表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/34

ヒロインとヒーローのご登場です

「やぁ。久しぶりだね、マルガリータ嬢。まさか、こんな所で会うとは思わなかったよ」

「マルガリータ様、お元気そうで何よりですわ」

「アンバー様、インカローズ様……どうして……」


 まるで、暫く会っていなかった知人にでも声を掛けるような気軽さで、近寄ってくる第二王子アンバーとヒロインのインカローズに、恐怖さえ覚える。

 アンバーにとってマルガリータに対して行った仕打ちは、いつものちょっとした命令だったとしか思っていないような、自分の出す一言の影響力を未だ理解していない子供の様な無邪気さが、逆に怖い。


 特にヒロインのインカローズは、平民上がりの男爵令嬢であったから、今まで雲の上の身分とも言えたマルガリータを見下せるのが余程気持ちいいのか、もの凄く意地の悪いにやりとした笑みを一瞬浮かべた。


(それ、完全に悪役令嬢の方の顔! 仮にもヒロインともあろう者が、その顔はしちゃダメでしょう……)


 びくりと肩を震わせたマルガリータを気遣って、ディアンが一歩前に出てそっと背中に庇ってくれる。

 だが、アンバーの矛先は最初からディアンであったのか、こちらもまた悪役っぽい可笑しそうな顔を浮かべ、視線をマルガリータからディアンへ、さっさと変更した。


「元伯爵令嬢の奴隷を買った物好きが、まさか貴方とは驚きましたよ。兄上」


(兄上!?)


「俺も、お前が罪の無い令嬢を独断で奴隷に堕としたと聞いた時は、気が触れたかと思ったよ」


(お前!?)


「罪もない? 笑わせないで頂きたい。その女はこの僕の婚約者を、手ひどく傷付けたのです。死を持って償わせて当然の所を、身分剥奪の上奴隷に堕とす事で許したのだから、感謝されるべき所でしょう」


(ちょ、ちょっと……)


「マルガリータが、実際に手を下したという証拠があるのか? それにお前の婚約者と彼女は、仲の良い友人関係にあったと聞いている。まさかその卑しい女の事を、婚約者などと言っているのではあるまいな?」


(待って待って)


「いくら兄上でも、聞き捨てなりませんね。心優しいインカローズが泣きながら訴えた言葉に、嘘があるはずが無い。僕は身分に囚われない、真実の愛に気付いただけです。それに卑しいのは、その女の方でしょう。奴隷としての暮らしがお似合いですよ」


(会話の流れのペース、落として!)


「暫く会わない内に、どうやらお前はその女に狂わされたらしい」


 背中に庇われているからディアンの表情は見えなかったけれど、絶対零度というか氷点下を思わせる冷た過ぎる空気が流れる。

 ただ、ディアンがマルガリータの為に、心から怒ってくれているのが背中越しにでもわかって、恐怖や困惑を押しのけて少し嬉しいと思ってしまっている自分も居た。


 けれど今は、ディアンの反応に喜びを感じている場合では無い。

 衝撃の事実が投下され過ぎて、頭が考えるのを拒否してしまったのかもしれないけれど。

 冷静な思考に切り替えなければ、処理が全く追いつかなくなる。


(兄上、って何? ディアンは黒仮面の男に仕える、ただの庭師じゃ……なかったの?)


 怒りすぎて逆に全く感情が乗っていないディアンと、「酷いわ」と今更のヒロイン面で、泣き真似とわかるわざとらしく傷付いた振りをするインカローズの演技に気付く素振りも無く、ディアンとは対照的に怒りの感情を全面に表して、わめき散らすアンバーの攻防は続いている。

 けれど、マルガリータには途中からそれらの言葉は、全く耳に入って来ていなかった。


 二人の顔を見比べれば、確かに似ていなくもない気はする。

 本来この場所で、ゲーム通りのイベントが発生していれば、聞く事が出来たはずの王家の秘密。

 そうそれは確か、世間的には第一王子は生まれた時から病弱と言われていて、ベッドから起き上がることも出来ない為、早々に弟へ王位継承権を譲り静かな場所で療養している事になっているが、本当は違うのだという話だったはずだ。


 身分の高い貴族の間でも、その姿を見たことがある者はごく僅かだという第一王子は、黒い髪と瞳を持って生まれた不吉の子だった。

 不幸な事に第一王子は姿形だけではなく、膨大な魔力を有して産まれてきた。

 どこまで本当かは怪しいけれど、産声を上げた瞬間に空に雷雲を呼び寄せたとも、山を割ったとも言われている。


 第一王子を産んだ正妃は心を病み、二度と子を望めなくなったという。

 この国には、第二王子のアンバーの他に第三王子も居るが、その二人共が側妃の子だ。


 王妃の子が居るにもかかわらず、側妃の子を王位継承者にしてまで、王は不吉を抱えたその子を世に出すことを認めなかった。

 だが仮にも、王と王妃の正当な血を引く子を、何の咎も無く亡き者にすることは出来なかったのか、父に子とは認められず母に疎まれながら、第一王子は町外れでひっそりと軟禁に近い生活を余儀なくされているらしい。


