしいが、海里なら許してくれるはずだ。俺の言葉を聞いたあとに海里は

「じゃ、じゃあ仕方ないね。でも、こういうのは前もって言ってくれた方が……」

と体をモジモジさせながら言った。後半は何を言っているのか聞き取れなかったが、許してくれたようだ。それにしても制服に身を包んだ海里が女の子らしい仕草をするのは珍しい。

 そういう毛がなくても、事が起こりそうだ。などと海里を今後を危惧してしまう。

そもそも麗華は海里の性別を知って、俺にこの部屋を提供したのだろうか。

「早く行こう。結構、時間ギリギリだよ」

海里にそう言われ、俺は急いで身支度をした。男の朝など三分もあれば十分なのだ。

三分なのに十分、ククク。面白いこと言ったなぁと自分でツボに入ってしまった。

「よっし! それじゃあ行きますかな」

 俺は気合を入れる意味も含めて、そう言った。この気合が空回りしないことを祈る。



「遅かったわね。もう始まるわよ」

 麗華はそう告げるとすぐにボードを見た。実技の内容が貼り出されている。

 ☆の数で難易度が分かるようになっている。右側から☆一つ二つと順々に増えている。

 そして、一番左側。恐らく最高難易度である実技は☆が未知数と書いてあった。

 いや、☆で表せよ。と軽くツッコミを入れる。そんな俺とは裏腹に麗華は額に汗を浮かべていた。

「☆未知数ですって……。前までは☆五つだったっていうのに」

 ギリッと唇を噛んでいる。なんでも異例なことのようだ。俺はわからないが、周りの生徒達もざわついている。一体誰がこんなものに挑戦しようと思うのかと不思議でたまらないが、俺は挑戦しなきゃねー♪ 筆記で取れていればとつくづく思う。

「すごいね。恐らく学校史上初じゃないかな。この難易度は」

 海里が言った。この学校は創立三十周年で世界で初めてできた魔法学校である。

なぜこの時期になって、そんなのを出すのかねぇ。俺の知る所ではないが。

「麗華様。流石に今回ばかりは無理です。やめておいた方がいいかと」

 美沙が心配している。それほどのことなのか。俺は空気に流されて喉が渇く。

「いいえ! これは挑戦よ。私に対するね。絶対にパスしてみせる」

 むしろ光栄だと言わんばかりの笑みだった。それに付いて行く俺の身にもなったほしい。

 しかし、募集人数が六人と書いてあるのだが、二人でも大丈夫なのだろうか。

 そんな心配をしていたら、後ろから声が掛かった。

「麗華はこれに挑戦するんでしょう。私も行く」

 空が待っていたと言わんばかりのタイミングで切り込んできた。まぁ、待っていたんでしょうよ。麗華は嬉しそうに

「死んでもしらないわよ」

と答えていた。それならばと海里や美紗も声を上げていた。

「遊離や理事長は頑張ってしまうから、歯止めの為にね」

 海里はあくまで俺達の為だと言った。

「このケダモノが手を出さないとも限らないので」

 ケダモノ言われました。ちょっとショックです。だが、心には毛が生えていた。

「なぁ~に面白そうなことしてんだ。俺も混ぜろよ」

 歩夢が気怠そうに現れた。体調が悪そうなのはいつものことだが、その適当な出で立ちは健在だった。しっかりすれば、格好良くも可愛くもなるだろうに。はっ、俺はなぜ可愛さを求めているんだ。

「とりあえず、六人は揃ったのかな」

 俺は言いながら全員の顔を見る。どいつもこいつも自信というか決意が溢れてる。

 こういうノリは少年誌でやってもらいたいねぇ、やだやだ。

そう思っている自分が一番浮かれていれば世話ないね。

「これから先。ただじゃ済まないかもしれないけど、全員で生きてこの試験をパスしましょう」

 おぉー!と手を上げるのは海里と空だけ。最初から足並み揃ってないけど大丈夫なのか。

 不安しか残らないが、もしもの時は俺も魔法を使おう。この娘たちに怪我などさせない。

 小さな決意とは裏腹に大きな陰謀が関わっていることにこのときの俺は気づいていなかった。



試験内容は受けた当人以外には知らせないシステムらしい。前もって対策を立てて挑むのではなく、突発的な状況に対する行動を測りたいからだそうだ。それでも、漏洩するのは防げないらしいが、あまり問題ではないらしい。マニュアルどうりの行動が評価されるとも限らないからだとか。

