都市伝説
予定の時間になり、みんな理事長室に集まっていた。その姿は寝巻きというべきか。薄い布を纏っているだけの女性陣は肝試し程度にしか思っていないのだろう。
その中で礼服に身を包んでいる海里がこの場で一番浮いていたが、仕方のないことだろう。
「遊離。この服、似合ってますか?」
空が俺にそんなことを聞いてくる。似合ってるかと聞かれ、似合ってないと言えるほど俺の人格は破綻していない。
「綺麗だよ。空らしさが出てる」
在り来たりの使い古された言葉しか出てこない。間が持たない。俺は周りを見回す。
「見ないでください、その目を取りますよ」
そう言った美紗はゴスロリっぽい服に身を包んでいた。
こんな服もあるのかと新しい発見をした気分なる。
そして以外だったのは麗華だった。一番、高そうな服をちらつかせるとばかり思っていたが、その姿は年相応のパジャマ姿だった。可愛くない猫がプリントされている。
「なに、何か付いてる?」
そう聞き返してくる麗華に聞いてみる。
「いや、思った以上に普通だな。もっと派手派手なやつを着ると思ってた」
「こっちの方が受けが良いのよ。幼い肢体には幼い服が合うと聞いたからね」
恐らくその知識は男性用シュミレーション的なやつだろうけど、誰がそれを薦めたのかは分からない。だが、グッジョブbだ! 俺は心の中で叫んでいた。
「それじゃあ、全員集まったみたいだし、説明するわね。条件といったけど大したことじゃないわ。五人揃うことよ」
簡単な条件に俺は少し落胆していた。もっとないのかよと。
「力を合わせることで、ちゃんとクリアできる内容になっていることも分かっているわ。この五人なら、恐らく簡単に行けるわ」
本当にそうなのか疑問である。そもそも都市伝説じゃなかったのかよ!という突っ込みは今更な気がする。
「それは言っちゃいけないことです。行きあたりばったりなのは今に始まったことじゃありません」
美紗が囁くように俺に言う。それを言うと居た堪れなくなる。
「なお、魔力向上するかどうかは分からないわ」
大事なところは分からないままだった。リスク高いのにリターンがなかったら、誰も挑戦しようとはしないだろう。
ガタガタと震えている海里は胸にある十字架を大事そうに握っている。
うわ言のように聞いている空は俺の腕にしがみついてくる。
「怖いです」
そう言う空は全然震えてなどいなかった。
「じゃあ、行くわよ! 肝試し開始よ!」
都市伝説は肝試し扱いされていた。
地下へと続く階段はいとも簡単に見つかった。
「探査魔法かけるわね。階段が出るということは魔力反応があるってことだし」
そう言った麗華が簡単に見つけ出したのだ。
そういえば、この四人は魔法に関してはかなりの実力者だった。この中で一番使えないのは俺ではないかと不安になる。守れと言われても、守られる格好の悪い男がここにいた。
俺の誇りやプライドがズタズタになる。…もとよりなかった。
「ここに都市伝説が…」
海里は震えたままだった。
「さっさと帰らないと深夜アニメが始まってしまいます」
美紗は少し慌てていた。慌てる理由がそれなのか。
「きゃーこわいですー」
そんなこと微塵も感じていない空が叫んでいる。俺の腕にしがみつきながら。
階段を降り切ると大きな扉があった。かなり重たそうた。雰囲気もある。
「さぁ! 開けるわよ」
そう言う麗華が一番やる気に満ち溢れている。この連中の中ではまともな反応だ。
ガラガラと重い扉が開いていく。
全員が入ると、扉はひとりでに閉まった。
中はとても懐かしい臭いがした。
「暗くて何も見えないわね。明かり明かりと」
そう言って呪文を詠唱している麗華に、いや全員に言った。
「お前ら! 何も見るな!」
そう大声を上げたが、時すでに遅し。麗華による明かりが周りを照らしていた。
周りには無残な形の死体の山が散乱していた。
「何よ、これ」
麗華は絶句している。
「うわぁぁぁぁぁ」
大声を上げた海里は俺の胸に抱きついている。
「これは最悪です」
そう言う美紗は俺の腕の裾を握っていた。小刻みに震えている。
「こんなものが地下にあるなんて」
空は学校にこんな場所があることに恐怖を感じているようだった。
全員が呆気にとられている中で、俺はかなり落ち着いていた。
この死臭が、この惨状が心地の良いものとなっている俺は壊れているのだろう。
あの地獄を味わった俺にとってはこの状況は笑い飛ばせる程度のものだったのだ。