 ゲームの中では、兄の置かれた状況を嘆き苦しむアンバーから、無事に王の座に就いた暁には兄を王宮に迎え入れ不自由な生活から解放してあげたい、という様な話を最後に聞かされた気がする。

 それはロマンチックなプロポーズの後に、さらりと語られた追加エピソード的なもので、告白イベと美麗なスチルに誤魔化されてしまいがちだった。

 けれどよくよく考えると、乙女ゲームのはずなのにこの国の王家なかなか闇が深い。


 王家が不吉の子と考えている第一王子を、アンバーが王宮に戻した所で軟禁生活から解放されるとも思えないから、居心地が良くなるはずも無い。

 余程その兄が悟りを開いた聖人君子でもない限り、王宮に戻されるのは複雑な心境しか持たないだろうし、むしろドロドロに揉める案件だろう。


(しかも両親にならまだしも、王位に就いた腹違いの弟に王宮に引き戻される兄の気持ちも考えてあげて……って、画面に向かって突っ込んだ覚えがあるわ……二周目で)


 そう、一周目はプロポーズイベだったばかりに、普通に聞き逃した。

 ようやく落とした攻略対象との甘いイベントだったし、ヒロイン気分に浸っていた一周目だと、メインに考えるべきはアンバーで、「兄想いの優しい人なんだな」位の勢いだった。

 多分そう思わせるための、運営による演出でもあったと思う。


 その兄想いという印象のためだけに、第一王子にはかなりヘビーな運命が付加されてしまっている。

 何より、今ここでディアンと言い合っているアンバーの発する言葉の数々からは、ゲーム内の彼とは違って兄想いという要素が微塵も感じられない。


(まんまと、アンバー様優しい……って思ってたけど、なんて言うか凄く腹黒いだけだったのでは?)


 意識を遠くに飛ばしているマルガリータの目の前では、未だディアンとアンバーの棘の刺し合いが続いている。

 何度聞いても、アンバーはディアンを「兄上」と呼んでいるし、ディアンは第二王子を目の前に完全なるタメ口だ。

 むしろ、普通なら不敬罪で断罪されてもおかしくない位の、もう辛辣さしか感じられない台詞で応酬している。


 思い出したイベントの内容と照らし合わせても、もうこれはどう考えてもディアン=第一王子で、決定事項ではないだろうか。


(と言うことはつまり……もしかしなくても黒仮面の男=ディアンって図式も、当てはまったりしちゃう……感じ?)


 マルガリータが、真奈美の記憶を取り戻して一番最初に出会ったのが黒仮面の男だったし、真奈美は日本人だった事もあって、見慣れていた黒い髪と瞳の人物が近くで二人も現れた事に、何の疑問も抱かなかった。

 けれど、この世界の常識で考えてみれば、そんな高確率で出現するほどその容姿は一般的なものではなかったのだ。


 この世界において、「黒」は不吉な忌むべき対象だ。それが普通で、誰もが知る当然の理。

 それが王家の、しかも第一王子として産まれてしまったのは、確かに不幸な事だっただろう。


 国全体が混乱する前に、出来るだけ誰にも知られず存在ごと消してしまいたかったに違いない。

 それを監禁ではなく軟禁に収めたのは、王の親としての僅かな情だったのかもしれない。


(だからって、髪や瞳が黒いっていう理由だけで、ディアンがこんな扱いを受けるなんて、絶対におかしい)


 屋敷の使用人達が、揃いも揃って優秀すぎるスーパー使用人である事も、仕える主人が一貴族の若様ではなく、絶対に隠し通さねばならない王子に仕える人材だからというなら、頷ける。


 軟禁状態であるはずの王子である黒仮面の男が、何故奴隷オークションなんかに参加していたのかとか、何故庭師に扮していたのかとか、良くわからないところもあるけれど、第一王子についての情報は誕生したという事実以外、つまり年齢以外は一般にはほとんど知られていないと言って良い。

 ある程度の範囲ならば、多少羽目を外すくらいは許されていたのかもしれない。

 相手が奴隷ならば、ずっと閉じ込めておけば良いのだから、事実を知られても口外される心配はない。


 庭師としてのディアンに初めて会った庭園で、「黒仮面の男が怖くはないのか」とマルガリータに問われた時、自分が怖くないのかと聞かれているような気がしたのは、気のせいではなかったのだ。

 だからといって、それだけで全てに気付けと言われても、無理に決まっているけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