「君たちがこの難易度に挑む生徒達だね」

 見たこともない教師がそう言った。教師というよりも軍曹だ。筋骨隆々で戦闘服を着ている。

 あからさまに試験のヤバさが伝わってくる。ミスじゃないか、これ。

そうですと麗華が答えた。理事長なら知っている相手なのかもしれない。

「よろしい。では試験内容を伝えよう。今から君たちにはある場所に逃げ込んだ魔法使いを捕まえて欲しい。生死は問わない」

 これは国の。しかも上層部が取り扱う問題だ。いち学生程度が取り扱える問題ではない。

 俺は周りを見渡すが、特に気にしている風はない。大物すぎる。俺が小物なのか。

「名前は鳳凰木零壱。魔法考古学の第一人者だ。彼は飽きっぽくてな。時々、こうやって逃走を図るのだ」

 考古学の第一人者の生死を問わないとか、どういうことだ。

どうやら深くは考えては負けなようだ。

「彼は相当の魔法使いだ。恐らく世界の一二を争うほどの。先代の理事長に匹敵するほどと考えてもらって構わない」

 麗華がピクンと反応した。“先代の理事長と並ぶために”確か美沙がそう言った。そこにどんな思いがあるかは知らないが。

「場所は魔法の森。自然も動物も魔法を扱う自殺の名所だ」

 生きるために魔法を行使する生物たちの中では人間は歯が立たない。もちろん魔法が使えない人間にとってであり、多少心得があれば死ぬ心配はないらしい。

「魔法の森、深奥にある泉の水は美容効果があるんだよ」

「そうなのですか。それは是非とも飲んでみたいですね」

 海里と美沙がガールズトークを始めた。いや、これが海里のモテクニック。天性の才能だ。

 俺には到底扱えるものではない。

「熊を倒したい。そして、ペットにする」

「熊なんて有害だろ。俺は植物を摘んで新しい薬でも、ククク」

 空も歩夢も観光気分だ。俺だけなの。君等は事の重大さが分かってる。

「みんな」

 麗華のその言葉に全員が口を噤む。雰囲気が変わった。まるで魔法でも使ったかのように。

「相手は恐らく強大よ。生半可な気持ちじゃ死んでしまうわ」

 それだけ言って麗華は黙った。釘を刺したというところなのだろう。

「鳳凰木零壱はどんな相手でも容赦はしない。その場のノリで生きている人間だ」

 困ったような顔をした。どうやらこの教師も苦労させらているようだ。嫌な相手を任せられたものだ。まるで……いや、言わないでおこう。

「遊離みたいな男ね」

「そうですね」

「それ以外思いつきません」

「でも、そこが良い」

「おもしろいなぁ」

 このメス達が! いや、正確にはメスでないやつもいるが、この際問題ではない。

 しかし、そんな適当な奴が第一人者とかやめろよ。

世間には働きたくても働けない有能な奴がいるっていうのに。

「とりあえず、早くとっちめて。仕事してもらおう」

 俺が正論を述べる珍しい形になったが、皆もそう思っているのだろう。

 特に何か反論があるわけでもなく、移動用のバスに乗った。

 これで催眠ガスでも流れたら、別の物語が始まるなと思っていた。



 打って変わって魔法の森。至る所から魔力を感じる変な感じ。普通とは違う場所であることがよくわかる。それは他の連中も同じようだ。良いとも悪いとも言えない空気が流れている。