「とにかく、この場から出ないと」
唯一の扉が閉まった今、出口を探す必要がある。
「俺も手伝うよ」
体にまとわりついた人間たちが少し重いが、引き剥がすのは気が引けた。
正面にはドラゴンをモチーフにしたらしい彫像がある。口を大きく開けている。
その口の中に、正確に言えば牙の部分に。手の形が描かれた台がある。
その手には指の部分に窪みがあり、五十センチ四方の凹みがあった。
「ここに何かを置けば、良いのかしら」
そう言った麗華の言葉で謎が解けた。いや、そもそも謎と言うものでもない。
周りの死体には爪がなかった。それに上半身の一部の皮が削がれていたのだ。
そうなれば、答えは一つだった。
「もしかして」
海里も謎が解けたようだ。しかし、素直に言い出せない。ここは俺が言うべきところだろう。女の子が率先するべきことじゃない。
「ここの十の穴には爪を十枚、この四方の凹みには皮を置く必要があるようだ」
そんなことを当たり前のように告げた。血も涙もない人間と呼ばれてしまうだろうか、
「牙と舌を手に入れた竜により道は開ける」
空は彫像の下に書いてある文字を読む。それが何語で書いてあるのかは分からないが。
「そして、この状況を脱する為に犠牲になったのが、この死体たちなのね」
麗華は唇を噛み締めながら言った。少なからず一人の犠牲が必要であることを悟ったのだ。そして、一人の人間を犠牲にして外に出た人間がいることに苛立ちを感じているのだ。
周りを見渡すと無傷の死体があった。それは誰も犠牲にしないと誓い合った仲の人間たちなのかもしれない。この死体が一番人間らしいと思った。外に出た人間なんかよりもよっぽど。
「どうすれば。一体どうすれば、誰も傷つかずに」
海里はそんな提案をした。そんな方法があれば良いのに。
「遊離。私の代わりにお願いします。後で一発させてあげるので」
美紗は場を和ませようとしたのかもしれない。だが、沈黙によりかき消される。
「すいません。変なことを言ってしまって」
美紗は謝った。場違いな空気に飲まれてしまったのだろう。
誰も何も言い出せない。そんなことが無いと思っていても、疑ってしまうのだ。
誰が先に爪を剥ぐのかを。それによって動きの鈍くなった人間を殺すのではないかと。
膠着した状況が続く。俺はそれに耐えかねて言った。
「お前ら。目を閉じて、耳を塞いでいろ」
俺はドラゴンの隣にある機材の前に行った。
てこの原理を利用した爪剥ぎ機。それに短刀が置かれていた。ご丁寧なことだ。
「ちょっと何する気。まさか一人で」
「そのまさかだよ」
麗華の問いに食い気味に答えてやった。
「そんなの駄目だよ! 他の道を探そうよ」
海里は言う。そんな悠長な時間もない、深夜アニメが始まっちまう。
「今日の深夜アニメは諦めます。だから、もっと話し合いましょう」
美紗が言う。もともとアニメなど気にしていないだろうに。
「駄目だよ。遊離だけが苦痛を背負い込む必要なんてない」
空が言う。美少女に苦痛を与えるわけにはいかない。制止する声を尻目に俺は爪を剥いだ。
バリッという音が響き、爪が中に舞う。血が糸を引いているかのように見える。
「いってーな、これ」
続けて別の爪を剥ぐ。バリッと音がなる。
その様子を麗華は目を丸くして見ていた。
三枚目ともなると慣れてきた。一枚目よりもスムーズに爪が剥げる。
バリッと嫌な音が響く。
「や、やめなさいよ。あんた…」
麗華はうち震えている。自分が誘ったことに責任を感じているのだろうか。
バリッと四回目の音がなる。ここまでくると痛みの感覚が麻痺してくる。
「ゆうりぃぃぃ! 駄目だよぉ! そんなことしちゃあ!」
海里が涙声で言う。そんなこと言ってたら、女だとバレちまうぞと言いたい。
やっと半分となる五枚目を剥いだ。
バリッ。
「やめてください。糞野郎の分際で、私に恩を売らないでください」
毒舌を吐く美紗も目の端に涙を溜めている。
六回目の音がなる。
バリッ。
「また守るの。誰も傷つかないように」
空が言う。それが男の役目だろっとカッコ良く言ってあげたいが。
今、口を開いたら、悲鳴しか出ないだろう。
七枚目ともなると、みんな静かに俺を見ていた。
バリッ。
音は規則正しく響く。
八枚目が剥げる。
バリッ。
その音が永遠に続くのではないかと錯覚してしまった。
バリッと九回目となる音が響く。