「言うほど、観光地っぽくねぇな」

 俺の言葉は誰にも届かない。投げっぱなしのキャッチボール。返ってこい。

「期限は今から二四時間。任務完了次第、終了する。各々頑張るように、以上」

 そう言って教師は車の中へと戻っていった。ここがベースみたいだ。某ハンティングゲームを彷彿とさせる。武器らしい武器を持っている者はいないが。

「どうしますか。固まって動くのでは効率が悪いように思えますが」

 たしかに美紗の言う通りだ。だが、危険を考えれば固まるのもひとつの手ではある。

「俺が指示する通りに動きな」

 歩夢がパソコンを取り出して、先導してくれる。こういう時の彼女は頼りになる。

 俺は自身の間違いに気付いていない。そんなことは瑣末なことだ。

 目の前を歩くぷりっとしたお尻に俺は付いて行く。

「遊離。知っているとは思うけど、歩夢はおと」

「めえええええええええええええええええええ」

 俺は自分の声で麗華の声を掻き消す。忘れかけていた思い出が蘇る。

唇の幸せな感触が。幸せと思う感覚が既に麻痺しているのだと思う。

「遊離は相手が誰でも良いんだね」

 海里が何故か嬉しそうだ。何を考えているのだろう。

「鬼畜野郎には性別や種族など関係ないのです。むしろ、そっちの方が萌えます」

 美沙が不敵な笑みを浮かべている。掛け算がなどとブツブツ言っている。

 よく分からないが怖い。俺は寒気が収まらなかった。

「ぼくはくぅま~くぅま~くぅま~♪」

 空が不吉な歌を歌っている。実際に出てきたら、どうするんだよと心配になる。

 腕力に関しては人間では勝てないし、それに魔法まで使ったら強力な相手だ。

 もしかしたら、鳳凰木零壱より手強いかもしれない。

「敵機発見。前方三百メートル」

 歩夢がオペレーターのような口調で言った。その言葉に各々が武器を作る。麗華の手には火の玉。海里は水の剣を作り、美沙は土の式神を。空は肉体に空気、風の恩恵を受けている。歩夢はいつの間にか姿を隠していた。以前、使ったステルスの魔法らしい。あれ、俺は何すれば。

俺だけ生身のままだった。そこを突かれるかのように前から鳳凰木零壱が飛翔してきた。

「男はいらねぇよ!」

 その一言共に拳を繰り出していた。俺は咄嗟のことにほとんど反応出来なかった。

 ガシッと音がする。見ると、空がその拳を受け止めていた。

「遊離には手を出させない」

 鳳凰木はふんと薄ら笑いを浮かべながら、後退していた。

「女には手を出さん」

 そう言う鳳凰木に麗華が火の玉を投げつける。

「喰らいなさい」

それを鳳凰木は一歩も動かずに避けた。

 恐ろしいほど柔軟な体である。

「技の速さ。並びに威力も上々」

 体の軸がブレた鳳凰木に海里が追撃をかける。

「はぁっ!」

剣が鳳凰木を捉えた。ように見えたが、右手の人差し指と中指で受け止めていた。はっきりと理解する。この人物は俺達の手に負える人物でないことを。

「良い判断だ。容赦のない攻撃も素晴らしい」

 まるで品定めをするかのように鳳凰木は言う。そんな鳳凰木に美紗の式神が襲う。

「四方から攻撃を。お願い」

 美沙の式神は言われたとおり四方から攻撃をかける。しかし、鳳凰木は上空高くに飛んだ。

 にぃっと笑みを浮かべたのは美紗の方だった。声は囮。上空には待ち受けていたように式神がいた。

「とった!」

 完璧に頭を捉えた式神が木端微塵になっていた。美沙は何が起こったのか理解が追いついていない。あそこから後ろ蹴りを入れるなんて、人間の動きとしては矛盾している。

「声による囮。それに加え、騙し討ちのえげつなさ。共に良し」

 鳳凰木は全く息が乱れていない。あれだけ動き続けても無尽蔵。素直に脅威を感じた。

「可愛子ちゃん、四人は合格と」

 鳳凰木はそう言った。急に空気が軽くなった。その言葉を聞いて、四人はポカンとしている。

「な、何を言っているの」

「僕達が合格」

「完全に負けたのに」

「まだ何もやってない」

当人達は納得していない。まぁ完璧に打ち負かされたわけだからね。

「あれ、四人ってことは俺入ってねぇじゃん」

 俺の素朴な疑問に全員が口を揃えて言う。

「あんた、いたの」

「あっ、遊離いたんだ」

「見えません、どこにいますか」

「何もやってない」

 容赦無い物言いに泣きたくなる。まぁ何もしてないし、あまつさえ空に助けてもらった身だ。

 反論する余地もない。

「ということでお前の力。試させてもらうぞ」

 鳳凰木がそう言った。やばい。この男は相手が男なら殺しに来る。直感がそう告げていた。

 だが、そんな気に負けていられない。

「かかって来な! 消し炭にしてやるぜ」

 俺は啖呵を切った。怖かったから、すぐに思いっきりダッシュした。

その行動に全員が呆気に取られていた。

 鳳凰木は大爆笑していた。

「ふはははははははは、良いね! 最高だ。実に殺し甲斐がある」

鳳凰木は多少遅れながらも俺を追ってきた。他の四人、正確には五人は置いてきぼりを食らう形となった。



「さて、どうするか……」

 考えなしに逃げてきたが、ちゃんと追ってきて…、いた。後ろから強烈な殺気が迫ってくる。

 最近、運動不足だったので距離がほとんど詰められていた。継続が力だよね、主に体力は。

 俺は相手に向き直った。鳳凰木が目の前に現れる。

「もう鬼ごっこは終わりかい」

「ここまで来たら、もういいかなってね」

 俺は最強の男と立ち会う。この感覚は一度だけ味わった。

「お前が手を抜いているのは、あれだろう。あの火を扱うお嬢ちゃんとの約束か」

 ここまで来ると凄いとは思わない。俺と麗華の立ち回りで全てを理解したのだろう。

 むしろそれを理解した上で俺の鬼ごっこに付き合ってくれたのだから、案外良い人なのかもしれない。

「さぁ、死合うぞぉ! 腕が鳴るぜ」

 うん、良い人だ……多分。子供っぽいだけだ。

 今のままでは勝てないことは明確だ。

それなりに力を開放しなければ。俺は雁字搦めのリミッターを外すことにした。

「こりゃあ、すげぇのと殺り合うことになったな」

 鳳凰木は嬉しそうな笑みを浮かべながらも構えを取った。本気を悟ったのだろう。

 俺は刑務所にあった本でしか魔法を知らない。しかし、それを使うのは麗華に止められている。なら、見たものを真似ればいい。俺は麗華の火の玉を作り、海里の水の剣を掲げ、美沙の式神は自分と同じ姿にし、空の風の恩恵を全身に受ける。もちろん式神にも。