あと一枚。俺は握力がほとんどなくなった手で思いっきり機械を叩いた。
バリッ。最後の音が響く。
「ふぅ、これで終わりっと」
一仕事終えた社会人のように。俺は爽やかに汗を拭った。
その汗は冷ややかなものだが、気の持ちようは大切だ。
麗華や海里、美紗や空の視線は全員俺を捉えていた。
かなり気恥ずかしいものがある。なんたって美少女だからな。
「お、お疲れ様」
そう言う麗華は自身の涙を見せたくないようだ。
「ぐすっ、ゆうりぃぃ」
海里は顔がぐしゃぐしゃになっていた。こんな顔をする機会なんて今後ないだろうと思う。
「ありがとうございます。私のアニメの為に」
そう虚勢を張る美紗も目の周りが赤かった。
「遊離は強いね。私はまだまだだ」
空は涙と共に笑顔をくれた。空は十分に強いと言ってあげたい。
しかし、そうも言ってられない。なぜなら、もう一仕事残っているからだ。
さすがにここまでやって、後は任せたなどとは言えない。
俺はほぼ握力のなくなった手で短刀を振りかざし、自身の体に突き立てた。
順番逆にした方が良かったかな。いや、でも下手したら出血死しちゃうかもだし。
これが本当の出血大サービスってか。笑えないな。
あまり深くすると死んでしまうので一センチくらいの深さだ。
血が勢い良く吹き出すのを見ると、自分が生きていることを思い知らされる。
五十センチ四方の大きさを図ろうとしたが、イマイチよく分からないので大きめに切ることにした。
精肉業者の人間もビックリするぐらい綺麗にことを進めた。
ものの数秒の作業だった。
血がとめどなく流れて意識が遠のくが、全員見送るまでが肝試しだ。
俺は気を張り詰め、爪と皮を彫像の前に置いた。
そんな俺を支えるように四人は手を貸してくれた。
お気に入りの服が汚れてしまうと気にかけていたが、四人にとっては些細な問題だったらしい。
そして、扉が開いた。
全員で脱出したのは初めてのことだろう。
俺たちは一人も欠けることなく、外へと出ることができた。
一人、瀕死の人間がいるが。
俺は安堵と共に意識が途絶えていた――
体が重い。
両手首に鉄の塊が付いていれば、重いはずだ。
両手両足の爪は一枚もなかった。
そんな状況に何一つ思うところがない。
極めていつもどおりだった。
監禁され、拷問の限りを尽くされた。
一体あれから何日経っているかさえ分からない。
食べ物を、飲み物を貰ったのも随分、前な気がする。
そんな俺を見つめる目線が一つ。
それがいつの日にか、なくなっていることをただ望んだ。
目が覚める。意識は珍しいほどクリアだ。体をゆっくり起こすと、四人の姿が目に入った。
消毒液臭いので保健室のベッドの上か。俺を美少女が囲んでいる。
看病に疲れて眠ってしまったようだが、四人もいると圧巻だな。
まるでハーレムを築いているようだ。
これでは別の部分が元気になってしまうではないか。とボケてみるが、ツッコミはない。
声になど出していないから当然だろう。
時間を確認してみたが、あれから二時間しか経ってはいなかった。
短時間ではあったものの爪が見事に復元されていた。
両手が自由に動くことに彼女らの治癒スキルの凄さを実感する。
「ふむ……」
こんな状況が今後あるかどうか分からないので、記念だ。
俺は携帯電話の動画機能を用いて撮影することにした。
あれから分厚い本を読み、人並み程度には使えるようになったのだ。
ピコッという音が鳴るが、どうやら誰も起きなかったようだ。
手前にいる麗華を写す。すぅすぅと寝息をたてている少女は素直に可愛かった。
見た目のこともあり、若干犯罪臭がするが。気にしたら負けだと言い聞かせる。
俺は右の人差し指で頬っぺたをつつく。
「んぅ…」
声が漏れる。しばらく続けたが、起きる気配がないことを確認する。
そして、俺は自分の人差し指を……麗華の鼻の穴に突っ込んだ。
「ふがっ」
一瞬、起きてしまったと思ったが、どうやら大丈夫だったようだ。
これがのちのち役に立つかもしれないので、保存しておこう。
しかし、保存するときにも音が鳴るので、続けて撮ることにした。
慎重に指を麗華の鼻の穴から引き抜いた。まだ起きない。
次に同じように手前にいる海里を写す。泣いていたのか少し目の周りが赤い。
この中で一番女の子女の子していたが、気付かれなかったのかと心配になる。
さっきの麗華と同じように指は左の人差し指に変えて、頬っぺたをつつく。
「ゆうりぃ……」