「おいおい、マジかよ。物真似のレベルじゃねぇ。オリジナルを超えるコピーなんて笑えないぜ」

 鳳凰木の顔から笑みは消え、代わりに凄まじい殺気が放たれる。

 俺は仕上げに歩夢のステルスの魔法をかける。

 そして、一斉に攻撃を仕掛けた。見えない五人の俺に対し鳳凰木は応戦する。

「すっげぇ! あははははははは」

 狂気の声を上げながら、鳳凰木は戦い続ける。全身から血を出しながらも、襲い来る相手を確実に殺していた。純粋な力のぶつかり合いに森全体が呼応している。

「こんな戦いは久々だよ」

火の玉を避け、剣を受け止め、確実に心臓を撃ち抜く。風が体を切り裂く。

それを続けているだけ。

見えなくとも見える。とうとう俺一人になった。

「これで最後だ!」

 そう叫ぶ鳳凰木がぐらついた。ダメージが足にきたのだ。俺はその一瞬の隙を見逃さなかった。剣が腹から背中にかけて貫く。火が全身を焼く。風が傷を深くする。

 さっきまで縦横無尽に振りかぶっていた拳が止まった。

 しかし、鳳凰木は倒れることはなかった。

「立ったまま絶命とか。カッコつけすぎやろ」

 俺の言葉はもう鳳凰木には聞こえていなかった。

俺は自分の罪に打ちひしがれる……ようなことはなかった。

「おい、いつまで続ける気だよ」

 俺がそう言うと鳳凰木が茂みから出てきた。

「まさか俺の分身が殺られるなんてなぁ。ちょっぴり悲しす」

 ふざけた態度は変わらない。俺が気付いたのも、そんなに驚きではないようだ。

「こんだけやったんだから、もう見逃してくれよ」

 こんなに疲れることはたくさんだと加えて言った。かなり久しぶりに魔法を使ったから全身が悲鳴を上げていだ。いきなり走り出したら、気分が悪くなるように。

「もちろん、合格ってことで良いよ。俺としては本気を出して貰いたかったけど」

 それはお互い様だと言わんばかりに。すると、麗華たちが音を聞きつけてやってきた。

「「 遊離! 」」

 五人共ハモるように。俺は手をひらひらと振って笑顔を見せる。その様子を見て、心配が杞憂であると分かったのだろう。いつもどおりやれやれと微笑むのだった。

「さて、あと一人残ってたな」

 鳳凰木がそう言うと、全員で歩夢を見た。

「俺があんな戦いのあとでやりあえるわけねぇじゃんよ」

 そう言って歩夢はバックからおもむろに何かを取り出した。AVだった。

「これはあんたが手に入れられなかった完全限定生産版だ。世界に十枚と言われている」

 そう言う歩夢に鳳凰木が近寄っていった。殺されても知らねぇと思っていたら、とても固い握手をしていた。

「君も合格だ」

 その光景に俺達は言葉を漏らしてしまった。

「最低だな」

「最低ね」

「最低だよ」

「ゴミクズ」

「AVってなに?」

 珍しくこっち側に入れた。鳳凰木はそんなことなど微塵も気にしていなかった。

 凄い笑顔だった。満面の笑みとはこういう顔を言うのだと思った。

「あとで、俺にも見して」

 小声で歩夢に言ったら、そのうちなと言われた。見せる気ないな。

 俺は打ちひしがれてた。

「いやぁそれにしても良い思い出だ。これで仕事に戻ってもストレスに耐えられそうだ」

 嫌だから逃げるとか本当に子供のような人だった。

俺と似ている箇所なんて殆ど無いように思える。

「ということは……この試験は合格」

 麗華はそう言うと、ガッツポーズをしていた。女の子のガッツポーズってなんか良いよね。

 そんな俺を見て、歩夢もこれ見よがしにガッツポーズして見せた。萌えた。

「これで合格でいいのかな。ほとんど僕何もしてないよ」

「大丈夫です。もので釣るよりも十分マシです」

 海里と美紗も合格の自覚がないようだった。

「私、何もしてない」

 空も不満があるようだ。一瞬だったからな。

「ちょろかったな」

 そう笑顔で言う歩夢が憎たらしい。俺は死闘を繰り広げたというのに。

 鳳凰木は車に戻るとボコスカと教師もとい軍曹を殴っていた。

 どうやら部下と上司の関係らしい。パワハラ上司とかブラックだな。

 俺は仕事選びは慎重になろうと心に誓った。



「どうでした。不知火遊離という生徒は」

 男は言う。まるで、何かを見定めるかのように。

「思った以上だったぜ。俺の半身を倒したのは……久しぶりだ」

 正確な人数は覚えていない。あくまでノリで生きているのだから、特に問題はない。

「答案を見て確信しました。最近の教科書で書いてあることではなく、まだ解明されていない古文書の解読をしていたのですから」

 男は驚いたように言う。そんな生徒は恐らく存在するわけがない。

考古学を専攻する者と同等の知識を持っていたのだから。

「あれには心当たりがある。俺が寄付した古文書の内容がそれだった」

 鳳凰木零壱は笑いながら言う。やはり俺の目に狂いはなかった。

「では、それが彼の手に届くようにしたのですね。才能を見込んで」

 男は聞く。それに対し鳳凰木は愚問だと言わんばかりに

「仮にも俺の遺伝子を引き継いでいる子だぞ。そうでなくては困る」

 恐らく初めて知ったのだろう。男は動揺を隠せない。鳳凰木は続けて言う。

「あいつの、不知火遊離の解答用紙は差し替えたんだよな」

 あれを他の教員達に見られては困る。勘の良い奴は既にあいつの異常さに気付いてはいるだろうがな。あの火のお嬢ちゃんとかな。

「それは問題ありません。適当な生徒と同じ解答にしときましたんで」

 恙無く。いや、それはそれでバレるだろうが、そんなのは瑣末なことだ。

 あいつにはもっともっと楽しませてもらわねぇとな。

「あっ、京子に一度会いに行けばよかったなぁ。まぁ良いか」

 振り回されるのは遊離だけでもないようだ。

 鳳凰木零壱はただただ可笑しくてしょうがない様子だった。



実技試験も終わり、平穏な日々が始まった。

「成績上位者が貼り出されてるよ」

 海里の言葉に俺は適当に相槌を打つ。

「あんなもん見ても見なくても一緒だよ。知識ひけらかして何が楽しいんだか」

 俺は悪態をつく。自分が出来ていないのは自明の理なのだ。

「いいから。行こうよ」

 海里が腕を引く。胸が手に当たって……サラシ越しにも分かる胸って、どんなだよ!