ビクンと思わず手を引いてしまったが、起きてはいないようだ。
ややこしい。いや、それ以前にこんなイタズラを仕掛けている方が悪いのは明白だが。
俺は駄目だ駄目だ思いつつも指を海里の鼻の方へと。
パシッと指を握られた。俺は思考が停止した。とうとう終わるのか。
そんなことを考えていたが、思いも寄らないことになった。
海里は握った俺の指を口に含んだのだ。
「んちゅ。ちゅぱ…ちゅぷ」
チュパ音が室内に響く。白いシーツに消毒液の臭い。ここが保健室であることもあり、その…いかにもそれっぽい。
さながら、終盤の回想シーンと言ったところだろうか。
それが自分の指なのが残念でならないが、あとで指の部分にモザイクを入れれば十分使えると思った。 流石に同室なので、あからさまには使えないが。
そう思考している間に指は開放されていた。ぬらりと光る指がとても神々しい。
しかし、これをどうこうしてしまっては人として落ちてしまいそうなので、ティッシュで拭いた。
我ながら、よく耐えたと褒めてやりたい。
そして、後ろの方で眠っている美紗と空に照準を変えた。
あの毒舌を吐く姿からは想像出来ないが、寝ていると可愛さは増すようだ。
俺は日頃の鬱憤を晴らすべく、美紗に近づいた。その瞬間、体に電流が走った。
「んぎぎぎぎ」
体を前かがみにしてしまったせいで、傷が開いたのだ。
皮がないその部分から、血が滲んでいるように見える。
そんな俺の声に四人はとうとうその目を開けてしまった。
残念だと一人項垂れていた。
バレないように携帯を隠したのは反射的な行動だった。
「うんぅ……あんた、大丈夫なの!」
麗華が開口一番大声を上げる。
「遊離ぃ…良かったぁ」
海里は心底嬉しそうにそう呟いた。
「起きたんですか、あのままの方が静かだったのに」
相変わらず毒舌をかます美紗に惚れ惚れする。
「やっぱり、遊離は強い」
空は何故か誇らしげだ。往生際の悪さには自信がある。
こうやって見ると俺って意外に好かれているんじゃないかと錯覚してしまう。
好きになられる資格なんてとっくの昔になくしているのに。
「えっと、その…心配をかけましたが、完全復活です!」
そう言って立ち上がると全身に激痛が走った。
「ああああああああああああああ」
ベッドの上で悶絶してしまう。
「それだけ元気があれば、十分ね」
麗華は微笑気味に言う。
「へくしっ! 風邪でも引いたかしら。鼻がムズムズするわ」
俺は敢えて突っ込まない。もしかしたら、本当に風邪かもしれないしね!
「そういえば、僕も口寂しい感じが……」
目を合わすな。目を合わせたら、ついうっかり喋ってしまいそうだ。
「お二人さん。その原因には心当たりがあります」
そう言った美紗を俺は大声で呼びつける。
「美紗! 話がある。ちょっと来てくれ」
しぶしぶ俺の元に来た美紗に小声で話す。
「お前、起きてたのか?」
「起きてなんていませんよ。あなたが私に何かしようとしてたことも見てません」
がっつり見られていた。
「何が望みだ?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「そうですね、私が欲しいのはこれですかね」
そう言うが早いか、美紗は俺の頬に自身の唇を接触させた。
キスだと気付くのに時間がかかった。
「ああああああああああああああ」
他の三人が一斉に大声を上げる。
「ちょっと美紗! どういうつもりよ!」
麗華が癇癪を起している。
「キス。キス…///」
海里は呪文のようにその言葉を呟いている。
「ずるい…私もさせてもらう」
そう言って空は俺に抱きついてきた。
「いてててててて」
傷が開く。怪我人であることを疾うに忘れている。
「私には残念ながら、差し上げれるものがないので。もっと欲しいですか?」
そう微笑む美紗はこの状況を楽しんでいるかのようだった。
俺は、いいかげんにしてくれと心の底から思った。
その後、都市伝説は解明されたという噂を流しておいた。
衆目に晒された都市伝説になど誰も興味をなくし、やがて都市伝説として語り継がれたことも全て最初からなかったかのようになった。
下手に隠し事をしているとまた探索だとか言って、あの部屋を開ける可能性があるからな。
念には念を入れて隠し扉には結界を張っておくように麗華に頼んでおいた。
それについては全員が納得したらしく、今後この部屋の存在を知る者はいないはずだ。