 俺は海里に腕を掴まれて見に行った。むしろ逝った。

「凄く多いね」

「それだけ自信に満ちてるんだろ」

 なんだかんだで周り連中は頭が良いのだ。進学校だからな。

「お二人さんも成績を見に来たんですか」

 美沙が隣にいた。突然だったが、もう驚かない。俺は後ろの方を見ても自分の名前がないことに気が付いた。

「除名されたんじゃないですか」

 美紗の言葉がぐさりと胸に刺さる。やはり学校にはもういられないのか。

「あっ、あった。僕は五位だったよ」

 海里は出来る娘のようだ。父さん、嬉しいよ。

「私は七位ですか。まぁこんなもんです」

 まさか美紗も出来る娘だったとは。これからは敬語を使うべきかもしれない。

「遊離!」

 ひときわ大きな声に俺は驚く。その声の主が麗華だったからでもある。

「どうした。とうとう俺が学校を去る日が来たのか」

 俺は自嘲気味に言う。もう目に光はなかった。

「あんた、どんな魔法使ったのよ」

 麗華の言葉が何を指しているのか分からない。俺は一位から順に成績表を見た。

一位には赤羽麗華の名前があった。俺の周りは出来る娘ばかりだ。その次も同着の一位。

不知火遊離。見間違いだろうか。目をこするが俺の名前があった。

「凄いよ、遊離。一位だよ、一位」

 海里が喜んでいる。はて、何が起こっているんだ。

「まさか今まで出来ないふりをしていたなんて。嫌な奴株急上昇中です」

 美沙が嫌味を言っているが、そんな言葉は頭に入ってこない。

 一位?俺は筆記において、今までの知識の引き出しを開けながら書いただけだ。

 それが全問当たるなんてことは恐らく無い。誰かが差し替えてくれたのだろうか。

「とりあえず、俺はやめずに済むんだな」

 俺は安堵の息を吐いた。そんな俺に歩夢が声を掛けてきた。

「学校のデータベースにハッキングしたら面白いことが分かったぜ」

 そう言って俺に見せてきたのは俺の解答と麗華の解答だった。全部が全部同じだった。

 一字一句の違いもない。

「ここまで精密にカンニングをやってのけるとは驚いたね。ある意味、天才だよ」

 普通はバレないように適度に写すんだけどなと歩夢は付け加える。

「人として駄目だよ、遊離」

 海里がゴミを見るような目で俺を見る。やめて!海里にだけはそんな目で見られたくない。

「きっと出来心だったんですよね」

 美沙が俺を慰める。やめろ!いつもみたいに毒舌吐いててよ。

「これは誰かが差し替えたのね。誰が何のために」

 麗華は思案していた。二人は乗ってくれたのに残念である。

「遊離おめでとう。一位のご褒美だよ」

 そう言って後ろから抱きついてきた空が頬にキスをする。

 周りの生徒達の視線を。いや、死線を感じる。

 待って。今のは事故みたいなものだ。俺は両手を上げバンザイをしている。

 俺は何もしてないと言わんばかりに。

「俺は唇にしてやったもんね、へへ」

 歩夢はそんなことを言っている。俺は湧き出す情欲の嵐に飲まれそうになる。

「なんでお前ばっかり!」

「俺達に対する当てつけか、こら」

「美紗美紗は僕らのアイドルなんだな!」

「私の海里さまを返して!開放して!」

 普段は大人しい生徒達が牙を剥く。俺は居た堪れなくなって逃げ出した。

 凄まじい数の生徒が俺に襲いかかってくる。さながらハーメルンの笛吹きになった気分だ。

 俺は逃げるのに必死で結局これが誰の仕業なのか。

何のためだったのか。分からないままだった――


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